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2023年8月27日~9月2日は「集英社、増収減益決算」「生成AIを組み込んだGoogle検索の試験運用が日本でも開始」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。
【目次】
政治
図書館はベストセラー買いすぎ?ルール作り検討へ 「板挟み」の声も〈朝日新聞デジタル(2023年8月27日)〉
書店議連の提言に基づき、いわゆる「複本問題」について文部科学省がこの秋から識者を集めた討議を始めるそうです。記事の後半には、研究論文「図書館所蔵と貸出の書籍市場への影響」を書かれた日本大学の大場博幸教授(図書館情報学)のコメントがあります。
新刊市場に図書館貸出が負の影響を与えていないわけではないが、大きくはないし、ベストセラーで特に目立つわけでもない、と。議連の提言がまとまった際に紹介した(#572)別の研究でも同じような結論に至っていますね。印象ではなくデータで語るの大事。
まあ、もしルールに縛られることなったとしたら、「待たせることへのお叱りの声」に反論する材料にできる、という考え方もできそうではありますが。怖いのは、ただでさえ資料費が減らされつつある現状で、複本禁止みたいなルールができたとしたら、そのぶん資料費を減らされるだけではないか? ということ。
著名作家ら、生成AIの学習に著作権保護作品が使われていると訴え——データセットは今後、厳しい評価に直面するかも〈BRIDGE(2023年8月28日)〉
以前、「アメリカで生成AI企業への訴訟相次ぐ」というニュースをピックアップしました(#579)が、こちらは学習用データセット「Books3」に著書が無断で使われているという、より具体的な訴えです。
この「Books3」は、AI学習用のオープンソースデータを提供を目的としたプロジェクトの一部で、Meta社も「LLaMA 2」のトレーニングに用いています。ところが先日、海賊版対策団体からの法的通告を受けてインターネット上から削除されたというニュースがありました。
ちなみに「Books1」データセットは、ファイルサイズ的に「Project Gutenberg」つまり著作権保護期間切れの作品とされています。また、OpenAI社がGPT-3の学習用に用いた「Books2」データセットは、中身がどういうものかは明かされていません。そのため海賊版データをトレント経由で集めたのでは? などと言われています。
こういった追求を恐れてか、競合に真似されるのを避けてか、OpenAI社はGPT-4以降データセットの情報を開示しなくなりました。しかし、このままだと生成AIを利用する側も著作権侵害だと訴えられるリスクがあるため、情報を開示しろという圧力は強くなるでしょう。また、「真にクリーンなデータセットを用いた生成AI」に対するニーズが高まっていくように思います。
記事のスクショ投稿に警鐘 雑誌「ホビージャパン」のSNS投稿が反響「著作権・肖像権等を侵害するものです」〈Real Sound|リアルサウンド ブック(2023年8月29日)〉
うーん……いや、そうなんですけど、正確には「引用等権利が制限される場合を除く」です。誌面を撮影してブログやSNSへ公開するとき、きちっと“主”になる論評を加えて誌面画像が“従”になる関係にしたうえで出典も明示しているなら、法律的には問題ありません。
なぜなら、引用ができないと著作権を盾にして反論や批判を封じ込めるような真似ができてしまうから。これが権利と利用のバランスです。まあ、ただ単に紙面画像を貼って公開するだけで引用要件を満たしていない投稿が圧倒的に多い、ということなのかもしれませんが。
令和5年10月1日からステルスマーケティングは景品表示法違反となります。〈消費者庁(2023年9月1日)〉
消費者庁からあらためてお知らせが出ました。過去の投稿でも公開していれば10月1日以降は適用されるので、心当たりのある人はいまのうちに対応しておきましょう。責任は広告主にある法律なので、たとえばアフィリエイトなら10月1日以降は報酬が発生しなくなる(=広告ではない)とか、アカウントをBANされるといった対応がいきなり行われる可能性があります。注意しましょう。
社会
電子商取引に関する市場調査の結果を取りまとめました〈METI/経済産業省(2023年8月31日)〉
経産省推計の電子出版市場は、2022年が6253億円となりました。出版科学研究所の推計は5013億円なので、経産省の推計は1240億円も多い。インプレス総研の推計は(年度だから時期に若干ズレがありますが)6026億円なので、経産省の推計は227億円多い。なんでここまで違うんだろ?
対象はいずれもBtoCなので、BtoBの電子図書館向けは含まれないはずです。経産省の報告書には「ボーンデジタルも含まれる」とありますが、出版科学研究所もインプレス総研もそこは省いてないはず。そういう領域をどこまで把握できるか? という、観測範囲の問題かもしれません。
経済
集英社、増収減益の決算〈新文化オンライン(2023年8月29日)〉
売上高2096億8400万円! しかし当期純利益は159億1900万円で前年同期比40.7%減。あれ、今期も減益? と思ったら、不動産の減損135億3400万円を特別損失で計上しているのが大きな要因でした。前期の減益は、収益認識に関する会計基準の適用による影響があったんですよね。
それはともかく、ひとつ困ったことが。「紙版と電子版を一体化してコンテンツ事業の実勢を把握するため、これまで事業収入に計上していたデジタル収入を出版売上に移管」したそうです。そして、デジタル収入の金額は(少なくとも新文化の報道では)明かされていません。あれまあ。
そういえば、KADOKAWAの決算もそうだったな……と思い改めて確認したら、2023年3月期の決算資料には「電子書籍[売上占有率38%]」と少し小さな字で書かれているのを発見しました(決算資料p13)。いつのまに! 2022年3月期まで数値は非公開(グラフの棒の長さだけで表現)だったのに!
グーグル、生成AI「Duet AI for Google Workspace」を企業向けに提供開始–月額30ドル〈CNET Japan(2023年8月30日)〉
あー……Microsoftの「Microsoft 365 Copilot」と同じ価格でぶつけてきましたね。両社とも強気だなあ。しかもこれ大企業向けの価格ですから、一般向けだともうちょっと高くなるんだろうなあ。
技術
「四季報AI」β版で分かった、AIだからできること、そして想定外のニーズ〈ITmedia NEWS(2023年8月29日)〉
これは面白い。「そもそも調べ方を知っている人は生成AIに頼らなくてもいい」というのは、四季報に限らず他の様々な領域についても言えることでしょう。「調べるために必要な用語がそもそも分からない」と、ググることさえできないわけですもんね。
膨大なデータを持っている企業は、ただ単にそれを検索できるデータベースとして提供するより、生成AIをインターフェースとして使ったほうが利活用してもらいやすくなる、ということだと思います。こういうの、新聞がやるといいんだろうけどなあ……。
生成AIがGoogle検索にもたらすものとは? 村上臣氏が語ったこと〈ケータイ Watch(2023年8月30日)〉
日本でも試験運用が始まったGoogle SGE(Search Generative Experience)について、Google検索担当ゼネラルマネージャーの方が説明しています。ちょっと「おや?」と思ったのが、SGEと「Bard」は違うテクノロジー、違うプロダクトだという点。どう違うかの詳細は明かされていませんが、Microsoftが「新しいBing」にOpenAIのGPT-4を搭載していることを公開(というかアピール)しているのと比べると、スタンスの違いが感じられます。
新聞チェーンのガネット、高校スポーツ記事の失敗を受けAI実験を一時中止へ〈Media Innovation(2023年9月1日)〉
本文内に“[[WINNING_TEAM_MASCOT]]”みたいな記述が残っていたそうです。なんというか、その「LedeAI」とかいうサービスの低レベルさも感じますし、ノーチェックで公開してしまうガネットもあまりに低レベル。仕事が雑。プロ失格。
HON-CF2023にご登壇いただいた小林啓倫氏による「生成AIの自社ルールの作り方 米AP通信の例」という記事に、「生成AIから出力されたものは、それがいかなるものであっても、未検証の情報元として扱われるべきである」という記述があります。AP通信の副社長がブログで公開した基準だそうです。
これ、よくよく考えたら当然の話なんですよね。これがAIではなく、人間のライターが書いた原稿だったら? ごく一般的な良識を持ったメディアなら、ノーチェックで公開なんて絶対にしません。AIに対しおかしな信頼感を持ってしまったのか、ただ単に工数削減のためのツールとしか思っていなかったのか。
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日刊出版ニュースまとめ
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雑記
HON.jp設立10周年記念イベント「HON-CF2023」は無事に終了いたしました。準備段階から手伝っていただいた方々、登壇者の方々、そして、参加者・視聴者の方々、本当にありがとうございました。全セッションの録画は来年4月初旬まで視聴できます(鷹野)
※本稿はクリエイティブ・コモンズ 表示 – 非営利 – 継承 4.0 国際(CC BY-NC-SA 4.0)ライセンスのもとに提供されています。営利目的で利用される場合はご一報ください。