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2023年4月16日~22日は「大阪IR資料に作品の無断利用発覚」「内閣府ポスターが絵柄を模倣で掲載中止」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。
【目次】
政治
インボイス制度に関する現場の苦悩〈佐藤秀峰|note(2023年4月18日)〉
佐藤秀峰氏の電子取次サービスが、現在取引している免税事業者でインボイス発行事業者として登録する予定のない作家に「制度開始の10月以降、今までロイヤリティに消費税相当分10%を加算した金額をお支払いしていたものから、消費税相当分10%を加算しない金額をお支払いするといった形に変更させていただきたい」と説明したら、優越的地位の濫用にあたる可能性があると公正取引委員会へクレームが入ったそうです。聞き取り調査と資料の提出を求められたとのこと。
以前からお伝えしてきたように、インボイス制度は事実上の免税撤廃、事実上の増税です。課税事業者は、免税事業者との取引では仕入税額控除ができなくなるため、そのぶんの押し付け合いが起き始めています。しかし、免税事業者であることを理由に減額を要求するのは「転嫁拒否」にあたります。独占禁止法の「優越的地位の濫用」や、下請法の規制対象になる可能性があります。それに関して、すでに公正取引委員会が実際に動いていることがわかる事例としてピックアップしました。
課税事業者である発注側が独占禁止法や下請法違反になるのを避けようとすると、免税事業者との取引では仕入税額控除ができないぶんの負担を強いられることになります。事務処理も面倒になりますし、免税事業者とは取引したくないと考える課税事業者が増えるのも無理はありません。ところが、フリーランスに支えられている業態では、免税事業者との取引を避けることができないという。なかなか辛いところです。
さて、今回のケースをもう少し掘り下げて考えてみます。作家が取次を依頼するときは「税別の小売希望価格」で設定しているはずです。消費税率は変わる可能性がありますからね。その設定が仮に1000円だとしたら、書店側では通常1100円で売られます。あくまで小売希望価格なのでセール等で変わる可能性がありますが、以降の計算を単純にするためここでは考慮しません。
仮に書店側の取り分を販売額の50%とすると、550円が取次に入金されます(書店の納める消費税額は50円)。仮に取次の取り分を販売額の10%とすると110円(取次の納める消費税額は10円)となり、これまでなら残りの440円が作家へ入金されます。制度開始以降の減額要求が通って400円になるとしたら、差額の40円はどうなるか? 単純に考えると取次の取り分が150円に変わります。この場合、取次の納める消費税額は110分の10で14円(小数点以下を四捨五入)という計算でいいんでしょうか? 正直、ここがよくわかりません。
逆に、制度開始以降もこれまで通り440円を作家へ入金するとします。すると、40円は仕入税額控除ができない仮払消費税等という扱いになります(税抜経理方式採用で売上高が5億円超または課税売上割合が95%未満の場合)。ところが国税庁のQ&Aには、この場合は全額を損金に算入できるとあります。つまり私の理解が正しければ、年度で利益が出て法人税を払う必要があるなら納税額を減らせる(節税できる)けど、利益が出ていないなら赤字幅がそのぶん増える、という状態になるはずです。
営利企業の事業活動は利益をあげることが目的ではありますが、もちろん常に利益が出ることを保証されているわけではありません。年度によっては赤字になってしまう場合もあるでしょう。法人の赤字=欠損金は9年間繰越控除できますが、やはりなるべく避けたいところではあります。で、ここまで書いていて思ったんですけど……やっぱり複雑過ぎますよ、この制度。
社会
※デジタル出版論はしばらく不定期連載になります。ご了承ください。
大阪IR公表動画“利用許諾得ずの可能性高い著作物含まれる“|関西のニュース〈NHK(2023年4月17日)〉
大阪府と大阪市が整備計画を進めているカジノなどの統合型リゾート施設(IR)を説明するため公表していた動画や静止画に、奈良美智氏と村上隆氏の作品が無断で利用されていることが発覚しました。これ、著作権法第30条の3で、許諾を得る前(あるいは裁定を受ける前)の検討段階であれば、無断で利用することは可能なのですよね。つまり、内部資料(検討の過程)だったらセーフなのですが、その後、許諾を得ずに一般公開しちゃったらアウトになる、という境界線です。しかし、こういう資料の制作現場が、内部資料の時点でどの作品が未許諾なのかを、どこまでちゃんと把握できているのでしょうね?
国際的写真コンテストでAI画像が優勝 「主催側にAIを受け入れる準備があるか試した」 作者は受賞拒否〈ITmedia NEWS(2023年4月18日)〉
少し前にイラストや小説の事例がありましたが、今回は写真です。こういうモノトーンの画像だととくに、見た目だけで判別するのは難しいかもしれません。今後、こういう事例はもっと増えてくるでしょう。本件の場合、作者が受賞後に制作方法を明かして辞退していますが、明かさない人も多いでしょうね。ただ、すばらしいクオリティの作品がもしAI生成だったとしても、人間の作品と判別できないレベルに達しているのであれば、それはそれで受容されて然るべきなのでは? とも思うのですが。
さいとうなおき氏「作家へのリスペクト感じない」内閣府ポスター掲載中止に“絵柄パクリ” 著作権侵害の境界線は | 国内〈ABEMA TIMES(2023年4月22日)〉
内閣府のポスターの絵柄が、たなかみさき氏の作品と似ていると指摘され、制作した凸版印刷が参考にしたことを認め、掲載中止になったという事件。先週ピックアップしたダイヤモンド社の模倣イラスト表紙事件とよく似た事例で、著作権法的にはグレーゾーンの話です。参考にした(依拠)としても絵柄や画風を真似しただけで、具体的な表現の類似性が認められなければ法的にはセーフ。
ABEMA TIMESの記事を読む限り、たなか氏も、コメントしているさいとうなおき氏も、その辺りはよくわかってらっしゃる様子が伺えます。しかし、公的機関が絡んでいる案件だからこそ、放置できなかったということなのでしょう。ちなみに、ポスターで訴求されている内容についての議論も別途あったようですが、内閣府は「メッセージ自体に問題はありません」という見解です。
経済
メディアドゥ通期減収減益、LINEマンガとの契約終了響く〈アニメーションビジネス・ジャーナル(2023年4月15日)〉
2021年6月に発表されたLINEマンガとebookjapanのバックエンド共通化により、これまでバックエンドを提供していたメディアドゥの売上高に大きな影響が出ています。業務移管は期末までに完了。ただし、移管の遅延により2023年2月期売上高は上振れ、2024年2月期は減収トレンドが継続するとのことです。
決算説明資料には、このLINEマンガとの契約終了などの特殊要因を除いた売上高成長率が約11.2%だった、という説明が詳しく載っていました。LINEマンガの売上高は2022年2月期に190億円あったのが、2023年2月期には130億円で、期末までに移管完了ですから、2024年2月期には0円になるわけです。2割弱の売上を失ったわけですから、そりゃ痛い。
それでも、今期業績予想は売上高1000億円で、前期比-1.6%に留まっています。つまりLINEマンガ以外で114億円の成長を見込んでいると。すごいなあ。
アップルやアマゾンも参入 「縦読みマンガ」のいま【西田宗千佳のイマトミライ】〈Impress Watch(2023年4月17日)〉
Webtoonと日本のマンガの違いについて、西田宗千佳氏による解説。2013年に始まった「comico」に触れず、2016年に始まった「ピッコマ」により「(縦読みマンガの)市場が立ち上がった」とするのはどうなんだろう? ……と思ったのですが、「comico」は当初すべて無料配信でしたし広告もなかったから「市場」は立ち上げていない、とも言えますね。当時、紙の単行本販売だけでリクープするモデルってちょっと無理があるのでは? と言われていたのを思い出しました。
Manga Data Shares How U.S. Sales Quadrupled Since 2019〈ComicBook.com(2023年4月17日)〉
調査会社NPDによると、アメリカでのマンガの印刷部数は2019年から2022年にかけて約4倍になっているそうです。2018年550万部、2019年670万部、2020年960万部、2021年2520万部、2022年2840万部という数字が拾えました。これは紙だけの数字であり、デジタルを合わせるとマンガ市場がどれくらいの量になるかはわからない、とあります。
Will Sales of Manga Ever Even Out?〈Publishers Weekly(2023年4月21日)〉
ただ、こちらの記事によると、2023年は横ばいになっているようです。さすがに急成長のトレンドは止まった、と。過去の北米でのマンガの好況と不況のサイクルを考えると、歴史が繰り返されることへの懸念や、新規参入による供給過剰も懸念されているようです。棚スペースの問題、といったことにも言及があります。こちらも、デジタル市場については、販売レポートがないので実際の市場規模や販売動向が追跡できない、といったことが述べられています。
日本掌握したカカオ「ピッコマ」···日本だけで累積売上20億ドル突破〈亜洲日報(2023年4月18日)〉
「日本で累計売上20億ドル」というのは、いつからの累計なのか? 素直に受け取れば2016年4月のサービス開始から8年間の累計だと思うし、グラフの上部にも2016年4月20日~2023年3月31日と書いてあるのですが、グラフ下部の左端はなぜか2019年3月なんですよね。そして、半年ごとの集計で積み上げになっているという。Sensor Towerの元記事も確認してみましたが、グラフは同じでした。翻訳の問題というわけでもなさそうです。うーん、なんだこれ。
ちなみに、例によってこれはAppStoreとGooglePlayだけの合計で、他の決済手段は含まれていません。また、「消費者支出」の額であり、決済手数料を引いたあとの額(ピッコマからすればこれが本来の売上高)ではありません。
日本発コンテンツの海賊版被害は約2兆円〈共同通信(2023年4月21日)〉
CODAがPwCコンサルティングに依頼したレポートです。2019年度にも同様の調査を行っており、全体では約5倍に膨れあがっています。出版は、2019年には1407億6624万0425円~1552億0839万7503円と1円単位まで算出していましたが、2022年は約3952億円~8311億円となっていました。2.8倍から5.4倍といったところ。詳細はCODAの公式サイトに載っています。
米バズフィード、報道部門を閉鎖 運営困難、15%人員削減〈共同通信(2023年4月21日)〉
アメリカのBuzzFeed, Incの話。日本のBuzzFeed Japan株式会社とは別法人なので注意が必要です。念のためと思い公式サイトを確認したら「※BuzzFeed Japanは、BuzzFeedとヤフー株式会社の合弁事業会社です。」と書いてあって少し困惑。設立当初は確かにそうだったのですが、2022年5月にZホールディングス(ヤフーの親会社)との資本関係は解消しています。更新忘れでしょうか?
もう少し遡ると、BuzzFeed, Incは2020年11月にHuffPostを買収しています。そして、HuffPostと朝日新聞社の合弁で設立された「ハフポスト日本版」の運営会社は、2021年5月にBuzzFeed Japan株式会社へ統合されています。そういった経緯もあり、2022年5月以降のBuzzFeed Japan株式会社の株主構成は、BuzzFeed, Incが51%、朝日新聞社が24.5%、朝日放送グループホールディングスが21.5%、バリューコマースが3%となっています(ITmediaの記事を参照)。いまは朝日新聞社系の資本がぐっと増えた状態なのですよね。
で、その朝日新聞社が今回の件をどう報道しているか? を確認してみました。ウェブでは本稿執筆時点で記事が3本確認できましたが、いずれもBuzzFeed Japan株式会社と朝日新聞社の資本関係には触れていません。いいのかそれで。ちなみに最新の記事の最後には、BuzzFeed, Incの広報担当者による「バズフィードジャパンは独立した別の事業体で別事業だ」というコメントが確認できました。そこまで書いておきながら、なぜ資本関係には触れないのか。
技術
物語を作る人のためのChatGPT講座〈うめ|note(2023年4月19日)〉
漫画家ユニットうめの小沢高広氏による、ChatGPTを使ったストーリー作成支援プロンプト。といっても、ストーリーやプロットがそのまま出力されるわけではなく、アイデアの壁打ちをする相手になってもらうという活用法です。これは良い! 他にもいろいろ応用できそうです。
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雑記
大学の非常勤はこの春学期から新たに「ITリテラシー」の授業を担当することになり、まったくの新規でスライドを用意する必要があるためわりと準備に手間がかかっています。P検のテキストを買って読んだり、大学のパソコンに入っている少し古いOfficeのことを確認するため少し古い「できる」シリーズを買って読んだり。そうこうしているうちに、4月ももうすぐ終わり。このメルマガも、来週はお休みです。大型連休をお楽しみください(鷹野)
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