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2023年6月11日~17日は「生成AIと表現の自由と著作権と夏休みの課題」「日本政府もアップル・グーグルの寡占規制へ」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。
【目次】
政治
OpenAIが名誉棄損で提訴される–ChatGPTの「ハルシネーション」をめぐり〈CNET Japan(2023年6月12日)〉
ChatGPTの出力した嘘情報が、名誉棄損だと訴えられました。自分の名前を入力してみて正確な出力が成されるかどうかを試す人は周囲にも大勢いました(私もやりました)が、ChatGPTは2021年9月以前の公開情報が少なかった事柄は嘘情報を捏造する可能性が高いので、まあこんなもんだよねと笑い話にする人が大半でした。さすが訴訟大国アメリカ。
しかしこれ、裁判でどういう判断になるかが気になります。同じプロンプトなら同じ答えが返ってくるわけではなく、同じプロンプトで違う答えが返ってくる場合も多いですからね。むしろ再現性の低さとか、信憑性の低さが問題になりそう。
欧州議会、AI規制案を採択–AI開発企業に影響する可能性〈CNET Japan(2023年6月15日)〉
EUで、AIをターゲットとした規制案がとうとう採択されました。AI利用の明示義務や、学習元データの開示義務などが盛り込まれています。各国の法律に落とし込まれるのは、早ければ来年後半になる見通しとのこと。この記事の最後で立案を主導したイタリアの議員が述べているように「ビッグテック企業」をターゲットにした規制ですが、個人情報保護のGDPRと同様、EU域外にも適用されるため影響範囲は全世界に及びます。欧州はいつも、ルールメイク、ルールチェンジで主導権を握ろうとしますね。厄介な。
アプリ流通の独占是正、政府がApple・Google規制案〈日本経済新聞(2023年6月16日)〉
首相官邸のデジタル市場競争会議から「モバイル・エコシステムに関する競争評価の最終報告」が出ました。記事では「決済の開放」「アプリストアの競争促進」「OSやブラウザーの透明性」「検索サービスでの公平性」と4つにまとめられていますが、報告書概要の各論目次には24項目もあり、アップルとグーグルに対する要求が細部にわたっていることがわかります。すごいなこれ。パブコメはまだ始まっていないみたい。週明けかな?
社会
「AIグラビア」で“非実在”の概念が塗り替わる? 論点を整理する:小寺信良のIT大作戦〈ITmedia NEWS(2023年6月12日)〉
AI生成による架空の女性像の先に何が起こり得るのか? についての考察。本筋ではないのですが、「同じAIに同じ呪文を唱えれば、だいたい同じ絵が出てくる」というのはよくある誤解だと指摘しておきます。ChatGPTと同様、同じプロンプトでもぜんぜん違う絵がランダムに生成されます。もっと言えば、ランダムの元となるシード値が同じでも、他のパラメーターや縦横比が違うだけで、違う絵になります。だから、けっこうなトライ&エラーが必要になるんですよね。
そのうえで、リアルなグラビアアイドルには「本当に存在する事に価値が出る」とか、カメラマンによるポージングの指示やライティングのノウハウで差別化できるというのは、私もその通りだと思います。肖像権問題は「現在の法でも対応できるが、永遠のいたちごっごになる可能性もある」のもその通り。そして、3ページ目の「AIのリアルエロ画像・動画はけしからん、規制せよという議論になった」としたら? という観点は、ちょっと意表を衝かれました。
実際のところ、「DALL-E」「Firefly」「Midjourney」あたりは提供者側がリスクヘッジしていて、プロンプトの段階で自主規制されており、いわゆるNSFW(Not safe for work)な表現は出力できなくなっています。ただ、オープンソースの「Stable Diffusion」は、18禁セーフティフィルターを解除する方法が早々に見つかっていて、すでに無法地帯となっているようです。そういう方向から「規制しろ!」論が出てくる可能性は、確かに高いかも。
少し思考実験してみたのですが、恐らくこれは「AIによる表現の自由」ではなく、「AIを道具として使う人の表現の自由」の問題です。「Winny」の開発者・金子勇氏が無罪になったのと同じロジックを援用すれば、システム提供者ではなく利用者の責任ということです。AIに意志はないので、結局は、AIに指示して出力させたうえで「公表した人」の責任、という話になるでしょう。出力だけなら私的使用目的ですから、問題にならないはず。
関連して、うぐいすリボン主催のTwitterスペースで、憲法学者の志田陽子氏が生成AIについて語られた内容が非常に面白かったので紹介しておきます。録音の最初のほうはシステムトラブルが起きているため、実際のトークが始まるのは17:00過ぎくらいからです。ChatGPTの登場が、著作権法で「ありふれた表現」とされるレベルを底上げするかもしれないという指摘は、私の考えが及んでいなかった領域で蒙を啓かれました。
「機械学習天国ニッポン」と生成AIの著作権リスク 早大・上野教授〈日経ビジネス電子版(2023年6月13日)〉
2017年から「日本は機械学習パラダイス」と指摘してきた上野達弘氏による、生成AIと著作権についての解説です。「著作権法が技術に追いついていない」論の否定に始まり、「情報解析」規定の成立は2009年までさかのぼる(新聞報道等では機械学習の権利制限ができたのは2018年と言われることがほとんど)点の指摘や、「生成AIの発展を想定した議論がなかった」ことはなかった(二重否定:つまり生成AIの発展を想定した議論は行われてきた)こと、学習段階より「出力」されたものをきちんと問題にする方が重要であること、オプトアウトを認めることにあまり意味がないこと、むしろ解析用データセットを自ら提供することにより対価を得るようなやり方のほうが効果的、などなど、圧倒されます。「ごもっとも」と頭を垂れるしかない明快さです。
“生成AIで夏休みの宿題” 学校に注意喚起促す通知 東京都教委 | AI(人工知能)〈NHK(2023年6月15日)〉
いろいろ物議を醸している通知。「児童や生徒がみずから考える力を育成することが重要」なのはその通りで、「生成AIの回答をコピーして、そのまま提出させないこと」あたりまでは妥当でしょう。もう一歩踏み込んで、自信満々な嘘八百が出力される場合があるという具体例を示してあげると良いのでは。大人でも引っかかっている事例がすでにゴロゴロしているわけですから。
個人的に「授業中に教員が説明した内容を踏まえて」あたりはちょっと疑問。教員の説明が間違っている場合もあるわけですよね。あるいは、授業中に教員から説明された範囲を超えた回答だと×にされちゃう問題とか。「まだ教わってないことを使うな!」とか、誰かの助けを借りたことを疑われる理不尽さのトラウマを思い出してしまいました。
経済
WordPress.com、有料ニュースレターの購読機能を提供開始・・・Substackに対抗〈Media Innovation(2023年6月14日)〉
非常に気になるニュース。「ニュースレターだけに使用することも、ブログにオプションを追加して、新しい記事をEメールで受け取りたい読者に対応することも可能」というあたりがとくに気になります。というのは、ニュースレターの仕組みそのものは昨年末にリリースされていたようなのですが、ぜんぜん気付いていなかったから。
HON.jpメールマガジンの配信システムには「Benchmark Email」を使っているのですが、ブログとシームレスに繋がっていない点や、費用が若干高く、配信数がいまより増えて1回3500通を超えると月額もさらに上がる点がネックになっています。WordPress.comのニュースレターはユーザー数に制限がなく、プレミアムプランでも月900円みたいなので、乗り換えを検討したい。
……と思いさっそく試してみたんですが、なぜか画面が真っ白になってセットアップが終わりません。たまたまなにか不具合が起きていたのかも? またあとで試してみます。
第一法規の23年3月期、営業利益は3.9倍 電子書籍が好調〈日本経済新聞(2023年6月16日)〉
マンガ以外のジャンルで明るい話題です。「電子書籍の販売が好調」とのことですが、法律ジャンルが一般的なストアで売れているわけではなさそう。「Maruzen eBook Library」にも置いていないので、電子図書館系でもなさそう。つまり恐らく、「D1-Law.com」をはじめとする自社のウェブサービスや、「BUSINESS LAWYERS LIBRARY」などへのデータベース提供が伸びているのでしょう。
技術
Will people read ebooks on the Apple Vision Pro?〈Good e-Reader(2023年6月12日)〉
先日、アップルから発表されたゴーグル型XRデバイス「Apple Vision Pro」について、Good e-Readerのマイケル・コズロウスキー氏による「Apple Vision Pro で電子ブックを読む人はいるでしょうか?」という問いかけです。「読書やオーディオブックの話を誰もしていない」「これまでVR専用に開発されたの読書アプリはほぼゼロ」といった現状への指摘や、「アップルは『Apple Books』の移植を計画しているかも」といった予測が成されています。
端末が高額ということもあり、コンテンツやアプリの提供不足を心配する声を他でも目にします。ただ、その点に関しては「ローンチ時からiOS、iPadのアプリが利用可能」という情報もあり、後方互換を保って過去の資産を有効活用するセオリーを踏襲するようなので、あまり心配は要らない気がします。
むしろ、ゴーグル型デバイスは大型ディスプレイを代替すると考えたほうがよさそう。とくに老眼で小さい字を読むのが辛い人にはうってつけではないかと。だから、既存のアプリがそのまま使えるだけでも十分で、読書のためのXR専用アプリが別途必要か? と言われると、べつに……という気がします。
「空間」をデジタル化するニーズが高いのは「読書」の段階ではなく、「本棚」とか「ストア」でしょう。以前から指摘されていた「スマホの小さなディスプレイではリアル書店の圧倒的な情報量を再現できない」問題が、こういうデバイスなら解消できる可能性があります。
AI成果物が急増したことで「AI生成コンテンツをAIが学習するループ」が発生し「モデルの崩壊」が起きつつあると研究者が警告〈GIGAZINE(2023年6月14日)〉
公開情報を無作為に学習し続けていたら、そりゃそうなるよねという話。OpenAI「ChatGPT」が2021年9月までの情報しか学習していないのは、こういうことが起きることも予想したのが理由の一つではないかという気がします。自家中毒症とか、タコが自分の足を食べるようなものでしょうか。
しかしまあ、AI生成コンテンツ以前から、ウェブには人間の手で生み出された低レベルな情報が溢れていたわけですよね。古くはワードサラダやリンクスパムといったブラックハットSEOや、最近だとDeNA「Welq」や「NAVERまとめ」などの上位表示を狙ったハックと、Google検索チームは戦い続けてきたわけです。
つまり、Googleは一時的に「ChatGPT」の後塵を拝したとはいえ、良質な情報を選び出すノウハウに関してはまだ圧倒的なアドバンテージを持っているはず。もし生成AIが自家中毒症によって情報の質を落としていったとしたら、結局は、量がどれだけ圧倒的でも検索上位に出てこないから存在しないのも同然、という状態になるのではないか、と。
Googleは、AI生成コンテンツという理由だけで禁止や排除をするのではなく、人にとって有用なものであれば高く評価するスタンスです。逆に「検索ランキングの操作を主な目的」とした場合は、スパムポリシー違反となります。そのあたりを間違えなければよい、という話だと思うのですよね。
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雑記
毎年この時期は、NPO法人の総会準備であたふたしています。事業報告とか、決算報告とか、事業計画とか。東京都への報告義務もあるので、手が抜けません。誤りが見つかると修正・再提出を求められます。提出後、電話の発番号通知に「東京都庁」と表示されると、心臓がドキッとします。もちろん、べつにやましいことはないんですけど(鷹野)
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