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HON.jpが9月8日に日本出版学会・出版デジタル研究部会との共催で開催したオープンカンファレンス「HON-CF2024」のセッション5「デジタル出版物制作の教育活用」の様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。
【目次】
デジタル出版の教育活用(Digital Publishing in Education)
情報受容・発信のデジタル・ファーストが自明になっているなか、デジタル・ネイティブ世代が「電子出版」に初めて触れるのはいつだろうか。学校教育・研究機関はその接点でいかなる機能を果たしているのか。
セッション5「デジタル出版物制作の教育活用」は日本出版学会・出版デジタル研究部会との共催。授業でデジタル出版物の制作を行っている有山裕美子氏(滋賀文教短期大学講師)、徳永修会員(デジタルハリウッド大学教授)、鷹野凌会員(NPO法人HON․jp 理事長)が実践例を報告、その狙いを語った。
自分で自立的に本を出すすべはもうぼくらの手の中にある
徳永氏が教員を務めるデジタルハリウッド大学は、1学部1学科(デジタルコミュニケーション学部デジタルコンテンツ学科)と専門職大学院を擁する株式会社が設立。教育分野はデジタルクリエイティブ(ウェブ、CG、AR、VR等)で約3割を留学生が占める。徳永氏は電子出版概論、電子出版制作、電子出版ゼミを受け持っている。
電子出版概論は、電子出版について考えるきっかけを提供し、状況を俯瞰することを目的とした講義。座学とグループワークの組み合わせ(90分×8回)でアクティブラーニング形式をとる。座学でトピックスを前振りし「電子書籍とは何か」を考えてもらうことが主旨。出版業界人が思い浮かべる電子書籍の形式は「リフロー型EPUB」が多いと思われるが、それ以外の広義の電子書籍もあることも紹介する。
電子書籍制作の実習は、EPUB制作をゴールとする。自分で原稿を書き、カバーをデザインしボイジャーのデジタル出版ツール「Romancer」を利用してオーサリングを行う。各自が2クラス分全員の原稿をまとめて「文集」を編集しリフロー型EPUB形式の電子書籍制作。6ステップほど段階を経て2カ月かけるが「ほとんど原稿を書いて編集するところに費やしている」。受講者40人のうち途中で脱落する学生もいるが35~36人は、もがきながらついていく感じだという。
実習では「(電子書籍制作)すべてのワークフローを体験させる」が「提出して終わりではない。出したところから始まる」。修了時には、「紙の本を本屋さんで売るとは違って、自分で自立的に本を出すすべは手の中にある。どんどん本を書いてください」と伝え、電子出版の作り手・書き手として継続的に携わることを期待する。
電子出版の実践を通じて、情報活用能力育成を深める
有山氏は小学校・中学校・高校・大学で電子出版の方法を指導してきた。電子出版を意識したのは比較的早く2017年で、中高一貫校の教員の時。既に一人一台端末が実現されている環境だったが「生徒から提出された電子データの適切な保存方法がなく、散逸している。生徒の作品を残す形でアウトプットできないか」と他教員から相談があったことから。このときから、デジタルデータは「積極的に残そうとしなければ残らない」と気づきを得た。
最初に採用したツールはボイジャーのRomancer。中学1・2年生の授業にボイジャー担当者を呼び基本的な使い方を生徒らと共有。校外学習で取材した記事を4頁ほどのリーフレットでPDF作成し紙に印刷して文化祭で展示・配布したり、PDFデータをEPUBにして電子図書館にアップロードするなど継続的に取り組み、生徒らの作品集、自作小説も電子書籍化した。
2018年から学校教育により特化した形で「Romancerクラスルーム」を活用。公開設定を「友人限定」「学内のみ」など柔軟に変えられること、原稿作成の途中で教員らからフィードバックをもらえる機能が役に立ったという。電子出版の実践を通じて「著作権、創造力、情報活用能力育成」を深め「自分の作品を電子に変える過程でいろんなことが学べる、学校教育に親和性のある取り組み」と振り返った。
一般公開を前提とし、著作権法35条の権利制限を使わない挑戦
鷹野氏は主催する文芸ハッカソンイベント「NovelJam」で得たノウハウを大学の授業にフィードバックしている。大学で受け持つ講義「編集デザイン特殊研究」で目指すのは「チーム」単位で動き「著者や編集者やデザイナーとなり一人1点のDIY出版」。半年15回講義で「つくっておわりではなく、出版・公開する」ことまでを目標にしている。
制作ツールはBCCKSを採用する。その理由は「環境依存度が低い」こと。ブラウザで使えることは授業活用で重要な要素。また、最大50人まで共有編集可能であることもメリットの一つ。「チームでつくる演習でこの機能は必須」。その他大学側が授業で使えるツールの機能の一部を制限をしていたり、学生側の使い勝手をみながら毎授業年度で電子出版に必要なツールの見直しをしている。
なお、2021年度の演習からは学生らが制作した電子書籍は一般公開し学外の人でも購入できる。一般公開が前提であることから著作権法35条「権利制限」が使えないことに加え「炎上リスク」もあるので内容面のチェックには相当に手間をかけている。
新たな読み手、書き手を増やすことにつながる
現状、出版関係者で電子出版と教育を結びつけて実践できる人材はそう多くはいないだろう。が、デジタル・ネイティブ世代が当たり前に電子書籍を読んでいる現実を考えれば、電子出版の方法論を教育の場で実践することは、将来新たな読み手、書き手を増やすことにつながる。三者三様の取り組みから学べることは確かにある。