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講談社のマンガ投稿サイト「DAYS NEO」では、他社の雑誌にも参加を呼びかけている(参考記事)。これはどういう思想に基づくものなのか? 経緯や現状、展望などについて、「DAYS NEO」「ILLUST DAYS」「NOVEL DAYS」を統括している「ヤングマガジンのスズキ」こと、鈴木綾一氏に話を伺った。
“編集ガチャ”みたいな状態を解消したい
── まず、DAYS NEOの立ち上げ経緯について教えてください
鈴木 コミックDAYSのチーム長である村松から、「投稿サービスを作りたい」という相談を受けたんです。相談を受けた理由をぼくなりに解釈すると、ぼくは週刊少年マガジン編集部で8年、そのあとヤングマガジン編集部に異動して5年。その2つの編集部で合計7~8年間くらい、新人賞のチーフをやってきました。新人賞のチーフは、投稿作を増やす施策とか、出張編集部の持ち込み窓口とか、担当編集者と新人マンガ家とのトラブル解決などをやっています。
── トラブル解決、ですか(汗)
鈴木 そう。そういうことをやってきた関係で、新人マンガ家がなにを求めているか? という情報に触れる機会が多いんです。いろんなタイプの編集者がいますけど、ぼく個人としては他誌の連載作家に声をかけるより、新人と一緒にやっていきたいという思いが強いんですよ。
── なるほど。
鈴木 すべてのトラブルは、まず「作家と編集者の間でなにか問題が起きた」ってことですよね。そして次に「許さない!」って怒るプロセスがある。謝っても許してもらえないというのは、溜まっていた不満が発露した形ですよね。爆発というか。
── 確かにそうですね。
鈴木 ということは、それまでの人間関係がうまくいってなかった、ということですよね。たとえば、原稿の誤植みたいな問題が起きたとき、普段からちゃんと仕事をして人間関係ができていれば、「ほんとうにすみませんでした!」って謝罪でおさまる場合もある。でも、その問題をきっかけに「実は過去にもこういう問題があった」って、溜まっていた不満をTwitterやブログに書かれるマンガ家の方もいる。
── いまはだれでも簡単に発信できる時代ですからね。
鈴木 根っこにはミスマッチというか、お互いがお互いのことを信頼して許せるような関係性ではない、というところがあるわけですよね。じゃあ適切なマッチングとは、どういうものかを考えていました。 ヒットメーカであればいいのか? といえば、そうでもない。同年代であればいいのか? といえば、そうでもない。気が合えばいいのか? といえば、和気あいあいやれたとしても、それで世の中に認められるような作品が生み出せなければ、それもまた不幸なマッチングでしょう。
── おっしゃるとおりです。
鈴木 じゃあ、そういう不幸なマッチングはなぜ起きてしまうのか? というと、既存の持ち込みやスカウトのシステムに問題があるわけです。これまでというのは、持ち込み原稿を読んで「面白くない」となったとき、それは編集部の看板を背負って伝えるわけです。つまり、たとえばぼくが持ち込みを受けたなら、持ち込んでくださった新人さんは「ヤンマガ編集部に断られた」ということになる。でも、この作品が面白い、面白くないというのは、編集者の感覚にもそれぞれ違いがあるわけでよね。
── 個人差があるはずなのに、あたかも編集部から否定されたような状態に。
鈴木 そう。もう1つあるのが、持ち込まれた作品が面白かったとして、たまたま応対した編集者が名刺を渡すと、それでもう「担当です」みたいな状態になっていまう。持ち込んだ側がそれを断ることは、あまりない。作家は作品を通じて人間性を丸裸にしているのに、編集者がどんな人間なのかわからないまま担当されることになる。
── だから、アタリ・ハズレみたいなことが起こる。
鈴木 そうですね。“編集ガチャ”って言われているのをSNSなどで見ます。
── ガチャ。確かに(苦笑)
鈴木 その”編集ガチャ”みたいな状態を、どうやったら解消できるんだろう? というのを、ずっと考えていました。そこへ「投稿サービスを作りたい」という相談を受けた。やるからには、ちゃんとしたことをやりたい。意味のあることをやりたい。ぼくは究極の合理主義者なので、意味のないことをするのは嫌なんですよ。思想をこめた、世に出す意味のある投稿サイトを作ろうと思いました。
「編集者が必要」という作家のファーストチョイスになりたい
鈴木 投稿サイトには、版元以外だと「pixiv」「アルファポリス」「comico」「マンガボックス」などがあり、版元だと「ジャンプルーキー!」などがある。それぞれに特長のある優れたサイトですが、先行サイトとまったく同じことをやってもしょうがない。違うところで、第3勢力として機能するにはどうしたらいいか? 版元以外の場は、編集者がいなくても作品が発表できます。「ジャンプルーキー!」は、ジャンプやジャンプ+で連載するための場です。
── はい。
鈴木 それに対しDAYS NEOは、「編集者が必要だ」という作家さんのファーストチョイスになりたいと思っています。ガワとしては、婚活サイトとか出会い系サイトですのでそういったサイトも研究しました(笑)。担当希望されたらじっくり編集者を吟味し受託ができる、というシステムになってます。作家側も選ぶ前に、自作へのメッセージだけでなく、その編集者がどういう作品を担当しているのか、他の作品にどんなメッセージをしているのかを確認できます。文章は人となりを表しますからね。
── 確かに。
鈴木 そういうのをじっくり見た上で、ゆっくり選んでいただければ、と思っています。「解消」ボタンも用意しているので、会ってみて「違った」のなら、気軽に担当を変えていいことになっています。
── 投稿者側には「解消」ボタンが付いているんですね。
鈴木 はい。ぼくたちはお手伝いをさせていただく立場なので、対等以下の立場でありたいと考えています。そういう思想が根本にあるので、逆に「やらない」ことも明確になりました。たとえばユーザーのコメントは、このサービスの思想的には要らない。クリエイターに届くことを一義に置いているので、無理にサイトPVを稼ぐ必要もない。
── おお、なるほど。
鈴木 「アドバイス」とか「コメント」という表記だとなんか偉そうだから、「メッセージ」と表記しています。編集者には「ラブレターのつもりで書いてくれ」とお願いしています。細部まで思想は通底しています。そういうところが、無意識のうちに伝わっているのかな、という感じはしていますね。
── ベータ版が始まったとき、編集者一覧を見たら★の数が表示されていて「うわ! これをやるか!」と驚きました。
鈴木 はい。
── と同時に、こういう「新しい仕組みに熱心な編集者と、そうじゃない編集者がモロに可視化される」仕組みに、こりゃすごいと胸が躍りました。
鈴木 そうですね。DAYS NEOだけで判断すると、ぼくが一番多くメッセージを書いていて、かたやゼロの編集者もいる。でも、それでいいという編集者もいると思うんですよ。ぼくは他の編集者たちに、強要はしていないんです。忙しいとか、思想が違うなら、参加しなくてもいいですよって、いつも言ってます。
── そうなんですね。
鈴木 新人さんの獲得や、作品の立ち上げだけが編集者の仕事のすべてではないですし。ただ、まあ、ぼくと同様の危機感を持っている人が、熱心にやっているのかな、とは思います。
──でもDAYS NEOを見る作家にとっては、そこにある情報がすべてではありますよね。
鈴木 そうですね。なのでここであまり活動していない編集者も、まじめに仕事はしていますよ、ということは付け添えておきたいです。
作品より、人となりを知りたい
── 思想が見えるサービスは、気持ちがいいです。
鈴木 思想があると逆に、なにをやらなくていいかが明確なんで、盛りだくさんのサイトにしなくて済むんですよね。デザインについても機能的な側面を重視したので、ぱっと見ハイセンスではないですけど、投稿システムが便利なところをちゃんと調べた上で作ったので、使いづらいという声はまったく聞こえてきません。
── はい。
鈴木 あとは、ウェブトゥーン(フルカラー縦スクロールマンガ)もマンガとして認めていくべきだし、コミックDAYSとしても取り組んでいくべきだと思っているので、普通のマンガだけではなく、カラー縦読み・横読みにも対応しています。
── なるほど。
鈴木 これはぼく個人の考えなんですが、DAYS NEOを始めるより前から、作品よりも、その作品を描いた作家さんの人となりを知りたいと思っているんです。持ち込まれた作品がそのまま連載になんてことは、それこそ万に一つの世界です。そんな作品なら、ぼくが担当に名乗りを上げる必要性もない。
── それこそ、だれが担当でもいい。
鈴木 だから、持ち込みのときは「こういうことが描きたかったんですか?」とか「何作目ですか?」とか、「なんでも描けるとしたらなにが描きたいですか?」とか「どんな作品を自分が描いたことにしたいですか」とか、と尋ねたうえで、もし僕が担当させていただいたら「3年後なにを描けるだろうか?」とか「5年後どうなっているだろうか?」といったことを熟慮するようにしています。作品ではなく、人が大事なんです。
── 作品より、人ですか。
鈴木 たとえば持ち込まれた作品を賞に出すとして「オチが弱い」というとき、そのオチを無理に直すことで、その作家が将来ヒット作を出す可能性を高めるか? というと、ぼくは実感としてよくわからないんですよ。受賞や読み切りデビューを早めても、連載やヒットが早まるわけではない。だからぼくは、持ち込みに来た作家さんの人となりがわかればいい。
── なるほど!
鈴木 だから、「DAYS NEOマンガ賞」的なものを実施していないのも、今のところ、思想上の「やらないこと」なんです。他誌で掲載された作品とか、他誌で授賞した作品といった過去作が、マンガ賞だと権利の関係上、排除しなきゃいけなくなってしまう。ぼくらは、その作家がどんなことを描いてきた人で、どんなことを描きたい人なのかが知りたいんですよ。だから、他社のサービスでは「DAYS NEOに載せた作品はダメ」ってところもありますけど、うちはなんでもOKです。
── DAYS NEOに載せた作品はダメ、というところもあるんですね。
鈴木 らしいですね。結局DAYS NEOは、人と人のマッチングなのでなんでもOKにしています。あと編集者の能力として、完成絵が1コマでもあれば、ネームでも、その絵で「漫画」として読めます。だからネームでの投稿もOKです。実際、ネーム投稿で、担当が付いたという事例もすでにあります。
── 「他誌で落ちた供養で載せます」みたいな投稿もありますよね。
鈴木 「打ち切られた作品です」ってのもあります。で、それに担当が付いたり。
新人でもなく連載作家でもない「プロ」の投稿が多い
鈴木 DAYS NEOというサイト名を決めるときに、いわゆる「新人」を表す言葉を使わなかったんですよ。「NEO」って「新しい」って意味だけですからね。結果として、いま業界でいちばん層の厚い「新人でもなく、連載作家でもない」、プロの投稿がすごく多くなりました。投稿作品の質も高いし、マッチング数も多い。そういう需要があったんだな、というのをあらためて感じました。他の投稿サイトとはちょっと違った毛色の作品が載ることも多いです。
── それは非常に興味深いですね。
鈴木 いまは媒体が増えてしまいましたからね。ぼくが入社したころは、だれかの連載が終わらないと、デビューができない時代でした。逆に言うと、ぼくらが連載会議でだれかの作品を通したということは、ほかのだれかの作品の連載が終わることを意味していました。
── はい。
鈴木 でもご存じのように、ウェブであれば作品はいくら載っていてもいいわけですよね。版元以外のサービスも多くなって、どんどんデビューさせちゃう。連載を経験することで学ぶことは非常に多いですから、一概にそれが悪いことだとは思わないですが、1人1人にとっては不幸な例も増えている。デビューすることが簡単になってしまったんです。だから、たとえば「大賞は本誌に載せます!」とか「ウェブに載せます!」みたいなことが、そんなにすごいことではなくなってますよね。
── そうですね。
鈴木 べつに、作家自身でも発表できるわけで。
── そういえば3年ほど前「アニメ!アニメ!ビズ」に「講談社には年間5万作品ものマンガが持ち込まれる。その中から残った作家が年に500作品を発表し、さらにその中からアニメ化されるのは年10作品」という数字が挙げられていました。
鈴木 よく言われていたのが、100人持ち込まれたら、そのうちの10人に担当が付いて、そのうちの1人が連載できて、100人に1人がヒットを生むみたいな話ですね。それももう古いかな。
── おお、なるほど。
鈴木 コミティアとかに行くと、たぶん「マンガアプリ立ちあげるから至急連載作家を集めてこい」と急に命じられたであろう、スーツを着たマンガのことよくわかってないような人が「連載しませんか」みたいな感じで回ってるのを見かけるようになりました。あとは、CGM系投稿サイトのランキング上位の人に片っ端から声がけしたりとか。
── いますねぇ……。
鈴木 DAYS NEOは、そういうのに対するアンチテーゼなんですよ。少なくとも、自分のことを多少知った上で組んで欲しいし、こっちも作家さんのやりたいことをわかった上でサポートしたい。
── マガジンデビューは全作品にコメント付ける方針ですよね。DASY NEOでは全作品にメッセージがつくわけではなく、やや厳しい印象もあると思いますが。
鈴木 それぞれのサイトに思想があると思うので、DAYS NEOではそういう方針でいいかなと。たとえばヤンマガの月間賞では、全作品に選評を沿えて原稿返却をしています。「どうしてもヤンマガで連載したい!」という人は、ヤンマガに応募していただければいい。DAYS NEOでは「どこでもいいから、自分にとってのいい編集と巡り会いたい」という人に、投稿してきて欲しいと思ってます。
── まさに婚活ですね。
鈴木 そうですそうです。始める前は、もしかしたら各誌の新人賞募集が減るかも? という懸念もあったんですけど、逆に増えてるくらいなんですよね。相乗効果も生まれていて良かったです。
「こちらから壁を作ることはしません」
── 今回の一迅社加入のリリースでは他社にも参加呼びかけをしていますが、いままで問い合わせなどはありましたか?
鈴木 フリーの編集者さんからは、すでに何人か問い合わせをいただき、参加していただいています。あとは、他社でも現場の編集者から個人的に「うちも参加すればいいのに」という声はいくつも聞いています。そこから編集長に話が上がってどうなるか。今は明かせませんが具体的交渉に入っているところもあります。
── なるほど!
鈴木 一迅社は2016年に講談社の子会社になりましたけど、DAYS NEOに参加してもらうのは実はそれほど簡単な話ではなかったんですよ。
── 「ハードルが低かった」なんて書いてしまい、すみませんでした!
鈴木 いえいえ、ほかでも言われましたし。もちろん、話に行くのは簡単でしたよ。いまの社長はむかしマガジンの編集長だった人なんで。でも、現場の編集者や編集長も、まったく知らない人ばかりです。6誌の編集長に、いちから説明をしました。結果的には、全誌入っていただけることになりましたけど。
── はたで見てるほど簡単ではなかった、と。
鈴木 たとえば社内でも、マガジンは「マガジンデビュー」を先にやっていたというのもあって、DAYS NEOにはまだ参加していないわけです。「なかよし」や「マガジンエッジ」も入っていません。「こちらから壁を作ることはしません」というのは、裏返せば「こちらから無理強いもしません」ということです。その方針は、社内に対しても社外に対しても同じです。
── それはさきほどおっしゃっていたような、コミティアでスーツを着て声かけて回っているようなところであっても?
鈴木 ですね。こちらから壁を作ることはしません。
── 今日はどうもありがとうございました。
参考リンク
DAYS NEO