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HON.jpが9月7日に開催したオープンカンファレンス「HON-CF2024」のセッション3「小規模出版社のデジタル・パブリッシング」の様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。
【目次】
電子出版をやらないと言っている場合ではない
紙出版市場が今後縮小していくことは出版業界関係者でほぼ一致した見方であろう。一方、電子書籍・コミック市場は比較的堅実に前年実績を超え一定の伸びが期待できそうだが、中小出版社が積極的に取り組むまでには至っていないように見える。その理由は何か。これから始めても商機はあるのか。国内電子出版の黎明期から先駆的に取り組んできたボイジャー代表取締役・鎌田純子氏、ポット出版代表で版元ドットコム代表理事・沢辺均氏が取り組み事例と展望を語った。
冒頭、司会のHON.jp 理事長・鷹野凌氏が挙げた出版統計数字は、紙出版市場の縮小を端的に表している。2023年度の書籍新刊点数は6万5000点ほどで最も多いときの7万8000点から大きく減った。出回り部数でみると2000年と比べると現在は約半分の水準まで落ち込んでいる。
個々の出版社(者)単位でみると、年間書籍新刊点数を社数比率でみると50点以下91%、51点以上9%で、点数比率でみると前者が28%、後者が72%。事業者数推移でみると50点以下は2000年が3422あったのが2023年には700以上減り2715。51点以上が2000年が284に対して23年が268の17減からみると、出版市場のプレイヤーとして中小出版社の層が薄くなっていることがわかる。
この流れをみて鷹野氏は「書店の棚スペースが限られているから今以上に争奪戦が激しくなる。出版の多様性を守るのは『建前』で、続けられなくなるのではないか」と予測。中小出版社の書籍を多く並べる大型書店も閉店している実情と、昨今の取次会社が進める売れ筋商品の商流に傾きがちなマーケット・イン型流通によって「今後は取次・書店ルートに頼れなくなってしまうだろう。電子出版をやらないと言っている場合ではない」と強調した。
PODも電子も、普通のオフセットと区別がない
その状況下で、1990年代前半から電子出版に取り組んでいる先行者ボイジャーは、現在どのような出版形態をとっているのか。まずオフセット印刷+付き物(カバー・スリップ等)を投入する。その後の重版はオフセット印刷(付き物予備利用)→小ロット印刷(付き物予備使い切り)→ペイパーバック、アマゾンPOD(プリントオンデマンド)の流れ。紙製作物の残数を適時把握し、電子版を組み合わせることでコスト面を抑えることができている。
鎌田氏が振り返るところによると、かつて印刷本をつくっていたときは定価を安くしすぎたり、デザイナーの言葉に負けて高価な装丁にしてしまったり、これ以上売れないと思い重版を控えたりといった失敗を経験。それらを経て「最初はどんぶり勘定で『1000部くらいは売れるのではないか』という気持ちで作っていたときもあったが、最近はオフセットでできる印刷物で最初に本屋さんに配本できるか、図書館に入れられるか、付き物をどれくらいつくったらよいか、ちゃんと計算できるようになった」。紙版と電子版を同じタイミングでリリースできる製作フローを確立できていることもあり「プリントオンデマンドも電子も普通のオフセットと区別がない」のも他の中小版元と大きく異なるところだ。
プリントオンデマンドについては沢辺氏も期待するところが大きく「1000~2000部のオフセット印刷と(同じ部数の)PODのコストが同じくらいになったら、本の作り方が抜本的に変わる可能性がある」。ただ、現在主流のオフセット印刷と比較したときは「(2000~3000円の比較的高価な本なら)500部増刷まではオフセットで全然あり。このときPODの選択肢はない。PODで200部つくるならオフセット印刷にした方がいいのでは、というのが僕の原価感覚」とまだコスト面での課題はあるようだ。
電子出版は典型的なストックビジネス
そのような現状を踏まえ「小規模出版社はなぜデジタル・パブリッシングをやらないのか」(鷹野氏)との疑問については、沢辺氏が大手出版社と比較すると人出が足りないことと、「電子書籍をつくることにある程度ノウハウや販売を含めて精通してやるのは個人的なキャラクターにすごく依拠する。組織的な体制がつくれないのが最大の原因で(具体的な製作を)誰に頼めばよいかはその先の問題」と指摘。
本格的に電子書籍に取り組むときに必ず直面する「お金の問題」は、鎌田氏が製作会社として請け負った2社の実例を1円単位で公開。年間点数30点未満のある会社の直近3年間の実績(点数29)は、売上部数6820部、売上金額606万2239円、電子本製作費が64万6100円で差し引きの粗利は541万6139円だった。
また、3年間に電子書籍15点の別の一人出版社は、電子本製作費に対して売上金は10倍以上になっている。電子書籍が売れることで数年かけて少しずつ紙版書籍制作コスト回収をしていく形だが、著者印税などを引いても紙版のみでは得られなかった収益が生まれている。「典型的なストックビジネス。(規模が)小さければ小さいほど電子(版)を(紙版と)一緒につくるのは決してマイナスにならない」(鎌田氏)。
電子版を製作しストックすることが収益を生み続けることに沢辺氏も「大賛成」。ただ、忘れられていることとして指摘したのは、この収益が「紙の本をベースにつくることの結果」であること。おおざっぱな一試算として、書籍編集者一人の雇用コストが年間500万円だとして1年で10点製作なら1冊あたりコストは50万円(営業関連コスト等除く)。これを回収しようとしたときに「電子書籍ファーストでつくりたいという人がいるがそれは無理」。電子書籍の1冊製作製作費の相場の「3万円」を紙出版物製作に追加することで一定の売上が期待できるストックができるのなら、その負担分はマイナスにはならないとの見方を示した。
やるかやらないか、ではなくやろう
そのためには出版企画初期から電子版をつくることを決めておくことが重要になる。やるべきことは紙版製作時の電子データの整理・保存と、著者に当初から電子版製作の了解を得ること。「(出版社側で)DTPデータがどこにあるか、どれが校了データかわからなかったりする。また、電子書籍にする前提で一気に(書籍内のイラスト等の)権利を整理しないと手間がかかりすぎる。最初から電子書籍をつくるつもりでやるのがよい」(鎌田氏)。
なお、電子書籍製作の際「『PDF万能』は妄想」(同)だという。OCR等で読み取っても正確にすべて反映されるとは限らず校正を入れざるを得ないため通常の電子書籍製作費の相場金額では対応がかなり難しいこともあるそうだ。
セッションでは電子書籍製作の具体的な方法や収支のほかに、読書バリアフリー法への対応の最適な手段として電子書籍の意義も語られ、これからの電子書籍事業の展開可能性が充分に感じられた。鎌田氏の「(電子書籍を)やるかやらないか、ではなくやろう」という呼びかけに反応する関係者も多かったのではないか。