人はまちがえる生き物です――言葉を届ける前にしておきたい12のケア〈第2回〉

言葉を届ける前にしておきたい12のケア

言葉を届ける前にしておきたい12のケア
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 どれだけ気をつけていても、人は必ずミスをします。それをできるだけ少なくするにはどうすればいいのか? 校正者・大西寿男さんによる連載第2回です。

第2回 人はまちがえる生き物です

 言葉の身だしなみをどう整えるか。

 まず、どんなほころびがあるか、見てみましょう。

【1】明るい光が窓からこの部屋いっぱい射しこんでいます。

 どこか一文字が脱けています(脱字)。どこでしょう?(答えは最後に。以下同)

【2】今日、みなさんは広い海へと漕ぎ出ししていきます。

 逆に一文字、余分です衍字えんじ

【3】アルバムに挟んで閉まっておいた四つ葉のクローバー。

 読みは同じだけれど……?(同音語の誤変換)

【4】立派に成長したみなさんのことに誇りを思います。

 「てにをは」は難しい。

【5】マニュフェストの達成に全力を尽くす所存です。

 カタカナ語も難しい。

【6】いわゆる「キラキラネームをもつ子どもは周りにたくさんいたので特に何も思わなかった。

 記号もだいじ。

【7】「情けは人のためならず」、やさしい心がかえって人をだめにすることも。

 元の意味と違って覚えている人も多いとのことです(文化庁「国語に関する世論調査」より1 文化庁月報連載「言葉のQ&A」〈文化庁(平成24年3月号)〉
https://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2012_03/series_08/series_08.html

【8】将棋の羽生善晴さんとフィギュアスケートの羽生弓弦さん。

 人名をまちがえたら、たいへんです。

【9】国連の『世界人口推計 2022年版』によると、世界の人口は2030年に約97億人に増加するという。

 調べないとわからないこともあります(事実関係)

【10】前回の優勝は12年前の夏。そのとき5歳だった少年はいま、1年生ピッチャーとして夢のマウンドに立つ。

 計算が合わない???

 これらのほころびは、文字(書き言葉)の国ではおなじみのもの。別にわざとまちがえようとしたわけでもないのに、私たちは、言葉をつづるときに、しばしばつまらないミスをしてしまいます

 うっかりであれ、かんちがいであれ、どんなにいいことを言っていても、あちこちボロが目立ったら、恥ずかしいですよね。信用できないヤツと見なされて、みんなちゃんと耳を傾けてくれなくなるかもしれません。何より、相手にまちがったメッセージや情報が届いてしまいます。

 では、どうすれば言葉のほころびに気づき、未然に防ぐことができるでしょうか?

パターンを知る

 ミスやエラーにはいろんなパターンがあります。まず、どんなパターンがあるか知ること。まちがいやすいパターンを知ることで、あらかじめ気をつけたり、備えたりしやすくなります。

 さっそく、どんなパターンがあるか、見ていきましょう。

【原因別】

 まず、ミスやエラーを、なぜそんなことが起こったのか、結果ではなくその原因で分けると、次のようになります。

①書くときに手がすべった

 キーボードを操作するときのミスタッチや、手書きで文字を書くときの書きまちがい。「弘法も筆の誤り」ですね。

②かんちがい

 まちがって覚えていた。ついうっかり、忘れていた。数字データの計算まちがいなども。

③知らなかった

 もともと知識がなかった、よくわかっていなかった、ということは、いくらでもあります。人は全知全能ではありませんから。

④よく確かめなかった

 自分の書いていることが正しい、まちがっていないと思いこんで、見直したり事実関係を確認したりすることを怠った。

⑤誤解と偏見

 誤って理解していた。あるいは、自分の偏見で、出来事や人のことを見ていた。意図のあるなしにかかわらず、人を不快にさせたり、傷つけたりする表現も。

⑥機器(ハードウェアやシステム)の問題

 メールの文字化けや、ワープロ文書や表のレイアウトの崩れ。使いたい文字が入力できないなど。

【いつまちがえたか】

 次は、いつ、何をしているときに生じたミスやエラーかに着目します。

Ⓐ書いているとき

 書き進めているときの入力ミスや書きまちがい。

Ⓑ書き直しや修正をしているとき

 書いたものを見直して、変えたり直したりしているときの入力ミスや書きまちがい。

Ⓒ写しているとき

 資料や引用元を見て、書き写しているとき。コピペではなく、データや引用文を正しく、オリジナルどおり完璧に引き写すのは、かんたんそうでいて、じつは至難のわざです。

Ⓓツールを変えたとき

 パソコンやスマホ、タブレットの機種変更をしたとき。ソフトやアプリを新しくしたとき。ふだん使っていないペンや紙を使ったときなど。

Ⓔ場所や時間が変わったとき

 慣れない場所や初めての場所、いつもと違う時間帯など、環境が変わったとき。

Ⓕ感情的なとき

 悲しみや怒りにき動かされているとき。逆に、喜びにあふれているとき。落ちこんでいるとき。上がったり緊張したりしているとき。つまり、平常心でいられないとき。

Ⓖ疲れているとき

 寝不足や体調不良、心身の疲労が注意力や集中力、記憶力を奪います。

ヒューマンエラー

 このように、私たちはさまざまな場面で、さまざまなまちがえ方をします。そして、そのほとんどが「ヒューマンエラー」、人間がしたこと(あるいは、しなかったこと)が原因で望まない結果が生じたものです(それに対して、上記⑥の「機器(ハードウェアやシステム)の問題」は「システムエラー」といえます)

 どんなベストセラー作家でも、権威のある学者でも、このヒューマンエラーから逃れることはできません。文章を書き慣れているはずのプロでも、最初から100パーセント完璧な原稿を書き上げることは、まず不可能なのです。かんたんな誤字脱字や文法上の不備、事実関係のかんちがい、引用の誤りなど、なにがしかのミスやエラーはどこかにかならず潜んでいるといっても言い過ぎではありません。はなばなしい肩書きやキャリアも、まちがいのない文章を書くという点に関しては、まったく当てになりません。

 なぜでしょう? 答えは、かんたんです。それは、

 人はまちがえる生き物

 だからです。

 残念ながら、私たちはまちがえてしまいます。どんなに注意深く、努力しても、完璧にできるという保証はどこにもありません。

 大切なのは、まちがいがあることを前提にすること。そして、つまらないミスやエラーが相手に届いてしまう前に、言葉の身だしなみを整え、ほころびを繕ってあげること。言葉をケアすることで、ほんとうに自分が言いたかった、伝えたかったことをクリアにすることができます。

スイスチーズモデル

 それでは、どうすれば私たちは文章のミスやエラーを防ぐことができるでしょうか。

 その秘訣は、ずばり、

 何度でも見返すこと

 です。

 な〜んだと思われるかもしれませんが、書いたものを何度でも読み直し、チェックすることぬきに、誤りや不備のない文章は望めません。なぜなら、書くときと同じように、私たちは一度で完璧に、すべての問題に気づくことはできないからです。

スイスチーズモデルのイラスト。穴のあいたチーズが2列並べられている。枚数が少なく穴を潜り抜けて事故が起きてしまったパターンと、枚数が多く途中でブロックされたパターンが図示化されている。
図1 スイスチーズモデル(from いらすとや
 図1を見てください。穴あきのチーズが何枚も並んでいます。穴はたいていの場合、どこかで行き止まり、その先に進むことはできません。でも、ごくまれに、すべてのスライスを通りぬけてしまう穴があります。

 「スイスチーズモデル」といわれるこの図は、ヒューマンエラーがさまざまなチェックを通りぬけて、重大事故につながることを示したものです。イギリスの心理学者、ジェームズ・リーズンが提唱したリスクマネジメントのモデルです。

 これを見れば、1枚のチーズ(チェックや対策)では、穴(エラー)だらけなことがわかります。でも、何枚もチーズを並べることで、どこかで穴は止まります。それでもなお、すべてのチェックや対策をくぐりぬけてしまうエラーがあることは、どんなときも念頭に置いておかなければなりません。

 文章(書き言葉)のチェックでは、何度も見返し読み直すことが、チーズを何枚も並べることになります。

 このとき、忘れてはいけないのは、異なる穴のスライスを並べることです。同じ穴のスライスを何枚重ねても、穴は止まりませんからね。同じように、文章も、ただ同じように繰り返し読み直しても、効果はありません。毎回、同じ目で見るのではなく、目を変えます。

目を変える

 「目を変える」方法は2つあります。

【1人の人が違う目で見る】

 ひとつは、1人の人が、時間や場所を変えて、違った環境で見返すというやり方です。

 ミスやエラーのパターン分類で、「Ⓔ場所や時間が変わったとき」というのがありました。環境が変わると見る目も変わることを、ここでは積極的に応用します。

 いつもの自分の椅子とデスクを離れて、例えばカフェや図書館で見返してみる。自宅のリビングで、あるいはベッドで寝転がって読んでみる。部屋の中を歩きながら、声に出して読むのも有効です。

文章「この世界には、2つの国があります。耳と口(オーラル)の国と、文字(書き言葉)の国です。望むと望まざるとにかかわらず、私たちは、言葉と文字なしに生きてはいけません。」が、画面表示サイズの違いやフォントの違いで見え方が変わることが図示化されている。
図2 文字を大きくしてみたり、フォントを変えてみたり。環境や文字の見え方を変えると気づくことも。
 時間や場所以外に、見え方を変えるというやり方もあります。「Ⓓツールを変えたとき」の応用では、パソコンやスマホ、タブレットで画面表示を拡大して文字を大きくしてみたり、フォントを変えてみたり、紙にプリントアウトしてみたりします(図2)

 環境や文字の見え方を変えることで、それまで気がつかなかった点に気づくことは、よくあります。

【複数の人の目で見る】

 「目を変える」方法のもうひとつは、誰かほかの人にも見てもらう、というやり方です。

 自分とは異なる感覚、価値観、知識、目の付け所でチェックをしてもらうことで、自分の書いた言葉に別の角度から光を当てることになります。

 一人の人間――しかも、それが文章を書いた本人であればなおさら、さまざまな角度から、客観的に自分の言葉をチェックするのはむずかしい。でも、そこにほかの人の視点が入れば、チーズのスライスは多様になり、その分、ぬけ穴は確実に減ります。

  • 何度でも見返すこと
  • 目を変えること

 は、書き言葉(文字情報)のチェックで最も重要な、基本中の基本です。つまり、クロスチェックをする、ということですね。

 本や新聞が、何度もチェックと修正を重ね、作者や記事を書いた記者だけでなく、編集者や校正者といったさまざまな役割の目を通して制作されるのは、このためです。広告やチラシ、カタログ、取扱説明書といった、いわゆる読み物ではない商業印刷物も、すべてこのプロセスを経て世に出ています。

 メールやメッセージ、プライベートな文章であれば、なかなか誰か他の人に見てもらうことはむずかしいですが、オフィシャルな文書のときには、ぜひ実践したい、きわめて有効な方法です。

見落としやすいとき

 クロスチェックで、どんなにチーズのスライス(フィルター)を重ねても、それでも見落としてしまうときがあります。

 文字(書き言葉)の国のダンジョンには、さまざまなトラップや落とし穴が潜んでいます。

 例えば、

  • 長い文章
  • 不備や誤りの多い文章
  • 込み入った文章
  • 数字やデータ
  • タイトルや見出しなど大きな文字
  • 行やページが変わるとき

 などは、見落としのリスクが高まります。

 また、先にあげた「Ⓕ感情的なとき」や「Ⓖ疲れているとき」も、トラップや落とし穴にずっとはまりやすくなります。

 次回は、見落としを防ぎ、一文字一文字もらさず確実にチェックをしていく方法をご紹介します。

解答

【1】明るい光が窓からこの部屋いっぱい射しこんでいます。

 いっぱい → いっぱいに or にいっぱい ?

【2】今日、みなさんは広い海へと漕ぎ出ししていきます。

 漕ぎ出しして → 漕ぎ出して ?

【3】アルバムに挟んで閉まっておいた四つ葉のクローバー。

 閉まって → しまって or 仕舞って or 蔵って or 終って ?

 *「しまる」と「しまう」で別語。

【4】立派に成長したみなさんのことに誇りを思います。

 ことに誇りを → ことを誇りに ?

 *誤って「ことに誇りに」(または「ことを誇りを」)と入力してしまい、修正するときに「を」(または「に」) と差し替える箇所をまちがえたか?

【5】マニュフェストの達成に全力を尽くす所存です。

 マニュフェスト → マニフェスト ?

【6】いわゆる「キラキラネームをもつ子どもは周りにたくさんいたので特に何も思わなかった。

 ネームを → ネーム」を ?

 *「 」や( )“ ”など、カッコ類のペアをお忘れなく。

【7】「情けは人のためならず」、やさしい心がかえって人をだめにすることも。

 「情けは人のためならず」は、人への親切はまわりまわって良い報いとして自分に返ってくる(だから、人には親切になさい)という意味では?

【8】将棋の羽生善晴さんとフィギュアスケートの羽生弓弦さん。

 善晴 → 善治  弓弦 → 結弦

【9】国連の『世界人口推計 2022年版』によると、世界の人口は2030年に約97億人に増加するという。

 2030年に約97億人 → 2030年に約85億人 or 2050年に約97億人 ?2 世界人口は2022年11月15日に80億人に達する見込み(国連経済社会局プレスリリース・日本語訳)〈国連広報センター(2022年7月11日)〉
https://www.unic.or.jp/news_press/info/44737/

【10】前回の優勝は12年前の夏。そのとき5歳だった少年はいま、1年生ピッチャーとして夢のマウンドに立つ。

 (12年前が正しいとして)5歳 → 4歳 ?
 (5歳が正しいとして)12年前 → 11年前 ?

脚注

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著者について

About 大西寿男 4 Articles
おおにし・としお。1962年、神戸市生まれ。1988年より、河出書房新社、集英社、岩波書店などで、文芸書を中心に、さまざまな書籍・雑誌の校正を担当。一人出版社「ぼっと舎」代表。2021年に上梓した『校正のこころ』増補改訂第二版(創元社)が、「言葉や本を大切にしたい人必読」と大きな反響を読んでいる。『校正のレッスン』『セルフパブリッシングのための校正術』ほか著書多数。言葉の寺子屋「かえるの学校」などで校正の心と技を伝える。