著しく短縮して語る著作権延長問題の歴史と、これからどうなり、何をしていくのか

骨董通り法律事務所 for the Arts
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 本稿は、クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-改変禁止 4.0国際(CC BY-NC-ND 4.0)ライセンスに基づき、骨董通り法律事務所 for the Arts 弁護士 福井健策氏のコラムを転載しています。


驚くほど淡々と、最後の60日間は始まった。


2006年以来、一貫して関わって来た延長問題である。今後の記録として自分の目に映った延長問題の歴史、保護期間はどうなるのか、そしてこれから私たちに出来ることを記しておきたい。すっごく長くなりそうだから著しく短縮して。(関わった多くの方の名前も基本的に不記載です。ご寛容を!)

極端に短い著作権延長問題の歴史

15世紀 グーテンベルクが活版印刷術を発明
1710年 最古の著作権法といわれるアン女王法がイギリスで施行。保護期間は原則「発行後14年又は28年」
19世紀末~ 複製芸術の時代が進み、知的成果の複製と流通が爆発的に増大。著作権の存在感が高まり保護期間も長期化が始まる
1899年 日本でベルヌ条約加盟と共に、著作者の死後30年に保護を延長
1909年 米国で発行後28年(更新で56年)に延長
1971年 日本で死後50年に延長
1978年 米国で死後50年(古い作品は発行後75年)に延長
1993年 EUが統合に伴い、加盟国中最も長い死後70年に期間を統一
1998年 米国で死後70年(古い作品は発行後95年)に延長。激論となり、違憲訴訟の結果は7対2で合憲。以後、欧米は他国に延長要求を開始(日本には日米年次改革要望書に記載)
この前後 ネット社会の本格到来を迎え流通コンテンツは更に爆発的に増大。著作権は「万人の法」となり、制度に不安を抱く声が増える
2006年 文化庁が延長検討を開始。慎重な立場のクリエイター・研究者・実務家などによって「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議(後に同フォーラム)」(thinkC)が発足、賛否双方による連続ネット中継シンポや提言を続ける
発起人(肩書は当時)はこちら
~2010年 文化審議会「保護利用小委員会」と「基本問題小委員会」は、賛否の論議を尽くした上で延長を事実上見送る。この間の経緯は林・田中編「著作権保護期間」(勁草書房)やこちら参照
2011年 秘密交渉中のTPPでの米国提案による知的財産権条項が流出。内容は著作権保護の「死後70年又は発行から95年」化、侵害の非親告罪化など。同条項の解説は拙著「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)やこちらも参照
12年12月 クリエイティブコモンズ・ジャパン、MIAU(インターネットユーザー協会)、thinkCによって「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」(thinkTPPIP)が結成され、ニコニコ動画での連続シンポや政府への意見書提出、交渉会議や共同声明への参加等をおこなう
この頃から 政府TPP交渉説明会に多数の知財関係団体が参加。政府は「延長問題と非親告罪化は重要な問題と認識しており、各国が激しく対立している」と説明
13年3月 米国議会で著作権局長が恐らく議会史上初めて、保護期間の部分短縮を提案
同6月 thinkTPPIPシンポに、青空文庫・富田倫生が生前最後の登壇。芥川龍之介「後世」を朗読(1:42経過頃から)。8月、富田死去
14年7月 各国有力NPOが連名で延長反対の国際声明
15年2月 NHK、日本政府が延長問題と非親告罪化で譲歩と報道
同7月 thinkTPPIP、110団体と3637名連名による緊急声明を政府に提出。8月、コミケ準備会がTPP問題で初のシンポ
この頃 非親告罪化については二次創作を害さないよう留意する旨の政府答弁。この時期の経緯はこちらも参照
同10月 TPPの各国大筋合意を発表、政府が概要発表
16年12月 米国のTPP離脱方針の中、政府は整備法を前倒しで立法。保護期間は原則20年延長され、非親告罪化は「原作のままの利用」(≒二次創作等は除く)等に限定、TPP発効と共に施行とされる(こちら参照)
17年1月 米国がTPP協議離脱。その後米国を除く11か国によりTPP11の協議開始、保護期間延長については各国の反対が強く凍結
同11月 政府、EU-EPAで著作権延長に大枠合意していたことを4ヶ月遅れて公表。ただし同EPAは現時点では未発効
18年3月 TPP11署名
18年6月 延長凍結にもかかわらず、著作権延長を維持するTPP11整備法が可決
同10月 6ヶ国目にあたるオーストラリアが批准。TPP11は12月30日に発効と政府発表

保護期間はどうなるか

既に著作権法改正は済んでいるので、12月30日をもって日本での著作権の保護期間は死後70年(匿名・変名・団体名義の場合は公表から70年)に延長される。対象は日本やTPP加盟国の作品だけでなく、世界中の作品の日本での保護が延びる(本国が50年なので「相互主義」がはたらく国は除く)。実演や音源等の著作隣接権は、それぞれ実演・発行から50年の保護だったものが70年に延びる。

ただし、既に日本での保護が切れた作品が復活することはない。よって、この間に切れた吉川英治・江戸川乱歩・谷崎潤一郎や「くまのプーさん」(小説)が復活することはない。

他方、来年1月からパブリックドメイン入りの予定だった村岡花子(赤毛のアン訳)などは延長される。この結果、日本ではその後20年にわたって新たなパブリックドメイン入り作品は生まれない。青空文庫で作業中だったPD予定作品も、公開は出来なくなる。

また、ネット上でもかなり質問を頂いたが、戦前・戦中の連合国作品の著作権は日本では最大10年5ヶ月ほど追加の保護を与えている(戦時加算)。この戦時加算で続いている作品も、20年延びる。つまり、延びた後の死後70年に最大10年5ヶ月が加算される。よって、米・英・仏などの戦前作品の日本での保護は実質的に死後80年強となる。

延長で何が危惧されたか

様々な人々が表明した、延長の懸念とは何か。論点はほぼ、thinkC公開シンポ時代に作られた「延長派・慎重派それぞれのワケ」で尽くされている。

①まずは「権利処理が難しくなることによる死蔵作品の増加」。著作権は死後相続され、相続人全員の同意がないと利用できない。期間が延びれば相続機会が増えるので権利関係は複雑化し、権利者不明の「オーファンワークス」も増えるなど、権利処理コストは増大する。こうした作品は大半が市場で流通していない(丹治吉順「本の滅び方」によれば死後50年時点で流通している書籍は2%以下)。つまり遺族に収入などもたらさないのに、電子図書館などのアーカイブにも所蔵しづらく、様々なデジタル活用も難しくなる。散逸し、忘れ去られる知的資産が増大する恐れだ。

②次は「国際収支の悪化と民間負担の増大」。例えば米国はコンテンツの大輸出国で、映画・音楽・小説などの文化的コンテンツの著作権使用料だけで、日本1国相手でも約500億円の黒字である(米国商務省2017年 Table2.2 Line77)。

しかし日本は残念ながら真逆であり、日銀データによれば著作権等使用料の国際収支は年8766億円の巨大な赤字である。しかも海外で稼いでいるのは新しい作品中心で、保護期間を延長すれば単に支払が増加する恐れが強い。その負担を負うのは民間事業者だ。これは金額の問題だけでなく、利用許可を得るために様々な契約締結の負担や拘束・コントロールも重い。

③付言すると、今回の延長論議の際、一部権利者団体などは「延長とバーターで屈辱的な戦時加算を撤廃できる」と喧伝した。戦時加算はサンフランシスコ講和条約上の義務であり、今や対象国民の私有財産権なので現実味は薄く思えたが、現在まで法的撤廃は実現していない。数ヶ国との間で交換公文が作られただけで、そこには「戦時加算の対処のための民間主導の対話を奨励し歓迎する」「この文書に法的拘束力はない」と記載されているのみだった

なお、今回の延長はTPP上の義務ですらなかったが、こうした国際条約(特に多国間協定)での知財・情報ルール作りの課題は、「ポリシーロンダリング」と「硬直性」だろう。つまり、条約上の義務として政府が国外で合意してしまうことで、国内での賛否の議論を回避できてしまうのだ。加えて、情報社会の現実など5年も経てば大きく様変わりするが、条約上の義務は国内法に優先するので、いったん批准してしまえばもう国内法をもってしても覆せない。いわば、情報のルールメイクの力を我々は失うことになる。

この間にとられた対策

大量なコンテンツの権利処理に各国が頭を悩ませる今、国内議論を尽くして守り続けて来た「死後50年」を、条約上の義務もメリットもなく延ばす政府には、今後ますます作品の流通を促進して死蔵から守る責任があるだろう。

実際、この間政府と民間は協力していくつかの作品の活用策を実現して来た。それは延長のデメリットを埋めるには全く十分ではないが、この間進んだオーファン対策やデジタル・アーカイブ振興策、権利制限規定の拡充などはその成果と言える。最近の動きはこちら参照。

これから我々にできること

更に、今後できることを短く挙げてみたい。

①絶版など市場で流通していない作品の活用策:いわゆるアウト・オブ・コマースの作品は、権利者が除外しない限り、非営利のアーカイブなどで保存・公開しやすくする制度を検討すべきだろう。米国で保護期間延長の際に導入された「ラスト20年はアーカイブ化を可とする規定」(108条(h))など、海外例も参考に導入を考えるべきではないか。

②更なるオーファン対策:現在、探しても権利者が見つからない作品は文化庁の許可を得て利用できる「裁定制度」がある。運用改善は進んでいるが、事前に供託金を算出し納めさせる制度が利用の壁として残る。現実には不明権利者の出現率は極めて低いので、これは撤廃を検討すべきだろう(今次改正で一部のみ撤廃)。

③集中管理の推進:権利の集中管理は大量コンテンツの権利処理が時代の要請である以上、進めるべきだろう。デジタルライセンス市場の整備もしかりだ。ただし、今や公共インフラと言ってよい集中管理団体の運営には、ますます公正さ・透明さが求められる。特に集中管理団体が自ら権利期間を延ばすロビイングを行うような場合、政府、そして社会はより厳格な姿勢で臨むべきだ。

④意思表示・パブリックライセンスの更なる促進:青空文庫は、「保護期間中でも作者・権利承継者の申し出があれば応じて公開を進めたい」と書いている。自ら公開や活用を希望する権利者の声が、もっと簡単に利用側に届く仕組みが普及すべきだろう。

⑤戦時加算の解消努力

出来ることはまだまだある。延長くらいで意気消沈していては先人達に恥ずかしいのだ。だよね、富田さん。

以上

転載元:著しく短縮して語る著作権延長問題の歴史と、これからどうなり、何をしていくのか 福井健策|コラム | 骨董通り法律事務所 For the Arts

渡辺由佳里×藤井太洋

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