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新型コロナウイルス感染拡大を受け、学校で遠隔授業のニーズが急速に高まっている。その際の障壁とされていた著作権の問題をクリアにすべく、「授業目的公衆送信補償金制度」が前倒し施行される見通しだ。そこで本稿では、この新制度がどのようなものなのか、筆者の理解の範囲で解説する。
注意点
筆者は2015年に著作権などの入門書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』を著し、大学・短大で非常勤講師としてデジタル編集論・デジタル出版論などを教えているが、弁護士資格などは持っていない。本稿はもちろん、細心の注意を払い、さまざまな文献・資料を参照しながら書いてはいるが、もし誤認・誤記などあれば、遠慮なくご指摘いただきたい。
現行法はどうなっている?
現行の著作権法でも、学校その他の教育機関では35条の権利制限により、必要と認められる限度において著作物を無許諾・無償で利用できる。ただし、著作権者の利益を不当に害することとなる場合は除く規定になっている。
著作物の利用方法は、対面授業での「複製」と、対面授業(主会場)を遠隔地(副会場)へリアルタイムで配信(遠隔合同授業)するための「公衆送信」が認められていた。なお、対面授業と遠隔合同授業については、改正著作権法が施行されたあとも変わらず、無許諾・無償で利用できる。
また、「引用(32条)」や「非営利無償の上演等(38条)」など、他の権利制限規定が適用される場合、あるいは、権利者があらかじめ無断での利用を許諾している場合(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなど)や、著作権の保護期間が満了(パブリックドメイン)している場合は、35条に該当しなくても無許諾・無償で利用できる。詳しくは、文化庁の解説「著作物が自由に使える場合」などをご参照いただきたい。
遠隔合同授業以外の公衆送信はダメだった
しかしたとえば、対面授業の予習・復習用資料をメールで送信したり、オンデマンド授業(リアルタイムでない)で講義映像や資料を送信したり、スタジオ型(教員の前に生徒等がいない)のリアルタイム配信授業をしたりといった、遠隔合同授業以外の公衆送信は、従来は、著作権者の利益を不当に害することとなる場合とされていた。
つまりこれまでは、上記のようなことを行おうと思ったら、著作権者へ個別に連絡し、利用許諾を得る必要があった。権利者が見つからなかったり、断られたり、利用料を払う必要があったり、手続きが煩雑で授業に間に合わなかったりした。これでは教育の情報化を推進できないことから、35条の権利制限規定が見直されることになったのだ。
教育機関の著作権法への理解も不十分だった
また、どこからアウトでどこまでセーフなのか? という法解釈のガイドラインは存在していたが、権利者団体が策定したものであり、教育機関と合意されたものではなかった。そのためか、教育機関の著作権への理解が不十分という指摘もあった。
ちなみに、2015年7月に行われた文化審議会著作権分科会 法制・基本問題小委員会の議事録によると、高等教育機関では「拡大解釈により35条の範囲を大きく逸脱した利用が常態化」(日本書籍出版協会 井村氏の発言)しているという指摘があり、ダメな例として以下のようなケースが挙げられている。
- 前期の15回の講義で使用する教材を全て1冊ないし複数の著書のコピーだけで済ませるケース
- いわゆる「自炊」した本を研究室のサーバーに置いて教員・学生で共有するケース
- 数社の出版社が発行する書籍から欲しいところだけを抜粋してコピーし、冊子体にまとめ多くの授業で使用するケース
- 教師が出版物をスキャンして作成したPDFファイルをメール添付やファイル転送サービスの利用等の方法で学生に送信するケース
- 教師控室に置かれた講座別の棚に過去の講義分も含めて講義で使用するコピー資料が置かれ、学生は講義を休んだ場合なども含め、必要な資料を自由に持っていくことができるケース
井村氏は「高等教育機関はもはや著作権無法地帯と言っても過言ではない」とまで発言しており、強く批判する論調だった様子が伺える。確かにこれでは、教育機関向けの出版物がビジネスとして成り立たなくなってしまう可能性がある。35条は、「教育目的ならいくらでも自由に使える」ような免罪符ではないのだ。
補償金を払えば、権利侵害にならない制度に
こういった状況があるため、教育の情報化が進むことによって、権利侵害がより深刻になることを権利者団体側は懸念していた。劣化しないデジタルコピーが、違法に拡散される可能性も高くなる。しかし、教育関係者からすると、個別に利用許諾を得るのは現実的ではないし、むしろいちいち個別に問い合わせられたら権利者側にも過大な負荷がかかってしまう。
そこで、教育機関が指定管理団体に補償金を支払えば、遠隔合同授業以外の公衆送信も無許諾で行える、という法改正が行われたのだ。支払義務があるのは、教育機関の設置者となる。つまり都道府県市町村立の学校であれば、教育委員会だ。原資は税金ということになる。そのため、公正かつ透明性の高い制度にする必要があった。
なぜ公布から施行まで3年も猶予が?
2018年5月25日に公布された改正著作権法は、35条のみ、3年以内に施行されることになっていた。つまり、2021年5月までの制度スタートを目指していたのだ。なぜすぐ施行しなかったのだろうか?
それは、3年のあいだに環境整備を行うためだ。権利者団体と教育機関の双方が合意したガイドラインの策定、教育機関での著作権教育や研修方法の検討、35条に該当せず権利処理が必要な場合の窓口一本化といったライセンス環境の整備、そして、補償金額をいくらにするか、運用スキームをどうするか、などだ。
環境整備は、権利者団体と教育関係者が設置した「著作物の教育利用に関する関係者フォーラム」で、文化庁と文部科学省、有識者などから助言を得ながら進められていた。直近では1月20日に、「運用指針策定に関する論点整理」の資料が公開されている。その時点でフォーラムは、計22回開催されていた。
また、1月31日にはこの論点整理についての解説などを行う「著作権法第35条の一部改正に関するブリーフィングセッション」(一般社団法人日本著作権教育研究会)も開催されていた。
ところが、新型コロナウイルス感染拡大により、教育機関では遠隔授業を否が応でも導入せざるを得なくなった。そこで、著作権の問題をクリアにするため、この新制度を、環境整備完了を待たずに前倒しすることになったというわけだ。
指定管理団体の一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS)が2020年度の特例として、補償金「無償」の認可申請を行った。今後、文化審議会での審議、文化庁長官による認可など必要な手続きを急いで進め、4月末頃に施行する予定、というのが本稿執筆時点の状況だ。
文化庁著作権課からお知らせです。#著作権
🔽授業目的公衆送信補償金制度の早期施行についてhttps://t.co/g5Qkn4Gn8o pic.twitter.com/2Nmyd2J8zC
— ぶんかる【文化庁公式】 (@prmag_bunka) April 7, 2020
新制度はどうなる?
以下、著作物の教育利用に関する関係者フォーラムの論点整理資料(1月20日付)と、1月31日開催のブリーフィングセッションに基づき、解説を試みる。
どのような論点が整理されていた?
権利者団体と教育機関の双方が合意するためには、まず言葉の定義について共通認識を図る必要がある。まもなく施行される見通しの改正著作権法第35条第1項には、以下のような用語がある。これらを1つ1つ、このケースは該当するのかしないのか、という議論を続けてきたわけだ。
- どこで?:学校その他の教育機関(非営利)
- いつ?:授業の過程における利用
- だれが?:教育を担任する者(教員など)と、授業を受ける者(履修者など)
- なにを?:公表された著作物
- どのように?:複製、公衆送信、公に伝達
- どのくらい?:必要と認められる限度/著作権者の利益を不当に害することとなる場合は除く
学校その他の教育機関(非営利)とは?
35条の対象となるのは、組織的、継続的に教育活動を営む非営利の教育機関だ。幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、高等専門学校、各種学校、専修学校、大学・短大等は、学校教育法に基づくのでわかりやすい。
それ以外にも、防衛大学校、税務大学校、自治体の農業大学校など、大学に類する教育機関。職業訓練などに関する教育機関。保育所、認定こども園、学童保育。公民館、博物館、美術館、図書館、青少年センター、生涯学習センター、その他の社会教育機関。教育センター、教職員研修センター。学校設置会社が経営する学校も、規制緩和により特例で対象となる。範囲は意外と広い。
該当しないのは、営利目的の会社や個人経営の教育施設、専修学校または各種学校の認可を受けていない予備校や塾、カルチャーセンター、企業や団体等の研修施設などだ。
授業とは?
学校その他の教育機関(非営利)でも、「授業」に該当しない場合は対象外だ。講義、実習、演習、ゼミなどはすべて、名称は問わず「授業」だ。履修者の予習・復習は「授業の過程」にあたる。また、初等中等教育の特別活動(学級活動・ホームルーム活動、クラブ活動、児童・生徒会活動、学校行事、その他)や部活動、課外補習授業なども「授業」と整理されている。
該当しない例は、入学志願者に対する学校説明会、オープンキャンパスでの模擬授業、教職員会議、大学でFD・SDとして実施される教職員を対象としたセミナーや情報提供、サークル活動など高等教育での課外活動、単位認定されない自主的なボランティア活動、保護者会、学校その他の教育機関の施設で行われる自治会主催の講演会、PTA主催の親子向け講座など。
なお、社会教育機関が行う各種講座などは、継続検討とされている。
教育を担当する者(教員など)とは?
授業を実際に行う人のこと。名称や教育免許の有無、常勤か非常勤かといった雇用形態は問わない。いわゆる「手足論」で、教員などの指示を受けて、事務職員などの教育支援者・補助者が、学校内の施設を用いるなど学校の管理がおよぶ形で複製・公衆送信を行う場合は、教員などの行為とされた。
授業を受ける者(履修者など)とは?
教員などの学習支援を受けている人、または指導下にある人。児童、生徒、学生、科目履修生、受講者など、名称や年齢は問わず、実際に学習する者が該当する。こちらも「手足論」で、事務職員などが、履修者などの求めに応じて複製・公衆送信を行う場合は、履修者などの行為とされた。
著作物とは?
これは35条に限った話ではないので、論点整理には含まれていない。著作権法2条で定義されている「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」がそのまま適用される。著作権法10条で例示されているのは、以下のとおり。
- 言語の著作物(小説・脚本・論文・講演・スピーチなど)
- 音楽の著作物(楽曲・歌詞)
- 舞踊または無言劇の著作物(ダンスなどの振付)
- 美術の著作物(絵画・イラスト・版画・彫刻など)
- 建築の著作物、図形の著作物(地図・図面・図表・模型など)
- 映画の著作物(映画・アニメなど動画全般)
- 写真の著作物(写真そのもの)
- プログラムの著作物
詳しくは、著作権法の解説書などを読んでいただくほうがいいだろう。筆者も入門書を著しているが、残念ながら最近の大きな法改正が反映できていない。たとえば福井健策氏の『改訂版 著作権とは何か 文化と創造のゆくえ』(集英社新書)は、3月17日に出たばかりで、保護期間の延長など最近の状況を踏まえ改訂されているのでお勧めだ。
なお、これは著作物か否か? というのは、裁判で争点になることが多い。「思想または感情を創作的に表現したもの」という定義を、個々の事例で検討するわけだ。独創性(オリジナリティ)が必要で、単なるコピーは該当しない。また、表現される前のアイデアの段階は、著作物ではない。換骨奪胎された「物語の構造」や、絵柄、文体は、アイデアに該当する。線引きが難しいところだ。
複製とは?
こちらも著作権法2条1項15号で「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義されているとおりだが、論点整理では学校などで行われることが多いものが、以下のように例示されている。前述のとおり、対面授業での複製は改正後も無許諾・無償で可能だ。
- 黒板への文学作品の板書
- ノートへの文学作品の書き込み
- 画用紙への絵画の模写
- 紙粘土による彫刻の模造
- コピー機を用いて紙に印刷された著作物を別の紙へコピー
- コピー機を用いて紙に印刷された著作物をスキャンして変換したPDFファイルの記録メディアへの保存
- キーボード等を用いて著作物を入力したファイルのパソコンやスマホへの保存
- パソコン等に保存された著作物のファイルのUSBメモリへの保存
- 著作物のファイルのサーバーへのデータによる蓄積(バックアップも含む)
- テレビ番組のハードディスクへの録画
公衆送信とは?
こちらは著作権法2条1項7号の2で定義されているが、条文がややこしい。要するに、インターネット送信や放送(有線放送も)などのことだ。サーバーへ保存し、インターネットへ送信できる状態にする(送信可能化)ことも含まれる。
ただし、校内放送のように、学校の同一敷地内(同一構内)に設置された設備を用いた校内での送信は、「公衆送信」に該当しない。学外に設置されているサーバーや、構外からアクセスできるサーバーに保存されている著作物の送信は、「公衆送信」だ。
また、著作権法2条5項で「公衆」には「特定かつ多数の者」が含まれるとも定義されている。つまり、1対1のメール送信は「公衆送信」ではないが、多数の履修者へメール送信したら「公衆送信」に該当することになる。
前述のとおり、対面授業の主会場を遠隔地の副会場へリアルタイム配信する「遠隔合同授業」のための公衆送信だけは、改正後も無許諾・無償で可能だ。
なお、対面授業で公衆送信を受信して伝達する利用は「公に伝達」となる。たとえば、YouTubeにアップロードされている授業に関連する動画を、授業中に受信して、教室に設置されたディスプレイなどで履修者に視聴されるのは「公に伝達」だ。これは実は、改正前は原則許諾が必要だったのだが、改正後は許諾不要・無償となる。
必要と認められる限度/著作権者の利益を不当に害することとなる場合は除く、とは?
論点整理では、授業に必要な部分・部数に限られる、と整理されている。クラス単位や授業単位までの利用であれば問題ない。授業参観に参加している保護者に、履修者と同じ複製物を配布するのも、該当する例に挙げられている。
権利者団体が2004年にまとめたガイドラインでは、「大学等の大教室での利用」や「複数の学級で利用することで結果的に大部数の複製となる場合」などは、「著作権者等の利益を不当に害すると考えられる」例に挙げられていた。これが、論点整理では括弧書きで「大学の大講義室での講義をはじめ、クラスの枠を超えて行われる授業においては、当該授業の受講者数」と記されており、当時と若干異なっている。
なお、論点整理資料には文化庁が作成した資料が参考として添えられているが、生徒数は小中高なら標準で40人以下とされている。大学等は授業形態によって異なるが「著作権者の利益を不当に害さない範囲に限る」と注記されている。ここは、著作物の「種類」「用途」「複製部数」「複製、公衆送信または伝達の態様」に照らし、判断されることになる。
1月31日のブリーフィングセッションで登壇した日本著作権教育研究会 事務局長 内田弘二氏は、この点について「あくまで私見」としつつ、学校利用を前提としたドリルの利用や、市販プログラムの複製利用などは、不当に害する具体例としていた。典型例は、まだフォーラムで検討中とのことだ。
筆者が危惧すること
本来なら、あと1年かけてこういった不明瞭な点を詰めていく予定だったのだ。筆者は、遠隔授業が可能になるという新聞報道などでこの「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は除く」が言及されず、あたかも「教育目的ならいくらでも自由に使える」かのように伝えられている点を危惧している。
途中でも述べたように、35条は免罪符ではないのだ。教育機関向けの著作物がビジネスとして成り立たなくなることは、教育機関向けに良質な著作物を届けられなくなることと同義だ。補償金「無償」が1年続いたあと、とくに中小出版社がどれほどの損害を受けることになるのか、非常に怖い。それゆえ筆者は、この措置には公的補填が必要だと考える。
[2020年4月17日追記:著作物の教育利用に関する関係者フォーラムから、令和2年度限定の運用指針が公表されました。]
参考リンク
改正著作権法第35条運用指針策定に関する論点整理(著作物の教育利用に関する関係者フォーラム)
https://forum.sartras.or.jp/info/003/
学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドライン(著作権法第35条ガイドライン協議会:2004年)
(※)初出時「日本著作権教育研究会 事務局長 内田弘二氏」とキャプションしていましたが、誤りでした。お詫びして訂正いたします。
休校が始まり、郵送した課題を受け取った家庭の保護者から「子供の励みになるので動画をたくさんアップしてほしい」と言われ、管理職から「先生方の声で解説を聞くことで生徒も安心する」と言われましたが、いざやってみようと思っても「これって著作権にひっかかkるのか?」と手も足も出ない状態でした。今年度限りの運用方針がでた、とのことで申請は県に任せて、法に触れることなく安心して動画を撮影、送信しようと考えているところです。素人にもわかりやすい解説、本当にありがとうございます。