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2022年8月28日~9月3日は「AIイラスト創作サービスの波紋と法的観点」「警察庁、“有害情報”削除の“要請”へ」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。
【目次】
政治
国税庁「副業300万円以下の損益通算ダメ」は「ヤバい節税」潰しが狙い? パブコメ1000件超す〈弁護士ドットコム(2022年8月29日)〉
周囲で話題になっていた、国税庁の所得税法令解釈通達改正案について。「副業収入が300万円を超えない場合は、事業所得ではなく雑所得と取り扱う」というのが、副業潰しではないか? という批判の声が挙がっていました。副業を推進しているいっぽうで、なにをやっているのか? と。
ところが弁護士ドットコムが国税庁の担当者に取材したところ、「収入が300万円以下でも納税する本人が事業だと明確に説明することができるならば事業所得としても問題がない」そうです。特記事項に理由を明記すればいいとのこと。ほんとうにそんな例外処理だけでいいの? という疑念が残ります。パブコメは先月末で締め切られてますが、結果はどうなるか。
海賊版対策の無料相談窓口を開設 文化庁、中小出版や個人に助言 | 共同通信〈共同通信(2022年8月30日)〉
文化庁が6月に開設した「インターネット上の海賊版による著作権侵害対策情報ポータルサイト」に、無料相談窓口が追加されました。「8月中に」と予告されていたので、予定通り。事業を受託しているのは「弁護士知財ネット」で、そこに登録している弁護士の中でも「著作権、コンテンツ、海賊版、アジア、北米、EUの案件に従事し、実績と評価を得て」いる方が事務局を構成しているそうです。頼もしい。
海賊版で侵害された著作権者らへの賠償額高額化へ…文化庁、著作権法改正方針〈読売新聞オンライン(2022年8月31日)〉
8月30日に開催された文化審議会著作権分科会法制度小委員会の議題3「損害賠償額の算定方法の見直し」についての報道です。著作権法第114条(損害の額の推定等)の損害賠償算定方法に、特許法と同様「ライセンス機会の喪失による逸失利益」を追加すべきか? という論点になります。
日本では懲罰的損害賠償が認められていないので、「逸失利益」の範囲内で基準を見直すことにより賠償額の高額化を図る形です。海賊版で「タダ読み」された額が年間1兆円超という推計が出ていますが、裁判で認められる賠償額は現状「販売数量の減少による逸失利益」であり、そこにはかなりのギャップがあります。その差を埋めるような法改正となるのでしょう。
他の議題は、研究目的に係る権利制限規定を創設するかどうか(簡素で一元的な権利処理での対応へ一本化?)。立法・行政の内部資料としての複製(42条)に公衆送信を追加すべきか否か。関連して、38条(営利を目的としない上演等)や39条(時事問題に関する論説の転載等)や45条(美術の著作物等の原作品の所有者による展示)はそのままでよいのかどうか。そして、簡素で一元的な権利処理と対価還元の制度化について。
どれも非常に興味深い内容なのですが、わたくしなんと小委員会の開催時間を間違えていて、傍聴できませんでした。やらかした……間抜け。資料を読む限り、いちばんややこしそうなのはやはり議題4「簡素で一元的な権利処理と対価還元の制度化」でしょう。まだ時間がかかりそう。
銃や爆発物製造“有害情報” サイト管理者に削除要請へ 警察庁〈NHK | 安倍晋三元首相 銃撃(2022年9月3日)〉
安倍元首相銃撃事件発生直後に、自民党の世耕弘成参院幹事長が「武器の作り方を解説しているようなインターネット情報は、何らかの規制も考えていかなければいけない」と発言したことを、私は「火の玉ストレートの表現規制論」と批判しました(#530)。それが、法規制ではなく「要請」という形で圧力をかけていく方針になったようです。変化球になった……。
法に基づかない「要請」によって解決しようとするのは、最近の日本政府らしい対処だと感じました。「事後検閲」の一種と言っていいでしょう。ちなみに、たまたま最近読んだ和田洋一氏の論文「検閲とは何か : 検定の問題をも含めて」(1966年)によると、戦前の日本では「事後検閲が、欧米諸国とはくらべるものにならないぐらい強大な役割をはたした」そうです。そういう状況にだんだん近づいていきそうで怖い。
社会
※デジタル出版論の連載はお休みしました。
E2533 – NDL Ngram Viewerの公開:全文テキストデータ可視化サービス〈カレントアウェアネス・ポータル(2022年9月1日)〉
国立国会図書館の「NDLラボ」で実験サービスとして公開されている「NDL Ngram Viewer」について、開発研究室の方による詳しい説明です。現時点では著作権保護期間が満了した図書28万点のみが対象ですが、「国立国会図書館デジタルコレクション」がリニューアルする12月に対象範囲を拡大していく予定とのこと。楽しみ!
イベント「行政マンとして図書館員が忘れていること」に登壇して話したこと〈飯田一史の仕事(2022年9月3日)〉
#519でピックアップした、「来館ユーザーのことだけを見ていてはダメだ」という指摘の続きと言っていいでしょう。意思決定者(DMU:Decision Making Unit)が誰なのかに注意を払えというのは、私も若いころ以前の職場で似たようなことをよく言われたのを思い出しました。
要するに、金の話をするなら決裁権を持っている人に話をしないとなかなか前に進まない、ということです。これはもちろん、現場の担当者やユーザーをないがしろにしていい、という意味ではありません。念のため。まあ、私の以前の職場ではむしろ決裁権者以外をないがしろにする人が多く、それに反発していたような記憶もありますが(余談です)。
さておき、営利企業と行政の違いを考えると、営利企業は客を選べるけど行政の対象はその地域の住民すべてであること、営利企業の決裁権者は社内論理で決まるけど行政の長や議員は選挙で選ばれること、などでしょうか。恐らく、そういう差異があったとしても、重要な指摘であることに変わりないでしょう。これを図書館関係者の方がどう受け止めたのかが気になります。
経済
米の地方新聞、17年で3割減 広がる「ニュース砂漠」〈共同通信(2022年9月2日)〉
アメリカで2004年に8891紙あった地方紙が、今年5月末には6377紙まで減ったというニュース。以前、大原ケイさんに「ローカル紙合併にみるアメリカ新聞産業の苦境」という解説を寄稿いただきましたが、コロナ禍によってその傾向がさらに加速している、ということなのでしょう。
急速な落ち込みで赤字転落の「ワシントン・ポスト」、100名規模のレイオフ実施か〈Media Innovation(2022年9月3日)〉
思わず「え?」と声が出たニュース。「苦境は昨年末頃から何度も取り上げられて」いたそうですが、私は気づいてませんでした。マジ? なお、この記事内にはワシントン・ポストを買収したジェフ・ベゾス氏の名前がありませんが、下記のように「大成功」とか「劇的に復活」みたいな功績を称える記事がけっこう最近まで出ています。苦境に陥ったなら、やっぱりそれもジェフ・ベゾス氏の責任?
ジェフ・ベゾスが甦らせた名門「ワシントン・ポスト」有料デジタル版が大成功した秘密〈dot.〉〈AERA dot. (アエラドット)(2021年11月8日)〉
老舗ワシントン・ポスト紙を劇的に復活させたベゾス流とは?〈日経ビジネス電子版(2022年4月26日)〉
技術
イラストレーターの個性を学んで絵を“無限生成”するAIサービス 15枚のイラストから学習〈ITmedia NEWS(2022年8月29日)〉
イラスト生成AI「mimic」ベータ版の提供を終了へ 「不正利用を防ぐ仕組みが不十分だった」〈ねとらぼ(2022年8月30日)〉
私の周囲では先週最大のトピックでした。反発の声を見ていて感じたのは、「絵柄や画風は著作権法で保護されない」ことを知らない人が存外に多いこと、引用などと同様「機械学習用なら無断で利用できる」ことを知らない人も存外に多いこと。
そのため、感覚的・感情的な反発が先に立ってしまい、炎上に繫がったように見えました。下記の記事のような、法的な前提は理解したうえで「忌避感」から反発している人は、どちらかというと少数派だったように思います。
絵柄・画風のマネは悪いこと? 波紋呼ぶイラストAI「mimic」から考える〈KAI-YOU.net(2022年8月30日)〉
また、リンクは貼りませんが、最近のAI創作サービスはすごいと煽ってる人の中には「著作権はこうしたサービスをこれまで想定していませんでした」なんて認識をしている方もいました。AIと著作権についてはずいぶん前から議論が重ねられ、法改正もすでに行われているんですが。その法解釈については、改めて後述します。
今回のこの「mimic」は、「(著作者本人以外による)不正利用を防ぐ仕組みが不十分だった」という理由で、ベータ版は一旦機能停止となりました。ただ、テクノロジーの進化は止められません。類似したサービスや機能は、すでに他からも提供されています。
中国産の画像AI「ERNIE-ViLG」が“二次元キャラ”に強いと話題 新しいデモページ公開〈ITmedia NEWS(2022年9月1日)〉
問題は、こういった進化によって今後なにが起こるのか? でしょう。すでにいくつか論考が出ていますので、まとめて紹介しておきます。概して、いずれも「影響は限定的」「奪わない」「脅かさない」「むしろ、クリエイターほど活用すべきだ」といった論調です。おおむね同意。
AIイラストによって今後のお絵描き界隈にもたらされること〈ネット絵学|note(2022年8月30日)〉
AIソフトmimic(ミミック)はイラストレーターの仕事を奪うのか?〈Real Sound|リアルサウンド ブック(2022年9月1日)〉
画像生成AIはクリエイターを脅かすのか、それとも。〈ウェブ電通報(2022年9月2日)〉
Midjourney、Stable Diffusion、mimicなどの画像自動生成AIと著作権〈STORIA法律事務所(2022年8月31日)〉
AI創作と著作権法について、ガチの専門家、弁護士・柿沼太一さんによる解説です。非常に詳細なので長文ですが、AI創作に自分が影響を受けるかも? と不安に思っている人を含め、少しでも関心がある方は必読でしょう。
私は、ほとんど思っていたとおりだったのですが、1点だけ「画像生成AIにより自動生成された画像に著作権が発生するか(論点2)」の「実は著作権が発生しないAI生成物の方が少数なのかもしれません」という見解についてはちょっと疑問でした。程度の問題なのですが、「創作的寄与」として認められるハードルが少し低いように感じられたのです。
人間が人間に発注する場合で考えてみましょう。編集者がイラストレーターに「こういうイメージで」と依頼したら、どのレベルから「創作的寄与」として認められるのか。発注時の指示文章が長い編集者ほど、また、リテイクの回数が多い編集者ほど、創作的寄与度が高いと言っていいのでしょうか? それは内容次第だと思うのです。
これはAIへの入力でも同じことが言えます。文章(呪文)――というか、スクリプトが単純に長いほど、また、試行錯誤の回数が単純に多いほど、創作的寄与度は高いのでしょうか? こちらもやはり、内容次第でしょう。原作付きマンガは二次的著作物という判例があります(『キャンディ・キャンディ』事件)が、境界線はどのあたりになるんでしょうね?
なお、内閣府 知的財産戦略推進事務局の「AIに関して残された論点(PDF)」(2017年)という資料には、「作曲における多数の結果からの選択・修正等により最終的に自らの創造的個性に最も適合するものを作成していく一連の過程などに、創作的寄与があると考えられる」(5ページ目)とあります。
これ、AI創作物に「修正」が加わっているなら納得しやすい(もちろん程度の問題ではある)のですが、多数の結果からの「選択」だけなら創作的寄与とは言いづらいように思うのです。それはすでに否定されている「額に汗(sweat of the brow)」理論になってしまうような。
まあ、表現とアイデアなどと同じように、境界線が明確になっているわけではなく「個別具体的に判断」という広大なグレーゾーンの話になるのでしょう。要は「程度の問題」です。その「程度」が、今後の論点です。
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※本稿はクリエイティブ・コモンズ 表示 – 非営利 – 継承 4.0 国際(CC BY-NC-SA 4.0)ライセンスのもとに提供されています。営利目的で利用される場合はご一報ください。