歴史を扱う本にウソが見つかった時、アメリカの出版社ではどう対処しているのか?

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 通史や歴史上の人物に関する重厚なノンフィクションといえば、ウォルター・アイザックソンの最新作『レオナルド・ダ・ヴィンチ』やユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』など、日本でもよく読まれています。

 間違いや事実誤認の全くないノンフィクションの本を出し続けるのは、どんな出版社でも不可能でしょう。では、アメリカではノンフィクションの本を出す際に、どのような手順が取られ、どの程度校正をやり、それでも間違いが指摘された場合はどう対処しているのでしょうか?

 日米の出版システムを比べた場合、いちばん大きな違いは、ノンフィクションの本を出す前の契約書にあります。小説などのフィクションの本であれば、まず既に書き上げられた原稿があって、エージェントを介して出版社がその本を出すかどうかという判断を下します。一方、ノンフィクションの場合は、完全原稿よりも book proposal(企画書)の段階で細かく検討します。

 企画書といっても、何十ページもあるような長いもので、目次と各章の細かい内容の他に、既刊の類似書とどこが違うのか、著者にどういう肩書きや経歴があるからこの本を書けるのか、想定される読者は誰なのか、どのようなマーケットにアピールできるのか、という項目が延々と挙げられているものです。

嘘がないかどうかはすべて著者の責任

 そして晴れて出版が決まると、これまた分厚い契約書が送られて来ますが、ここに standard author’s warranty と呼ばれる、鍵となる1節の文章が含まれています。出版社側があらかじめ著者からこの本に関し、“every fact is true, and that its accuracy is the writer’s sole responsibility”(ここに述べられている事実は全て真実であり、それが正確であるかは著者の全責任となる)ということを一筆とっておくのです。

 ノンフィクションであるからには、一般書であっても引用元、出典、参考文献、索引は欠かせません。この中で、索引は indexer というプロがいて、読者のレベルを考慮し、どこまで詳しく索引をつけるか、という作業を出版社側でやります。他は著者が入稿時に提出します。

 つまり、ノンフィクションの本を作る場合、編集者が全体の流れや構成を整え、校正にあたる copy editing は日付や名前などをチェックし、法務部門の弁護士が、剽窃、名誉毀損、国家秘密に関わる事項がないかを調べますが、そこに書かれている事実に嘘や間違いがないかどうかは、著者の責任だと契約書に明記されているのです。

ファクトチェックサービスを自腹で依頼

 こういう事情があるので、自分ですべて資料をあたり、引用発言のウラをとって、参考文献を読み込んだ後でも、ノンフィクションの著者は自腹を切って、外注のファクトチェッキング・サービスを依頼することになります。

 相場は1冊数千ドルから、高い方ではニューヨーカーやNYタイムズ・マガジン(この2つの雑誌はファクトチェッキングが徹底されていることで雑誌業界でもダントツです)での経験がある辣腕ファクトチェッカーに依頼すれば5桁になることも。

 アメリカの出版社では企画が通ってから刊行までの期間が2年くらいあるというのは、これまであちこちで何度も言及して来ましたが、ノンフィクションの本も入稿から刊行までの時間がたっぷりあるので、校正もじっくりできるのです。

発覚すれば、職を失い筆を断つ……

 それでももし、この本が刊行されてから重大な事実誤認が発覚したり、名誉毀損で起訴されたら?

 出版社が調査し、本全体の信用度に関わる間違いだと判断すれば、出版停止・出荷分はリコールです。特にメモワールというジャンルでは、ノンフィクションに分類されど、個人の記憶に頼る部分が多く、あとで問題になるケースがあります。マーガレット・セルツァー、ハーマン・ローゼンブラット、ジェームズ・フレイなど、記憶の曖昧さや著者の意図的な詐欺行為によって、事実と異なる記述が発覚することがあります。

 フレイの『こなごなに壊れて』(講談社、2010)はベストセラーとなり、オプラ・ウィンフリーの番組でとりあげられるまでなったのに、服役していたと書いたのが、留置だったとわかるなど、誇張された部分がいくつもあり、怒ったウィンフリーが著者と版元のダブルデイ編集長だったナン・タリーズが番組に呼びつけて謝罪させるというハプニングもありました。

 本に書かれた人物が名誉毀損裁判を起こした場合は、出版社も被告となり、一緒に法廷で戦うことになります。契約書には出版社が出せる裁判費用の上限や、出版社が和解に応じる権利を持つ、などということも細かく規定されています。

 『一流のプロは「感情脳」で決断する』(アスペクト、2009)や、『プルーストの記憶、セザンヌの眼』(白揚社、2010)などのベストセラーがあるジョナ・レーラーは、『IMAGINE: How Creativity Works』というタイトルの3作目でボブ・ディランの発言を捏造したことが明るみに出ました。

 レーラーが書いたニューヨーカー誌やワイヤード誌の過去記事や著作が総点検され、過去に自分が書いた文章をリサイクルしたり、他からの剽窃が発覚し、著書はリコール、彼は雑誌ライターの職を失いました。その後はブログやスピーチで謝罪を繰り返しながら2016年にも著書を出しましたが、書評はさんざんでした。

 レーラーは例外で、出版停止となった本を書いたノンフィクションの著者は、出版社からも切られ筆を断つケースがほとんどです。

 最近でも、この2月にニューヨーク・タイムズで初の女性編集主幹となったジル・エイブラムソンがジャーナリズムの近代史を扱った本にも、事実誤認や剽窃などの問題があったことはHON.jpでお伝えした通りです(ジャーナリズムを論じたNYタイムズ前編集主幹の本が賛否両論〈2019年2月11日〉)。エイブラムソンはワシントン・ポストの取材に応じる形で事実誤認については認め、剽窃は70ページもある脚注でもカバーしきれなかった部分だとこれを否定しています。

 こういったケースが後を絶たないため、書籍出版社の方も対策を打ちだし始めています。ペンギン・ランダムハウス傘下のティム・デュガンズというインプリントでは、著者に対し出版社が無料でオファーするサービスとしてファクトチェックが含まれています。いずれにしろ、出版物の信用度を確保することはノンフィクション出版社の大きな課題です。

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About 大原ケイ 209 Articles
NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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