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【目次】
第3回 同じ読みがいっぱい!
ずっと不思議に思っていたことがあります。
そのお話をする前に、まず、次の2つの文章を、声に出さずに読んでみてもらえますか。
牛さん、牛さん、やってきた。
あっちでモグモグ、こっちでモグモグ。
しっぽ、ゆーらゆら。
かめさん、かめさん、やってきた。
えっちら、おっちら、よっこいしょ。
あたま、ゆーらゆら。
さぁ、最後のコーナーを曲がる!
ここからが勝負だ。本多か、鈴木か、鈴木か、本多か。
本多、前に出る! 速い、速い、速い、本多、ゴールイ〜ン!!!
【A】は絵本の一節のような、【B】は何かのレースの実況のような。いろいろ想像できますが、みなさんにいま、お聞きしたいのは、これです。――読むときのスピードは違いましたか?
違わない? それでは今度は、目の前に読み聞かせる人がいると想って、声に出してAとBを読んでみてください。
どうでしょう。きっと、【A】は【B】に比べてゆっくり、【B】は【A】に比べて速く読んだという方が多かったのではないでしょうか。
もうひとつ、次の【C】と【D】を、声に出さないで読み比べてみてください。
あのね、あのね、ママ、ゆびきりげんまん。
なんかねぇ、もう、こないなったら、ほんま、「三つ子の魂百まで」ですわ。
【C】では小さな子の声が、【D】では年老いた男の人の声が、なんだか聞こえてくるようではありませんか。
文字(書き言葉)の国で“声”を聴く
ずっと不思議に思っていたこと、それは、本を読んでいるときに、私は自分の頭の中で声が聞こえるのですが、それはいったい誰の声だろう、どこから来るのだろう、ということです。
自分自身の声ではありません。本の作者の声でもありません(そもそも、作者の肉声をまず知りません)。
私の目の前には、ただ、活字で組まれた文字が整然と並んでいるだけなのに、あたかも、録画していたビデオを再生するように、読み始めたとたん、頭の中で――心の中で、というべきかもしれません――、情景が浮かび、登場人物が動き出し、そして、静かに物語が語り出されるのです。
私は自分のこの経験が、みな誰にでも起こっている、当たり前のことと思っていました。しかし、どうもそうではないようです。友人たちにたずねると、黙読するときに声が聞こえるよ、という人と、聞こえないよ、という人がいました。
アメリカで2015年に発表された研究によると、83%が聞こえる、11%は聞こえないという結果が示されています1 本を読むときに頭の中で「声」が聞こえる人と聞こえない人がいることが判明 – GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20160225-read-voice-in-head/
*米国版「Yahoo!知恵袋」の「Yahoo Answers」に、2006年から2014年の間に投稿された回答を分析。。それを
https://doi.org/10.4992/pacjpa.83.0_3B-053
*2019年の日本心理学会大会での発表。女子大学生71名(うち有効回答69名)へのアンケート調査。。
同じころに私が、大学の講義や出版関係のセミナーで受講生にたずねたところ、聞こえると答えた人と聞こえないと答えた人の割合は、やはり5対5〜6対4くらいでした。
ところが、質問を変えて、「大好きな漫画や小説が、アニメ化やドラマ化、映画化されたときに、登場人物の声に違和感をおぼえたことがありますか?」とたずねると、今度はほとんどの人が「ある」という答えでした。
これはいったい、どういうことでしょう。
耳と口(オーラル)の国では、言葉はいつも音声とともにあります。でも、文字(書き言葉)の国では、言葉はいつだって文字としてあり、私たちはそれを目で見たり手で触れたりできるけれど、そこはとてもとても静かな、音も温度もない世界です(図1)。
それなのに、私たちは、文字(書き言葉)の国でも、さまざまな“声”を聴き取り、聞き分けることができます。この声を、「内なる声」「インナーボイス」「内言」「内言語」「内語」(inner reading voicesまたはinner speech、inner utterance)などといいます。
ちなみに、1分間に1200字超、通常の約2倍以上のスピードで本を読むことができる「速読」では、頭の中での音読(サブボーカリゼーション subvocalization)を極力排し、文字の言葉を音声に置き換えないで、そのまま読み取るのだということです。
私たちは、黙って目だけで文字を追っているときでも、知らず知らずのうちに、音声の情報も受け取っているのですね。そして、このことが、これからお話しするように、私たちを惑わせ、言葉を文章に紡ぐときに、ほころびをもたらすことにもなるのです。
キシャ、キシャ、シュッポ、シュッポ
聞いたこと、ありますか? ちょっと昔の早口言葉です。
ひらがなで書くと、「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」。つまり、音声では同じ「きしゃ」なのに、漢字で書くと、「貴社」「記者」「汽車」「帰社」――4つの別の語になります。このように、読み(音)が同じで意味(意義)が異なる語を、「同音異義語」「同音語」といいます。
私たちが、いま、パソコンやタブレット、スマホで日本語を書き記すとき、通常、「かな漢字変換」で入力します。かな(読み)を入力して、漢字交じりの変換候補の中から適切なものを選ぶ、という方法です。
このとき、まちがった候補を選んでしまうと、たいへんです。あるランキング3 思わず笑ってしまう「誤変換」ランキングTOP48 – gooランキング
https://ranking.goo.ne.jp/column/3191/ranking/49012からいくつかご紹介しましょう(図2)。
かな漢字変換の精度は年々進化していますから、思わず笑ってしまうような(時には相手をいたく怒らせてしまうような)誤変換もだんだん減ってはきているものの、それでもリスクは付き物です。
例えば、コンピューターはある1つの語(文節)を正しく変換するために、その前後の語(文節)との関係や文脈から判断するので、文の途中や語単位で変換すると、前後の関係や文脈を断たれて、誤った候補が現れる確率が高まります。これは、とくにあとから修正や書き直しをするときに、起こりやすくなります。
先の「貴社の記者が汽車で帰社した」は、古くからコンピューターの日本語入力システム、自然言語処理能力の精度を試すテスト文として利用されてきたということですが、あなたのお使いのパソコンやスマホは、「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」を一発で正しく変換できるでしょうか?
一気に全文を入力した場合と、「きしゃの」「きしゃが」「きしゃで」「きしゃした」のようにぶつ切りにして入力し、その都度変換した場合と両方で、ぜひ試してみてください。
同音異義語の誤変換というトラップ
いま、いわゆる誤字脱字の中で、いちばん起こりやすく、また、いちばん気づきにくいのは、この「同音異義語の誤変換」です。
このトラップに気がつき、ピットフォール(落とし穴)に落っこちないためには、どうすればよいでしょうか?
前回(第2回「人はまちがえる生き物です」)、文章のミスやエラーを防ぐには、
- まちがいやすいパターンを知ること
- 何度でも見返すこと
とお話ししました。同音異義語は、パターンが多いことと、音声では見分けられないことから、この2つの備えをすりぬけてしまう確率が高いです。人を惑わす能力に
対抗するには、
①よくある誤変換を知ること
②漢字の使い分けを知る
③漢字を見たらあやしいと思う習慣をつける
④辞書をこまめに引く
⑤漢字に親しむ
⑥漢字を言い換える
という技を磨きます。
ひとつずつ、説明していきましょう。
①よくある誤変換を知ること
先にあげたランキング記事のように、誤変換の実例は例えば「誤変換」でネット検索すれば、いろいろまとめられています。
また、次のような国語辞典の巻末付録や校正の手引き書には、まちがえやすい同音異義語のリストがあります。
- 『三省堂 現代新国語辞典』第6版(三省堂、2019年)付録「同音異義語の使い分け」「間違えやすい漢字の例」
- 『標準 校正必携』第8版(日本エディタースクール出版部、2015年)「変換ミスを起こしやすい同音の漢字・熟語の例」「書き誤りやすい熟語の例」
- 野村保惠『本の品格――電子書籍にも必要な校正読本』(印刷学会出版部、2013年)附録「変換ミス(同音異義語・同訓異義語)」
②漢字の使い分けを知る
同音異義語の仲間に、漢字の使い分けがあります。例えば、
同じ「あける」でも、意味によって漢字を使い分けるわけですね(図3)。
文化審議会国語分科会で、その用法例が報告されています。
- 『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』(文化審議会国語分科会、2014年)4 「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)(文化審議会国語分科会、2014年)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/ijidokun_140221.pdf
*上記『標準 校正必携』にも所収。
また、漢和辞典の巻末付録にもリストがあります。
- 『角川 新字源』改訂新版(KADOKAWA、2017年)付録「同訓異義」
③漢字を見たらあやしいと思う習慣をつける
書いた文章は、かならず読み返します。そのときに、漢字があったら、どんなによく知っている(はずの)漢字でも、一旦停止すること!
行き過ぎたら、戻って見返します。
④辞書をこまめに引く
紙の辞書でなくても、スマホのアプリ、パソコンやタブレット、電子書籍リーダーの付属辞書、ネット検索など、なんでもかまいません。
この漢字でよいかだけでなく、言葉の意味や使い方にしても、とにかく、こまめに辞書にあたって確認しましょう。
うっかりはもちろん、案外、自分の思いこみだった、ということもよくあります。なじみのある漢字や言葉ほど、要注意。
⑤漢字に親しむ
日本語は、ひらがな・カタカナ・漢字・英数字・記号といった、多種の文字を駆使して表します。そして、漢字と漢語は、日本語の中に深く根ざして、いまの私たちの言葉をつくりあげています。
漢字は3000年以上の歴史があり、漢文は東アジア諸国の共通語・教養語として永きにわたって通用してきました。かつてのヨーロッパで、古代ローマの言語であるラテン語がそうであったように。
そして、漢文もラテン語も、ずっと学者や官僚、宗教家、貴族といった、特権階級の人間たちだけのものでした。いまの私たちが、漢字は難しい、面倒、堅苦しいと感じても無理はありません。
その一方で、年末恒例の「今年の漢字」や漢字クイズ、めずらしい人名や地名など、私たちにとって、漢字はおもしろかったり、興味深かったり、いまなお不思議な魅力をたたえています。
東アジア諸国の中で、現在もこれだけ漢字を駆使しているのは、本家・中国と台湾、そして日本くらいのもので、韓国・北朝鮮もベトナムも、日常から漢字がどんどん姿を消しています。漢字離れが進んだといわれる日本人は、いまもじつは漢字がけっこう好き。いや、かなり仲よしなんじゃないでしょうか。
- 阿辻哲次『日本人のための漢字入門』(講談社現代新書、2020年)
- 小駒勝美『漢字は日本語である』(新潮新書、2008年)
- 笹原宏之『日本の漢字』(岩波新書、2006年)
- 小池和夫『異体字の世界――旧字・俗字・略字の漢字百科』最新版(河出文庫、2013年)
これらの本からは、私たちの暮らしと結びついた、意外な漢字の姿が見えてきます。
上記④の「辞書をこまめに引く」だけでも、漢字や漢語の知識が増え、より親しくなれますよ。
⑥漢字を言い換える
辞書を引くのは面倒、
同じ読みで別の字がたくさんある漢字。それをきちんと立ち止まって、違いに気づく方法です。
漢字の読み方には、音読みと訓読みがあります。音読みは、中国での発音に基づいた日本での読み方。訓読みは、
例えば「わかる」という大和言葉。漢字を使って書くと、「分かる」「判る」「解る」ですが、これを音読みしてみると、
と、同じ「わかる」でもまったく異なる漢字であること、そして送りがなも違うことがハッキリします(図4)。
意味はいずれも同じunderstandの「わかる」なのですが、ニュアンスで使い分けるなら、広く何にでも使える汎用の「
というふうに、「判」「解」にそれぞれ漢字を足して、よく知っている熟語を作ってあげれば、ニュアンスの違いがつかめ、「分かる」「判る」「解る」の使い分け方も見当がついてきます(図5)。
逆に、熟語の場合は、分解するか、または文章に読み下します。
同じ「サイカイ」という読みの「再開」と「再会」は、
と文章化すれば、もうまちがえることはありません(図6)。
さらに、外国語に置き換えるという裏ワザ(?)もあります(図7)。
漢字が出てきたら、まず立ち止まること。そして、いろいろに言い換えること。面倒がらずに辞書で確かめること。
そうしたら、もう「同音異義語、恐るるに足らず」ですよ!
おまけ
次の文章には、同音異義語の誤変換が3つ隠されています。どこでしょう?(答えは次回に。)