共感を呼び称賛された『武漢日記』が一転、海外版の翻訳出版で批判と中傷に晒されたわけ

馬場公彦の中文圏出版事情解説

中国・武漢市の武昌駅前広場
中国・武漢市の武昌駅前広場(Wikimedia Commons
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 出版社を定年退職したのち北京大学で教鞭を執る馬場公彦氏に、中文圏の出版事情についてコラムを連載いただくことになりました。1回目は、新型コロナウイルス感染症のため都市封鎖された中華人民共和国湖北省の武漢市の様子を綴った『武漢日記』出版をめぐる騒動についてです。

方方『武漢日記』がもたらした波紋

 4月8日、新型コロナウイルス最初の感染者が出た武漢市で、2カ月半にわたるロックダウン(封城)がようやく解除(解城)された。市内での外出制限はなくなり、公共交通や職場は復旧し、市内にはかつての賑わいが戻り、市民は平穏な日常生活を取り戻しつつある。いっぽうで、2カ月間の籠城生活を綴った記録の公開と出版の賛否をめぐって、ネット上では不穏な激突が起きている。

 物議をかもしている記録とは、封鎖開始の2日後の1月25日から3月24日までの60日間、毎日綴られた方方(Fang Fang:ファンファン/本名:汪芳)の日記。方方は作家で、元湖南省作家協会主席。武漢で60年以上暮らす。彼女が微博(Weibo:ウェイボー)などのブログで武漢の様子を日々公開するや、多くの中国人の読者からの支持と反響がもたらされた。

 このことは、日本でも朝日新聞3月25日の記事(記者は上海支局の宮嶋加菜子)などですでに報じられている。4月20日現在、中国での感染者8万2747人、死者4632人のうち、武漢は感染者で5万人余、死者で3800人余を占める。武漢での籠城生活を強いられた市民によって書かれたまとまった公開記録としては、最初にして目下唯一のものである。

共鳴と称賛が批判と中傷に反転

 コロナ禍のさなかの武漢については、発生源とされている市内の華南海鮮市場が封鎖されたこと、患者の収容と治療のために2600の病床を有する2つの大型病院が急ごしらえで建設されたこと、早くから病例の発生を指摘していた眼科医の李文亮が地元当局に訓戒処分を受けやがて感染死したこと、それを市民から糾弾されたのち名誉回復されたこと、感染の収束を確認し習主席が現地を訪れ住民を激励したことなど、ニュース映像で流された光景とともに、日本においてもよく知られている。

 方方の日記を読むと、これらの出来事が時系列的に登場するほか、マスクがなかなか手に入らない不安、スーパーでの買いだめパニック、外出できずに食料品がなかなか手に入らない苛立ち、患者であふれかえって混乱を極める病院と疲弊する医療従事者、配送業者と警察と清掃員以外は人気のなくなった街中など、日本の各都市でも見かけられるようになった光景が飛び込んでくる。武漢でのこの混乱が明日の日本の現実になるのかもしれないと思うと、単なる対岸の火事としては受け止めることができない[1]

 日々、日記が公開されていくにつれて、武漢の出来事のありのままを暴露し、中央政府の政府や当局の意向を顧慮せず歯に衣着せず思いのままを吐露するルポルタージュとして、よくぞここまで書いてくれたという多くの読者の共鳴と賛同が膨れ上がっていった。なかにはあまりに暗澹とした叙述ばかりで希望が描かれていない、家に閉じこもっているだけで何ら社会的活動の貢献をしていない、などの批判もありはしたが[2]、「勇気」「良知」「良心」といった用語がネットに溢れた。だが日記への称賛は、突然のように反転し、ネットは批判と中傷の怒号で炎上した。

海外版の翻訳出版が炎上のきっかけに

 ネットでの応酬を見る限り、そのきっかけはこの日記の海外版が翻訳出版されたことにあった。海外版は英語版がハーパーコリンズから、4月8日の武漢解城のその日に発売開始された。なんと日記の最終日からわずか2週間を置いての翻訳出版である。その時点で原文の国内版は出版されていないし、いまもなお出ていない。

 英語版の題名は「Wuhan Diary: Dispatches from a Quarantined City(武漢日記:隔離された都市からの報告)」である(訳者はMichael Berry)。元のサブタイトルは Dispatches from the original Epicenter(感染源からの報告)だったが、感染源の場所を特定するのは科学的に不適切で、西側の政客に「中国賠償論」を引き起こしかねないとの批判があった[3]ためか、改められた。

 ドイツ語版はホフマン&カンプから、当初、「Das verbotene Tagebuch aus der Stadt, inder die Corona-Krise begann(武漢日記:コロナウイルス発生の都市からの禁じられた日記)」のタイトルで刊行される予定であった(訳者はMichael Kahn-Ackermann)。アマゾン広告でのブックデザインは赤のバックに黒と黄色のタイトルで中央に黒いマスクがあしらわれていた。これが中国の名誉を汚すものとして猛烈な批判を浴びた。同社はそのような意図はないとして、タイトルもデザインも改め、発売も6月9日に延ばした[4]

「文化漢奸」「階級敵人」と罵倒

 海外版の翻訳出版に関しては、海外に武漢の当事者の声が広がることを歓迎する反応もあったが、ネット上では圧倒的に反発する論調が強い。批判には概ね2つのパターンがあるようだ。1つは家の恥を海外に向けて言い募っているというもの。とりわけアメリカは貿易摩擦で対立を深めており、コロナウイルスがアメリカに蔓延すると(4月23日時点で世界の感染者数261万人のうちアメリカが83万人を占め、中国の10倍に上る)トランプ大統領のしかける中国批判の舌戦が、それに対抗する中国側との泥仕合の様相を呈している。そんなアメリカに格好の中国批判の口実を与えるなという非難である[5]。もう1つは日記の内容が不正確で、誤った情報を海外に伝播するデマだというもの。日記の情報源には友人の医者や記者からの伝聞情報が非常に多く、事実誤認も多く見受けられるというような指摘である[6]

 ネットでの批判のボルテージは高まり、彼女を現代の魯迅になぞらえる張抗抗・国家作家協会副主席の称賛を逆手に取って、英語版の出版を「武漢人の60日間の人血饅頭を食べて栄光を手にした」と貶めるブログや[7]、「文化漢奸」「階級敵人」「水に落ちた犬を打て」といった文革時代を彷彿させるような罵詈が浴びせられた。学者や作家による賛否両論をまとめた記事まであって、双方の言い分が一目瞭然となっている[8]

「極左分子」「断章取義」と反論

 当の方方は、数々の批判に弁明した。海外版の出版に関しては、出版権は自分が権利を保持し、代理人に一任した。英語もドイツ語も分からないので、書名については気づかなかったし、ドイツ語版のカバーは見ていない。原稿料はすべて必要な人びとに寄付するつもりである。国内版の出版については、十数社からのオファーがあり原稿料は殉職した医療従事者の遺族に寄付するつもりだったが、「極左分子」の怒号によって国内出版社は出版を躊躇した。

 海外出版によって悪意ある人に利用されるという「陰謀」があるのではとの疑念に関しては、いまどき外国人を恐れて出版を差し控えろというのかと一笑に付す。国家や社会との緊張関係に関しては、ウイルスを克服する過程の描写に徹することで国家にとっても役立つことをしたつもりであって、「極左分子」はろくに中身を読まずに「断章取義」で揚げ足取りをしているだけだとする[9]

 実際に彼女の日記を閲読してみると、籠城生活に入ってから緊迫の度を増していくコロナ禍のありようが詳細かつ如実に綴られていて、先の見えない戦いに放り込まれた不確実さへの不安や戸惑いがひしひしと伝わってくる。とりわけ感染の蔓延の初期における人類未曽有の経験をリアルタイムで記録した作品として貴重な現場報告と言えよう。

 武漢市民の防疫対策や生活保護などにおける政府や役人の不手際に対しては随所に厳しい所感が記されている。たとえば「いつになったら公務員たちは旗を立てたり記念写真を撮ったりしないようになるのか、いつになったら指導者たちが視察に来たときに感謝の演技をしないようになるのだろうか」(2月12日)といった記述である。

 確かに政府や行政当局への批判的言辞には違いないが、いまなお感染のピークアウトが見通せない日本でも、安倍首相や関係省庁が野党やマスコミや国民から批判の矢面に立っていることからすれば、彼女の政府指導部や現地の官僚への怒りは容易に想像できる反応であろう。

もし日本で最初に出版されていたら?

 彼女自身は高齢で糖尿病を患っていることもあって自宅に閉じこもり、親類縁者に感染や死亡した者はいるが、自身は感染していない。コロナ禍を戦争にたとえるのは不謹慎かもしれないが、前線で戦っている医療戦士からすれば彼女は銃後の無辜の民である。

 コロナという敵との戦争における戦場の記録として読むならば、身辺での出来事以外は伝聞と公式報道に依拠している以上、信憑性に欠けるという指摘は可能であろう。彼女のように功成り名を遂げた作家として安定的な生活が保証された境遇の市民が、武漢の普通の籠城生活者たちの共通する思いをどこまで代弁し得るかどうかについても疑問なしとしない。

 とはいえ、コロナ禍に最初に見舞われた感染地の住民による第一報の克明な記録として、作家の筆力とあいまって、出版に値する作品ではあろう。もしこの作品の最初の海外版が日本だったら、場外乱闘のような争論は起こらなかったかもしれないし、従って国内出版もなされていたかもしれない。日本は中国への民間支援をいち早く手厚く行ったし、中国において高く評価されていた。

方方以外にも迫真の戦記が出ている

 かつて出版業界にいたものとして、かりに自分が本書の企画と編集を担当したとすれば、英文やドイツ語版のような際物風のタイトルをつけたかもしれない。そんな忸怩たる思いはあるが、日本ならこのような物議をかもすことにはならなかったのではないか。

 ただここで留意しておきたいのは、この日記は決して禁じられた日記ではない。彼女の微博ブログはしばしば閉じられているが、日記自体はいまでもネット上で読むことができるし、日記をめぐる賛否はいまもネットで激しく応酬がなされている。国内で出版できないのは読者からの反発が予想されるため出版社が手を出さないためで、政府当局が出版禁止をしているわけではない。

 むしろ日本の出版人には、方方だけでなく、ほかの当事者の武漢日記のコンテンツを見つけて、ぜひ翻訳出版に漕ぎつけてほしい。たとえば4月20日に交通大学出版社(上海)から出版されたばかりのわずか216頁の『查医生援鄂日记(査医師の武漢救援日記)』は、1月24日から3月末まで、上海からの医療支援部隊として現地に赴き治療に当たった上海仁済病院呼吸科主治医の査瓊芳の日記である[10]

 彼女はまさに戦場の前線にいた戦士であり、迫真の戦記であり、武漢市民を含む中国全国民の思いを最も痛烈に代弁しているであろう。

参考リンク

[1] https://mp.weixin.qq.com/s/1QQit_toyh-yE8ASyocs8A
[2] https://mp.weixin.qq.com/s/D4Lzp-W2NHqsfrwhFZiEHg
[3] https://mp.weixin.qq.com/s/8_HT3vCuXJPrbl3kpcYZgg
[4] https://www.sohu.com/a/389174674_120068777
[5] http://m.kdnet.net/share-13664548.html
[6] https://xw.qq.com/partner/standard/20200413A022QL/20200413A022QL00
[7] http://blog.cz001.com.cn/index.php?c=Blog&m=detail&id=84194&s=top
[8] http://www.szhgh.com/Article/opinion/zatan/2020-04-16/230841.html
[9] http://history.ifeng.com/c/7va3otHaWv1
[10] https://wap.gmdaily.cn/article/895c1906e98941a79aafbe7f4a7cc4cf

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著者について

馬場公彦
About 馬場公彦 2 Articles
北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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