“いまだけ無料”の先にあるもの ~ 社会貢献とマーケティングの狭間

クリス・アンダーソン『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(NHK出版)
クリス・アンダーソン『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(NHK出版)
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 いわゆる「コロナ休校」対応で、書籍・雑誌を“いまだけ無料”にする事例が続出しています。ユーザーからは感謝の声も多いですが、提供側はそろそろ少し先のことも考えておきたいところ。フリージャーナリストの西田宗千佳さんに、そんなコラムを寄稿いただきました。

コンテンツの無料公開、本当にこのままでいいのか

 新型コロナウイルスによる一斉休校やイベント自粛などの影響から、エンターテインメント/出版業界には、コンテンツをオンラインで無料配信する動きが広がっている。

 本誌にも、ここまでに公開された多数の事例が集められている。

 無料でコンテンツに触れられるのは、消費者としてはありがたいことだ。教育的観点から見ても、休校中(そもそもそろそろ、春休み期間ではあるが)に自学自習するためのコンテンツが増えるのは重要なことだ。

 だが、今後の影響はそれで終わらない。少し先のことも考えてみよう。

「社会貢献」と「サービスマーケティング」の間で

 無料公開には2つの意味がある。まずはいうまでもなく「社会貢献」。特に子供向けコンテンツ・教育コンテンツの場合、このような状況で無料公開があると助かる、という人は多いはずだ。複数の出版社が、電子図書館サービスに期間限定でコンテンツを無償提供する動きがあるが、これは明確に社会貢献、といえる。新型コロナウイルスに関する書籍や資料の無償公開も、これに近い。

 もうひとつはプロモーション。人々が自宅に篭りがちになる今、コンテンツの需要は当然増える。IIJ 技術研究所の調べによれば、IIJのフレッツ対応サービスのトラフィックは、3月2日を境に、アップロードで6%、ダウンロードで15%程増えているという(ともに平日の1日のトラフィック量)。これは、「ISPの感覚としては平日と休日の違いくらい」だとか。ちなみに同レポートによれば、NetflixやAmazon、アップルといった主なコンテンツ事業者は、軒並み1.10倍から1.17倍程度へとトラフィックが伸びている。

 電子書籍をはじめとしたコンテンツ配信事業者にとって、これは大きなチャンス。ニーズが増えた段階で周知を高めるためのキャンペーンとして「無料公開」を使う、というのは常套手段とも言える。

 そういう目線で無料公開の内容を精査すると、「サービス系」と「雑誌系」では扱いが違うのも見えて来る。

 雑誌系サービスでの無料公開は、雑誌そのもののプロモーションと紐付きやすいので、登録などが不要ですぐに閲覧できるものが多い。一方サービス系は、会員登録を必要とするものや、アプリのダウンロードを必要とするものも多い。後者の場合、会員登録を必要とせずに無料閲覧するためのフローが用意されていない場合、それをわざわざ開発して検証する必要もあるわけで、このタイミングで素早く提供する場合、それができないこともある。

 開発費などを減らすという意味で、単に「無料試し読み」の量を「全ページ」に変えることで実現しているものもある。UI的には一番工夫がないパターンだが、今後のサービス利用につなげたり、無料にしていない他のコンテンツへと利用を広げたりという意味では、悪くない選択肢かもしれない。

「無料」はいつまでも続けられない

 とはいうものの、コンテンツの無料公開はいつまで続くのだろうか? けっして悪いことではないのだが、筆者はちょっと心配だ。

 無料配信するということは、気軽につかってもらえるようにするという目的がある。一方マーケティング的に考えれば、無料配信の後にも継続的に使ってもらい、お金を落としてくれようにならないといけない。

 このことは相反しやすい。

 気軽につかってもらえるようにするには、ユーザー登録などの手間はかけるべきでない。しかし、ユーザー登録なしで楽に読めるようにすると、離脱も容易になる。ユーザーの多くはコンテンツを無料で楽しみたいだけであって、サービスを使いたいわけではないからだ。新聞社などの月額料金制のウェブサイトと、広告で運営される一般的なウェブサイトの違い、と考えればわかりやすい。

 電子書籍ストアは、ユーザー獲得のためもあって、日常的に無料でのコンテンツ提供を行っている。今回の新型コロナウイルスに伴う無料公開も、その延長線上にある。

 だが、収益を得られなければビジネスは継続できない。著者も編集者も干上がる。日常的な無料公開は、マーケティング費などでの補填も含め、ある程度計算の中で回っている部分があるが、今回のような急激な、多数のコンテンツを無料公開する行為は、ユーザー獲得やマーケティング的施策を「ちゃんと考えた」上でないと、マイナスの影響をもたらす可能性がある。

 どちらにしろ、「いかに無料公開を終えるのか」「無料公開を終えた後にどう収益化に結びつけるか」が本来は重要だ。新型コロナウイルスの影響は長期化する可能性があるが、その場合、「無料公開を常態化させない」ことも重要になる。景気減退と同時にコンテンツ業界の景気まで減退させては意味がなく、お金を回す方法を考えておくべきだ。

 これは個人的な視点だが、どうも海外を見ると、日本ほど「コンテンツはなんでも無料公開する」流れにはなっていないように見える。事実、NetflixやAmazon、GoogleにAppleといった世界的なプラットフォーマーは「無料公開」を拡大していない。国によっては特定のコンテンツを無償提供に切り換える動きもあるのだが、日本は他国以上に「無料化」の動きが目立つ印象だ。

 日本の電子書籍ストアは、他国に比べ「無料公開」や「ポイント拡大」、「割引」などのキャンペーンが多いことで知られている。それは悪いことではなく、市場の状況に特化した、ある種の「ハック」だと思っている。ハックした結果、日本の電子書籍市場は伸びたところがあるのは間違いない。

 前出のように、今回の施策はその延長線上にある。だが、やり過ぎると禍根を残す。

 無料からの自然な移行、そして自然な撤退を考えた施策とメッセージングを、各企業にはお願いしたい。

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著者について

西田宗千佳
About 西田宗千佳 1 Article
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、アエラ、週刊朝日、週刊現代、文春オンライン、AV Watch、Business Insider Japan、ASCIIi.jpなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。主な著作:『デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか 「スマホネイティブ」以後のテック戦略』『ネットフリックスの時代』『すごい家電』『顧客を売り場に直送する ビッグデータがお金に変わる仕組み』『暗号が通貨になる「ビットコイン」のからくり』(エコノミスト・吉本佳生氏との共著)『漂流するソニーのDNA・プレイステーションで世界と戦った男たち』(講談社)、『ソニー復興の劇薬』『スマートテレビ』(KADOKAWA)、『形なきモノを売る時代 タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組』『電子書籍革命の真実 未来の本 本のミライ』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』(エンターブレイン)、『リアルタイムレポート・デジタル教科書のゆくえ』(TAC出版)、『ソニーとアップル』『世界で勝てるデジタル家電』『クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先に来るもの』(朝日新聞出版)
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