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本稿は「出版ニュース」2019年1月上中旬号へ寄稿した原稿の転載です。以下、縦書き原稿を横書きに変換してあるのと、リンクを張ったり改行を少し増やしたりしてありますが、文体は掲載時のまま(常体)です。
情報法制研究所(JILIS)が9月2日に開催した「著作権侵害サイトによる海賊版被害対策に関するシンポジウム」で、用賀法律事務所の村瀬拓男弁護士が「正規版配信認定マークの運用を2018年秋から始める」ことを明らかにした、という報道が流れた(※日経×TECH)。
筆者が「出版ニュース」2017年11月上旬号に寄稿した “海賊版と正規版が区別できる 出版版「エルマーク」の必要性” などで再三にわたって主張してきた「一般ユーザーに海賊版と正規版を区別する手段がない現状にはかなり問題がある」という意見が参考にされたかどうかは定かでないが、「出版ニュース」2018年9月上旬号 “海賊版サイトに特効薬はなく、さまざまな対策の継続が必要だ” で紹介した出版広報センターによる動きと合わせ、業界団体側も本気でさまざまな対策に取り組み始めていることがわかり、筆者は嬉しかった。
この正規版配信認定マークというのが、11月30日から正式運用が開始された「ABJマーク」だ。ABJは “Authorized Books of Japan” の頭文字で、デジタルコミック協議会と一般社団法人日本電子書籍出版社協会が設立した「正規版マーク事業組合」が制定し、一般社団法人電子出版制作・流通協議会(以下、電流協)に委託、管理運用される。ABJマークは電流協の商標(登録番号第6091713号)で、国際商標登録手続きも進めているという。
ABJマークには、上4桁の事業者コードと下4桁のサービスコードが、登録事業者とサービスにユニークで付与される。つまり、電子書店やアプリ・ウェブなどで掲出されているABJマークのコードは、各サービス固有のものだ。申請、使用は無料。ユーザーは、そのABJマークが正規に発行された事業者・サービスなのかどうかを、電流協のサイトにあるホワイトリストで確認できる、ということになっている。
ホワイトリストの公開直後(2018年11月28日現在)にチェックしてみたところ、登録サービスは396カ所90事業者であった。うち、小学館が114カ所、集英社が39カ所、講談社が32カ所、KADOKAWAが23カ所と、大手出版社の登録件数がかなりの割合を占めている。これは一般的な電子書店というより、有料無料に関わらず、著作物を配信する可能性のあるウェブサイトもすべてを登録しているということなのだろう。気になるのは、本稿執筆時点の最新リスト(12月3日)でもアマゾン、アップル、グーグルの名前が見当たらないこと。9月に報道された村瀬弁護士の発言によると、これら海外勢3社も参加予定だったはずなのだが、なにか遅れている事情があるのだろうか?
[3月5日転載時追記:なお、2月20日時点の最新リストでもアマゾン、アップル、グーグルの名前は見当たらない。]
さて、このABJマーク正式運用開始について、筆者が編集長をやっているメディア「HON.jp News Blog」で記事にしたところ、さまざまな反響があった。先行事例である音楽映像の正規版を示す「エルマーク」の運用状況や認知度の低さから、同じことをやっても無意味だという意見や、やることやってますという言い訳に過ぎないという意見など、辛辣なものも多かった。
なかでも、ダウンロード違法範囲拡大のための布石だろうという意見は、状況を的確に捉えていると筆者は感じた。というのは、本誌9月上旬号でも触れたが、政府知的財産戦略本部の検証・評価・企画委員会で行われていた「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」で、対策案として挙げられている中に「ダウンロードの違法化」があったからだ。
著作権法第30条で、私的使用のための複製は侵害行為にならない例外が認められているが、同3号で「著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて,国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を,その事実を知りながら行う場合」は例外から除外されて、刑事罰まで設けられている。2018年の文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会では、リーチサイト規制と合わせ、この私的なダウンロードが違法となる範囲を録音録画以外の著作物にも拡大する方向での法改正が検討されてきたのだ。
12月10日には中間まとめが公開され、パブリックコメントの募集が開始されている(残念ながら1月6日締切なので、本稿が掲載される本誌1月上中旬号が発行されたころには終わっている)。中間まとめ資料と同時に公開された「【参考資料】ダウンロード違法化に関する留意事項」は、寄せられるであろう意見や批判をあらかじめ回答したようなFAQ状態になっており、要点がまとまっていてわかりやすい。私的使用以外の権利制限規定に該当する場合(たとえばキャッシュ)は適法であることや、不特定または多数の者に対するインターネット送信を指す「自動公衆送信」が対象なのでメールや個人利用のクラウドストレージは適法であることや、デジタル方式の複製が対象なので印刷は適法、などだ。
個人的に危惧する点があるとすると、二次創作(二次的著作物)のダウンロードが中間まとめ資料では対象外と明示されていない点だ。法制化時には「仮に更なるユーザー保護のための措置を行うとした場合の対応の選択肢」として挙げられている「権利者の利益を不当に害しない場合を違法化の対象から除外」を、しっかり盛り込んで欲しいと考える。
話をABJマークに戻そう。これはすでに電流協の担当者にも伝えてある苦言だが、現状のABJマークはユーザーフレンドリーではない点が大きな問題だ。このままではせっかくの施策が「ダウンロード違法範囲拡大のための布石」のためだけのものと捉えられてしまいかねない。意味あるものにするには、次のような改善が必要と考える。
- ABJマーク登録ストア一覧がPDFでは利用しづらい。せめて一覧からストアに飛べるようリンクを貼れないか。
- ストア側でも、ABJマークをユーザーが見つけやすい場所に設置されていないケースが多い。ほんとうに認知させたいのか疑問。
- ストア側でABJマークを見つけたとして、本物かどうかをユーザーが簡単に調べられない。ABJマークから電流協のホワイトリストにリンクを貼って、相互リンクによって確認を容易にして欲しい。
- サイト側にメタデータを埋め込んで、機械的に正規サイト判別ができるような工夫を用意して欲しい。
予算も人手も限られている中でやっているのは重々承知しているが、このままではABJマークがただの形式的なものになってしまう。ぜひ、意味のあるものにして欲しい。