読者と文脈を共有し「0.1秒の奪い合い」からの脱出を図る ~「本で、希望を灯す」NewsPicksパブリッシングが目指すこと

NewsPicks取締役 佐々木紀彦氏
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 7月25日、経済メディアNewsPicksは書籍の新レーベル「NewsPicksパブリッシング」の立ち上げを発表した。「本で、希望を灯す」をビジョンに掲げ、10月からビジネス書に限らず人文書も刊行していく。昨今では、ウェブメディアが紙の書籍を刊行する事例が目立っているが、なぜあえて書籍の刊行なのか。7月上旬に行われた新レーベル設立パーティから、NewsPicks取締役 佐々木紀彦氏、NewsPicksパブリッシング編集長 井上慎平氏の言葉で紹介する。

 NewsPicksは、経済記事の配信だけでなく、映像配信、雑誌発行、リアルイベントなど、ウェブ上にとどまらない発信を続けてきたが、佐々木氏は「本が一番大事なメディアの一つで、ずっとやりたいと思っていた」分野だったという。現在、NewsPicksのユーザー会員は400万人。有料のプレミアム会員は10万人で、44歳以下が8割以上を占める。「彼らと本をいかにつなげていくか我々の大きなチャレンジ」と語る。

 大小の規模に関わらず書店の閉店が続く一方で、膨大な刊行物やウェブ情報があふれ、読者の求める本が容易には見つけられない状況下で、ウェブのテクノロジーを援用し、本との出会いを作り上げていくことを目指していく。

 佐々木氏がとくに強調したキーワードは、「普遍性」と「教養」だ。普遍性については、幻冬舎との共同の書籍レーベル「News Picks Book」と比較し、「News Picks Bookは時代性に強い本として、我々は普遍性に強い本として相乗効果を出したい」とその違いを説明。

 また、自身の留学体験から、海外エリートとの教養の差がリーダー層の質につながっていると指摘。「教養をつけるには、普遍性のある濃い本を読むこと。これにまさる知的筋力を鍛えるトレーニングはないと確信している」と力説した。

「0.1秒の奪い合い」から脱出する

 NewsPicksパブリッシング編集長の井上慎平氏は、ディスカヴァー21、ダイヤモンド社で書店営業、書籍編集を経験。ディスカヴァー21のときに『「学力」の経済学』(中室牧子・2015年)、ダイヤモンド社では『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(北野唯我・2018年)など、いずれもロングセラーを手掛けた。

 新レーベル立ち上げにあたり、井上氏が明かしたのは書店営業をしていときに直面したある書店の閉店という「原体験」。その書店が本を売る努力をしていなかったわけではないのに閉店せざるを得なくなった事情を聞き「本を作り売る仕組みが本当にしっかりと機能しているのか」という疑問を抱き、その疑問が「流れを変えたい」という思いに結実した。

 また、とくにビジネス書を編集していたときには「(書店店頭で)0.1秒でいかにひきつけるかの腕の見せ所になっていたところがあった」という。0.1秒とは「一言でいうと本と読者の会話の時間」。つまり、読者と本の結びつきがその場限りの即物的なもので、継続的にその著者やレーベルとは結びついていないということ。

NewsPicksパブリッシング編集長 井上慎平氏
NewsPicksパブリッシング編集長 井上慎平氏
 だからこそ、0.1秒の奪い合いから脱し、出版社や著者が読者とともに「文脈を共有すること」がこのレーベルの底流にある。「どうやって売れる本をつくるのか、から実際に持続的に本を売るためには何が必要なのか。その答えが0.1秒からの脱出」と話した。

 ラインナップの軸は「経済」と「文化」の2軸。「経済は(プランを)落とし込むための力としての実現力、文化は理想を描くための構想力。点ではなく面でずっと読んで頂くことで両利きになってもらえるように」、この2つのバランスを大事にしたいという。

 10月の創刊時をのぞき、刊行点数は月1冊に絞る。NewsPicksアプリのもつリソースを最大限に活用し、ユーザー会員にメルマガを配信、ニュースにコメントをつける各分野の専門家「プロピッカー」の協力も得ながら、コミュニティ内での話題の拡散を図る。刊行前後には動画やオフラインでのイベント、ディスカッションなどで読書を体験して提供していく。本の企画段階から読者を募り、彼らの意見を取り入れながら本を作り上げていくことも視野にあるという。

幻冬舎との「News Picks Book」は継続

 前述のとおり、幻冬舎との共同書籍レーベルNews Picks Bookは、住み分けをしつつ継続する。NewsPicksパブリッシングではNewsPicksが発売・発行元となり、営業、在庫管理も自前で行う。取次会社を通した流通で、書店に直接赴いての営業は行わず、ウェブとファックスで注文をとる進め方となる。

 10月4日に発売となる創刊ラインナップはNews Picks取締役の佐々木紀彦氏による『編集思考』と、経営学者・宇田川元一氏による『他者(ひと)と働く。』の2点。今後予定されているラインナップは、以下のとおり。スティーブン・ピンカーの翻訳本については、自社で編集実務をするのではなく、プロモーションとマーケティングでの協力という新たな試みにも挑戦する。

  • 『新規事業の実践論』麻生要一
  • 『シン・ニホン』安宅和人
  • 『日本幸福論』石川善樹
  • 『地方再興戦略』木下斉
  • 『Future of Retail DtoCが示す消費の未来』佐々木康裕
  • 『ゲノム思考』高橋祥子
  • 『資本主義の倫理学』近内悠太
  • 『Future Nation』 ハッサン・ダムルジ
  • 『Enlightenment Now』スティーブン・ピンカー(発行・発売:草思社、NewsPicksパブリッシング コラボレーション作品)

 設立パーティーでは井上氏を聞き手に、東京・小石川のPebble books 店長の久禮亮太氏、元さわや書店フェザン店店長で取次会社、大阪屋栗田が展開するリーディングスタイル事業を担当する田口幹人氏の対談も行われた。

 久禮氏はさきごろ、ニュース配信プラットフォーム「スマートニュース」社内に置く本の選書を担当。半年にわたり彼らと話し合うなかで、同社が個々のユーザーに偏った情報を配信していないかを深く考えていると感じたという。そのときに参照されるのがリアルの場であり、「本という道具と本屋という場を通じて、どう乗り越えられるのかをすごく考えている」と話した。

久禮亮太氏(左)、田口幹人氏(右)
久禮亮太氏(左)、田口幹人氏(右)

なぜ本なのか、業界が伝えていく必要ある

 田口氏は、さわや書店勤務時に、書店として本を売る以外に何ができるのかを考え、地元の小・中学校へ訪問し彼らの声を聞いてきた。その経験から「なぜ本なのか」を業界関係者が伝えていくことがこれからも必要になることを強調した。

 また、井上氏が昨今、これまでのビジネス書のイメージとは異なる書籍が「教養」の文脈のなかでビジネス書として読者に受け入れられていること、その方向性を参考にしたいと述べると、田口氏はビジネス書の定義について疑問を投げかけ「書店がビジネス書だからビジネスの棚に置けばいいと、こちら側からで枠組みをつくってしまっていることが問題。分類としてのビジネス書はなくてもいい」とし、その前提で書店を「再編集」していきたいと語った。

参考リンク

株式会社ユーザベースのNewsPicksパブリッシング創刊プレスリリース

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著者について

About 成相裕幸 20 Articles
1984年いわき市生。明治大学文学部卒業。地方紙営業、出版業界紙「新文化」記者、「週刊エコノミスト」編集部を経てフリーランス。会社四季報記者として出版社、書店を担当。
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