キャンセル・カルチャーは言論の自由を損なう脅威か、過剰なポリティカル・コレクトネスか

大原ケイのアメリカ出版業界解説

Photo by Markus Winkler(from Flickr / PD)
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 アメリカでも不用意な政治発言がネットで炎上、作品の不買運動が起こるような事象が起きている。これに対し、ハーパーズ・マガジンで公開され多くの著名人が署名した手紙に、注目が集まっている。

作品を攻撃対象とするキャンセル・カルチャー

 アメリカの、特にリベラルとされる文化人の間でいま、しきりに話題にのぼることが多くなってきたのが「Cancel Culture(キャンセル文化)」という言葉だ。

 元々は、読者が新聞や雑誌に物申す手段として、最後に「Please cancel my subscription.(私の定期購読を解除してください)」というふうに使われる言葉である。特定の企業の商品を買わないというボイコット運動と同様に、消費者の意思表明の手段のひとつだった。

 だがこの数年、SNSの普及によって #MeToo#BlackLivesMatter など、一運動家の声がハッシュタグひとつで瞬時に何万人にも届き、社会を動かす大規模な抗議運動につながるケースも出てきた。その一方で、特定の個人や企業を誹謗中傷で叩く、ネット上のいわゆる「炎上」は、cyber bullying(サイバーいじめ)、online harassment(オンライン嫌がらせ)、trolling(トローリング)などという言葉で言い表され、よろしくないことだとされてきた。

 「キャンセル・カルチャー」という言葉は、ネット上で攻撃対象となったその個人が、作家や俳優やミュージシャンなど、何らかの表現を生業としたアーティストであった場合、その人の作品をも攻撃することによって、キャリアを傷つけ、生活の糧を奪う現象を指している。

 これが特に注目を集めたのはハーパーズ・マガジンで公開された手紙だった。

[編注:以下、本稿筆者による著作権法第47条の6に基づく翻訳引用。原文は “A Letter on Justice and Open Debate” – Harper’s Magazine / July 7, 2020

 我々の文化は岐路に立たされている。人種的・社会的正義を求める傲然たる抗議運動は、長らくおざなりにされてきた警察組織の見直しに向かい、同時に高等教育、ジャーナリズム、フィランソロピー、芸術など広域の社会においては、さらなる平等とインクルージョン(多様性の包含)を求める声が挙がっている。

 だが、この不可避な過去の清算は、これまで良しとされてきたオープンな議論や、異端に対する寛容性を挫き、新たな道徳的態度や政治的コミットメントを強め、大樹の陰に寄らんとするイデオロギーに都合のいいようにされつつある。我々は先の進展は歓迎するが、後者については物申す用意がある。

 この反リベラル的な動きは、ドナルド・トランプという旗手を得て、民主主義への脅威をもたらしている。だが、これに対するレジスタンスは(既に右翼の扇動者に悪用されているが)独自の教義や威圧に与してはならない。我々が求める包括的な民主主義は、多岐にわたるこの不寛容な風潮を糾弾してこそ成り立つのである。

 情報と価値観をもってして、一切の制約なく討論できることは、自由社会の生命線だが、これが日々狭められている。もう過激な保守派の常套手段となりつつあるが、検閲的風潮はもっと広範に我々の文化を蝕みつつある。例えば相反する価値観への不寛容、中傷誹謗の横行、そして複雑な政治的問題を一刀両断に倫理で決めつける傾向などがそうだ。

 我々はこれよりもっと懐の大きい、全方面からの議論を尊重したい。だが今日では、一見まちがっているとされる発言や考えに、予断を許さず容赦ない鉄槌が下されることが少なくない。さらに問題なのは、組織のリーダーが失態を慌てて取り繕おうと、組織改革の前に急いで火急な処罰を決断してしまうことだ。

 例えば、真実味が足りないとされた本が出版されなくなる、異論の多い投稿を掲載したとして編集者が首になる、ジャーナリストが書くことを禁じられたトピックがある、古典作品を引用しただけで調査の対象となる教授がいる、査読済みの研究を配布した研究者が解雇される。そして、中には不注意な間違いが元で組織を追われる所長がいる。

 個々の件についてどんな議論があろうとも、結果は同じ、報復やバッシングを恐れてどんどん発言の場が狭められてしまうのだ。既に作家、アーティスト、ジャーナリストの中には、生活の糧を奪われることを恐れ、コンセンサスとはかけ離れていたり、多数の賛同を得られないことを避ける傾向が強まっている。

 息の詰まるようなこの空気は、しまいには今の時代に一番必要なものを奪っていくだろう。抑圧的な政府であれ、不寛容な社会であれ、ディベートを制限することは、権力を持たぬ者を傷めつけ、誰もが積極的に民主主義に参加しにくくする。よろしくない考えを打ち負かすには、それを陽のもとに晒して議論し、説得を試みることであって、黙らせたり、なかった事にすることによってではない。我々は、正義か自由か、という欺瞞にあふれた二択に与する者ではない。

 書き手としての我々は、そこに実験の余地があり、リスクをとり、時には間違いを犯してもいい文化を必要としている。キャリアを潰されることなく、相容れない考えでも真っ当な議論の結果として受け入れられる可能性を残さねばならない。我々自身がものを書く礎となっているそのものを守らずして、どうして読み手や国がそれを守ってくれると信じえようか。

 この手紙に反響が大きかったのは、多くの著名人が署名したからだ。作家やライターでは、マーティン・エイミス、マーガレット・アトウッド、ジョン・バンヴィル、マルコム・グラッドウェル、ノーム・チョムスキー、フランシス・フクヤマ、J・K・ローリング、サルマン・ラシュディーらが名を連ねている。

 文中の「本」とはおそらく、白人著者が南米難民を描いた『夕陽の道を北へゆけ(原題:American Dirt [1])』のことだろう。「クビになった編集者」はおそらく、「全米のデモに米軍をさしむけるべき」というトム・コットン下院議員の意見を掲載した、ニューヨーク・タイムズ紙社説編集長のジェームズ・ベネットを指していると思われる。

 さらに、この手紙が書かれるに至ったきっかけの一つが、「ハリー・ポッター」シリーズの著者J・K・ローリングに向けられた批判で、「私のような女性とLGBTQのトランスジェンダー女性は同じ女性ではない」と発言したのに対し、LGBTQの支持者が「ハリー・ポッター」の作品をボイコットのターゲットにした事件があったことだ。[BBC Newsの記事

 差別的発言や恫喝に当たる発言がなされ、それが批判される事について誰も文句を言っているのではない。むしろ、それをいけないことだと指摘することから議論が始まり、社会問題として認識される面もある。

 人によって「キャンセル・カルチャー」という言葉が意味するところが異なるのも問題だろう。言論の自由を損なう脅威なのか、行きすぎたポリティカル・コレクトネス(政治的正当性)なのか。だが、この手紙に署名した著名人を見わたして、ネット上の匿名の誹謗中傷ぐらいではビクともしない地位にある人々であることも物議を醸している。こういう人たちに対しても自由にもの申せるのが言論の自由なのではないかと。

 同時に問われているのが、出版社やマスコミの矜持でもある。自社の著者が誹謗中傷にさらされた時、その著者を守れるのか。差別発言やヘイトスピーチと受け取られかねない内容の本を「売れるから」と上梓することが正しいのか。これからも様々な形で問われることになるだろう。

参考リンク

[1]文化の盗用か、駄作の後押しか、アメリカで議論を招く一冊の本〈HON.jp News Blog(2020年1月30日)〉

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著者について

About 大原ケイ 289 Articles
NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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