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HON.jpが9月7日に開催したオープンカンファレンス「HON-CF2024」のセッション1「EPUB 3.3普及へ向けた課題」の様子を、小桜店子氏にレポートいただきました。
【目次】
「EPUB 3.3」の普及へ向けた2つの課題
2023年、W3Cとして初の正式アップデートとなる「EPUB 3.3」が勧告された1 EPUB 3.3(W3C Recommendation)
https://www.w3.org/TR/epub-33/
高見真也氏: W3C標準「EPUB 3.3」 とアクセシビリティ対応〈JEPA|日本電子出版協会(2023年7月12日)〉
https://www.jepa.or.jp/sem/20230712/。これは2014年にIDPFによって策定された「EPUB 3.0.1」の後継仕様であり、アクセシビリティへの本格対応などが行われている。今後の普及に向けて、なにをすれば良いのか。EPUBの専門家である高見真也氏(株式会社KADOKAWA/株式会社PUBLUS/W3C)と田嶋淳氏(株式会社三陽社)が語り合った。
最初に、司会の鷹野凌氏(HON․jp 理事長)によって2つの課題が挙げられた。1つ目の課題は、ビューア側の対応が必要になること。つまり、仕様はあっても実装されていなければ使えない点だ。「EPUB 3.3」では、新たに使用可能な画像・音声フォーマットが追加され、最新のCSSスナップショット2 CSS Snapshot 2023〈W3C〉
https://www.w3.org/TR/CSS/を参照するようになり、アクセシビリティへの本格対応が行われた。これらを利用するにはビューア側の対応が欠かせない。多くのビューアが対応しなければ、新たな仕様にそったEPUB制作が進められなくなる。
2つ目の課題は、電書協ガイドのアップデートが必要になること。ビューア側が対応していても、EPUB制作側や流通側にそれが伝わっていないケースがあるという。これは制作にあたって参照される電書協 EPUB 3 制作ガイド(電書協ガイド)3 電書協 EPUB 3 制作ガイド〈デジタル出版者連盟〉
https://dpfj.or.jp/counsel/guideが公開から10年近く経っていることが一因である。
出版しないとビューアで表示されるか分からない
ブラウザエンジン系のビューアでは新たな仕様への対応が進んでいるが、独自エンジン系のビューアは遅れていることが調査で分かったという4 各社のEPUBリーダーは、現行CSS仕様やアクセシビリティをどれだけサポートしているのか?〈日本電子出版協会(2024年4月24日)〉
https://www.jepa.or.jp/sem/20240424/。「独自エンジンを使っているビューアは、ブラウザエンジンに移行できないのか」(鷹野氏)という疑問について、高見氏はソフトウェアのため、いつかは作り直す必要があり、その際にブラウザエンジンに切り替える判断が可能としつつも「省力化の方向に向かっている会社の場合、大きな投資はできない状況の中で、コストと労力を使わずに現状維持を図る方針になると(移行は)難しいのでは」と指摘。
独自エンジン系の最大手であるAmazonのビューアに関して、田嶋氏は「同じAmazonのビューアでもデバイスごとに挙動が違うため、出版しないと(表示できるか)分からない問題がある」と語った。鷹野氏もAmazonのガイドラインでは可能とされている印刷版ページ番号情報を埋め込んで出版したが、実際には表示できなかったという5 リフロー型電子書籍に印刷版のページ番号が表示されない(できない)現状について〈日本電子出版協会〉
https://www.jepa.or.jp/keyperson_message/202406_6541/。
こうした出版しないとビューアで表示されるか分からない問題は、制作側にとって負担となる。高見氏は、編集部などから複雑なレイアウトの要望がある一方で、なるべく現状の電書協ガイドから逸脱しないように努力しているという。また、アクセシビリティの観点から、たとえばコントラスト比が不足している紙の本を、そのまま電子化することが難しくなるとし、「(編集部などから)要望を聞くだけではなく、こちらからも提案しないといけなくなる」との見方を示した。
アクセシビリティ対応は全体でやらないと意味がない
電書協は組織名が電書連に変更され、コミックの制作技術部会の部会長を高見氏が担当し、前任者から電書協ガイドのアップデートを引き継いでいる。高見氏は、現在準備中のアップデート内容は小規模な更新のため、アクセシビリティ対応は「入っていない」としながら、経済産業省においても読書バリアフリー法に対応した委員会が設置され、電子書籍のアクセシビリティガイドラインの策定が進むなど、各方面で動きがある状況だという。
海外の状況についても示され、ヨーロッパでは、来年から欧州アクセシビリティ法に基づく罰則が開始される6 アクセシビリティを促進するための国際的な取り組みに弾みをつける、新しい欧州連合指針〈WIPO〉
https://www.wipo.int/wipo_magazine/ja/2020/02/article_0007.html。EPUBの仕様上、アクセシビリティ対応にはウェブ・コンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(Web Content Accessibility Guidelines:WCAG)バージョン2.0以上が求められる7 EPUB Accessibility 1.1〈W3C〉
https://www.w3.org/TR/epub-a11y-11/。これが欧州アクセシビリティ法に合わせて、WCAGのバージョンが2.1に上げられるとし、海外の動向を注視しながら日本も対応を進めていかないと「ヨーロッパ市場で(日本の)電子書籍が売れない」ことになりかねないという。
高見氏は、電子書店においてもアクセシビリティ対応が必要であるとする8 電子書籍販売サイト アクセシビリティ・ガイドブック(PDF)〈電子出版制作・流通協議会〉
https://aebs.or.jp/pdf/a11yguidebook_for_ebooksalessite.pdf。対応していなければ、読者が購入できないからだ。アクセシビリティ対応は、制作側だけの問題ではなく、流通側、ビューア側の「全てでやらないと意味がない」とし、日本でも局所的な対応にとどまらず、全体的に進めていくべきとした。
変化を恐れずに対応しないといけない
電書協ガイドについて、田嶋氏は「全ての本の電子化を目的としていない」と指摘。複数のビューアに対応するため「最大公約数的な仕様をまとめたガイドライン」であると高見氏は述べた。EPUBには音声や動画といったコンテンツも組み込めるが、対応する電子書店が限定されるためビジネス的な課題があること。また、ビューアのアップデートによりコンテンツが動かなくなり、メンテナンスのコストが増大した事例を紹介した。
一方で高見氏は、電書協ガイドは公開から10年近く経っているため、リニューアルしても良いのではという見方を示した。たとえば、電書協ガイドにおけるコミックのEPUB作成方法は、10年以上前のソニーが採用していた方法をベースにSVGという技術を使っている。このSVGについて、現在の仕様とずれが生じている点、アクセシビリティ対応に課題がある点を指摘。現状維持を続けると世間から乖離してしまう、「定期的に新しい技術を取り入れて、変化を恐れずに対応しないといけない」と語った。
電子書籍は紙の本と比較して、制作の仕組みの変化がはやい。紙の本なら印刷すれば表示内容が固定されるのに対し、電子書籍の場合はビューアのアップデートで後から表示が変わってしまうことがある。そうした現状を踏まえて「出版社側(制作側)も意識を変える必要がある」(田嶋氏)。意識の変革は流通側やビューア側に対しても求められるだろう。そして「EPUB 3.3」のさらなる普及に期待したい。