クールジャパンは“シャレ”だった? ―― アメリカで日本のマンガを売ることの難しさ

JEPAセミナーレポート

松井剛『アメリカに日本のマンガを輸出する』
松井剛『アメリカに日本のマンガを輸出する』(背景は Samuele Schirò による Pixabay の画像を加工)
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 4月22日に日本電子出版協会(Japan Electronic Publishing Association、以下JEPA)主催、一橋大学の松井剛教授による「アメリカに日本のマンガを輸出する」と題されたセミナーに参加してきた[編注:松井氏による同名の著作が有斐閣から3月14日に刊行されている。サブタイトルは「ポップカルチャーのグローバル・マーケティング」]。私自身が主に日本の文芸作品を中心に欧米マーケットに翻訳権を売り込む仕事に携わってきたし(マンガこそ得意とするジャンルではないので扱っていないが)、「クールジャパン」の号令とともに日本政府が先導をとってコンテンツ輸出に取り組むも、その海外文化推進のあり方に以前から疑問があったからでもある。配信なし、資料なしのレクチャーだったので、このテーマに興味のある人に少しでも内容をお伝えしたく、主観たっぷりで申し訳ないが、まとめてみた。

 松井教授のこれまでの著書をみると、マンガに特化したタイトルというわけではなく、ある種のキーワード、つまり特定の言葉がどうやってマーケットを作るのか、というテーマに沿った文化研究が多いことがわかる。そして最新の著作では「マンガ」というキーワードがアメリカ市場に定着するまでに、どういう経歴があったのかを分析している。

 今でこそ安倍政権や経済産業省が「クールジャパン」と喧しいが、そのきっかけとなったのが、2002年に「フォーリン・ポリシー」誌に載った「Japan’s Gross National Cool」という記事(だけ)だったと聞いて心当たるところがあった。記事の概要はハローキティー、RPGゲームなどのジャンルで日本のものが海外でも愛されている、GNPではなくGNC(Gross National Cool)度で測ったら日本だって捨てたもんじゃない、という主旨で、ダグラス・マグレイという御仁が書いたエッセイだった。

 これを読んで喜んだのが日本の財界、役人、政治家の皆さんで、「失われた10年」でションボリしていたところに、外国の人が褒めてくれたということで、件の記事は翻訳されてあちこちで取り上げられた。ここからは私見になるが、当時アメリカにいたのに「グロス・ナショナル・クール」などという言葉は一度たりとも聞いたことがなかったし、日本のポップカルチャーの評価はcoolというよりweird(妙な、変わった、イミフな)だったので、松井教授いうところの「肌感覚」では「ンナコトあるわけねーよ」と思っていた。

 調べてみたら当時のマグレイ氏は「フォーリン・ポリシー」誌で編集助手を務めた後、ジャパン・ソサエティーのフェローとして3カ月ほどの日本滞在(取材旅行)で何かでまとまった記事を書かねばならなかったのだそうだ。それが「クールジャパン」政策の提灯記事として使われることになったのを快く思っていないのか、あの記事に関して日本からの取材は拒否しているらしい。質疑応答でも「あの記事は結局“シャレ”だったのか?」と訊かれて、松井氏は「シャレといえばシャレ」と上述のエピソードを披露したのだった。

 松井氏の説明では、霞ヶ関では予算を取れそうなキーワードがあると、みんなそれで予算を取ろうとするそうで、例えば今ではやたら「AI」だの「フィンテック」だの「クラウドファンディング」という言葉で政府が経済のテコ入れのきっかけにしようとしているのがわかる。こういった言葉が見つかるのを「旗が立った」と呼ぶそうだ。日本の文化輸出といえば、それまでは着物だの、お琴だのと「ハイカルチャー」な文化だったのが、ここから「クールジャパン」と称して、コスプレだの、きゃりーぱみゅぱみゅだの、Kawaii大使というソフトな方向にシフトされた、ということらしい。

 アジアでは確かに日本のポップカルチャーは昔から人気だが、それを欧米マーケットに浸透させるのはハードルが高く、その試行錯誤の歴史は同書に詳しく書かれているのでここでは省略する。

 ただ1点、2000年代に入ってから「アメリカでも書店業は苦しく、(大型チェーン店の)ボーダーズがなくなったり、リーマンショックがあった中でマンガの売り上げだけが伸びていた」という見解には賛成しかねる。(アメリカの書店の歴史については、5月末刊行予定の『ユリイカ』に寄稿予定なので、詳しくはそちらを参照されたい。)「マンガの売り上げだけが伸びていた」というより、2000年から2006年ごろまでは他のジャンルの本と比べて、mangaの棚面積(つまりは総刊行点数)が飛躍的に伸びた、というのが私が知る事実だ。

 この頃にアメリカに滞在して書店に行ってみれば、松井教授のように「マンガがアメリカで力を持ってきているのかな?」と感じるであろう。だが、日本からのコンテンツ輸入がどのぐらい増えているのかを測ろうにも、モノではないのでデータがとりにくい、という点も納得できる。これを研究対象にしたその熱意には頭が下がる。結局、北米でのマンガ小売市場規模は2007年に約2億ドルでピークを迎え、その後は減る一方となっている。

アメリカで日本のマンガを売ることの難しさ

 アメリカでマンガを広めようとする際にぶちあたるハードルも、私にとっても深く頷けるものばかりで、いくつかを挙げると、

  • アメリカ人にとってcomicというのは「男の子が読むもの」という認識・前提があるので、日本のmangaは josei / seinen / shojo / shonen と4つのカテゴリーがあることを説明するところから始めなければならないなど、老若男女を対象としたコンテンツであるのをわかってもらうのが大変。
  • 「作品(title)」と「巻(volume)」があり、時には何十巻もある長編作品があったりすることを、特に図書館の司書の人が理解しておらず、注文の際に混乱が起きた。
  • アメリカ文化には「未成年に見せてはいけない」縛りが強く、日本側では考えられない些細なことで禁書扱いとなるので、地域的に異なる州法にレーティングなどで対応しなければならない。

異文化ゲートキーパーとしての現地出版社

 「異文化ゲートキーパー」というのは研究発表に際して松井教授が作った言葉だそうだが、マンガに限定されずとも、確かにアメリカの出版社は、何が本として世の中に広められていくべきかという目利き(gatekeeper)であると認識されている。マンガの場合、アメリカ国内の異文化ゲートキーパーは、Viz Media, Kodansha Comics, Yen Press, Del Rey, TokyoPopなどがそれに当たる。この出版社が、どのマンガを出すかを選択、翻訳、出版、流通させていく。いきなりよそ者が乗り込んでいってヒットさせることは不可能に近い。

 異文化ゲートキーパーの条件は、(1)原作そのものの良さがわかる、(2)持ってく先のマーケットの嗜好が肌感覚でわかる(例えば日本のスポーツマンガはダメとか)、(3)流通させる力があるかどうか(書店に流す力がなければならない)で、難しいのは、オリジナルを尊重しながら現地の嗜好に合わせることができるかどうかだ。

 つまり、日本側が読んでもらいたい、売れるだろうと考えるマンガと、ずっとアメリカの市場に目を向けて作品を選んできた現地の出版社が「これはイケる」と選ぶマンガには隔たりがあって、“目利き”としての肌感覚がなければできない。この部分に関しては、マンガ以外のコンテンツで私が経験してきたこととみごとに合致する。

「日本開き」vs「アメリカ開き」

 これはよく言われてきたことだが、一昔前は日本のマンガを左右反転させていたため、色々と修正しなければならず、問題が多かった。マンガ作家も自分の作品をいじられて不快に感じた人も多かっただろう。他にもアメコミがペラペラの1話完了のパンフレット型のため、それに合わせてアメコミ専門ストアで売っていたのを、一般書の単行本として書店に置いてもらうまでの紆余曲折の話や、アメコミに合わせてカラー版にしたときの苦労など、この辺も松井氏の著書に詳しい。

スティグマとしての性暴力表現

 文化規範の違いを示す例として挙げられていたのが、「はだしのゲン」で、原爆に反対を訴えるテーマのマンガながら作中でゲンが父親にぶん殴られる描写が普通にあって、アメリカ側のテイストを鑑みると、世界平和を訴える前にこのDVはどうなのよ?という問題になるなど、文化規範の違いがハードルになったりする。(私もかつて古巣のランダムハウスでDel Reyが「バジリスク」を出すか検討する段階で、忍びの者同士のレイプ(とアメリカ人の目に映る)描写を「いや、このくノ一の武器がセックスしないと効果が出ないのと、相手が味方に変身している可能性があって〜」と説明に追われたのを思い出す。)

 他にも、ジェンダー・ステレオタイプの問題など、アメリカはヨーロッパの他の国と比べても際立った存在であることを理解しないと難しいという部分は、日々私が直面している問題でもあると感じた。

フランス市場との比較

 要するに人口でいえばアメリカはフランスの5倍だが、マンガの市場規模が1億ユーロ強とほぼ同じという、受け入れられ度の違いはどこから来るのかなどといったことに関しては、当HON.jpの西野理事に掘り下げてもらうべき興味深いテーマだろう。

クールジャパン政策、インバウンド観光への示唆

 異文化適応のマーケティングは一筋縄ではいかない。例えば映画を例に挙げてみると、ハリウッド映画こそ世界中のマーケットで受け入れられているが、反対にほとんどの国の映画は、グローバルな成功を成し遂げられない。理由の一つは、異なる地域の観客には簡単に理解できない、自国のローカルなネタを頼りにしているからであるという。

 最後にまとめとして提示されたのは以下となる。

  1. クリエイティブ産業の海外展開には、特有の文化障壁がある。
  2. 「カワイイ大使」など、安易なクールジャパン政策は逆効果になる可能性がある。
  3. 今後のインバウンド政策や、東京オリンピックに向けた、異文化との摩擦をどのように考えるか?が課題である。

 そして質疑応答でも、最後の最後にこんな質問が出た。それは「最近(つまり2007年のピークを迎えた後)、マンガは盛り返しているのか、これから盛り返しそうなのか?というのがそれだ。松井教授の答えは「マーケットはあるはずだが、取りきれていない。コスプレをする人は増えているし、講談社がやっているよに、クランチーロールみたいなルートに載せられればいいが、個人的には、どうやってお金をとれば、というのができていない」

 個人的には、アメリカの異文化ゲートキーパーを相手に、彼らの肌感覚ならわかる立場にある私自身が、そこからお金がとれていないということが身に沁みるレクチャーであった。

アメリカに日本のマンガを輸出する — ポップカルチャーのグローバル・マーケティング

松井剛『アメリカに日本のマンガを輸出する』
松井剛『アメリカに日本のマンガを輸出する』(有斐閣)

有斐閣の紹介ページ:
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641165243

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About 大原ケイ 180 Articles
NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。

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