著作権法第37条を使わない視覚障害者等向け読書支援サービス「YourEyes(ユアアイズ)」の衝撃【追記有】

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YourEyes記者発表会の様子
YourEyes記者発表会の様子(ポニーキャニオンのプレスリリースより)
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 株式会社ポニーキャニオンは11月26日、視覚障害者や学習障害者(ディスクレシア)向けの読書支援サービス「YourEyes(ユアアイズ)」を来年2月から開始することを発表しました。これはどういうサービスで、著作権の問題をどうクリアしたのでしょうか?

YourEyesとは?

 YourEyesは、本のページをスマホアプリで撮影すると、文章をOCR(光学文字認識)で読み取り、合成音声で読み上げることにより、耳で読書ができるというサービスです。詳しくは、こちらのサービス紹介動画をご覧ください。

 利用者はまず、YourEyesポータルサイトでアカウントを登録、スマートフォンにYourEyesアプリをダウンロードします(iOS版のみ / 個人は月額500円、法人・事務所は月額2500円 / Android版対応は現在のところ予定していない)。アプリで本のページを読み取ると、OCR変換を行い、HOYA株式会社の音声合成エンジン「ReadSpeaker」で読み上げてくれます。なお、別売の「YourEyesボックス」を使うと、1ページ単位の読み取りが視覚障害者でも比較的ラクにできるようになっているそうです。

 ここで問題となるのが、OCRの精度です。OCR変換でテキスト化するサービスは既に他にもいろいろありますが、日本語には「ロと口」「トと卜」「エと工」「タと夕」「-と―」など似た形の字がたくさんあるため、どうしても誤変換が発生します。そのままデータを読み上げさせると、例えば「口を開く」と書いてあるはずなのに「ろをひらく」と誤読する可能性があるわけです。

OCR誤変換をボランティアが修正!?

 YourEyesではそういったOCRの誤変換を、ボランティアが専用ツール(WindowsとMacに対応 / 無償配布予定)で修正する、というのです。このアプローチは非常に面白いと思うのですが、そのいっぽうで、無断で著作物を利用することになるため、なんらかの権利制限規定に基づいている必要があります。

 視覚障害者等の読書支援は従来、著作権法第37条(視覚障害者等のための複製等)の権利制限規定が用いられてきました。YourEyesの記者発表会で「OCR誤変換をボランティアが修正」という説明を聞いたとき、筆者はてっきり、著作権法第37条第3項に基づく「視覚障害者等のための複製・公衆送信が認められる者」に、ポニーキャニオンがなる形なのだと思ってしまいました。結論を先に言うと、この認識は間違っていました。

 以前は、著作権法施行令第2条により、障害者入所施設や図書館などの公共施設の設置者、または、文化庁の個別指定を受けたボランティア団体のみが「視覚障害者等のための複製・公衆送信が認められる者」として規定されていました。ところが2019年1月施行の改正著作権法により、文化庁の個別指定を受けなくてもボランティア団体などが音訳などの事業を行えるようになったのです。

 ただ、著作権法第37条第3項には「当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第79条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾若しくは公衆送信許諾を得た者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない」という但し書きがあります。つまり、録音資料(音声デイジー・マルチメディアデイジー)、オーディオブック、大活字資料、テキストデータなどがすでに販売されている本は、対象外なのです。

 YourEyesが著作権法第37条第3項を使う形なら、この対象外となる本をあらかじめ特定しておく必要があります。対象外か否かを書誌データにあらかじめ反映しておく必要があるわけですが、これは結構難しいのではないか? と筆者は思いました。また、著作権法第37条第3項では、利用者が視覚障害者等に該当するかどうかを確認する必要もあります。それはどのように行うのか? も疑問でした。そこで、ポニーキャニオンに問い合わせをしてみました。

OCR変換の精度を向上するため、AI解析に供する学習用データになる

 するとなんと、YourEyesは著作権法第37条第3項に立脚しない、という回答がありました。YourEyesでボランティアが修正したデータは、OCRの読み取り精度向上のために、AI解析に供する学習データとして利用するというのです。つまり、著作権法第30条の4および第47条の5第1項第2号の「情報解析」に該当する、という見解だったのです。

 2019年1月施行の改正著作権法では、デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備が行われています。

 著作権法第30条の4は、「著作物に表現された思想または感情の享受を目的としない利用」です。第2項に「情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うこと)」があります。

 著作権法第47条の5は、新たな知見や情報を創出することを目的とした「電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等」です。第1項第2号に「電子計算機による情報解析を行い、及びその結果を提供すること」があります。

 YourEyesのサービスは、この2つの権利制限規定を活用しているのです。どちらにも「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は対象外となる但し書きがありますが、そもそも利用者の手元に紙の本がある状態で、それをOCR変換して読み上げるサービスなので、問題にはならない、という判断なのでしょう。

 最終的な判断は司法の場でなされるものですが、筆者は正直、改正されたばかりの法律を活用した実に見事な事例と感じました。「そっちか! なるほど!!」と声が出るほど感心しました。

[以下2021年3月17日更新]
JEPAセミナー「YourEyesで拓く読書バリアフリーの世界」が開催されました。聴講し、この記事で若干説明不足だった点を補足追記します。「YourEyesボランティアツール」はあくまでボランティアの手元にある本の読み上げデータを修正するツールであるとのこと。また、確認のため質問もしてみましたが、その修正データはあくまでAI解析に供する学習データであり、直接「YourEyes」アプリの利用者に提供するわけではない、との回答でした。

[更新ここまで]

法律の対応とテクノロジーの進化がもたらすもの

 筆者にはひとつ、記者発表会の中で非常に印象的だった言葉があります。それは「日本の電子書籍サービスは、ほとんどが読み上げに対応していません」というものです。実際のところ、Kindle、Apple Books、Google Playブックス、楽天Koboといった北米企業系のサービスは、リフロー型ならOS標準搭載の読み上げ機能(iOSはVoiceOver、AndroidはTalkBack)に対応しています。

 ところが、日本系のサービスはほとんどが非対応なのです。筆者の知る限りでは、電子図書館サービスの「TRC-DL」は対応しています。ただし「許諾を受けたリフロー型電子書籍」についてのみ、PCでなら利用可能という形になっています。

 これは恐らく、自動音声読み上げが、著作権の支分権の一つ「口述権」を侵害する可能性があるからです。実際、日本書籍出版協会が用意している出版権設定契約書ヒナ型には、口述権と明記はしていないものの「自動音声読み上げ機能による音声化利用を含む」とあることから、口述権を意識した契約を交わしていることは間違いないでしょう。

 しかしこのYourEyesのアプローチであれば、どうでしょうか? 利用者の手元に本があり、そのページを写してOCR変換するわけですから、恐らくこれは他のOCR変換でテキスト化するサービス(ジャストシステム「一太郎Pad」、Microsoft「Office Lens」など)と同様、著作権法第30条「私的使用のための複製」の権利制限規定に該当するでしょう。

 つまりこれは、法律の対応とテクノロジーの進化がもたらした、視覚障害者や学習障害者などへの福音と言えるのではないでしょうか。

参考リンク

YourEyes(ユアアイズ)

誰もが読書できるアクセシブルな環境という理想と、データ流出への根強い懸念という現実(HON.jp News Blog)

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著者について

About 鷹野凌 829 Articles
NPO法人HON.jp 理事長 / HON.jp News Blog 編集長 / 日本電子出版協会 理事 / 日本出版学会理事 / 明星大学 デジタル編集論 非常勤講師 / 二松学舍大学 編集デザイン特殊研究・ITリテラシー 非常勤講師 / デジタルアーカイブ学会 会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など。
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