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12月に草思社が刊行したスティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』は、販促とプロモーションをNewsPicksパブリッシングがになっている。この共同企画はどのようにして生まれたのか、そして、どのような効果があったのだろうか? 出版ジャーナリストの成相裕幸氏に取材・レポートいただいた。
NewsPicksパブリッシング×草思社の「協業」が生んだ成果
昨年4月に経済ウェブメディア、NewsPicksが立ち上げた出版レーベル「NewsPicksパブリッシング」。12月には草思社から刊行された翻訳書、スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』(原題:Enightenment Now)で、プロモーションでのコラボという新たな試みを行っている。単行本の発売と発行は草思社で、販促とプロモーションをNewsPicksパブリッシングが担う形だ。
上下巻で各450頁以上となかなか手が伸びづらい大部の教養書だが、累計4万5000部(3刷・上下巻合計)まで伸ばしている。この共同企画はいかにして生まれ、どんな効果があったのか。同書を担当した草思社 代表取締役社長 久保田創氏と、NewsPicksパブリッシング 副編集長 富川直泰氏に聞いた。
『21世紀の啓蒙』は読書家としても知られるマイクロソフト創業者ビル・ゲイツが「生涯の愛読書」と絶賛。いま必要とされる「啓蒙主義の理念」とは何か、理性、科学、ヒューマニズムなど、人類が生み出してきた理念が、反知性主義や根拠のない偏見によって脅かされるなかで、データと論拠をあげながら正しく世界を認識する思考の必要を語る。海外のトップマネジメント層からの評価が高い教養書だ。
ピンカーの著作権エージェントから紹介を受けて翻訳出版を決めた久保田氏は、「原書のタイトルは“Enlightenment Now”、つまり“今こそ教養を”です。しかし、その今とはなにか、前提となる知識を伝えないと読まれません。旧来の方法としては、新聞に広告をうつとか、パブリシティを各マスコミにお願いすることなどがありますが、それ以外に、NewsPicksのようなウェブ媒体でも本について一緒に中身を知ってもらうことで、NewsPicksにも我々にもメリットがある。業界の潮流としても面白いので、ぜひやってみたいと思いました」と話す。
一方、原書で読んでいた富川氏は、「NewsPicksパブリッシングの新シリーズとして、自分たちで出版レーベルをやっていくにあたり、ぜひ出したいタイトル」と草思社に声掛けをした。その背景にはレーベルが目指す、次代のビジネスパーソンが「経済と文化の両利き」として物事を考えるための書籍を刊行していく、というコンセプトがある。
ビジネス書だけでは世界は広がらない
「NewsPicks会員の多くは、このままでは給料もあがらないし出世できるかもわからない、転職できるかもわからない、ただのビジネススキルだけじゃなく、他の人とはちがう“教養”という武器を身につけたい、20代から40代の方々です。ビジネスパーソンがビジネス書ばかりを読んでいても世界が広がらない。科学、歴史、人文系哲学だったり、ちゃんとした教養書を理解してこそ、はじめて優秀なビジネスパーソンになれる、というのが僕らのモットー。文化の側の教養を体現するのがまさにこの本」(富川氏)。
同書は「エコノミスト」誌の年間ベストブックに選ばれ、アメリカ、イギリスではビジネスのトップリーダーが読んでいる本として知られる。「でも日本ではビジネスパーソンに届けることができていない。そこに届けたかったんです」(同)。
販促プロモーションは、NewsPicksパブリッシングが行っている。ウェブ展開ではNewsPicks編集部のニューヨーク駐在記者がピンカーに独占インタビュー。その際、NewsPicks社内の専門チームが宣伝用の映像も撮影した。この映像はタクシーのバックシートで観られる30秒ほどの映像広告として放映。草思社にも動画素材を提供し、書店の店頭で流している。
ビル・ゲイツ大絶賛「本書は私のオールタイム・フェイバリットだ」
NewsPicks×草思社
『21世紀の啓蒙』(スティーブン・ピンカー著)発売中所得格差から気候変動まで、あらゆる難問を突破する大局観が身につく、米英ビジネスリーダーの必須教養書です。
購入はこちらから▶️https://t.co/VpP9N4PAi6 pic.twitter.com/8iBUwUz9JF
— NewsPicks (@NewsPicks) December 17, 2019
本の発売日に合わせて12月17日から特集記事を5日間にわたって有料会員向けに配信。ピンカーには『暴力の人類史』(青土社・2015年)といった日本語で読める翻訳書もあったが、「正直、NewsPicks読者も聞いたことがない人が多かった」(富川氏)。
そこで、なぜNewsPicksパブリッシングがピンカーの本を出すのか、さらにピンカーとは誰かを、翻訳者の山形浩生氏が基礎から解説。さらに本の一部を抜粋して配信した。記事をNewsPicks年末恒例の未来予測特集内に組み込んだところ、PVがかなり伸びたという。1月17日には山形氏と東京工業大学リベラルアーツ研究教育院でメディア論を教える柳瀬博一氏が同書刊行の背景や、具体的な読み方を伝えるリアルイベントを実施。オフライン、オンライン両面から書籍の販促をしている。
一番売れているビジネス書棚に置ける
草思社にも、このコラボがプラスに働いている。「今までだったら歴史のコーナーだったり、サイエンスや哲学書など、専門書のコーナーに置かれがちなのが、NewsPicksのレーベルをつけることで今一番売れているビジネス書の棚に置くことができる」。自社のこの種の本の読者は50代が多いそうだが、「発売2週間ぐらいの動きをみると、20代から50代、60代までほぼ10%刻みでまんべんなく売れた」と、これまでリーチできなかった層への広がりはたしかにあったようだ。「自社は従来ビジネス書にそれほど強くないが、この取り組みでビジネス書に置いてもらいやすくなったことは間違いない」(久保田氏)
発売・発行する草思社は、書店への事前告知やフォローなど、現場での調整を担った。発売前にはNewsPicksパブリッシングの営業担当者が「草思社が発売、発行で、注文も草思社に」と書店員に伝えた。「わりと好意的に受け止めて頂いた。たぶん書店さんもこのままではいけないと思っている。そのなかで新しい試みをやっていく。と書店さんに案内した。ビジネス書でも人文書でも新しく売り方、皆さんに知って頂く方法を新しく考えていかなければならない」(同)。
また、単行本にはNewsPicksパブリッシングのロゴマークも入っている。富川氏は「草思社はパブリシティが手に入るし、我々はピンカーの本を出しているブランドが手に入る。前からやりたかったビジネスパーソンに、きちんとした教養を届けるミッションが達成できる。我々としても月5000円のアカデミア会員を増やしたいし、既存会員にも満足してほしい」と各々が不足していた部分を補えたようだ。
他社に開かれたプラットフォームに
ちなみにこの協業、両社の間で印税は配分していない。取材費用はNewsPicksパブリッシング、新聞広告の出稿費は草思社が、おのおの負担。NewsPicksパブリッシングは草思社から一定部数を買い取り、有料のアカデミア会員にリアル書店よりも1カ月早く届けている。会員は、刊行前にその本の前評判をつくるインフルエンサーとしても機能しているという。
「伝統的出版社は、コンテンツ力はすごいけど、今一番大きい読書パイであるビジネスパーソンに届けるすべがない。お互いに得意、不得意なところがある。今回のように補い合える。NewsPicksパブリッシングは取次コードをもって書籍を発行、発売もしているが、同時に、他社に開かれているプラットフォームでもあります」(富川氏)
NewsPicksパブリッシングは、今後も他社とのプロモーション面での協業を行っていくという。個々の出版社にブランド力やプロモーション力がなければ、自前でなんでもやろうとせず、そこに強い出版社と企画単位で手を組む。この流れは今後の出版社の参考になりそうだ。
参考リンク
読者と文脈を共有し「0.1秒の奪い合い」からの脱出を図る ~「本で、希望を灯す」NewsPicksパブリッシングが目指すこと〈HON.jp News Blog(2019年7月29日)〉