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北京大学・馬場公彦氏が、今回は中国の電子出版業界「数字出版行業」についてレポートしてくれました。
【目次】
中国にひしめく「低頭族」
中国に「低頭族」という言葉がある。いつでもどこでも手元の携帯に目を落としている人たちを指す。地下鉄の中でも、エレベーターの中でも、会議や授業中でさえ、いま中国では、どこにいてもこの「低頭族」でひしめいている。ではいったい携帯のスクリーンで何をみているのだろう。その中味が気になる。
むろん最も多いのは「微信」や「微博」や「抖音」などのSNSである。そのほかのコンテンツの多くが、中国語でいう「移動閲読産品(モバイル読書製品)」であり、その生産に携わっているのが「数字出版行業(デジタル出版業界)」である。今回は業界の概要についてレポートしよう。
また、出版人としては中国の電子書籍について、デジタル化の規格はどうなっているのか、読書のデバイスは何か、読書アプリやプラットフォームには何があるのか、ユーザー像はどうなのかも気になるところ。併せて取材をもとに報告したい。
デジタル出版の業界と市場
中国新聞出版研究院の『2020-2021 中国デジタル出版産業年度報告』によると、2020年の売上は1兆1178億6700万元(≒19兆7191億7388億円、為替レートは執筆時11月24日の1元=17.64円で換算)と巨大。その内訳はネットアニメ238.7億元、モバイル出版(モバイル読書やモバイルゲームなど)2448.36億元(4兆3189億円)、オンラインゲーム635.28億元(1兆1206億円)、オンライン教育2573億元(4兆5387億円)、インターネット広告4966億元(8兆7600億円)、デジタル音楽710億元(1兆2524億円)などが大半を占めている[1]。
モバイル出版の数字に面食らうが、中国でいうところのモバイル読書の売上の内実は、携帯やタブレットや読書リーダーなど移動型デバイスでのアプリを通した新聞雑誌・書籍・漫画・アニメ・オーディオブックなどをコンテンツとする読書行為によるプラットフォーム運営企業の収入を指す。
その細目は読書ユーザーからの課金収入、アプリに貼り付けられた広告収入、専用読書端末ハードの販売収入、ネット小説の伝統的紙本出版社への版権販売収入、ゲーム・映像・アニメなどの企業への版権販売収入などである。言うまでもなく課金収入が最も多く、例年9割ほどを占めるが、ここ最近は版権収入が1割を超えるようになっており、そのオリジナル・コンテンツの多くはネット小説由来である[2]。
なお、読書専用アプリの運営会社ごとに開発・販売している読書専用端末に、他社アプリから購入したコンテンツを閲読する汎用性はない。通常価格は1台500から2000元くらいで、オフラインでも閲読可能である。
日本で電子出版というときの電子書籍や雑誌や新聞の規模は大きくなく、インターネット雑誌が24.53億元(433億円)、電子書籍が62億元(1094億円)、デジタル新聞(携帯配信のものを除く)が7.5億元(132億円)である。雑誌と書籍を合わせると86.53億元(1526億円)だから、2020年書籍売上970.8億元からすれば電子書籍は8.9%を占めるに過ぎない[3]。同年同期の日本の市場規模3931億円(出版科学研究所調べ)と比較してもまだ小さい。とはいえデジタル雑誌・書籍・新聞は、規模は小さいが前年比5.56%の伸びを見せている。
いっぽうモバイル出版のうち急伸著しいネット文学(網絡文学)[4]。については、売上は268.1億元に達し、昨年は作品数を200万点増やし、累計2800万点に達している。売上のうち版権ビジネスが11%を占めるに至っている。オーディオブックもいっそう普及が進み、昨年は国民1人当たりの読書量が6.3冊で前年比5.5%の伸びであった[5]。オーディオブックのデバイスとしてAIスピーカーの高品質化と市場化が進んでおり、シマラヤの小雅AIスピーカーや、咪咕(ミグ)と科大迅飛(iFLYTEK)はAIイヤホンモービスを共同開発した[6]。
モバイル読書のためのアプリとして代表的なものをアイコンとともに掲げよう[7]。
中国オーディオ・ビデオ・デジタル出版協会が発行した『中国デジタル読書白書』によると、2019年のデジタル読書人口は4.7億人で、前年比8.8%の伸び。同白書では次のような動向に着目している。
- デジタル出版のうちモバイル出版が急伸している
- ネット動漫(アニメ・漫画)のサイトが急増し2019年末時点で402もある
- デジタル音楽の伸びが著しく2019年は前年比30.4%増であった
- ネット文学は4.55億人市場となり(そのうち携帯ユーザーが4.53億人)、市場の規格化が進んだ。市場は成熟してユーザー数が飽和状態となり、課金収入の伸びは緩慢にはなっている。よりコンテンツを深掘りし販売ルートを広げることで市場規模は2019年は前年比で21%増えた[8]。
デジタル読書の習慣が広がり、デジタル出版産業が成長する背景として、2014年の政府活動報告に盛り込まれた全国民読書普及の提唱と、2019年からの政府関係機関による知的財産権保護のための政策がある。業界発展のための政府の支援があり、海賊版取り締まりのための法令と通達の強化が功を奏している[9]。
デジタル読書の平均的読者像
小説・アニメ・オーディオなどのデジタルコンテンツをユーザーたちはどのように享受しているのだろうか。iResearchの調査・報告に拠ると、ユーザーの85%、閲読時間の97%はモバイルのデバイスで、その残りがPCということになるので、デジタル読書とはほぼモバイル読書を意味しているのが実態である。先に紹介した閲読用アプリに入るのは、広告につられてフリーの読書体験からユーザーとなったのが大半で、広告が多すぎる、フリーで読める作品が少ない、作品の質が良くない、新作が少ないなどの不満を募らせ、有料会員となっていく。
従来は各章1000字ごとに、あるいは1冊ごとに定額を支払う、あるいは月・年あたりのアクセス時間ごとに定額を支払う方式であったが、「咪咕閲読」が毎月9.9元で読み放題サービスを実施してからユーザーは満足感が得られ、サブスクリプション方式のサービスが定着しつつある。
モバイルでの文字媒体の読書は空いた細切れの時間にアクセスするのが61.2%、昼休みが52.1%、平日の就寝前が55.5%、週末の休日が53.5%、通勤時が36.5%となっており、オーディオブックの場合は、就寝前が51.8%、通勤時間が40.6%、家事をしながらが32.5%、昼休みが32.0%、運動しながらが27.1%となっている[10]。
モバイル読書の平均的ユーザー像というと、男女比が60.5:39.5であり、25歳以下が9.3%、26~35歳が54.4%、36~45歳が26.6%、45歳以上が9.7%と、26~45歳の青年・中年層が81.0%を占める。学歴は大学の学部卒業生以上が79.1%を占める。
コンテンツのジャンルとしてはネット文学が65.7%と最も高く、続いて電子書籍54.8%、ビデオ作品の原作51.4%と続く。
読書のためのユーザー平均額は月当たり29.5元(520円)で、支払い方式としては1冊ごとが37.1%、月ぎめ会費31.3%、年決め会費26.7%、4半期決め会費26.6%、章ごと26.1%などとなっている。
出版社の電子書籍部門における選書・製作・営業・決済
では昨年62億元を売りあげた電子書籍の運営にかかわる出版社の実情について、報告しよう。取材したのは前回も訪問させていただいた新経典文化股份有限公司[11]。応対してくださったのは創新実験室デジタル出版部電子書籍グループの編集長の仇欣さん。仇さんはコンピュータ工学を学び入社9年目。電子書籍グループは5名からなる。
主な業務は電子化する書目の選定、電子化の製作、プラットフォーマーへの提供、決済などである。順を追ってその概要を紹介しよう。
選書については基本的に出版物は特別な理由がない限り電子化する。特別な事由とは、列挙すれば以下のようなケースである。
- 売れっ子作家など、紙本で十分に売上を確保しておこうという営業上の戦略が働くもの
- 旅行ガイドや料理のレシピ本など、すでにネットなどで情報満載のもので、電子本を必要としない、あるいはかえって紙本の販売を阻害するもの
- 絵本など、紙本で読ませることを主旨としており、電子化することに抵抗があるもの
- 著者が電子化に同意しないもの
などである。4.のケースは日本の著者にはいまだ少なからずいるだろうし、とりわけ中国向け翻訳権販売となると、いっそう拒否感を持つ原著者は多い。理由を尋ねられたので、「中国での海賊版への不安が払しょくできていないからでしょう」と、ありのままを答えたところ、どうも仇さんの得心がいかないようだ。
「正式版がないから海賊版が出るのじゃありませんか。正式版か海賊版か、ユーザーは一目で外観から見分けます。たとえ海賊版の価格が安くても、正式版の対価を払うものです。われわれだって海賊版が出たら営業侵害ですから必死に戦いますし、防御策をとりますよ。それに民法典と著作権法の改正(民法典は2021年1月1日、著作権法第2次改正は6月1日に施行。ともに著作権侵害には厳罰化を明記している)により海賊版の発生件数は減りました。」(仇さん)
製作については基本的に自社で行っている。形式はPDF固定とリフローの2形式があり、リフローはEPUB 3でアマゾンの規格にも対応している。横組み仕様で文字コードはUnicodeのUTF-8。5社(掌閲・アマゾン・京東・当当・得到)のプラットフォーマーを中心にEPUB 3でのテキストデータを提供しているが、配信フォーマットの違いに伴う文字変換や特別な画面処理は各プラットフォーマーに委ねている。
社内での製作にかかわる手作業としては、デバイスのサイズや企画に応じて紙本での図表やイラストの位置や大きさを調整することをしている。電子化の製作コストは、文字数や図版数によって変わってくるので一概には言えないが、最も安価なものだと50元程度、手間のかかるものだと数千元を要する。
同社ではこれまで電子化した書籍のタイトル総数は900点ほど。目下稼働中の紙本のタイトル数は4300点ほどなので、電子化率は21%ということになる。売上ベースでは書籍全体の売上の2%ほどを占める程度だとのことである。
ユーザーの立場から言うと、その機能は読書アプリによっても違うが、基本的には文字サイズ・書体の変更、背景の明るさや色味の調整、マーキングや検索機能のほか、辞書機能も完備しており、読み上げ機能もついている。気に入った箇所にはコメントを書き込むことができ、他の読者と情報交換したり討論したりもできる。自動読み上げ機能も完備しており、声色まで選べるようになっている。
筆者は中国で出版されている書籍の書評などのため[12]、電子書籍を購読する機会は多い。むろん紙本には紙本なりの良さはあるが、電子書籍では、書評などで引用したい個所にはすぐたどり着けるし、マーカーを引いた部分を再読すれば、要旨や主旨を確認するうえで、紙本以上の利便性も発揮されることを体験から実感している。
閲読サイトへのデータ提供の際、1点ごとのばら売りのほか、定額読み放題方式のサービスに自社のコンテンツを提供するかどうかについても判断する。このサービスに著者が同意しない場合は提供しない。たとえば紙本での売行きが良く、電子書籍のばら売りでも好評だったある作家の作品がピークアウトしたので読み放題にも提供したら、さらに売上が加速したという。これは読み放題でのランキングが高いために購読を刺激し、閲読期限が過ぎて何度も講読するうちに、単体で持っておこうという購買意欲が起こったためだろうと推測している。
電子書籍の価格については新経典では紙本の6掛けと定価を固定している。ほかに中信出版社も価格を固定して提供している。ネット書店での値引き販売は認めていないのはヒット作の多い同社ならではの強気の姿勢の現れであろう。他社の出版物の場合はさらに値引きした販売価格が設定されている。
顧客はばら売りにせよ、定額読み放題にせよその大半が個人顧客であるが、図書館や機関などに販売されている場合もある。ただその販売はプラットフォーマーに委ねていて、委細は把握していないという。
決済については先の5社を始めとしてプラットフォーム運営会社ごとに毎月売上明細書が届けられそこで売行きを把握している。
注釈
[1]URL
[2]URL
[3]https://hon.jp/news/1.0/0/31144
[4]https://hon.jp/news/1.0/0/30226
[5]1と同じ
[6]2と同じ
[7]URL
[8]URL
[9]URL
[10]2と同じ
[11]https://hon.jp/news/1.0/0/31101
[12]目下3か月に1度のペースで『朝日新聞グローブ』(毎月第1日曜日発行)の「世界の書店から(in Beijing)」において各回3冊の新刊書を書評している。