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本稿は「出版ニュース」2017年11月上旬号へ寄稿した原稿の転載です。転載にあたって、少しタイトルを変えてあります。以下、縦書き原稿を横書きに変換していますが、文体は掲載時のまま(常体)です。
9月7日、海賊版出版物へユーザーを誘導する「リーチサイト」で国内最大規模とみられる「はるか夢の址」運営者の関係先が、著作権法違反容疑で家宅捜索されたというニュースが複数のメディアで流れた1読売新聞・朝日新聞・産経新聞・時事通信・日経新聞ほか、ネットメディアも多数。代表で日経新聞「海賊版へ誘導サイト、強制捜査 著作権侵害疑い」のURLを記す。なお、どの記事も「捜査関係者への取材で明らかになった」というスタンスであり、警察からの公式発表ではない模様 https://www.nikkei.com/article/DGXLASHC06H34_W7A900C1AC8000/。その後、複数のリーチサイトが閉鎖され閲覧できない状態になったそうだ。
リーチサイトは以前から、文化庁文化審議会著作権分科会出版関連小委員会でも具体名を挙げる形で問題視されていた22013年文化審議会著作権分科会出版関連小委員会議事録 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/shuppan/h25_04/index.html。しかし、サイトに直接作品を掲載しているわけではなく、海賊版がある場所へのハイパーリンクでユーザーを誘導しているに過ぎないことから、著作権法違反での取り締まりが困難だった。そのため「はるか夢の址」はこれまで9年間ものあいだ運営を続けていたという。
政府が昨年5月に発表した「知的財産推進計画2016」には、リーチサイトを排除するため法制面の検討を含めた対応を進めることや、収益源となっているオンライン広告への対応を進めるといった対策が記されていた3知的財産戦略本部2016年5月9日会合議事次第 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/160509/gijisidai.html。
ただ、ハイパーリンクに対する規制は本稿執筆時点(2017年10月)でもまだ、文化審議会法制・基本問題小委員会で議論されている最中だ。ハイパーリンクはウェブの基本技術であり、情報通信技術全体への悪影響や社会的混乱をもたらすという理由で、一般社団法人インターネットユーザー協会などから反対意見もある。
そういう状況下にも関わらず大阪府警や福岡県警などの合同捜査本部が「はるか夢の址」への強制捜査に踏み切ったのは、ハイパーリンクでユーザーを誘導するだけでなく、「はるか夢の址」運営者自身が海賊版出版物の配信に関わっていた疑いが強かったからのようだ。実際、筆者が匿名掲示板への書き込みを追ってみたところ、家宅捜索以降は海賊版出版物の新規供給が滞っている様子が伺えた。
その一方で、リーチサイトの報道と奇しくも同日、一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)から、マンガ誌の発売前に掲載作品をウェブに公開する「ネタバレサイト」が複数摘発されたという発表があった4一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会の発表 https://www2.accsjp.or.jp/criminal/2017/1202.php。こちらはリーチサイト問題に比べたら、ストレートに公衆送信権や電子出版権などの侵害なのでわかりやい。
秋田の逮捕事例では少なくとも3億円、沖縄・鳥取・東京の逮捕事例では7400万円近くの収益を得ていたらしい。警察によると「発売前にマンガ雑誌を提供していた店舗も関係先として捜査を進める予定」とあり、深い闇を感じる。もし書店も違法配信に協力していたなら、業界全体の首を絞める役割をその書店自身が担っていたことになるわけだ。
去る5月にも、海賊版サイト「フリーブックス」が匿名ブログへの告発記事をきっかけにして閉鎖に追い込まれる事件があった。こちらは削除申請を完全無視する「防弾ホスティングサービス」を利用し匿名性を高めるというかなり巧妙なやり口で運営されていたが、DDoS攻撃(分散型サービス妨害)に耐えられなかったらしい。警視庁が情報収集を始めたという記事もあったが、続報はまだ見かけない5日経新聞「書籍無断公開5万点か 被害数十億円、警視庁が情報収集」 https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG08H94_Y7A500C1CC1000/。
なお、この「フリーブックス」に対しては、出版関係者から「同様のサイトが登場しないよう法整備を進めてほしい」というコメントがあったようだが、この「法整備」がなにを指しているのか、筆者には少々疑問であった。すでに2015年1月施行の改正著作権法によって、電子出版権を取得していれば出版社でも海賊版サイトを訴える当事者になれる。つまり、ここまで挙げてきたような事例で警察が捜査に動いているのは、法整備のおかげだ。これ以上、なにを求めるというのだろうか?
こういった海賊版サイトやリーチサイトは、その気になって探せばいくらでも見つかるのが現状だ。1つや2つ潰れたところで、雨後のタケノコのように次から次へと湧いてくる。中には、洗練されたデザインでまったくアングラ感がない海賊版サイトもある。
これは出版学会や他メディアへの寄稿などで何度も指摘していることだが、一般ユーザーに海賊版サイトと正規版サイトと区別する手段がない現状は、かなり問題があるのではないか。ウェブやアプリのビジネスモデルには、パッケージ販売だけでなく、レンタル、広告モデル、基本無料のライフ制やポイント制、定額読み放題サービスなどさまざまなものがある。ウェブやアプリは無料連載で作品の認知を獲得し、紙の単行本で収益を得るようなモデルもある。
つまり、すでに「無料で読める」ことが正規のサービスでも当たり前になっているので、「無料で読めるなんて怪しい」といった判別方法は通用しない。正直、筆者でも、正規版なのか海賊版なのかをパッと見分けるのは難しい場合があるほどだ。
音楽や映像は海賊版をダウンロードする行為が違法になっており、正規版サイトであることを示すための「エルマーク」が用意され一般ユーザーへの周知を図っている6一般社団法人 日本レコード協会「知っておきたいエルマーク」 https://www.riaj.or.jp/leg/lmark/。つまり、権利者から正式に許諾を得ているサイトだということを、誰でもすぐ判断できるようになっているのだ。
文章や画像の海賊版ダウンロードを違法化するのは、はっきり言って困難だ。しかし、正規版サイトであることを示すマークを用意することは、業界団体の自助努力として可能なはず。つまり、出版版「エルマーク」の表示だ。
区別する手段を提供したら、次に「違法コンテンツを見てはいけない」という啓発を行えばいいだろう。多くのユーザーは、後ろめたい思いをせず正規に配信されている作品を楽しみたいはず。政府に法整備を求めるのもいいが、まずは自分たち自身でできることから始めてみてはどうか。
なお、この出版版「エルマーク」は、すでに「日本電子書店連合(Japan E-Bookstore Association)」が検討してるとのこと。用賀法律事務所の弁護士 村瀬拓男氏(元新潮社)も「著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提言シンポジウム」で、「ホワイトリストを作るのは業界の責務」「夏前には状況を報告できると思う」と発言していた。