「『あの子もトランスジェンダーになった』が発売中止」「プレスリリースから無料で記事を生成するAI」など、週刊出版ニュースまとめ&コラム #598(2023年12月3日~9日)

啓文堂書店 高幡店
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 2023年12月3日~9日は「『あの子もトランスジェンダーになった』が発売中止」「プレスリリースから無料で記事を生成するAI」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。

【お知らせ】年末恒例の出版ニュース振り返り特番が大幅バージョンアップ! ニュースまとめを配信し続けている大西隆幸氏と菊池健氏と古幡瑞穂氏と鷹野凌が、司会の西田宗千佳氏とともに2023年を振り返り&掘り下げます。
https://honjp-newscasting-special202312.peatix.com/

【目次】

政治

デジタル広告、手数料の開示を 経産省が巨大ITに要請〈日本経済新聞(2023年12月5日)〉

 2020年に制定された「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」に基づき、対象に指定された企業に対し毎年度行われる評価(案)が発表され、パブリックコメントの募集が始まりました。記事タイトルは「デジタル広告」だけですが、オンラインモールとアプリストアも対象です。

 オンラインモール・アプリストアの評価は2年目ですが、デジタル広告は今年が初めてです。記事には「理由が分からず(広告の)掲載を拒否される場合があり、改善を求める声」とありますが、広告主や広告代理店の意向が多分に反映されている感があります。

 利用者側からすると「こんなひどい広告がなぜ審査をすり抜けちゃうの?」という疑問のほうが大きいと思うんですよね。Facebookはとくにひどい。X(旧Twitter)の広告はもっとひどいですが、「特定デジタルプラットフォーム」には入ってません。事業規模の問題かしら。

EU、AI包括規制案で大筋合意 対応怠れば巨額制裁金〈日本経済新聞(2023年12月9日)〉

 先週、EUのAI規制法案が「年内には合意できない可能性」という記事をピックアップしましたが、結局、大筋合意に至りました。「2026年ごろからの適用開始」が見込まれているそうです。

 あらためて調べてみたら、11月の報道ではドイツ、フランス、イタリアがEUのAI規制案に反対していたそうです。どのあたりが妥協されたんだろう? ちょっと気になります。

 なお、この法案の対象はEU域内に拠点のある事業者だけでなく、システムによる出力がEU域内の場合も含まれるそうです。これは、GDPR(EU一般データ保護規則)のときと同じように、EUからのアクセスだけ遮断するサービスが出てきそう。ヤフーみたいに。

社会

名古屋市図書館、開館100周年記念事業として「NAGOYAメタバース図書館」を公開中:メタバース空間上で図書館の探索や読書体験が可能〈カレントアウェアネス・ポータル(2023年12月4日)〉

 こちらのページから誰でも仮想入館できます。名古屋市図書館を知らないのでどこまで忠実に再現されているかはわかりませんが、長い螺旋階段を上っていったら行き止まりでなにもなかったのには泣いた。実際もそうなんだろうか? 途中までコンテンツがあったのに、なぜ奥には置かないのかが不思議。

 ちなみに、オープン直後に太宰治『人間失格』を開いてみたら、青空文庫のテキストデータがそのまま流し込まれていて、注記も丸見えでした。さすがにこれはやっつけ仕事が過ぎるのでは……と思ったんですが、本稿執筆時点で再確認したら注記は消えていました。ルビの記法はそのままですが。

「NAGOYAメタバース図書館」より

 ご覧のように、本を読むにはアバターが文章を踏みつけていく必要があります。ちょっと「読書体験」とはほど遠い感じ。これなら、ふつうにブラウザビューアを開いてくれたほうが。館内探索はともかく、読書部分まで無理にVRにする必要ある? という印象を受けました。なお、「もっとダザイが読みたい方はこちら」からは、名古屋市図書館電子書籍サービス(TRC-DL)が開きます。

 なお、いまオープンしているのは「現在」だけですが、2024年1月末には「過去」と「未来」も始まる予定とのこと。昔の名古屋市図書館を知ってる人なら「過去」は面白そう。現在の姿をVR空間上へ再現するより、過去の姿を見せるほうが「ライブラリー」らしい気はします。「未来」は……どうなるんだろう?

経済

年商30億円でも赤字! 趣味の本屋・書泉が生き残るために仕掛けた復刻重版という突破口 – ライフ・文化 – ニュース〈週プレNEWS(2023年12月2日)〉

 品切重版未定の本を買い切り条件で復刻販売する「書泉と、10冊」プロジェクトについて、約1年前に代表取締役に就任した手林大輔氏へのインタビューです。社長になったいきさつが「普通に転職サイトで見つけた」というのが驚き。公募だったんですね。書店経営の経験があったわけではないことが、むしろ既成概念を打ち破る意味で良かったのかも。

 しかし、「年商30億円でも赤字」というのは、商売の基本は利益であることを改めて思い知らされます。委託販売だと粗利率が低すぎるから、商売にならないわけですよね。直接仕入れで中間マージンをカットするか、買い切り返品なしの条件で正味を下げてもらうか。あるいは、グッズなどもっと儲かる他の商品を売るか。

米エヌビディア、日本に研究拠点設置へ AI人材育成も〈日本経済新聞(2023年12月5日)〉

 最近、AI開発企業が日本へ拠点を作る動きが活発化していますが、ついに半導体メーカー大手まで。日本は規制が緩いから……というか、著作権法第30条の4に代表されるように、むしろアクセルを踏んでいる状態ですから、海外企業の誘致という意味では功を奏しているように思います。リップサービスというわけではなさそう。

KADOKAWAがトランスジェンダーめぐる本の刊行中止 批判受け〈朝日新聞デジタル(2023年12月5日)〉

 本件、私は「表現の自由に関わる問題」と認識していることを最初に明言しておきます。ただし、問題のレベルには高低があるとも思っています。たとえば法改正など強制力を伴う動きの危険度は最上級で、規模の大きな企業(すなわち必然的に公共性が高くなる「プラットフォーム」)の動きが次点でしょう。

 市民の声も「第五の権力」という意味ではもちろん怖いのですが、表現を批判することもまた自由です。そうやって議論するのは、むしろ健全なことでしょう。公権力による抑制とは次元が違います。そういう意味で、本件は「表現の自由に関わる問題」ではあるけど、危険度のレベルは高くないと私は判断しています。少なくとも、問題のある/なしの二元論で語る話ではありません。

 そして、批判のすべてが出版中止を求めていたわけでもありません。たとえば、出版関係者による「トランスジェンダー差別助長につながる書籍刊行に関しての意見書」がKADOKAWAに求めていたのは、「なんらかの対策」です。

 一般論として、原著の時点ですでに物議を醸している本が翻訳されるなら、丁寧な解説や注記が求められることでしょう。この意見書を素直に読めば、求めているのはそういった対策です。私はこの本の内容をよく知らないこともあり、この意見書には賛同も反対もしません。ただ、このレベルの意見が「焚書」呼ばわりされるのは、おかしいと思います。

 そのいっぽうで、日本共産党世田谷青年支部がX(Twitter)で「至急企画を潰すべき」と投稿していたというのは、問題レベルの高い話だとも思います。政党の名前を背負ってのこれは、さすがに一線を超えています。最近の共産党は、ちょっとおかしい。しかし、これを前述の意見書と同一視するのもおかしな話です。連携していたわけでもなさそうですし。敵か味方かだけで判断してませんか。

 あと、少しベクトルの異なる話ですが、意見書の提出から出版中止が発表されるまで、たったの1日でした。KADOKAWAの決断が異様に早い。正直、状況をしっかり確認する間もなく、という印象でした。逆に「なぜ?」と気になります。原著が物議を醸しているのは承知の上で版権を取得しているはずですから、反発の声が上がることはそれなりに覚悟していたはず。損切り判断が拙速すぎて、かえってダメージ食らってませんかこれは。

 関連して気になっているのが、KADOKAWAが右派論客に「ゲラを送った」行為を「ステマ」とみなしている人がそこそこ観測される点。ゲラが送られてきた(つまり発売前に無償で読めるという利益供与)ことを隠して感想を書いたら、むしろそのほうがステマ規制に引っかかる可能性があるわけで。こういう誤解が一人歩きしていくのも、怖いなあ。

韓国が世界の漫画アプリ市場をリード ピッコマが収益トップ=米報告書〈聯合ニュース(2023年12月6日)〉

 Sensor Towerによる調査。Data.ai(旧App Annie)の調査と同じく、App StoreとGoogle Playだけの合計です。何度も指摘しているように、ウェブブラウザでの決済の割合が多いサービスは、こういうランキングでは不利になります。記事が間違っているわけではないのですが、大事な情報が欠けています。記事を読む側に、そういう前提知識を求めるのはおかしな話。だから、何度だって指摘し続けます。

日経、デジタル購読数100万に 専門メディアで法人開拓〈日本経済新聞(2023年12月8日)〉

 日本経済新聞社が提供するデジタル媒体の有料購読数合計が、ついに100万を突破。おめでとうございます。世界では第5位、グループのフィナンシャル・タイムズを合わせると3位になるそうです。「近年は法人、教育分野での導入が増えて」いるとのことで、経済紙の強みを存分に活かしている感はあります。

 他方、日本経済新聞 電子版はYahoo!ニュースに配信していない点にも触れておきたいところ。ニュース提供社に名前はあれど、記事は流していません。大手紙では唯一です。強力なプラットフォームに依存しないという過去の決断が、今日の強さを形成しているように思います。他紙は、文句言いながらも寄りかかってる点が弱い。

技術

プレスリリースからニュース記事を生成する「プレスリリース記事変換AI」、ユーザーローカルが提供〈INTERNET Watch(2023年12月5日)〉

 誰でも無料で利用できるサービスが登場。HON.jpが以前配信した「HON-CF2023」のプレスリリースで試してみました。「記事タイトル案」は、無難な感じ(面白くない)。「要約」は、イベント告知なのに日付や場所が入ってない(そのままでは使えない)。「記事本文案」は、元が2000字少々あるのを1000字以内に要約した感じで、これが1分以内で生成されるなら悪くないと感じました。

 プレスリリースからの記事起こしみたいな作業が1分以内でできるなら、そのまま使うのではなく、プレスリリースに記載のない情報を付けるべきだなと思いました。それが付加価値であり、差別化でしょう。

 ただしこれはもちろん、元のプレスリリースがしっかりしていれば、という前提ですが。内容が薄い、嘘がある、大袈裟、紛らわしいようなプレスリリースからは、まともな原稿は出力できません。「しっかりしたプレスリリースかどうか」を見極めるのは、それなりに経験を積んだ人間じゃないと難しいでしょう。

 ちなみに、クラウドソーシングのサイトを調べてみたら、いまでもまだ「プレスリリースからの記事起こし」で1文字0.8円みたいな案件が残っていました。そういう依頼は早々に生成AIに代替されるでしょうね。逆に、「プレスリリースの大量作成」を依頼している企業もあるようですが、プレスリリースのメールボックスがゴミだらけになるんで勘弁して欲しい……。

Googleの新AI「Gemini」、もはや人間では?凄さが分かる短編動画〈PC Watch(2023年12月7日)〉

 動画を観て衝撃を受けました。絵を見せると、何が描かれているかを即座に判定――までなら「Googleレンズ」ですでにだいぶ前から実現できているのでいまさら驚きませんが、応答速度がめちゃくちゃ早い。しかも人間がしゃべっているのと区別できないレベルの流暢な音声です。

 Googleが本気を出すとここまで一気に進化するのか……と思ったら、「あくまでも映像の静止画を見た上でテキストプロンプトを使ってやり取りしていた」という記事が。つまり、実動作を記録したものではないそうです。要は、こんなふうにできたらいいねという「イメージビデオ」ですねこれは。

 期待値爆上がりだっただけに、じつに残念。こういう印象操作はダメだと思いますよ、Google先生。

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日刊出版ニュースまとめ

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雑記

 なんか最近、時間の経過がどんどん早くなってませんか? あっという間に1日が、あっという間に1週間が、あっという間に1カ月が、あっという間に1年が、過ぎていってしまいます。年かな……(鷹野)

CC BY-NC-SA 4.0
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※本稿はクリエイティブ・コモンズ 表示 – 非営利 – 継承 4.0 国際(CC BY-NC-SA 4.0)ライセンスのもとに提供されています。営利目的で利用される場合はご一報ください。

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著者について

About 鷹野凌 823 Articles
NPO法人HON.jp 理事長 / HON.jp News Blog 編集長 / 日本電子出版協会 理事 / 日本出版学会理事 / 明星大学 デジタル編集論 非常勤講師 / 二松学舍大学 編集デザイン特殊研究・ITリテラシー 非常勤講師 / デジタルアーカイブ学会 会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など。
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