ローカル紙合併にみるアメリカ新聞産業の苦境

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 新聞社2社が併せ持つローカル紙(community paper)が250紙以上という状況は、日本の新聞読者にはわかりづらいかもしれない(8月8日の記事「米地方紙大手2社が合併、250紙以上を抱える大所帯に」を参照)。実際には、さらにその6倍もの数のローカル紙が全米に散在している。なぜ、そういう構造になっているのか、今回の合併でどういうことが起こるのか、アメリカの新聞産業の状況はどうなのかが、少しでも理解できるように説明を試みたい。

アメリカには“全国紙”がない

 基本的にアメリカには日本のような全国紙というものがない。「ウォール・ストリート・ジャーナル」は金融の専門紙として全国で読めることになっているが、地方において紙で購読するには購読料が高すぎ、株情報が遅すぎ、ネットで読もうにもペイウォールでガチガチに縛られているので、金融街のある地元ニューヨークでこそローカル紙のひとつという扱いだが、完全に投資家・ビジネスマン向けの専門紙となっている。一方で「USAトゥデイ」を全国紙と意識して読んでいる購買層は少なく、昔からカラー刷りで薄く、読みやすいので、全国チェーンのホテルで配りやすい新聞という立ち位置だ。

 「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」といった新聞を地元以外の場所で購読することは可能だが、ウォール・ストリート・ジャーナルと同じく、必ずしも当日に配布される保証もないので、印刷されたものが届く頃には情報が遅く、配達料も高く、ニューヨークで読める版と違い、地方版は薄めになっているという状況だ。むしろデジタルシフトによって全米での読者を獲得できた稀有な例といえるだろう。

 ロサンゼルスやシカゴのような大都市から、ミネアポリスやデトロイトといった中都市までであれば、ローカル紙といえど、全国的知名度もあり、ピューリッツァー賞をとったりする新聞もあるが、それ以外の小さな町には、発行部数数千部もあればと言えるような小さなローカル紙しかないことになる。ノースカロライナ大学がおこなった調査では、全米にある7112紙のローカル紙のうち、1283紙が日刊紙で、それ以外の5829紙が週刊紙を含み、ほとんどが発行部数1万5000部以下、という数字が伝えられている。

The Loss of Newspapers and Readers | News DesertsThe Expanding News Desert
https://www.usnewsdeserts.com/reports/expanding-news-desert/loss-of-local-news/loss-newspapers-readers/

 つまり、都市部以外のほとんどのアメリカ国民が、宅配や一部売りで購読しているのは地元のローカル紙であって、ローカル紙である以上、1面の紙面を飾るのはまさしく、地元民である記者が足で歩いて取材してきたような、地元に根ざした地域性の高いニュースということになる。もちろんスポーツ欄の記事はメジャーリーグから高校のアメフトチームまで、地元チームのものばかりで、他地域のチームは統計欄の数字のみだったりする。

 大きな国内ニュース、つまりトランプ大統領の最新の外遊での失言だとか、どこかの町で起きた大規模な銃撃事件などについては、APやロイターなどの通信社や、そのローカル紙が所属しているネットワークから配信されてくるシンジケート記事を載せるので、紙面は超ローカルか、グローバルなニュースが背中合わせに掲載される状態となる。シンジケートで掲載されるのはニュースだけではなく、全国的に人気のあるコラムニストや4コマ漫画に当たる「comic strip」なども含まれ、このおかげで、ボブ・グリーンやピート・ハミルといった全国民に愛されるコラムも育つ。

インターネットの普及で打撃を受けたローカル紙の三行広告

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 そして何より、これまでローカル紙を経済的に支えてきたのは、「クラシファイド」と呼ばれる超ローカルな三行広告だった。地元の書店でのイベントから、家具屋在庫処分セール、新しくオープンしたレストラン、といったベタ広告の間を埋めるように細かい文字が並び、内容は多岐に渡る。

 例を挙げれば、今週末に隣宅と合同でヤードセール(家の中にある要らないものを売り出す極小フリーマーケット)をやります、ペットが子供を産んだので引き取り手を探しています、今週末うちの芝生を刈ってくれる人募集してます、離婚したがそろそろ次の人と交際したいので電話ください、などというものだ。

 ところが、インターネットの普及で大打撃を受けたのがこのローカル紙のクラシファイドだった。「クレイグ・リスト(craigslist.org)」のように、それこそ全米中で超ローカルな情報がリアルタイムで更新されるとあっては、新聞のクラシファイドは太刀打ちできない。こうして大きな収入源を失い、全国津々浦々でローカル紙は経済危機にさらされていった。

新聞記者としてのキャリアをローカル紙で積む

 一方で、アメリカで新聞記者がどういう風にキャリアを切り開いていくかも、このローカル紙と有力紙が混在する構造を説明するのにわかりやすいかもしれない。

 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような大手新聞社では、基本的に新卒の記者は採用しない。全て経験者のみ。雇われた次の日から取材を始め、活躍できる人材しかとらない。日本のように有名大学を卒業して、採用試験に受かれば大手メディアに就職できる、という道はない。ではジャーナリズム学科卒のレポーター志望の若者はどうやって仕事を見つけるのか?

 大学時代から学生新聞に寄稿し、夏休みを使って地元のローカル紙でインターンとして働き、ポートフォリオと呼ばれる過去記事ファイルを書き溜めることでしか、道は開かれない。日本からもマスコミ関連者が遊学することで知られるニューヨークのコロンビア大学でも、4年制学部にジャーナリズム科はなく、大学院でジャーナリズムを「研究」する学部しか設けられていない。ジャーナリスト養成学校ではないということだ。

 そして、大したキャリアなしにいきなり大手メディアに就職しようにも、エントリーレベルと呼ばれる新米記者の給料は、ニューヨークやロサンゼルスといった都会では、社会人として生活できないような薄給しか提示されない。

ローカル紙は記者の育成と地域からの事件掘り起こしを担う

 地方紙で働くレポーターの実態は、ネットフリックスの海外ドラマ「KIZU-傷ーシャープ・オブジェクト」で描写されている。出戻りの名家の娘だというだけで、主人公を邪険に扱うシェリフ(保安官)に取材しながら、暗い思い出しかない町に巣食う猟奇殺人犯罪を暴いていくというストーリーだ。そんな田舎町のローカル紙とは対照的に、神父による少年性犯罪を暴いたボストン・グローブを描いた「スポットライト 世紀のスクープ」などの状況とは、雲泥の差のある環境だと言うことがわかるだろう。

 だが、どんなローカル紙でも記者は取材となればボイスレコーダーとパソコンを使い、メールで取材し、編集の組版もデジタルで行う。デジタル化されていればこそ、システムの統合によって経費削減が実現できるからだ。日本のように相変わらずファックスとメモ帳といったアナログ的環境から抜け出せていないローカル紙があったとしたら、とっくの昔に廃刊になっているだろう。

 だが、ローカル紙のレポーターによる地元の市役所レベルの綿密な取材から、連邦政府が関わるような汚職や、国際規模の犯罪が明らかになる場合もある。ミシガン州フリントの飲料水汚染問題や、ジェフリー・エプスタインの少女買春組織疑惑も、最初に事件を追っていたのはローカル紙のレポーターだったのが、全国で配信されるニュースになった例だ。レポーターはローカル紙で経験を積み、そこでスクープに巡り合わせた一握りのジャーナリストが土地を離れて、フリーランス記者になったり、大手メディアに転職していく。

 つまりローカル紙は、地元でレポーターを育てるインキュベーターとしての役割を持つ。そして同時に、全米が関心を寄せる事件を掘り起こすパイオニアとしての役目を担っている。ローカル紙が廃刊になるのは、購読者である地元住民にとっても痛手だが、それが大手マスコミにとっても悪影響を及ぼす重大事だという認識がある。金儲けだけが目的であるのなら、誰もそんなローカル紙を何百も束ねて傘下に収めようと者はいないだろう。

生き残りの道を模索するローカル紙

 今回2つの大手新聞社が合併するからといって、決して新聞産業の未来が明るいわけではない。両社とも今年に入ってから株価が3割ほど下がっている上に、第2四半期の業績も、ガネットが同時期前年比で9.8%減、ニュー・メディアが6.9%減と、厳しい状況が続いている。

 デジタルを除いた広告収入もガネットで18.5%減、ニュー・メディアで15.3%減。2社ともにこのところデジタル版の有料購読者を増やすことに焦点を当てており、さらに小さなローカル紙からはスタッフもどんどん削るなど、費用削減策を講じに講じて、なんとか全体で黒字になっている状態だ。

 「合併により、さらに費用削減が実現できる」と経営側が言うのは、人員のリストラをも見据えているからで、レポーターだけでなく、特に吸収されたガネット側の幹部も相当数、職を失うだろうと伝えられている。ガネットは1970年代にアル・ニューハースが地方紙を買収し、1982年にUSAトゥデイを創刊するなどで伝説となったCEOが興した新聞社だ。ネームバリューはあるが、投資先としての魅力はない、と言うのがウォール・ストリートのコンセンサスだ。

 だがこれからの時代、どんなカリスマ性のあるリーダーがいたとしても、どれだけのローカル紙がさらに合併しようとも、紙版の購買数や広告収入が増えることはあるまい。デジタルシフトの結果、そのニュースを配信するプラットフォームをフェースブックなどのSNSに盗られてしまった。前述のノースカロライナ大学の調査では、2004年以降、全米で1800紙が廃刊となり、カウンティー(郡)と呼ばれる行政区(全米で約3200)別に見ると、約200のカウンティーにはローカル紙がない状態だという。

 なくすわけにはいかないと考える人たちがいて、そしてそのためには削れるところはすべて削り取り、生き残る道を模索しているのがローカル紙が直面している運命なのだ。

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NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。

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