テクノロジーを活用して作品を地球の裏側の人にも読ませたい ―― 人間がやりたくてもやれないことをITで実現する

マンガ図書館Z

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 第1回第2回と「マンガ図書館Z」を運営する株式会社Jコミックテラスの取締役会長でマンガ家の赤松健氏と佐藤美佳氏(現:Jコミックテラス代表取締役社長)に話を伺った。では、親会社である株式会社メディアドゥホールディングスはどう考えているのか? メディアドゥホールディングスの溝口敦氏(取材当時のJコミックテラス取締役)に話を伺った。

[取材担当:まつもとあつし氏、取材実施日:2018年10月23日]

マンガの流通はテクノロジーを活用しきれているか?

―― 赤松先生・佐藤さんへのインタビューでは「マンガ図書館Zを、売上、冊数、参加出版社数などをどうスケールさせるのか」という趣旨での質問を中心に行ったのですが、赤松先生としては「図書館」としてのイメージがあり、本が網羅されていることにまず満足を覚えられる、というコメントが印象的でした。

溝口 なるほど(笑)。私としては、これはマンガ図書館Zに限った話ではないのですが、もっとインターネットが使われるべきではないかと思っています。海外出張をすると行く先々で、日本のコンテンツが好きな人に出会います。それも結構大人なんです。彼らはおそらく、日本のコンテンツのことをアニメで知っていることが多い。なぜかといえば、やはりアニメが物理的なパッケージとしてではなく、世界のどこかの放送局が買って、放送波にのせれば、エンドユーザーが簡単にみることができる。しかもケーブルテレビの料金などは払っている場合もありますが、定額制でほぼ無料に近い。

 これも技術の恩恵を受けている例だと思います。放送という技術がなければ、キャプテン翼のアニメを地球の裏側の人が簡単に見る手段はなかっったわけです。では、紙はどうか? たしかにグーテンベルクが印刷機を発明したというイノベーションがあった。それまでは口述中心であったものが、紙に印刷されることによって、世界中に、時間を超えて読まれるようになった。

 でも、紙にも限界があって、地球の裏側で読んでもらおうと思ったら、誰かが持っていくか、向こうで印刷するしかない。たくさんの人に読んでもらおうとしたら持っていくなんてことは難しい。そうすると印刷するしかない。そうなると、届くタイミングが何テンポか遅れるか、合わせようとするとかなりの努力が必要になる。映像はそこにブロードキャストが来た。アニメはその恩恵に預かれたから、世界中のプロサッカー選手が「キャプテン翼は最高だ」って言ってくれるわけですよ(笑)。

 ではマンガはどうなんだろうか? テクノロジーを活用しきれているんだろうか? って僕はすごく思うんです。私たちも含め、いまの業界の取り組みの良し悪しなどは関係無く、例えば赤松先生の取り組みは分かりやすいものがあって、自分の作品を地球の裏側の人にも読ませたい、自分が死んでも誰でも読めるようにしておきたい、というのがマンガ図書館Zだと思っています。それをきちんとやったら、結果的にいろんな人が読んでくれる。多種多様な人が読むから、コンテンツの可能性が広がる。日本人しか読まない『ネギま!』と世界中の人が読む可能性のある『ネギま!』だったら、どっちのほうが可能性が大きいですか、といえば、後者ですよね。テクノロジーや権利関係も含め、いまできることを最大限使ってマンガの可能性を広げたいという赤松さんを応援したいというのが僕の基本的な考え方です。

 あとはそれをお金にするにはどうすればよいか? という話も、結局テクノロジーの話につながっていくだろうと。つまり、世界中のどこで誰がどんな風にいつ読んだのかが分かるとそこから生まれてくる可能性があるんです。テクノロジーによって、把握することができるようになったデータには思っている以上の価値がある。それが佐藤さんが言うIP戦略につながる話だと思うんです。

マイナーな言語圏にだって「ネギま!」の読者はいるはず

―― もともと絶版マンガ図書館があり、世間の注目も「絶版」というところに集まりました。しかし溝口さんのお話しを伺っていると、絶版かどうかというどちらかというと業界の内向きな話よりも、マンガを世界に拡げられるか、という点に着目されているということなんですね。

溝口 そうなんです。マンガをテクノロジーを使って配信するなかで、いま最も尖っているサービスだという認識なんです。それに出版社が乗れる、乗れないというのは背景も含めて百も承知です。でもネット業界からみたときに、真正面からネットサービスだったらこうするよね、ということを比較的やれているのがマンガ図書館Zだと思っています

―― 他にはない?

溝口 技術を使って、時々は変になっちゃう吹き出しを翻訳するなんて、おそらく誰もやっていない(笑)。でも、アレってGoogleの翻訳の精度が上がれば良くなる話であって、きっと100年は掛からないわけです。おそらく10年後くらいには、これでいいんじゃない、むしろ人がやってヘンな味付けが加わるより、こっちのほうが意味が伝わるという時代がくる可能性がある。読者があまりいないマイナーな言語にだって、対応ができる。そういうマイナーな言語圏にだって「ネギま!」の読者はいるはずなんです。お金をかけると儲からないからやらないとなりますが、だったらお金の掛からない(AI翻訳のような)方法で試せばいいじゃん!と。

―― Googleの名前が出たところで、ヤフーさんの話ですが、発表なども取材しましたが、いまのようなテクノロジーの話も若干はありつつも、ヤフーさんにとっては既に展開しているマンガサービスがあり、それを補完するという意味合いが強かったと感じました。

溝口 ラインナップとして「ないものがない」ようにしたいということですかね。

―― そうすることで、電子マンガの市場を大きくしたいという狙いはあったのかなと思います。

溝口 誤解を恐れずにいうと、いまの電子書籍ってディスプレイで見ているだけじゃないですか。電子書籍の明かな価値として読みたいときに読めるとか、重くないとかいうメリットは生まれていますが、その他は紙かディスプレイという違いしかない。でも例えば、NetflixやSpotifyがやっているようなデータマーケティングや分析をやれているか? といえばやれていない事が多い。もっと、コンテンツを効率良く日本を含め、世界中の沢山の人に楽しんでもらえるような基本的なインフラは整いつつあるのに、マンガの世界はそこまでいっていない。もちろんいくつかの電子書店さんのように徐々に具現化されつつあるところもありますが、まだまだ電子マンガの市場拡大の可能性はある状態だと思います。

―― いまメディアドゥはAIやレビュー関連の事業を積極的に買収しています。しかし書籍コンテンツそのものには触れてこなかったという印象です。しかしマンガ図書館Zは、絶版中心ではありますが、コンテンツそのものを扱っている。つまり、そこで様々な本の流通を促進できる施策を試そうとしているのでしょうか?

溝口 その側面もあると思っています。

―― 逆に言えば自らハンドリングできるコンテンツがないとそれはやりづらかった。

溝口 やってみないとわからないという面は大きいと思います。いわゆる商業ラインにのっているようなコンテンツで試す、という事を出版社さんと協力してできるものはやっていきますが、とはいえ、できること、できないことというのはある。そういった制約に対する理解も私たちも当然持っているつもりですので、それであれば、よりやりやすいコンテンツで試してみるという世界というのはあると思います。マンガ図書館Zはそれに近い存在だとは思います。

―― 買収済みのサービスとマンガ図書館Zを組み合わせたい、あるいは既に実験を始めているというようなものはありますか? 赤松先生へのインタビューで、エンジニアはいるもののまだ人数は多くないとも伺いましたので、単独だと様々な実験はなかなか難しいのではないかと思いました。

溝口 そのジレンマはあったと思いますね。僕が最近立ち上げた「コンテンツマーケティング本部」では、コンテンツをどうやって売っていくかということを突き詰めていく部隊です。そこにおいては、逆にマンガ図書館Zではこういうことを試せるよね? という案を出して行くこともできる。それがグループ会社としてのメリットかもしれません。これまでマンガ図書館Z単体だとなかなか難しかったことが、メディアドゥのグループのなかでなら「あそこでやってみよう」と実現できるわけですから。メディアドゥ側のリソースも使えるので。まだ具体化はしていないですが、やはり1つ1つのコンテンツの可能性を拡げることをやっていきたいですね。

ターゲットはあくまで過去のアーカイブ

―― 当時ヤフーもビッグデータ活用推進を謳っていましたので、そういった目論見はどこかにあったはずだと思うのですが、マンガ図書館Zとはシナジーが薄かったのかも知れませんね。いまのお話しで、たしかにメディアドゥであればいろいろ試せそうな可能性も感じます。ただネックは幾つかあるようにも思えます。1つは、実証実験のコンテンツ数が思ったほど集まっていないこと。これは作者や投稿者への還元がまだ行われるタイミングではないので、「喜びの声」が届いていないというのが赤松先生のお話でしたが、そういった金銭的なインセンティブが出てくると、もう少し伸びるのではないかというお話しでした。実際、ユーザーによる投稿でラインナップを増やすことは本当に可能だと考えていますか? また、メディアドゥとしてより多くの出版社に参加してもらうための施策などはありますか?

溝口 出版社が自分たちでコンテンツ=電子書籍を作って行く流れは、お任せしたほうが良いと思っていますし、それが正常だと思っています。あの施策も、それを妨げたいというものでは全くありません。あるいは出版社が「この作家の作品をもって売っていきたい」というのを邪魔したいわけではない。既存路線は出版社さんにやって頂くほうが良いと考えています。

 一方で、私たちがやりたいことは、彼らが何らかの理由でできない、という部分です。そこを私たちはテクノロジーとアイデアで解決していきたいと思っていますし、ユーザーやコミュニティに期待するということは、一つの可能性としてあると考えています。。

―― 絶版ではないほうが健全な姿である?

溝口 そうです。そもそもこれから作られていくコンテンツは、絶版という概念自体がなくなっていくはずなんです。電子化するための元データがない、なんてことはもはやないわけですし、在庫という概念も無いですから。古い紙の本で、出版者にも原版がない、あるいはあってもスキャンが大変だというところを、エンドユーザーの力を借りてやっていこうというのがマンガ図書館Zです。あの取り組み自体は必要だし面白いのですが、ターゲットはあくまで過去のアーカイブなんです。あの施策である一定の課題は解決されると思っていますが、それを採用するかどうかという点は出版社のお気持ち次第ではないかなと思います。

―― 整理すると、絶版タイトルを対象としてユーザーの力を借りて電子化する。でも、絶版が増えることが望んでいるわけではないし、マンガ図書館Zの本質はテクノロジーの可能性を最大限引き出せる場である、ということですね。ということは、絶版を使ってテクノロジーを使った試行錯誤を行う事で、メディアドゥとしての技術力、サービス設計力があがる、それこそがバリューであるということでよろしいでしょうか?

溝口 コンテンツをいかに届けるかというのが、メディアドゥ全体してのミッションで、そのためにはいろいろな方法があります。技術的なやり方もあれば、もしかすると人海戦術もあるかも知れない。今回もマンガ図書館Zをやること自体が目的ではなくて、やはり世の中には、読みたいと思っていても読めないものがある。それをどうやって読めるようにするのか、という障壁を取り除くための1つの手段がこのサービスだということです。

 絶版はそもそも市場に存在していないということに近いです。たまたま絶版になっているコンテンツが著作権的にも比較的扱いやすいものが多いので、よりできることが沢山ある。であれば、そのできることはやったほうがいい。ただ、ポイントとしてあるのは何でもできるかといって、では人海戦術でやりますかというと、それでは投資はできないわけです。でも、技術的投資によって効率化して実現できることはある。1冊1万円掛かりますと言われれば、僕もダメだと言わざるをえませんが、システムを作れば1冊1円なんだと言われれば、どんどんやろうとなる。そう言えるのが、テクノロジーによる解決だと思います。それはやはり、新しいものに対してできることと、昔からある価値があるものに対してできるものは選択肢として、技術のトレンドも違えば、抱えている課題も違う。そこに対してはそれぞれにやれることがある。でもいずれここ(現在の新作としての商流)にある商品たちも、ここ(過去作としての商流)に来る。その時に、いま培っている技術が役に立たないはずがない。

 30年経ったときに、いますごく読まれているマンガがマンガ図書館Zに来る。来たときに価値がないわけではない。その価値をいかに保つか、あるいは大きくすることができるかという話に対して、私たちがやれることがあると思うし、出版社がそこに対して投資意欲があれば、私たちもそれをテクノロジーで支援をします。仮にそこに時間や投資ができないのであれば、私たちがやりますという話なんです。「出版社と敵対するのですか」と言われるんですが、そんなつもりは全くないんです。どちらかというと誰もが持つことになるアーカイブを、より活用出来るやり方というのを私たちも含めまだ誰も把握し切れていない。であれば、私たちがマンガ図書館Zを運営することによって、そこで得た技術を共有、供給できることに意味があるはずなんです。

国や地域を移せば大ヒットする可能性がまだまだあるはず

―― 赤松先生は「並んでいるだけで満足してしまう」という反省を仰っていましたが、溝口さんとしてはそれだけではなくて、仕組みを整えることによってアーカイブだけでなく、今後新刊や現在流通しているものにもそのノウハウを活かしていきたいということでしょうか?

溝口 そうですね。想像で語るより、できたことを説明したほうが理解が早いと思うんです。「絶版でこういうことができました、だから新刊でも適用できると思います」と言えば、きっと手を挙げて頂ける人がいるはずです。

―― 赤松先生が「喜びの声」つまり実績に拘るのもそのあたりですね。

溝口 先生方もなぜマンガ図書館Zに出してくれるのかと言えば、その手応えがありそうだからですよね。その期待値には答えていきたいと思います。

 先日、中国に行ったときに、日本でかなり前に出た本が中国で相当売れたと聞きました。日本人の感覚からすると「え? そんなに」という規模です。でもそれって、中国で仕掛けた人は当然勝算があってやっているはずなんです。そういう勝ち筋がまだまだあるはずだと思うんですよね。

―― まだまだ眠っている鉱脈がある。

溝口 そのとおりです。現代の日本人の感覚だとピンと来ないものが、国や地域を移せば大ヒットする可能性がまだまだあるはずなんです。

―― メディアドゥがマンガ図書館Zにかける期待もよくわかりました。とはいえ、事業ではありますので、グループとして「マンガ図書館Zによってこんな成果が現れた」と言えるのはいつ頃になりそうでしょうか?

溝口 どれだけ遠くても3年以内には結果を示したいですね。ホントは1年くらいで出せればよいのですが、こればかりは打席に立ってみないとわかりませんから。

―― いまメディアドゥには様々な技術と共に、カルチャーを持つ会社が集まってきています。それらがシナジーを生むのは言葉でいうのは簡単ですが、困難が伴います。それぞれの連携が取れるような仕組み作りは何かされているのでしょうか?

溝口 そういった面も含めての3年ですね。僕自身はグループ各社をそれなりに時間をかけて見てきていますので、それぞれの勘所は分かってきたという自負はあります。例えば、エンジニアが集まっての勉強会は頻繁に行われています。また事業系も要約サービスのフライヤーと、出版ライツ、AI要約のメンバーで、「フライヤーのように品質の良い要約」をAIで実現するにはどんなやり方があるのかを議論したりもしています。

―― マンガ図書館Zもそういったシナジーの枠組みにこれから参加していくことになる、ということですね。

溝口 そうですね。そもそもコンテンツマーケティング本部を作り、そこに注力していこうとなったのも2018年からですから、コンテンツをテクノロジーを活用して送り出すということに対するプロフェッショナルが育ち始めたのも最近です。特に書籍は音楽や映像などの他のコンテンツに遅れて最後にデジタルの波が押し寄せていますから、世界的にみても知見が広がるのはこれからだと思います。電子書籍とウェブって何が違うんだっけって多くの人が考えはじめたのもつい最近のことです。だから、この分野についてはこれから、ということだと思うんですよね。

―― コルクの佐渡島さんのように、作品・作家単位でそれを考える人は出てきていますが、御社のように商流全体でそれに取り組んでいくのは、まさにこれからですね。

溝口 いま人海戦術(例えばマンガの適切なコマを切り出して組み合わせSNSで拡散する、など)でしかやれていないことが、テクノロジーを使ってやれるようになる。人海戦術でもできないこともできるようになる。作品・作家単位でしか実現できないことを、もっと幅を広げて対応する事も可能になる時代がきます。マンガのどのコマが一番みられているのか、熱量が高いのか、データは取れるはずですから、これを活用すれば、よりよいマーケティングを全ての作品ですることも可能です。人がやれても効率が悪いこと、やりたくてもやれないことを実現するのがITですから、そこにチャンスがすごくあると思うんです。

―― 赤松先生が拘る「図書館」に、溝口さんらメディアドゥがテクノロジーを使ってそこに人を連れてきて、読まれている実績を作る。それによってそこで培われたノウハウが、絶版だけではないところに拡がっていく、そんなイメージを持つことができました。ありがとうございました。
〈了〉

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著者について

About まつもとあつし 4 Articles
ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者(敬和学園大学人文学部准教授・法政大学社会学部・専修大学ネットワーク情報学部講師)。NPO法人HON.jp/間野山研究学会理事/スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、フリーランスに。ASCII.JP・ITmedia・ダ・ヴィンチなどに寄稿。著書に『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めています。見て聞いて考えて書くのが好きです。
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