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今年の3月に、米ヴァイアコムが傘下の大手出版社サイモン&シュスターを約12億ドルで売却する意向というニュースがありました。複数社が名乗りを上げましたが、最終的に、最大手のペンギン・ランダムハウスによる買収で落着。巨大出版社がさらに巨大化することになりました。なぜこのような動きをするのか? 大原ケイさんに解説いただきました。
アメリカで刊行される本の3分の1がペンギン・ランダムハウスに
11月25日、アメリカの大手出版社「ビッグ5」のひとつであるサイモン&シュスターは、同最大手のペンギン・ランダムハウスが20億ドル強で買収することで合意に達した、と発表があった。サイモン&シュスターの親会社である米メディアコングロマリット、ヴァイアコムCBSは、この3月に、TV・映画製作や動画のストリーミングサービスなどを中核事業とし、そのビジネスに焦点を絞るため、書籍出版社を売るつもりだと発表し、ずっと買い手を探していた。
買収を決めたペンギン・ランダムハウスはドイツのメディアコングロマリット、ベルテルスマン傘下の出版社であり、2013年に英ペンギンと米ランダムハウスが合併、この4月に最終手続きを済ませ、ベルテルスマンが単独オーナーとなっていた。今回のサイモン&シュスター買収に当たっては、米司法省や米公正取引委員会の許可がスムーズに降りれば、来年にも手続きを終える予定だという。そうなれば、アメリカ国内で刊行される本のうち3冊に1冊が同じ出版社から出る巨大出版社の誕生となる。文芸・一般フィクションのジャンルに限れば、実に全体の7割近くを占める。
このニュースにさっそく全米作家協会(Author’s Guild、以下AG)やPENアメリカといった著者団体が反対を表明している。AGの声明では、著者の作品を争う先の出版社が減ると、原稿に支払われるアドバンス(印税の前払金)も減少するのは避けられないとしている。著者のマネージメントを司るリテラリー・エージェント諸氏にとっても死活問題だというわけである。さらに、こういった大型合併があると、編集者など出版社側でレイオフが行われるのは避けられないとしている。
巨大化でリスクをとらなくなり、気概のある編集者からクビになる
なぜこんなにしてまで、大出版社はさらに肥大化するのか? アトランティック誌は明確にそれは「アマゾンに対抗するため」と書いている。アマゾンが登場したことで、大手書店チェーンのボーダーズは2011年に倒産に追い込まれ、最大手バーンズ&ノーブルもずっと苦戦している。今や紙と電子を合わせて、アマゾンは米国内の半分の本を売りさばく。アマゾンのキャンペーンひとつで本が売れたり売れなかったりするし、仕入れ値を再交渉したいと言われれば出版社は応じないわけにはいかない。
さらに2012年、当時の大手出版社5社がアップル社のiPad発売をきっかけに、出版社側がEブックの小売価格を設定できる「エージェンシー・モデル」を一斉に始めたのが“談合”と糾弾され、出版社は和解金を支払い、アップルは対米司法省の訴訟で敗訴している。アトランティック誌はこれを「オバマ政権の最大の過ちの一つ」とし、本当に市場の独占を目論んでいる企業はどこなのか、今回もそれを見誤るべきではないと警告している。
その一方で、アマゾンや大手出版社を相手に“闘う”小出版社として知られるメルヴィル・ハウスのデニス・ジョンソンは同アトランティック誌に寄稿し、大手出版社の寡占化による、もっと深遠な影響は他にあるとしている。それはそもそも出版とは、モノを売り買いするだけのビジネスではなくて、アートと言論の自由に関わる問題で、民主主義の存続にも関わるものだとしている。つまり、出版社が大きくなればなるほど、失敗した時に失われる金額が膨らみ、どんな本を出すのか、という時点でリスクを取らなくなるのだという。
具体的にジョンソンは、サイモン&シュスターが今年よく売れた政権批判のトランプ本を出していることを挙げている。ボブ・ウッドワードの「RAGE」、ジョン・ボルトンの回顧録、トランプの姪による暴露本などを果敢に出してヒット作にしたのはサイモン&シュスターだが、トランプ政権下でそうするには、政府筋からの圧力や司法省からの訴訟に立ち向かう気概がないとできないことだという。そしてペンギン・ランダムハウスに吸収されたら真っ先にクビになるのは、そういったリスクの高い本を出してきた編集者たちだということも。
参考リンク
PRH/S&S買収を伝えるニューヨーク・タイムズの記事
作家協会(AG)の声明文
アトランティック誌の記事
アトランティック誌、メルヴィル・ハウスのデニス・ジョンソン氏による記事
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