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HON.jpが9月8日に開催したオープンカンファレンス「HON-CF2024」のセッション6「クリエイターと雑誌の未来 ~ 今後も飯を食わせてもらえますか?」の様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。
【目次】
雑誌にはコミュニティができる。ハブになれるはず。
雑誌市場の急激な縮小がライター・イラストレーター・漫画家らの定期収入減に直結していることは疑いようがない。「もう雑誌はほとんど媒体として機能していない」という諦めムードが業界の一部にあるのも事実だ。雑誌ビジネスの未来には希望はないのか。経営者とウェブメディア編集者、漫画家3氏がそれぞれの立場から雑誌の今を本音で語り合った。
編集者・ライター、漫画家と、経営者が語り合う
株式会社ヘリテージを率いる齋藤健一社長は2021年、枻出版社から「Lightning」「趣味の文具箱」などの雑誌事業を譲受し“偏愛”コミュニティをビジネスとするヘリテージを設立。事業承継した理由の一つは、「(過去に自分は)漫画の持ち込みをしていた、元々クリエイターになりたかった人間。ビジネス側からクリエイターの役に立てることは何かを常々考えていた」からだそうだ。
漫画家の鈴木みそ氏は、2012年に国内サービスインしたキンドル・ダイレクト・パブリッシング(KDP)で自身の作品を販売した電子マンガビジネスの先駆者。成功事例をウェブ媒体や書籍を通して広く紹介している。
テック系ウェブメディア「ThunderVolt(サンダーボルト)」編集長・フリーランスライターの村上タクタ氏は過去に枻出版社で専門雑誌、趣味誌の編集者・編集長を歴任。サンダーボルトはヘリテージが運営を委託している。
食わせる/食わせてやる関係性ではなくビジネスパートナー
現在、雑誌流通を基盤にした出版流通が崩壊しつつあると言われるなかで、みそ氏は10年以上前から「雑誌に未来がない」と思っていたという。理由の一つは雑誌に掲載した文字もの中心の連載が単行本化されないことがでてきたこと。その時「自分はKDPにのったらたまたまうまくいった。早めに電子に逃げた男」と意識的に稼ぐ場所を変えた。
ただ、自らの主戦場を紙から電子に大きくシフトしたものの雑誌の機能そのものは否定はしない。「雑誌は使い方次第。コンテンツを集められるメリットがある。安定して連載できるのはものすごく大きい。長い目でみたときに(書き手を)生かしてくれるものはやっぱり(雑誌の)システムの中に一部残っている」と話した。
村上氏が趣味系雑誌の編集長をしているときに考えていたのは、雑誌にできるコミュニティをうまくつくっていきたいけど、どうすればお金がちゃんと回せるか。特集等のクオリティを保つことは前提として「儲けたいよりも編集長はやっていくのに必死。(配本できる)部数が毎月下がっていくでどのように広告をとるか、出ていくお金をどうするか」に頭を悩ませた。昨今いわれるようになった、雑誌売上と広告収入以外のファンビジネスや物販で収益を上げる意識を持って実践したが、うまくいった実感はさほどなかったという。
現在、村上氏のサンダーボルトはヘリテージ傘下で運営をしている。会社内に本を出すためのチーム、ECやイベントをそれぞれ担当するチームがあり各々の部門のリソースを組み合わせていくなかで「一緒にやっていこうという形。だから食わせる/食わせてやる関係性ではなくビジネスパートナーに近い感覚。主従はつくっていない」(齋藤氏)。ゆえにヘリテージ傘下での運営で「実現できる部分が多く、その一部を担わさせていただいている。雑誌の生きる道として希望をもっている」(村上氏)と前向きな姿勢だ。
趣味にかけるお金に比べたら、雑誌の値段は問題にならない
齋藤氏の見方は「趣味性の高い領域こそデジタルに取って代わらない要素が多く残っている。一方、たくさん売る(ことを目的にすること)は残念ながらウェブに食われるところが多い」。さらに「雑誌を主語にしなくなった瞬間にウェブも動画もあり様々な手段がある」とし、雑誌単体でビジネスを考えることは得策でない見方も示した。
齋藤氏は、雑誌を①コンテンツがつまっているもの、②マネタイズの手段、③認知を広げるメディアの価値の3つの機能にわける。「認知はウェブに勝てない時代になった。ただ①②をみつめていくと専門性が高い方が成立する。紙雑誌は力を失いつつあるが、集客や認知の価値はウェブや動画で補える」。実際、配本部数は減らしたが実売は減らず値上げしても影響はなかったという。「時代的に価値のある情報にきちんとお金を払う意識はよりついてきた」ことも追い風のようだ。
定期雑誌の値上げが進みつつあるなかで、村上氏は専門的な趣味にかけるお金の前では雑誌の定価の高さはさほど問題にならない事例を紹介した。自分が手掛けていた熱帯魚の飼育雑誌コミュニティでは、一匹5000円だったりときに10万円もする魚もいるそうで「1800円の雑誌は値段とも思わず買っていく」。その購買行動からみても雑誌業界は「1000円以下をなんとかキープしなければと頑張りすぎたきらいはあるかもしれない」と指摘した。
コンテンツの価値は何も変わっていない
齋藤氏が雑誌ビジネスで重視するのは「その雑誌にファンがいるかがすべて。そこは見極めないといけない」。昨今の物流コストや印刷費高騰などの逆風下で「ビジネスの構造が変わってしまったことは自覚しないといけない。コンテンツの価値は何も変わっていない。本で稼げなくなったところはほかで稼ごう」とする方向に進路をとる。
そのときに、雑誌ビジネスの武器の一つは漫画と強調。雑誌に掲載するコストはやや割高かもしれないが「雑誌の(枠内)にとどめないなら価値が高い気がする。漫画のほうがIPがいろんなところに飛んでいける」。また、いわゆる文字もののIP化の可能性にも言及。秀逸なコピーやセンテンスがその商品の購買に結びつくことが往々にしてあることからも、なんらかの形で文字ものも権利化できるなら新たな展開がありうることも付け加えた。
その上で目指すべき形は「コンテンツとマネタイズが一緒に流通にのる構造」。現在、ネットではコンテンツが先に流通しマネタイズが後回しになっている状況が散見されるが、齋藤氏からみれば「ここに期待感がある。(コンテンツとマネタイズを同じ流通で)意識することが大事」。既存の雑誌の流通システムが作り上げてきた商形態から、まだ得られる知見があることを示唆した。
「面白いものをつくれば売れる」は流通とセットで初めて成立する
最後に、司会の鷹野凌氏(HON․jp 理事長)が「ウェブで有料コンテンツを販売、あるいは会員を増やすマネタイズは日本経済新聞がうまくいっている。あのモデルがもっと他の出版社にも雑誌メディアにも広がっていくといい。ウェブマガジンがクリエイターを食わしていく、そんな未来がくるのかも」と見通した。
齋藤氏からは、他にも既存の雑誌関係者からはあまり出てこないポジティブな言葉が多くあった。「『面白いものをつくれば売れる』は流通とセットで初めて成立する言葉」、「コンテンツを生み出せる人の価値は今も昔も僕は信じ続けている」、「価値の自覚が大事」などはその一例だ。
また、村上氏の「書籍と違って雑誌にはコミュニティができる。雑誌はハブになれるはず」という発言も、今後の雑誌ビジネスの展望のなかで見つめ直すべき原点ともいえるかもしれない。紙か電子か問わず、雑誌だからこそつくれるコミュニティをいかに再生できるか、その可能性に気づかされるセッションだった。