文化の盗用か、駄作の後押しか、アメリカで議論を招く一冊の本

noteで書く

《この記事は約 3 分で読めます(1分で600字計算)》

 現代版『怒りの葡萄』とも評され、オプラ・ウィンフリーの推薦図書に指定された若手作家の「American Dirt」が白人によるラティーノ文化の盗用か、大手出版社による駄作の過剰な売り込みが反発を招いたのか、いまアメリカで物議を醸している。

 著者のジニーン・カミンズは、祖母がプエルトリコ人というが、自身は白人としている。「壁を作る」というトランプ政権の過剰な移民政策で親子を引き裂かれ収容キャンプのような劣悪な環境下に置かれていることが報道される一方、「American Dirt」は麻薬カルテルに家族を殺されたメキシコ人母子が祖国から逃れてアメリカにたどり着こうとするストーリーだ。

 だが、書店を経営していた中産階級の主人公であれば国境を走る列車に命をかけて飛び乗らなくても飛行機で北米に飛べるはず、との指摘や会話に散りばめられたスペイン語が不自然で間違っている箇所なども指摘されていた。

 版元の Flatiron Books は大手マクミラン傘下のインプリントで、この本を一押しの「フロントリスト」として大々的に宣伝、ジョン・グリシャムやスティーブン・キングらの推薦をとりつけたが、ウィンフリーから本を受け取った女優のセルマ・ハヤクがSNSに揚げた写真が非難され、「本をまだ読んでいなかった」と謝罪とともに削除した。

 この本をめぐる論争は、非ラテン系の著者がメキシコの苦難をフィクションとして描くのは文化の盗用にあたるのか、あるいはそれを阻止・非難するのは作家の表現の自由を奪うものなのか、という点と、その他にもマイノリティーの社員が少ないという批判に甘んじてきた大手出版社が他のラテン系の作家の作品を評価せず、社を挙げてカミンズの本の宣伝に予算をつぎ込んた点も批判されている。

 ウィンフリーは「これを機に話し合うべき」と推薦図書に決めたことを撤回していないが、国境近いテキサスの図書館はウィンフリーからの寄付を断る一方で、批判も甘んじて受け止めるとしていた著者の書店ツアーがキャンセルされたりしている。

参考リンク

AP通信の記事
https://apnews.com/eee7dc157f1b3fb0ee1cdcb2376719cb
パブリッシャーズ・ウィークリーの記事
https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/publisher-news/article/82288-citing-peril-flatiron-cancels-american-dirt-tour-apologizes-for-serious-mistakes.html
ニューヨーク・タイムズの記事

noteで書く

広告

著者について

About 大原ケイ 289 Articles
NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
タグ: / /