グレアム・グリーン『第三の男』―― 松岡正剛の電読ナビ

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1月21日号

 本という媒体は、映画や音楽、アートなど、目と耳のメディアと仲がいい。絵画から本へ、本から映画へ、と相互に変身・補完し、いっそう広がる情報世界を与えてくれます。そこで今日は、「千夜千冊」に多く取り上げられている芸術やエンタテインメントの本の中から、イギリス20世紀を代表する作家、グレアム・グリーンの一冊を取り上げました。古典的名作となったこの映画は、映画のために書き下ろされた一冊の本が、映像化の過程で何度も編集を繰り返して変貌し、新たな生命を得て、枯葉舞うあの忘れがたいラストシーンを生んでいったという物語も孕んでいるのです。

『千夜千冊』第844夜 2003年9月5日

グレアム・グリーン『第三の男』(小津次郎訳/ハヤカワepi文庫)

 1948年、ウィーンはアメリカ・ソ連・フランス・イギリスが勝手に分割統治していた。リング・シュトラーセ(環状道路)に囲まれたインナーシュタット(中心部)は、この第二次大戦で凱歌をあげた4大国が1カ月交替で治安し、それぞれの国の兵士が夜陰の都市をパトロールしていた。

 かつてのウィーンはすっかりなくなっていた。ハプスブルグ家のウィーン、クリムトやエゴン・シーレのウィーン、ヴィトゲンシュタインのウィーンは、もうなくなっていた。ロバート・クラスカーのカメラワークはところどころに廃墟を隠さないそのウィーンに、独得のドイツ表現主義を残響させていた。そこへアントン・カラスのチターの演奏が甘くも、激しくも入ってくる。映画『第三の男』の始まりだ。

 グレアム・グリーンは『第三の男』を、「読んでもらうためにではなく、見てもらうために書いた」と言っている。

 グリーンに、ウィーンを舞台にした物語をキャロル・リードのために書いてほしいと頼んだのは、名プロデューサーのアレクサンダー・コルダである。映画ファンなら白黒の『落ちた偶像』(1948)という名作を知っているだろうが、これがコルダ、グリーン、リードが生み出した忘れがたい第1作だった。コルダはふたたびグリーンにこの黄金コンビで映画をつくりたいと切り出したのだ。

 グリーンは最初からシナリオを書かずに、まず物語を仕上げたいと言った。映画のことを気にせずに物語を書きあげること、それがグリーンのやりかただった。このおかげで、われわれはグリーンの原作とグリーンとリードが練り上げたシナリオ、および非の打ちどころのない映像との決定的な違いと微妙な違いを克明に比較できるようになったのだから、このグリーンの英国紳士的やりかたに感謝しなければならない。

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