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株式会社Jコミックテラスが運営する「マンガ図書館Z」は、過去に実業之日本社から出版された作品で、現時点では紙・電子ともに販売されていないものを収集、無料配信する実証実験を2018年8月から開始した(発表時の記事)。実験開始から数カ月経った時点で、取締役会長でマンガ家の赤松健氏と佐藤美佳氏(現:Jコミックテラス代表取締役社長)に、改めて話を伺った。
作家への連絡はすべて「封書」で
―― まず、作品数など、実証実験の進捗についてお聞かせください。
佐藤 現状で106作品が集まってきており、許諾がおりて公開に至っているのが33冊です。(編注:2018年10月18日時点の数字)
赤松 意外だったのが、辻真先先生や赤松光夫先生のようなご高齢の作家の方が許諾をしてくださったことです。
―― 連絡はメールなどではないわけですよね? お電話とか?
赤松 全部封書でやっています(笑)。時間は掛かりますが、そのお陰で、超ベテラン、レジェンド級の作家さんから一挙に10作以上の許諾を頂けたりもしています。皆さん、(実験の意義に賛同頂ける)若い感性をお持ちだと驚かされています。特に文芸に関しては、なかなか電子化されないわけです。なかなかマンガのようには読まれませんから、たとえマンガ図書館であったとしても売上は数百円に留まることもあり、筆者も儲からない。それでもいまなら名刺代わり、宣伝にもなるという見方もあるし、辻先生などはTwitterでも随分発言もされていますので。
―― これまで絶版マンガ図書館から取り組みを続けて来られたわけですが、文芸やベテランの方の作品へと領域が広がってきたというわけですね。一方で、正直もう少し作品が集まってきても良いのかなととも思いました。
赤松 (笑)それはね、この取り組みでいずれ「このくらい儲かった」みたいな良い話が出てこないとなかなか難しいと思いますよ。どのくらい作家先生が喜んでいるかとか、2カ月ではお金の動きもまだ出てこないんですよね。
―― 作家の喜びの声がまだ上がっていない?
赤松 あとアップローダー側もですね。作家の役に立てて嬉しかったとか、儲かったという声が上がるにはもう少し時間が掛かるでしょう。
―― なるほど。この106作品というのはユーザーからアップロードされた数ですよね。
佐藤 そうですね。
―― 今回の発表でインパクトがあったのは、海賊版サイトからのダウンロードでもOKというところですが、そういったデータが含まれているかどうかはわからないですよね?
赤松 ざっと見ればわかりますが、いまのところは少ない、という印象ですね。謎なのはパブリックドメイン作品で、国立国会図書館のアーカイブや、地方の図書館が出所みたいなものがありました。
―― 蔵書をスキャンした?
赤松 謎です。「たしかに実業之日本社って書いてあるけど、内容は誰も分からない(笑)」みたいな。
佐藤 でもリストにありますね。
赤松 あるんだ!
―― (笑)。一番ありそうなのは自分が持っているマンガを自炊して、そのデータをアップロードするパターンですよね。
赤松 それが(我々としても)一番良い形です。あと、発行時期や時代背景からパブリックドメインと明確にわかるものは、作者の許諾のプロセスなく公開しています。
出版社にもメリットがある座組みを
赤松 さらに「いわく付き」の作品が結構あって、たとえば初出時に権利上の問題があって絶版になった作品でも、タイトルと写真を変えて公開し、先生にも「良かった」と喜んで頂いていたりしますね。また、実業之日本社と当時けんかして絶版になった作品の作者さんと今回和解にいたって公開したものもあります。
この『ネコは何を思って顔を洗うのか』という作品の先生にもとても喜んで頂いていて、他の出版社からだしたものも全部やりたいというお話しを頂いています。思いのほか喜んでいる先生が結構多いんです。実業之日本社の社長もスタッフも作家さんも喜んでいて。
(マンガ図書館Zのこれまでの取り組みを知らない)作家さんはもちろん、出版社もまさか手数料が入ってくるとは思ってもみないわけです。お金もそうなんですが、出版社にとってみても、作家が独自にKDPなどに出してしまって縁が切れてしまうより、こうやって「緩く」つながっておくことができる。いわば「つなぎ止められる」安心感を得られるようです。
―― 絶版してしまうと、関係が切れてしまうということですね。(筆者注:出版権に電子出版が加えられるようになったのは2015年1月以降)
赤松 この点は重要だと思っていて、いま何かというとネットでは「出版社不要論」が出てきます。出版社を排除して、少しでも作家の取り分を多くしようと。でも私は一貫して出版社の味方をしています。自分でプロデュースすることに長けた作家ばかりではない。むしろ作家のほとんどはそうではないわけです。そういう人たちは出版社と組むことについてデメリットばかりを感じているのではない。ですので、今回の取り組みにも意義を感じているのです。
―― だからこそ、もっと数が増えて欲しい。
赤松 たしかに。我々も実験の第2弾に参加してくれる出版社へ営業を進めています。
―― 率直な質問をさせて頂くと、会見に来ていた講談社は実験に参加しないのでしょうか?
赤松 講談社は……マンガに関しては全作品の電子化を自分たちでやるつもりだと思います(笑)。そこは意地でも。
―― (笑)
赤松 でも中小はそうはいきませんから。電子化したくらいのコストは稼げるような作品でないと、そもそも電子化できません。大手出版社でもマンガはともかく文芸ではなかなか元が取れない。
文芸はマンガ図書館Zで読まれるのか?
―― マンガ図書館Zでは、ユーザーがいわば電子化のコストを負担してくれます。ただ、読まれないと広告収益はもたらされません。文芸はマンガ図書館Zで読まれているのでしょうか?
赤松 マンガほどではないですね。
佐藤 マンガほどではないのですが、皆さん、実験が始まったことからの興味から、文芸も読まれています。
赤松 文芸だと内容が成人向けでも一般向けとして出せますから。
佐藤 官能小説がそうですね。マンガだと自主規制の対象となりますが、官能小説の場合挿絵もなかったりしますので。
赤松 赤松光夫先生の官能ゴルフ小説だって、別に学生さんも読めますからね(笑)
―― (笑)。官能小説もそうですが、そもそも文芸が読まれる新しい機会ともなりそうですね。
赤松 これから検索エンジンに対応するといったことも考えています。文芸はOCRの対応もマンガに比べると楽ですからね。逆にいうと文芸はそこまでしないとなかなか電子は読まれないかもしれません。紙の魅力も大きいですし。
それもあって、まずは量が集まらないと、なかなかお金にはならないのです。ただ、文章を電子化する仕組みとしては有用なものだと思っていますので、いろいろな出版社に参加してもらうため営業しています。目標としては第2弾は3~4社一斉に、というのを目指しています。
―― 先ほどのお話から中小~中堅の出版社、文芸を取り扱うところも含めてですね?
赤松 そうですね。特に文芸については第2弾以降も、少しずつ参加社を増やし、作品を増やしていくという「塵も積もれば山となる」モデルだと思っています。
―― 第2弾はずばりいつ頃になりそうですか?
赤松 まだ決まっていません。
―― 先ほどのお話でもうしばらくたつと、支払いも発生して様々反応が出てくる?
赤松 そうですね。
佐藤 とはいえ、まだ始まったばかりですので、「ものすごく儲かった」といった話は出てこないとは思います。
―― 赤松先生ご自身の作品や、絶版マンガ図書館、マンガ図書館Zの時にような数字が出てくるとインパクトがあるかなと思うのですが。
赤松 それは理想ですけどね(笑)
佐藤 赤松先生の作品の場合、Yahoo!トピックスに載るなどメディア露出も大きくありました。またそのころ「無料でマンガを読む」というのがそれほど一般的ではなかったこともあり、市場環境の違いは大きいと思います。
合法的なリーチサイトに
―― たしかに有力マンガ誌などが無料でマンガが読める取り組みを拡充させるなど、当初とずいぶん環境は変わりました。先ほどの「マンガは自分たちでやる」という話も、そのあたりは商業的にも手応えが出てきたということかなと。
赤松 そうですよ。(マンガの)電子化に対しては、小さい出版社でも結構儲かっているという話を聞きます。
―― そんな中でマンガ図書館Zの存在意義というのは、やはり「絶版」ということになるのでしょうか?
赤松 そうですね。最初から「出版社が取り扱っている作品はやらない」というのは言い続けていますので。そこは出版社との補完関係にあると思うんです。
―― 他誌の記事では海賊版対策の流れのなかで、マンガ図書館Zにも大手マンガ誌の新作も載るようにしたいというお話しも紹介されていました。
赤松 海賊版対策としてはそれもやりたいと思っています。研究中です。
佐藤 補足すると、そういった作品をマンガ図書館Z内で読めるようにする、ということではありません。
赤松 言ってみればリーチサイトみたいなものです(笑)
―― なるほど。合法的なリーチサイトですね。あくまで補完関係にあると。後ほど溝口さん(編注:メディアドゥホールディングス 溝口敦氏)にも話を伺うのですが、メディアドゥのビジョン(ひとつでも多くのコンテンツを、ひとりでも多くの人へ)達成のために、これまで扱ってこなかった「絶版」もそこに組み入れるという狙いがあるという理解でよいでしょうか?
赤松 そうだと思いますね。私自身出版社といまも連載のお仕事をしていますし、マンガ図書館Zはあくまでそれ以外のところの話だと思っています。
―― 経済紙などはかなり前のめりな(経済規模を期待させるような)紹介をする向きもありましたが、そうすると市場規模としては小さなものである、ということですね。
赤松 市場規模は小さいと思います。一方で冊数はすごいことになるはずです。
佐藤 市場規模をイメージ頂く際には、いわゆる古書市場が参考になるのではないでしょうか。
―― マンガ図書館Zとして意識している数字・規模感などはありますか?
佐藤 事業当初は、厳密にいうと国会図書館の納本状況や、やはり中古市場などですね。事業検討の際にはそのあたりの数字を見ていました。例えば2013年のマンガの中古市場は200億円くらいかなと。この数字自体も確度が十分に高いとは言えないのですが。
赤松 そこを狙っている人って少ないんですよ。マンガアプリ、マンガウェブをやっている人に話を聞くと、「新人を集めて新しいIPを生み出す」形をみな考えています。過去の作品を押し出すというのはうちくらいしかやっていない。それは、現場からいうとヒットするか分からない新人さんの作品よりも、マンガ図書館Zで扱うような過去作品は「一度は出版された」という実績がありますから、読まれる可能性は高いです。「昔これ読んだよな」という思い出として改めて読まれるということもありますので。なので僕からすると「なんでみんな新人さんから、宝を探そうとするのか」と不思議でもあったりします(笑)。
―― たしかに労力と確率を考えると……。
赤松 投稿サイトの作品とかみていると、いわゆる編集の目が入った作品とは違う印象がするものが多いと感じますね。。単行本になった昔の作品は何かしらの面白さが必ずあります。
許諾、チェック、補正など、必要な作業はいろいろ
―― 市場規模は必ずしも大きくは無い、けれどもパフォーマンスは良い、という風に理解しました。先日の会見ではユーザー数は増えているというお話しがありましたら、何人くらいの人が利用するという想定なのでしょうか?
佐藤 実証実験後、すごくユーザーが増えているわけではありません。先ほど「封書でやりとりをしている」という話が出ましたが、実験ははじまっているものの、作品が沢山公開されているという段階ではないからです。
―― これは会見でも質問させて頂いたのですが、あるユーザーから投稿されたPDFに落丁があったり、他のユーザーから投稿されたもののほうが画質が良かったりした場合はどちらを採用するのか? また収益分配はどうなるのかを教えてください。
赤松 マンガの場合は、「Zオフィシャル作家契約」をしますので、殆どの場合、我々がもう一度スキャンし直します。
佐藤 画像補正を丁寧に行ったりしていますね。それは私たちがオフィシャル作家さんと契約させて頂くときに、基本的に「PDFで販売する」ということとセットだからです。PDFの状態に耐えうる素材を作らなければいけませんから、作り直しをするのです。
赤松 文芸は現状投稿されたものをそのままあげています。画像補正を施すくらいですね。落丁の可能性もあると思います。
佐藤 ページが抜けていても分からないケースもありますので。
―― 許諾に加えて、そういったチェックや補正といった作業があるわけですね。
佐藤 マンガの場合は特に時間は掛かりますね。
赤松 ただツールは整えてありますので、作業がどこまで進捗しているのかはすぐ分かるようになっています。
―― マンガの場合、再度スキャンをすることが殆どということでしたが、そういった場合は原本を入手されるわけですか?
佐藤 そうですね、中古市場から入手するようにしています。ただマンガはこれまでもそうしてきたのでそこはあまり負担ではないですね。
―― どれくらいの人数で進めているのでしょうか?
赤松 少ないですよ(笑)。いま2名体制です。
―― いわゆる自炊業者よりも少ないかも知れませんね(笑)。でも、いまこの数だから対応できているけれども、増えてくると増員の必要はありますね。
佐藤 そうですね。
赤松 対応しきれないほど投稿が押し寄せた場合は、いったんは投稿されたものを公開して、その後直していくという形もありえますね。
佐藤 先ほど、投稿された素材の良し悪しという話もありましたが、現状はほぼ良い状態の、差し替えの必要ないものが多いですね。
赤松 投稿素材の良し悪しの分配については、最も良い素材の投稿比率の高い人に、分配の権利がいくという風に暫定的に決めています。
―― 早い者勝ちではない、ということですね。その期間はどのくらいなのでしょうか? つまり、後からの挑戦を受付ける期間がどの程度あるのかということですね。
佐藤 基本的にはこの実験期間を1年と定めていますので、その間は「文字ものは私たちは手を加えずそのままあげる」、「マンガは基本的に自分たちで素材を用意し直す」という流れです。この1年間にそういった「後からより良い品質のものが提供された」場合は、いまお話しした流れになります。
―― 支払いについてはまだ暫定的な部分も多いと言えそうですね。そういった部分の確立を含めてのまさに実証実験であると。
佐藤 そうですね。
赤松 今回、封書でやり取りをしていますが、そのあたりの今後の改善や、管理ツールを更に作りこんでいく、など逆に言えばまだそういう段階ではあります(笑)。
メディアドゥホールディングス傘下になった意味は
―― メディアドゥのもとでそういった開発・検証を行うメリットはどのように捉えていますか?
赤松 メディアドゥ自体が電子出版流通を手がけていますから、いずれこういったデータの「山」が役に立つかも知れないという期待は、ヤフーと組んでいた頃よりかは感じています。書籍のデータを積み上げてもヤフーさんではそこまで利活用できなかったと思うんですよね。電子取次などとの親和性は高いと思っています。
―― 佐藤さんは今回ヤフーから移ってこられたわけですが、いかがでしょうか?
佐藤 やはり、本、出版のことを分かりながら、新しいことにも取り組むという部分でいうと、よりよく分かっている方々だという期待感はあります。ヤフーは検索やショッピング、決済など様々な事業があり、それらとのシナジーが重要でした。出版社や読者とより近い存在になりたいと思っているメディアドゥにとっての架け橋になりうると感じています。取次と出版社、あるいは作家と読者の関係のなかに入り、様々な役割を果たせるのではないかと考えています。
赤松 記者会見がかなり大きく取り上げられましたので、過剰な期待もあるかと思いますが、まずははじめてみるというのが重要なんです。これで実績とツールが整ったあとに、国会図書館にある1968年以前の税金でスキャンしたデータを有効活用できるようになれば、一気に凄いことになるだろうなと。そういった仕組みの実験を「はじめている」という意味で、意義があると思うんです。いずれ凄いことになる可能性がある。
実業之日本社さんもそうだけど、出版社に会って話をしても悪く言われることがないんですね。良い事しかありませんから(笑)
―― それは、はい(笑)。ローンチの瞬間に取材で立ち会わせて頂いた時からずっと私もそう思います。ローンチから7年ほど経って、利用者や参加している出版社、著者は喜んでいて三方よしではあると思います。しかし一方で、もう少し拡がると良いなと思うのも事実です。
赤松 (笑)。それはおそらく新作の世界、規模感と比べると地味な感じは受けると思いますよ。
参考リンク
マンガ図書館Z