コロナ禍対応で米出版社が迅速に「許諾ガイドライン」を更新できた理由

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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photo by Sean MacEntee(from flickr
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 アメリカの出版社は新型コロナウイルス感染拡大を受け、どのような対応を行っているのだろうか?

コロナ禍中でアメリカの出版社が示した Permission Guidelines でリモート授業や読み聞かせに対応

 4月末の時点で、アメリカの書籍出版業界の中心地であるニューヨーク市における新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者数は14万人を超え、死者も1万人以上を数える。ロックダウン(都市封鎖)は1カ月半も続いており、ようやく1日当たりの新規感染者や死者数が峠を越えたが、まだまだ予断を許さない状況が続いている。

 観光、コンベンション、ブロードウェイ観劇、各種コンサートなど、世界中から人が「3密に」集まってナンボの街なだけに、これから明らかになるであろう経済的なダメージも計り知れない。ニューヨークには最大手5社の「ビッグ5」だけでなく、中小出版社や作家のマネージメントをするエージェンシーのオフィスが集中している。

 全米各都市で学校が閉鎖される中、自宅で遠隔授業を受ける生徒の教材や、家にこもらざるをえない家族が子どもへ読み聞かせするなど、「リモートな」本のニーズがあった。医療崩壊を起こさないため、死に至ることもある疫病にかからないため、家に居ながらにして、どうやって読書体験を「シェア」すればいいのか。

許諾ガイドラインのアップデートで対応

 実はアメリカでは、簡単で迅速な対応が用意されていた。版権を持つ出版社が、自社のホームページ上にて permission guidelines と呼ばれる「許諾ガイドライン」をアップデートすればいいのだ。

 まず簡単にアメリカの出版社の構造を紹介する。日本で翻訳書を手がけている編集者であれば、出版社には subsidiary rights(副次権)という部署があり、副次権の売買を担当していることはご存知だろう。ここがさらに permission(許諾)部門と rights(権利)部門に分かれているところが多い。permission 部門では、原語のままで転載される場合の著作権を管理している。例えば、雑誌や他の本での転載・抜粋の許可をする。

 一方で、日本語翻訳版を出したいのなら担当は rights 部門となる。こちらは、原書をフェアユース法でいうところの transformative(変容的)な利用、つまりデジタル版権を売買してEブックやオーディオ版を出す、映画やストリーミングドラマの脚本にする、という場合に、それを派生する商品としてその権利を得るのが rights 部門の仕事だ。

 今回、ロックダウンが続く地域で迅速に対応したのが、この permission 部門だ。学校や図書館が閉鎖される中で教材を工夫したい先生が、テキストの読み上げ、音声ファイルなどをアップロードしたいときに、どうその許可を申請すればいいか。あるいは書店が図書館で聴衆を集めることができないかわりに、リモートで読み聞かせや著者イベントを開くにはどうすればいいか。どこまで著作権の利用が許されるのか、その範囲を記したのが permission guidelines だ。

ストリーム配信はOK、長期のアーカイブはダメ、など

 各社によってばらつきはあるが、YouTube や Facebook などのプラットフォームを使ってリアルタイムで読み上げを unlisted(非掲載)、あるいは招待者限定でストリーミングするのはOK、後追いで視聴できるのは6月末まで、としている出版社が多く、それ以降のアーカイブ化はダメ、というガイドラインが多い。

 中には教育出版のホートン・ミフリン・ハーコート社のように、同社のK-12(小・中学生向け)教材を既に購入済みであれば、どんなフォーマットやメディアでも6月末まではOKという出版社もある。ここは自宅でリモート学習をする子どもを持つ親に向けて、自社のコンテンツを使いこなすためのキャンペーンを開始した。

 ほかには、事前にどのようなイベントなのかをメールで知らせることをお願いしている出版社、連絡は一切しなくていいオープン・アクセスの出版社もある。「ハリポタ」シリーズの著者、J・K・ローリングは今回、個人でこのオープンアクセスを奨励している。

 大手ペンギン・ランダムハウスは読み聞かせの許可をするだけでなく、積極的に自社が読み聞かせプログラムをストリーミングしている。ここでは、毎日1本配信する特設サイトを立ち上げ、バレエダンサーのミスティー・コープランドから、女優のティファニー・ティーセンといった有名人が協力している。

契約書で事前に詳細な取り決め

 こういった措置が迅速に取れるのも、出版契約書で事前にどの副次権を出版社側がコントロールしているのか、詳細に決めてあるからだ。契約書は何十ページにも渡り、例えば日本語に翻訳された時の印税の配分は著者○%、出版社○%、いつまでに支払われ、売れた部数が○万冊を超えたら印税はこう変わり、絶版になったら権利はどうするのか、何を持って絶版とするのか、そんな細かいところまで“あらかじめ”決められている。

 日本のように、TVドラマ化のお話があったらまたそのとき甲と乙とで検討しましょうと、最初はペラ一枚で後回しにしたりはしない。詳細な契約書があればこそ、緊急の事態にも明確に決められた権利保持者が即決できる。それが新型コロナウイルスのように前代未聞のパンデミックであっても。

 これも実は、アメリカの出版契約では「出版する」というのは基本的に grant of rights(著作権を持つ著者から出版社に権利を譲渡すること)であり、一旦その権利を買い取ったからには出版社には常に author’s best interest(著者にとって一番有益になるように)に従って出版活動をしなければならない、という契約になっている。

「出版」から「publish」へ

 日本のように著者から原稿を預かって、紙に刷った本を売らせてもらうだけでは、ただのライセンシングに近い。

 当然、出版社側に権利がなければ、デジタル版の海賊版が横行しても当該のサイトを停止させようにも訴訟を起こしにくく、読者が読み聞かせした映像が YouTube に出回れば、著作権法違反に当たるのでやめてくださいとお願いするしかなくなる。

 4月半ばに Facebook にも書いたのが以下だ。

コロナ以降の“出版”について考えている。もう「紙に刷ったモノを売る」という感覚は捨てた方がいい。むしろ「著者の著作権を預かり、そのメッセージの拡散を仲介し、手数料をいただく」のが publish と考える。ネットで横行する絵本の読み聞かせをただ著作権侵害と嘆いたり禁じたりするのではなく、そのプロセスを commercialize すべきでしょう。つまり、各出版社は permission 部門を作り、guideline を設け、YouTube で読み聞かせしたい人はオンラインで契約書を交わし(ハンコもファックスもなしね)アクセス数による広告収入の一部を徴収すれば(というと言葉は悪いけど)win-win でしょ?

 コロナ禍を機会に、いまこそこの議論ができればいいと切に願う。

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著者について

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About 大原ケイ 283 Articles
NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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