「有名作からの「記号的借用」と著作権 ~『ポプテピピック×サイコガン』事件覚書」

骨董通り法律事務所 for the Arts
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 本稿は、クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-改変禁止 4.0国際(CC BY-NC-ND 4.0)ライセンスに基づき、骨董通り法律事務所 for the Arts 弁護士 福井健策氏のコラムを転載しています。


先に伝えておくと、弊所秘書のひとりはかなり初期からのポプテファンで、連絡メモがいつもポプ子になっている困り者である。一方、筆者は世代的にコブラには当然思い入れがあり、サイコガンが最初にぶっ放された瞬間にもジャンプ誌面で立ち会っている(鼻息)。という訳で所内世代間闘争もはらみつつ、自分の整理も兼ねてメモ的に書いておこう。

事案はつまり、「クソ4コマ」の異名を取る大人気漫画「ポプテピピック」に、寺沢武一氏の名作漫画「コブラ」から無断でサイコガンなどをマッシュアップ的に借用したコラボグッズ(トレーナー)が売り出され、寺沢氏がツイッターで「失礼」「許可を取りなさい」と怒った、これにポプテの作者大川ぶくぶ氏がツイッターで謝罪し、ネットは例によってかなり炎上した、というもの。

商品名「左手にサイコガンを持つポプ子」
商品名「左手にサイコガンを持つポプ子」

寺沢武一ブログより本家コブラとサイコガン
寺沢武一ブログより本家コブラとサイコガン

さて、断り無しの商品化だったとすれば「失礼」であることに全く異論はない。ただ、ネット上の報道などでは既にこれを著作権侵害の文脈でとらえるものもあるようだ。「侵害」とは、この場合は無断翻案や著作者人格権侵害ゆえ違法、許可がなければ実施自体ができず、おこなえば差止・損害賠償の対象となる(理論上は刑事罰もある)事態をいう。

そのレベルになると、裁判所の基準はそれなりに厳しく、今回のデザインでも侵害と言えるかはかなり微妙だろう。裁判所は侵害を認めない可能性がやや高いように思える。

こういう時に法律家が挙げる判例はほぼ決まっていて、「江差追分事件」最高裁判決(2001年6月28日)だろう。そこで最高裁は「①アイディア・事実・事件など表現それ自体でない部分又は②表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するに過ぎない場合は翻案にあたらない」と述べた。

別段新しい考えではなく、世界的な通説的理解を言葉にしたというべきだろう。つまり、著作権が守るのは具体的な特徴的表現であって、その根底にあるアイディアや、客観的・社会的事実、ありふれた表現は著作権では守られない。いわば借用自由である。これらの要素を特定人に長期独占させると社会はかえって不自由になり、「相互参照・伝承」が命である文化の発展を害しかねないからだ。

よって、借りられた側からすれば迷惑・不快なこともあろうが、そこは原則規制せず、具体的な表現を真似るのをアウトとする。もっとも言うまでもなく、どんなレベルだとアイディアの借用に過ぎず、どのレベルだと特徴的な表現も借りたことになるのかの境界線は曖昧で、社会・時代によっても変わる。あまりに情報独占に寄り過ぎれば二次創造やビジネスは停滞するし、逆にあまりに自由に寄り過ぎればパクリ天国となって一次創作側が立ち行かない。この「独占と公開のバランスライン」を最適に引けるか。著作権という制度の存在理由はそこにあると言って良いだろう。

では今回はどうか。借りられたのは「サイコガン」という言葉、そしてやや単純化されたサイコガン的形状、更に単純化を極めた感のあるコブラっぽい恰好。名称は原則として著作権では守られない。単純な形状や「片手がガン」というアイディアも然りだ。では侵害ではないのか?

しかし、どうも引っかかる。誰しも「サイコガン」でコブラを連想するし、現にコブラと言いたくてやっている訳だから。いわば、有名作品からの「記号的な借用」である。しかも「漫画にちょっと出した」といったいわば可愛いケースではなく、無断商品化だ。

これが合法なら、有名作から単純な形状と名称だけ借りてどんなに荒稼ぎしてもOKか?(無論、ケースによっては著作権侵害でなくても商標権侵害や不正競争行為にあたることはあるが、それも条件があるのでここは著作権に絞る。)

この点、記号的借用の全てがアウトではないことは言うまでもない。例を一つ挙げよう。

ミッキーマウス
ミッキーマウス

あえてフルネームを出した。我ながら蛮勇である。もはや「隠れ」などではなく誰でもミッキーだとわかる、いわば記号的借用の極致だ。そして著作権法上は、無断商品化(複製・譲渡)も無断のネット配信(公衆送信)も著作権侵害という点では一緒である。これは侵害か?さすがにそれはないだろう。くり返すが、著作権侵害は権力的に表現を禁止して良いレベルのものを言うのであり、そのハードルがある程度高いのは当然だ。

その意味で、「失礼」「創作の倫理に反する」という論評と、「侵害」「違法」の認定は、どちらも重要だがきっちりと区別して論ずるべきだ。前者は、しばしば個人や社会集団、時代によってかなり幅がある。その多様性こそが命とも言える。だから一律強制である「違法」の議論とは区別が必要なのだ。そうでないと「多数派が失礼と感じるから違法で禁止」といった悪夢的社会になりかねない。

記号的借用の全てが侵害になるはずはない。他方、この種の借用はアイディアや名前の借用の中でも、商品化と結びつくとかなり影響が大きい。今回のケースは法的侵害にはやや届かない気がするが、ではこれに金髪のクセッ毛が付いていたらどうか?かつて東京地裁は仮処分事件ながら、「サザエさん」と「天才バカボン」が合体した「サザエボン」商品等を著作権侵害と判断した。

サザエボン
サザエボン

また、こうしたマッシュアップ的、記号的借用商品の中には、「単においしい所を原作から借りているだけ」と見えるものも少なくない。典型的なパロディのような「新たな視点」「創作性の付加」は感じない人も多いだろう。その点は結論に影響を及ぼすのか。相変わらず悩ましくも知的刺激に満ちた、今回の論争である。

なお、最後に一言。一昔前なら当事者が直接連絡をとって解決がはかられたであろう事案が、まずはツイッターでのある種「抗議」「告発」の形で問題化され炎上、相手方が謝罪して事態が次のステージに移る、という流れは著作権に限らずまさに急速に広がっている。その手法の効能は十分認めつつ、それが時に本人・社会にとって制御不能な「諸刃の剣」になり得ることは理解した上で、接したい。

以上

転載元:有名作からの「記号的借用」と著作権~『ポプテピピック×サイコガン』事件覚書 福井健策|コラム | 骨董通り法律事務所 For the Arts

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