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2024年3月10日~16日は「仏ネット書店送料無料禁止法を研究?」「カクヨムネクスト開始」「スターツ出版社長インタビュー」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。
【目次】
政治
本無料配送禁止の反アマゾン法、経産相「研究価値ある」 書店振興で〈朝日新聞デジタル(2024年3月12日)〉
齋藤経済産業大臣が閣議後の記者会見で「書店振興プロジェクトチーム」について質問され、それに答える形で出てきた話です。「反アマゾン法」みたいな言い方をするかな? と疑問に思ったのですが、経産省の会見録を見る限り「フランスで本の無料配布を禁止する法律が~」と例示しているのは質問者側でした。つまり、現時点で「反アマゾン法」を経産省が特別に重視している、というわけではなさそう。
まあ、書店議連の提言でも〈諸外国が書店を保護する動き〉は例示されていますが、さすがに本文で特定企業を名指しするのは避けています(脚注の記事タイトルにはありますが)。日本図書館協会のサイトで全文のPDFが公開されていますので参考まで。
ちなみに分かる範囲でフランスの政策を振り返ると、ネット書店の配送無料サービスを禁止したのは2014年のことです。ところがネット書店(アマゾンだけではない)側はこの法律を、送料1ユーロセント(本稿執筆時点の為替レートで約1.6円)に設定することにより有名無実化します。したたかです。
そして最低送料を制限する法律が成立したのは2021年と、規制強化までにはけっこう時間がかかっています。そして、最低送料が3ユーロ(同約487円)に決まるまでにも少し時間がかかり、施行されたのは2023年10月です。実はつい最近なんですよね。その結果どうなったか? という続報はまだ目にしていませんが、効果の検証にはまだ早すぎるかも。
ちょうど1年前、書店議連の提言が出る直前くらいに永江朗氏から「アマゾンを不便にすれば、まちの本屋に消費者は戻るのでしょうか」という問題提起があったことを思い出します。
私も同じころ、ネット書店の配送無料を禁止すること=利用者に負担増や不便さを強いることであり、有権者を敵に回してまで、フランスのような「文化を守る」という大義名分を貫き通せるかどうかと記しています。つまり、日本の政治家がそこまでの覚悟ができるだろうか? と。
やるとしたら、書籍・雑誌への軽減税率適用をセットにてし、送料は増えるけど税金が減るような合わせ技で不満の声を抑え込むような方向性でしょうか。それには、財務省が首を縦に振らないかもしれませんが。
生成AIによる著作権侵害の実例、文化庁が収集開始…クリエイターらの不安解消狙う〈読売新聞(2024年3月13日)〉
文化庁が昨年設置した「文化芸術活動に関する法律相談窓口」から、生成AIの事例も受け付けるそうです。窓口のページには(フリーランス新法やインボイス制度への対応、AIと著作権に関する事項を含む)という括弧書きがいつのまにか追記されていました。相談は弁護士知財ネットが受託しています。
WARPでアーカイブを確認してみたところ、2023年4月から9月までは「令和4年度の相談については受付を終了しました。令和5年度については、準備が整い次第再開します。」と赤字で書かれていました。実は昨年度、窓口は半年間開いていなかったことに。予算の都合なのか、体制の問題なのか。
AI開発・運用でEUが世界初の規制法…画像の無差別収集を禁止、違反事業者に制裁金56億円〈読売新聞(2024年3月13日)〉
昨年末に政治合意に至った規制法案がついに可決されました。ただ、政治合意後もEUの産業界からは懸念の声が上がっていたので、最終案でどこまで調整が図られたかが気になります。そのうち誰かが詳しい解説してくれるかしら。
社会
「「出版指標」の統計と現在の出版業界」原正昭(2024年2月8日)〈日本出版学会(2024年3月11日)〉
出版科学研究所所長の原正昭氏が登壇した出版編集研究部会の開催報告です。当日、時間制限が厳しかったこともあり、私の質問はすべて後日回答になっていました。この開催報告にも載っていませんが、せっかくなのでこの機会に共有しておきます。
以下の質問事項は「出版指標年報」の巻頭にある「本書の統計の読み方」の用語についてです(番号は2023年版に準拠)。同じ意味のことが違う言葉で説明されているケースがあり、確信が持てない箇所があるため、私の認識に間違いがないかどうかを確認させて欲しい、というものでした。そのためおおむねYesかNoで答えられる質問になっています。
□5「取次出荷金額」について
この用語には説明がありません。ただし、□7.4「推定出回り部数」の説明には「取次出荷部数のこと」とあります。つまり「取次出荷金額」は「推定出回り金額」とイコールでしょうか?
出科研 原所長の回答:YES 同じです
□7「推定出回り部数」について
この説明文には「返品の活用による再出荷分を含む」とありますが、(1つ前の質問がYesなのであれば)「取次出荷金額」も「返品の活用による再出荷分を含む」と考えてよいのでしょうか?
出科研 原所長の回答:YES
□5「推定販売金額」について
計算式の後半に「小売店から取次への返品金額」とありますが、これは□7用語説明の「返品率」に書かれている「推定返品金額」と同じでしょうか?
出科研 原所長の回答:YES 同じです
□5「取次出荷金額」について
「書店の新規出店等に伴い出荷された店頭在庫分を含む」ということは、「書店の閉鎖等に伴い返品された店頭在庫分」は返品金額に含まれるのでしょうか? つまり、大型店閉鎖などで大量の返品があったばあい、推定販売金額はそのぶん減るという認識で正しい?(現状の推定販売金額のダウントレンドは実態以上になっている可能性?)
出科研 原所長の回答:YES その通りです
□7「返品率」の「推定返品金額」
3行目にわざわざ「ただし」書きで「再出荷されるので、返品は即破棄を意味するものではない」と記載されているので混乱しそうなのですが、この「推定返品金額」は純粋に書店から返品された総量であって、ここに再出荷は考慮されていないと考えてよいのでしょうか?(再出荷を引いた額ではない?)
出科研 原所長の回答:YES 「推定返品金額」は書店から返品された総量です。
□7「推定発行部数」の「雑誌」
こちらは重版について触れられていませんが、「新刊書籍」と同様、含まないと考えてよいのでしょうか?
出科研 原所長の回答:(取次の)雑誌ラインを使って発送している重版を含みます。次号以降注釈の表記に追記します。
(※マンスリレポート2024年2月号から反映済みであることを確認済み)
□7「推定発行金額」
これに「返品率」をかけて販売金額を推定しようとする試みを見たことがありますが、「推定発行金額」には重版分が含まれないので、返品率をかけた値は「推定“初版”販売金額」に近しいと考えてよいのでしょうか?
出科研 原所長の回答:書籍 推定発行金額には重版は含んでおらず、新刊のみです。言葉の定義が分かりづらくて申し訳ないのですが、「年報」23年版 P7など、流通総量を表す用語として、書籍は「出回り金額(部数)」、雑誌は「推定発行金額(部数)」としています。
書籍で、推定発行部数(金額)、と表や文章内で記載している場合は 新刊にかかる表などの内容の説明です。ご指摘されるまで、自明と考えており、字数の関係もあって「発行部数」などと文章内で表記することもありましたが、今後、「出回り部数」「新刊(推定)発行部数」など明記することを心がけます。
児童書市場とライトノベル
児童書にはさまざまな判型がありますが、児童書市場の推定販売金額は他(たとえばライトノベル)との重複はないと考えてよいでしょうか?
出科研 原所長の回答:YES 例えば「児童文庫」と「ライトノベル」など、重複することはございません。
□7「推定発行部数」の「書籍新刊」
(※これだけYes/Noでは答えられない質問)「新刊として出荷されたと推定される部数」で「重版は含まない」とありますが、含まない理由と、含まない数値を発表する意味が知りたいです(正確に記述すれば「推定“初版”発行部数」ということになる)
出科研 原所長の回答:従来より「書籍新刊」の点数・部数などと、書籍全体の流通量「書籍出回り」の部数・金額など、をともに発表してきました。出回りデータだけでなく、「書籍新刊」の発行データを示すことで、刊行活動の趨勢を知ることができるためです(雑誌で言えば全体の発行データだけでなく創刊誌の発行データを示すことと同じようなものです)。ジャンル別での規模やその年の推移を表すのに、新刊のデータを用いて説明している部分も多くあります。
質問と回答は以上です。とくに「現状の推定販売金額のダウントレンドは実態以上になっている可能性」が肯定されたのは大きな収穫だと思いました。推定販売額の算出ロジックが「出荷額マイナス返品額」だから、閉店などにより一時的にでも返品が多くなると、そのぶん推定販売額は減ってしまうというわけです。
これって、バブル崩壊後も出版市場が世の中のトレンドとは逆に数年間は伸び続けたのは、実は出店増あるいは書店の大型化に伴う出荷増が大きな要因だった(それを指摘している書籍か記事か論文を読んだ記憶があるのですが掘り出せない……すみません)ことの、裏返しなのですよね。「間違っている」というわけではなく、そういう値なのだという前提で扱う必要がある、ということです。
直木賞作家・今村翔吾氏が神保町に上げる「本屋さん」再興の狼煙〈日経ビジネス電子版(2024年3月15日)〉
佐賀や大阪でも書店を経営している作家の今村翔吾氏が、こんどは東京・神保町へ進出です。そのことについてのインタビュー記事なのですが、とくに後半「書店の経営はハードルが高すぎる」以降が非常に読み応えがありました。初期投資額が意外と大きいこと、返品できるがゆえに在庫管理が難しいこと、返品を増やして運転資金に充てる動きで首が絞まること、などなど。私はリアル書店の経営や業務の経験はないので、勉強になります。
経済
ネット広告を荒らす「悪意」に社会は勝てるのか 広告市場は過去最高でもメディアが暗い理由 | インターネット〈東洋経済オンライン(2024年3月11日)〉
メディアコンサルタント・境治氏による電通「2023年 日本の広告費」についての所感です。「マス四媒体由来のデジタル広告費」で、「雑誌デジタル」がほぼ横ばい、「新聞デジタル」はマイナスになってしまったことの要因として、「真っ当な媒体社であるはずの新聞社や出版社が運営するデジタルメディアで、広告が溢れかえるほど表示されること」を挙げ強く問題視しています。
これ、私も2023年回顧コラムで「ウェブメディアで広告枠が異様に増えた印象があります」と、境氏とほぼ同じことを指摘していました。計量したわけではなく感覚的な印象論だったので実は若干不安だったのですが、少なくとも私だけがそう思っているわけではなかったようです。
ただ、広告費が減った理由としてはむしろ、新聞・雑誌発のネットメディアがペイウォールを築いて記事を無料では全文を読ませない形に変わっていったこと、つまり、ペイドメディア化したことのほうが要因としては大きいような気がします。2024年予想で書いた「広告以外へのビジネスモデル転換が進む」って、要するに広告収入は減るって話ですから。
さらに、これも以前から何度か書いていますが、ペイウォールが増えたことにより「すでに良質な情報は対価を払わないと手に入りづらい状況になっている」ことに読者の側も気づき始めていると思うのですよね。もちろん、無料で良質な情報を配信しているメディアもありますが、見出しだけ扇情的で内容は軽薄短小な無料メディアに、アクセス数(≓広告収入)では太刀打ちできないという残酷な現実もあり。
KADOKAWAがサブスク読書サービス「カクヨムネクスト」 人気作家の最新作がいち早く読める〈ねとらぼ(2024年3月13日)〉
予告の時点でも書いたように、これは作家へ定期的に原稿料を支払っていたかつての「連載媒体」をウェブで復活させる試みです。連載後にパッケージ化したものは「BOOK☆WALKER」などで販売、という住み分けが成されるのでしょう。応援する意味も込め契約しました。うまくいくといいですね。
ところで、ウェブ小説をマネタイズする試みとしてどうしても思い出すのが「LINEノベル」の失敗です。「LINEノベル」は話売り形式でしたが、「カクヨムネクスト」はサブスク形式。これは恐らく、「LINEノベル」の失敗という単純な理由だけではなく、ユーザー層の違いも考慮している気がします。あくまで想像ですが。
「恋空」のスターツ出版がスゴいことになっていた チームで作る穏やかな風土で、売上が5年で5倍超に | 勃興するブルーライト文芸〈東洋経済オンライン(2024年3月15日)〉
スターツ出版の代表取締役社長・菊地修一氏へのインタビュー。21年前に『Deep Love』『天使がくれたもの』『恋空』と3年連続でミリオンヒットが出たこと、でもブームが収束したとき返本の山になってしまったこと、投稿サイト「野いちご」を自社開発したこと、あるいは、チーム制作の組織論とか、書籍売上がこの5年で9億円から51億円と5倍超になっていることなど、興味深い話が満載です。週明けには後編が公開されるみたい。
技術
氾濫する信頼度の低いAI生成によるニュースや画像・・・NewsGuardが見つけた739の事例〈Media Innovation(2024年3月13日)〉
先週ピックアップした「偽ニュースメディア 日本でも相次ぐ」と似た話などもありますが、私がとくに気になったのは「英国王室の広報活動にまで影響が広がってい」る件について。英王室が公開したキャサリン皇太子妃の写真を、AP通信などが配信したのち「加工」の跡が疑われ、配信を取り消すという事件が起きたそうです。
実際の写真をパッと見た印象ではとくに問題なさそうですが、よく見ると袖の一部が欠けているとか、手や膝がぼやけているとか、ジッパーや背景がズレているといった不自然な点があります。BBC Newsの検証がわかりやすかったです。
要するに、技術やツールの進歩で誰でも容易に画像を加工できるようになったけど、雑な仕事にはやはり粗があるということ。そしてそれを通信社が最初は見抜けず、そのまま配信してしまったということ。本件についてMedia Innovationは「メディアの信用(ファクトチェック能力)の低さが露呈している」と辛辣です。
でも、正直に告白すると、私は「加工の跡が見つかっている」と知った上でも、写真をパッと見ただけではどこに問題があるかわかりませんでした。けっこう難易度高いです。ましてや知らない状況下で、この加工を見抜けた自信はありません。写真の加工を検知するツールが存在することは知っていますが、今後はそういうチェックが必須になるのでしょうか。
また、本件は意図的な加工ですが、最近だとカメラ(というかソフト)側が勝手に補正して実在しない生物を意図せず生成してしまうような事例も確認されています。そういうのも含めて考えると、どれがフェイクでどれが真実の姿なのか、見極めるのは本当に難しい時代になっていると感じます。
私も、映り込んでしまった邪魔なオブジェクトをPhotoshopで消す作業とか、ずいぶん昔から何度もやってきましたけど、最近はほんと簡単になりましたもんねぇ……。
セルシス、「CLIP STUDIO PAINT 3.0」の提供を開始 ~一括払い・無期限版も販売〈窓の杜(2024年3月15日)〉
クリスタの新バージョンが出ました。この記事ではなぜかカットされていますが、セルシスのプレスリリースには「DC3マスターコンテンツを登録」機能で「CLIP STUDIO MONO」への作品出品がよりシームレスになったとあります。HON.jp Booksが「DC3」を使っていることもあり、個人的にはこちらの機能のほうが重要に感じました。
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雑記
週刊出版ニュースまとめ&コラム #606(2月12日配信)で「出版指標年報」のバックナンバーを探しているとお伝えしたところ、ある方から譲っていただけるとの連絡をいただきました。ありがとうございます。ご自宅まで受け取りに行ったのですが、膨大な蔵書に圧倒されました(鷹野)
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