どの子(文字)も可愛い――言葉を届ける前にしておきたい12のケア〈第4回〉

言葉を届ける前にしておきたい12のケア

言葉を届ける前にしておきたい12のケア

《この記事は約 8 分で読めます(1分で600字計算)》

 文章を何度も見返すとしても、ぼんやりと眺めているだけでは間違いを見落としてしまいます。ではどうすれば? 校正者・大西寿男さんによる連載第4回です。

読み直すときの3つのスキル

 さて、いまあなたは学校でだいじな試験を受けています(社会人の方は、学生時代を思い出してくださいね)。筆記試験の時間が切れ、テスト用紙が回収される前、最後にあなたは何をしますか?

 四択を運任せでとにかく埋める? それも意義のある(?)あがきですが、受験番号と氏名が脱けたりまちがっていないか、確認すること! そこがまちがっていたら、たとえ全問正解でも、すべてがふいになってしまいます。

 見直しは、どんなときにも、リスクマネジメントの基本のキです。

 連載の第2回で、「文章のミスやエラーを防ぐ秘訣は、何度でも見返すこと」というお話をしました。そして、見返すときには「目を変えること」がだいじなポイントでした。

 それでは実際に、目を変えて見返す、文章や文字を読み直すときには、どうすればよいでしょう? 身につけたいスキルは、次の3つです。

 ①急がない。
 ②目だけで文字を追わない。
 ③すべての文字を読む。

 具体的に見ていきましょう。

①急がない。

 次の例文【1】は、ひらがなを「あ」から始まる五十音順に並べたものです。

 まずこれを3秒で読んでください。

【1】

あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみめもやいゆえよらりるれろわゐうゑをん

 読めないよ! というくらい、あっという間でしたね?

 それでは次に、一文字一文字、ゆっくり読んでみてください。そのときに、指先で文字に触れながら読むこと

 1か所だけ、おかしな所があったのに気がつきましたか?答えはこちら。

 速読が得意な人ならともかく、3秒では眺めるだけで、なかなかまちがいに気づくことはできません。

 文字数が多いと(つまり、情報量が多いと)、すべての文字を点検するのに、それだけの時間がかかるものです。にもかかわらず、すっ飛ばして読もうとすると、当然、どこかがおろそかになります。それでは点検にはなりません。

 読み直しには、適正なスピードがあります。それを超えて読もうとすると、どうしても見落としが生じます1新潮社校閲部の甲谷允人(こうや・まさと)さんは、このことを「スピード違反」と表現されている。。急がず、あわてず、じっくりと。これがまず、身につけたいスキルの1つめです。

②目だけで文字を追わない。

 先ほど、例文【1】をゆっくり読むときに、指先で文字に触れながら読んでください、とお願いしました。これが、2つめのスキル、「目だけで文字を追わない」です。

 目だけで文字を読んでいると、たとえ何か誤りがあっても、すーっと読みすべってしまったりします。私たちはふだん、黙って読んでいるときでも、頭の中で、知らず知らずのうちに音声の情報を受け取っています前回参照。その音の流れが、わずかなまちがいを補完して、ノイズのない文章に変えてしまうのです。

 これを防ぐためには、指先(ペン先でもかまいません)で、一文字ずつ文字をたどって、確かめながら読み進めます。指先にはいろいろな感覚が鋭敏に集まっているといいますから、いわば、「五感で文字をとらえる」わけですね。

 そうすることで、先走らず、じっくりと読み直すことにもつながります。

 指先でたどるだけで、見落としが劇的に減る効果が期待できます。

③すべての文字を読む。

 スキルの3つめは、「すべての文字を読む」です。

 そんなこと、あたりまえじゃない? といわれそうですが、さて、どうでしょうか。

 次の例文【2】を読んでみましょう。

【2】

 声に出しても出さなくても、通常、

 せかいじゅうがちゅうもくする ぱりこれ ぱりこれくしょんは

 と読むのではないでしょうか。

 でも、ちょっと待ってください。この文には、「 」( )“ ”といったカッコ類がたくさん使われています。「・」や句読点の「、」と「。」もあります。これらの記号(約物やくものといいます)は読まなくていいのでしょうか?

 文字(書き言葉)の国では、通常、音声が与えられない記号類も、重要な役割を果たします。言葉を強調したり、間を空けたり、視覚にも訴えて、言葉に彩りや変化を与えます。

 本や新聞の制作では、こうした記号類も音声化して読むことで、まちがいがないかをチェックします。

 、 → テン
 。 → マル
 ・ → 中黒なかぐろまたは中点なかてん
 「 → カギ2印刷や出版の世界では、「 」のことを“カギ”と呼ぶ。
 」 → カギ受け3同じく、閉じるほうのカッコを“受け”という。始まるほうのカッコは“起こし”。
 ( → パーレン4丸カッコを“パーレン”と呼ぶ。
 ) → パーレン受け
 “ → ダブルクォート5“ ”の名称は、ダブルクォート(double quote)、ダブルクォーテーションマーク(quotation mark)、二重引用符、など。似たような記号で、和文用の〝 〟(チョンチョンという)がある。
 ” → ダブルクォート受け

 さらに、記号でもない、改行や段落始めのスペース(「アキ」)も音声化します。

 例文【2】をそんなふうに読んでみると、次のようになります。

アキ せかいじゅうがちゅうもくする テン カギ ぱりこれ パーレン ぱり 中黒 これくしょん パーレン受け は テン…ともいわれています 改行 アキ カギ みらの 中黒 これくしょん カギ受け…

 ふだんの読書では、こんな読み方はしませんよね。ですが、こうすることで、すべての文字情報を残らず、一文字一文字、立ち止まって確かめることができるのです。

 例文【2】では、3か所、おかしなところがありました。

 「パリコレ(パリ・コレクション) → 「パリコレ(パリ・コレクション)」
 「パリ・オートクチュール・コレクション → 「パリ・オートクチュール・コレクション」

 始まりの「 や( はあるのに、終わりの 」がありません。また、

 ともいわれています → ともいわれています。

 段落の最後の句点「。」が脱けています。

 こんなふうに、カッコ類や、段落の始まりのスペースと段落の終わりの句読点など、もともとペアやセットでないといけないものの片方が脱け落ちる、ということはよくあります。

 カッコはペアで

 と、まとめて憶えておきましょう。

 前回お話しした「漢字の読み換えや分解」も、読み飛ばしを防ぎ、一文字ずつ確かめていくための技です。

 ①急がず、②指先も使って、目だけで文字を追わない。そうして、③すべての文字、記号やスペース、改行も残さずに見る。

 100文字あれば、どの子(文字)も可愛い。誰も見捨てない気持ちで、文字と接する。そんなふうに、文字の言葉を見返してみてください。

集中を保つために、できること

 本や新聞の校正では、何万、何十万字という文字のすべてをチェックします。ここはていねいに見るけれど、ここは適当に、という見方はしません。どんな文字も、記号はもちろん、文字ではないスペースや改行さえも、同じようにていねいに点検します。

 そうして、広い広い砂浜の砂の中から、あるいは、満天の星の中から、どこに潜んでいるかわからない、誤りやおかしな砂粒や星を見つけ、拾い出します。

 どうしてそんな、気の遠くなるような作業ができるのでしょう。できるようになるには、何がいったい必要なのでしょうか。

 ――何事にも細やかで几帳面な性格? 文字や言葉の豊富な知識? 長年の訓練? それとも、根性?

 うーん、どれもあったらよさそうな資質や能力ですが、私が思うのは、「集中力」です。長丁場の作業のあいだ、最初から最後まで、一定の集中を保つことです。

 集中がふと途切れたり、ムラがあったりすると、見落とすおそれが高まります。まるで見透かしたように、そんな部分にかぎって、アッと驚くような誤字脱字や誤りがあるものです。

 それでは、一定の集中を保つためには、どうしたらよいでしょうか

 まず、無理は禁物。人はそんなに一度に長い時間、集中し続けることはできません。疲れてきたら、無理せず休みます。

 それから、頭がかっかとしていたり、気持ちが揺れていたりするのも、集中にとってはよくありません。平常心プラスちょっぴりテンション上げる、くらいがちょうどよい。

 環境もだいじです。落ち着いてリラックスできる空間、適度な照明と作業しやすいデスク、必要な筆記具に辞書や資料、パソコンなど、できるだけ快適に作業できる環境は理想です。(が、実際の仕事の現場はいつもそんなに恵まれたものとはかぎりません。)

 本や新聞の校正者は、そんな集中を保ち続けるプロなのです。だから、そのためにどうしたらいいか、一人ひとりいつも工夫しています。

 何より自分自身の疲れに敏感ですし、集中が落ちてきたと感じたら、体を動かしたり、休憩をとったり、リフレッシュします。そこで無理を押してがんばっても、見落としが増えて、結局、もう一度やり直しになることがわかっているので、休むことにためらいがありません。(とはいえ、〆切に追われてなかなか休めない、という現実もありますが……。)

 また、一度にたくさんのことをやろうとせずに、1時間なら1時間でこれくらいの作業量というふうに、見通しを立てることもします。高望みせず、自分のキャパを超えることに対しては、素直にあきらめます。そういう意味では、とても現実家、実務家なのです。

 心地よい環境をかもし出すために、お気に入りの小物――お茶やコーヒーを飲むカップやアクセサリー、お香などをそばにそっと置いておくこともあります。

 それぞれ自分のやり方で工夫して、急がず、テンポやリズムを無理なく一定に保ちながら、力を入れすぎたりしない少し距離を置いた気持ちで、一文字一文字を同じように、指先でたどるように見返していく

 そうして、自分の仕事に集中しながら、チームを組むほかの校正者や編集者と連携して、1人で校正のすべての責任を負うのではなく、みんなで力を合わせて、よりよいゴールを目指す

 この校正者の態度は、誰にとっても、勉強でも仕事でも遊びでもどんなときでも、集中を保ちたい場面で、とてもヒントになるように思います。

 集中が続かなくて困っている方には、オススメです。できるところから意識して取り入れてみると、きっと少し落ち着いて物事に取り組めるようになることでしょう。

答え

【今回の答え】「む」が脱けていました(脱字)。

前回の宿題

【問題文】

翌年、新奇に開発した内臓センサーにより、S600シリーズはこれまでにない高性能を獲得したが、その半面、価格は大きく跳ね上がった。

【答え】

①新奇 → 新規
②内臓 → 内蔵
③半面 → 反面

脚注

  • 1
    新潮社校閲部の甲谷允人(こうや・まさと)さんは、このことを「スピード違反」と表現されている。
  • 2
    印刷や出版の世界では、「 」のことを“カギ”と呼ぶ。
  • 3
    同じく、閉じるほうのカッコを“受け”という。始まるほうのカッコは“起こし”。
  • 4
    丸カッコを“パーレン”と呼ぶ。
  • 5
    “ ”の名称は、ダブルクォート(double quote)、ダブルクォーテーションマーク(quotation mark)、二重引用符、など。似たような記号で、和文用の〝 〟(チョンチョンという)がある。

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著者について

About 大西寿男 4 Articles
おおにし・としお。1962年、神戸市生まれ。1988年より、河出書房新社、集英社、岩波書店などで、文芸書を中心に、さまざまな書籍・雑誌の校正を担当。一人出版社「ぼっと舎」代表。2021年に上梓した『校正のこころ』増補改訂第二版(創元社)が、「言葉や本を大切にしたい人必読」と大きな反響を読んでいる。『校正のレッスン』『セルフパブリッシングのための校正術』ほか著書多数。言葉の寺子屋「かえるの学校」などで校正の心と技を伝える。