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5月7日に東京流通センターで開催された、文学作品展示即売会「第二十八回文学フリマ東京」。来場者数は合計5166人と、過去最高記録を更新する大賑わいだった。そこへ訪れた人はなにを求め、そして、どんな本と出会ったのだろうか? 出店者でもあった波野發作氏に寄稿いただいた。
「和本のSF雑誌」に瞬殺された日
『未昔雑誌』(みじゃくざっし)
発行:輝井堂
著者:輝井永澄、七瀬夏扉、蒼山皆水、ヨシダケイ、雪星/イル、永田希
私が「SF雑誌オルタニア」として文学フリマ東京にブースを出すようになって、これで二回目である。前回は出版創作イベント「NovelJam 2018秋」と日程が重なっていたため、出店できなかった。今回はワンフロアの大きな会場で、普段の二階建てとは少し雰囲気が違うなとは思っていた。自分でブースを出すと店に張り付いてしまうため、あまり買い物ができないのだが、周囲に完売の知らせが飛び交うようになってくるといてもたってもいられず、仲間に店を任せて他ブースの物色に飛び出した。
手短に一店一店のぞいて回っていると、この本が目に止まった。目だけではない。全身が動きを止めた。なんだこれ? 和綴じ? の、SF? 和綴本自体は、文学フリマではそう珍しくない。1000ブース近くもあれば、装丁や蔵本に凝りすぎるHENTAI作家もそれなりの数に上る。和綴じをやってくれる業者に心当たりもある。だがしかし、「SF+和本」というコンボはぶっすりと刺さった。どこに? 私に。心の臓に。
「こ、これは?」
「和綴じです」
「SFの?」
「SFの」
「買います」
「ありがとうございます」
瞬殺された! 聞けば、この『未昔雑誌』(みじゃくざっし)は前回の文学フリマで頒布したものとのこと。今回は赤字を覚悟で増刷して持ち込んでくれたらしい。ありがとう。そして私はラッキーなのであった。
表紙は大礼紙っぽい紙質。そこに水墨画のようなタッチでロボット的なものが描かれ、記号化されたタイトルが赤く『未昔雑誌』と印刷されている。綴じ糸も深紅で統一感がある。和モノ好きの私としては、にやつきが止まらない。見返しにまた和紙風味の紙が差し込まれていて、雰囲気を盛り上げている。装丁は満点。
『未昔雑誌』とは『今昔物語』になぞらえて、「未だ昔になっていない物語」ということでSFもっと自由に楽しもうというコンセプト。そういった創刊の辞を主宰の輝井永澄氏が書いている。ブースでは気が付かなかったが、この名前には見覚えがあった。カクヨムで『空手バカ異世界』を書き、第3回カクヨムWeb小説コンテスト特別賞を受賞した輝井さんではないか。同作はカドカワファンタジア文庫でも出ている。いわゆる書籍化作家さんだったのである。
輝井さんはこの『未昔雑誌』に、『適材適所』という短編で参加。AI搭載型のロボットが社会の要所要所に配備され、人間のストレスを受け止める役目を担っている時代。スーパーの店長・湧田は、会社の備品〈R・江草シノ〉が気になっていた。というお話。シンギュラリティを迎えたのか、これから迎えるのかという近未来社会で、ロボットはどう扱われるのかを軽妙なタッチで描く。さすが上手い。
他のメンバーも七瀬夏扉さん、蒼山皆水さんら、カクヨムなどで活躍する作家たち。腕利き揃いの総勢五名に、巻末の解説は時間銀行書店の永田希さんが寄稿している。まさにライトスタッフという布陣で、非常に楽しめる一冊だった。和本という装丁に、自由な発想のSFという、巧みな伝統と未来の融合にはもう嫉妬しかない。
参考リンク
輝井堂