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HON.jpが9月8日に開催したオープンカンファレンス「HON-CF2024」のセッショ7「小説投稿サイトのいま」の様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。
【目次】
「作家の揺りかご」となった小説投稿サイト
昨今「文芸書が売れない」との見方は関係者でほぼ一致している。一方で、小説投稿サイト発の作品からの商業出版やアニメ化は今も活況だ。厳しい文芸市場においても初版数万部でスタートするシリーズ作品も珍しくない。
かつての雑誌は連載原稿料、単行本化含め新人発掘育成や作品認知拡大を担っていた「作家の揺りかご」(鷹野凌氏)だったが、現在小説投稿サイトがその機能の大部分を代替していると言ってよい。では国内有数の小説投稿サイト運営者は現状をどのようにみているのか。ユーザー獲得・支援から継続利用につなげる取り組み、今後目指す方向性を語り合った。
メディア展開されるヒット作品の多くが今や投稿サイト発
セッションに登壇したのは「小説家になろう」の青山侑矢氏(株式会社ヒナプロジェクト代表取締役社長)、「カクヨム」の森田岳氏(株式会社KADOKAWA デジタル戦略局局長/株式会社ブックウォーカー代表取締役社長)、「エブリスタ」の西山沙輝氏(株式会社エブリスタ ブランディングプロデューサー)の3氏。
3社は2016年にエブリスタが開催したセミナー「小説投稿サイトの現在」と同じ組み合わせ。当時会場で聴講していた司会のHON.jp鷹野氏によると、ウェブ小説の動向に詳しいライターの飯田一史氏は基調講演で「数打てばあたる状況から、ウェブ小説、投稿サイトで読者に支持された作品がデビューにいたる外れ率の低いIP創出装置に変わった」と指摘していた。
それから8年経ち鷹野氏は現状を「その状況はますます加速していると思う。コミカライズ、アニメ化などメディア展開されるヒット作品の多くが今や投稿サイト発。投稿サイトは雑誌の役割の多くを代替したといっていい」とみる。
ただ、一方で「段々数を打てば当たる状況になっているのでは」とも感じるという。書籍化以外でも収益還元が増えていることから「インセンティブによる書き手の争奪戦が行われている」昨今では、個々の小説投稿サイトの運営の方向性が書き手、読み手のみならず出版社にも大きく影響する可能性がある。
投稿者数や読者の傾向などの基本データ
3サイトの基本データをみよう。開設から今年20年になる先駆者「小説家になろう」は登録者数260万人、掲載作品数111万作品、月間20億PV、月間UU880万人。サイト掲載作品の商業化数は、2016年当時は1500以上だったのが2024年では7000以上にまで伸長した。
8年前比でみると女性ユーザーが増え、構成比は男性45%・女性35%(2016年は男性55%・女性29%)。年齢層は20代37%と30代30%で全体の半分を占める。利用端末はスマホが52%と半数を超える。
「カクヨム」の月間利用者数は570万人(会員登録120万人以上)、月間7億PV以上、作品数累計72万作品。こちらも30代以下が大半で18~24歳が31%、25~34歳が27%。男性が3分の2を占め66.4%。利用端末はモバイル73.7%。
カクヨム発作品数は1850点を突破しているが、必ずしもKADOKAWAからすべて出版されているわけではない。直近の傾向としては「異世界転生が強かったが、ホラーや溺愛ロマンスものなどこれまでとは違う層の掘り起こしを頑張っている」(森田氏)という。
「エブリスタ」はスタートから15年を迎える。恋愛、ファンタジー、ホラー、ミステリ、BLなどの多ジャンルを揃える小説創作プラットフォームとして「誰もが輝ける場所」を掲げる。総会員数211万人、投稿作品数197万作品、月間2億PV。読み手は女性が6割以上で、エブリスタ発のメディアミックス作品も女性向けが多い。さらにジャンルのすそ野を広げていくことを目標にしている。
「書き手」に対する新たな取り組み
運営者として、小説投稿サイトは読み手と書き手が集まる場を提供するだけではない。両者のマッチングのきっかけを仕様変更や機能追加で補完する試みを続けている。書き手のなかには執筆を途中でやめてしまう人もいるなかで、青山氏が心がけているのは「執筆や創作活動を持続するモチベーションを上昇させる取り組みをすること」。
現在、「作家やウェブ小説業界の持続性を高めるために、ユーザー(書き手)への収益還元の開発を進めている」途中。なお「作家、読者双方にとって投稿先や閲覧できる場所の選択肢が増えることが業界のためによい」との思いから「小説家になろう」への独占的掲載で(収益)還元率を上げる予定はないという。
「カクヨム」の基本は「ウェブのみでも収益を得られる環境の提供」だ。①PV数に応じて投稿者に広告収益が還元される「カクヨムロイヤルティプログラム」と、②メッセージ付き有料ギフトを贈って読者が直接的に作家を応援できる、いわゆる「応援課金」の「カクヨムサポーターズパスポート」がある。ギフトを贈った人には作者から近況ノートを投稿することができ、作家と読者のコミュニティ形成を促す。実際に「ここからプロの道を歩まれるまでの収益を含めてしっかりと稼がれている方がいる」(森田氏)。
2024年3月からスタートした「カクヨムネクスト」は「課金プラットフォームへの挑戦」。商業出版をしたプロ作家たちに連載枠を設けて継続的に更新する。森田氏によると、ウェブ小説投稿に慣れている作家は次の話につながる区切りが非常にうまいとのこと。カテゴリや作風の偏りを減らすためのジャンル開拓ももう一つの狙いだ。「最初に連載を追っかける熱量の高いファンを捕まえることが最終的にヒットを生み出す源泉になる。(紙版の)パッケージにされたときに売れる」ことを見据えている。
「エブリスタ」も2024年7月から書き手への収益還元機能で投げ銭型の「スターギフト」を開始。執筆のモチベーション上げのためにコンテストを多数開催する。「エブリスタ小説大賞」は、既存の出版社やレーベルとコラボし、受賞作のコミカライズや書籍化につなげる。書くことのハードルを大幅に下げ3行程度(100字)から参加できる「超妄想コンテスト」も実施。受賞作は小学校の朝読活動で生徒らが多く持ち込むことでも知られる「5分で読める短編小説」シリーズ(河出書房新社)で紙版が出されている。
「読み手」に対する新たな取り組み
読み手が、読みたい作品に出合えているかも重要な指標だ。3サイトそれぞれ閲覧数等に基づくランキングを設けているが、「読まれるものがさらに読まれる」ウェブ小説の傾向が進むと、既存のカテゴリに収まらない作品に出合いづらくなることは否めない。
その点を改善しようと「小説家になろう」は、ジャンルを問わない「注目度ランキング」を設けた。どのような指標を元に算出しているかは非公開だが、青山氏は「意外な作品がランキングすることが多い。目的は新しい作品との出会い」と明かす。
「カクヨム」はアプリのバージョンアップを進める。文字の大きさを3段階から10段階に変えられたり、ギフト機能をアプリ対応にするなどの細かな改善は「より読み手と書き手の距離を縮めていこうとする取り組み」。また、KADOKAWAグループのネットワークを活かし、台湾角川の投稿サイト「KadoKado 角角者」、日本のライトノベルの翻訳出版事業を手がけるアメリカの「J-Novel Club」にもカクヨム作品を提供している。
各社のビジネスモデル・収益ポートフォリオは?
書き手と読み手の幸運な出合いを提供するには、運営者の健全な経営が前提だ。一般にサイト自身が作品の著作権を有していることは極めて少ない。「エブリスタ」は、出版社やプラットフォームとの共同制作によるライセンス収入が主。
「小説家になろう」は9割が広告収入で残りは1割は出版社とのコンテストとのタイアップ収入。書籍化されたときのリベートを「小説家になろう」側が得ることはない。広告収入がほぼすべてのため「広告単価に収益が左右されるのがこのビジネスモデルの課題。それ以外の収益も増やしていければ」(青山氏)。
一方、カクヨムの立ち位置は他2サイトとはやや異なる。森田氏は「まだ投資事業。過剰に儲けなくてもよい。新しい作品を生み出す源泉としてカクヨムを運営するのが第一」と強調。ゆえに「編集にコスト負担をさせない」形で収支をみている。ただ投稿作品が他の版元から出るときに、作家と他版元の契約の間に入るときは「カクヨム」側にも一部還元されるという。
過剰なシステムハックや生成AIへのスタンスなど
投稿サイトの課題の一つに「カテゴリハック」がある。ランキング上位になるために書き手、読み手が好ましくない形で「協力」する噂が散見されるが、「クリック詐欺にはシステム的検知を進めている」(カクヨム)、「複数アカウントによる不正は規制している」(エブリスタ)。もちろん、書き手が自作を知ってもらうためにSNSやギフト機能の返礼等の真っ当な方法で読者に応える「(作家の)努力とそれに見合う読者の喜びがあるものは応援したい」(森田氏)。
また、悪質なハックではないが「タイトルですべて(物語の内容を)わかりやすくすることに、近寄りがたい雰囲気になってしまう層がいる。プラットフォーム運営者としていろんな作品に出会える経路をつくっていくことに力を入れていきたい」(青山氏)との指摘もまた見逃せないことだろう。
昨今の生成AIの登場も小説投稿サイトにとって当然無縁ではない。「執筆の相談相手として使うのはいいかもしれないけれど、作者自身が構想、執筆することのが前提。全部AIに書かせたものは受け入れていない」(青山氏)、「作者の努力とポリシーに紐づいた作品作りをしていただきたい」(森田氏)と対策に力を入れる。
書き手と読み手、双方の希望に応えたい
3サイトの運営方針を聴く中で、筆者の印象に残ったのは西山氏が提示した小説投稿サイトにおける書き手と読み手の関係だ。西山氏は、投稿サイトやUGCサイトのよさは「書き手と読み手のグラデーションがあいまいなところ。グラデーションなく読み手であり書き手であることに魅力を感じている方も多い」と発言した。この明確な境目のなさが、ウェブ小説の書き手、読み手のすそ野を広げてきたともいえる。
書き手は読んでほしい読者に届くこと、読み手は読みたい小説に出合えることを常にプラットフォームに望むだろう。小説投稿サイトが絶えざる改善と新サービス開発を進める根本には、双方の希望に応えたいと思う強い意志があるからとみえる。また、小説投稿サイトが今後も広く商業ベースの電子出版やIP戦略に寄与していくだろう。本セッションはその可能性を感じさせるものとして記憶されるはずだ。
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