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環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11)が発効することにより、「保護期間の延長」「一部非親告罪化」などの権利保護強化を伴う改正著作権法が、12月30日に施行されます。また、今年の5月に成立した改正著作権法には、「柔軟な権利制限規定」「教育の情報化対応」「障害者対応」「アーカイブ利活用」などの権利制限規定が盛り込まれており、一部を除き2019年1月1日に施行されます。本稿ではこの、ほぼ同時に行われる著作権法の変更内容について解説します。
なお、本稿は文化庁の「最近の法改正等について」で公開されている資料などを参考にして作成しています。
【目次】
なにが変わるのか? 権利保護
TPP11協定に伴う制度変更は、権利保護を従来より強化する方向になっています。以下の5点が変更内容です。12月30日に施行されます。
- 著作物等の保護期間の延長
- 著作権等侵害罪の一部非親告罪化
- 著作物等の利用を管理する効果的な技術的手段に関する制度整備(アクセスコントロールの回避等に関する措置)
- 配信音源の二次使用に対する使用料請求権の付与
- 損害賠償に関する規定の見直し
著作物等の保護期間の延長
これまで著作物の保護期間は、原則として著作者の死後50年間でした。今後は70年間となります。保護期間は、亡くなった翌年の1月1日から計算されるため、2018年1月1日にパブリックドメイン入りした1967年没作家の作品は、延長後もパブリックドメインのままです。
しかし、1968年以降に亡くなった作家は、保護期間が20年間延長されます。次に、新たにパブリックドメインになる作家が現れるのは、再延長がなければ、2039年1月1日です。
また、著作隣接権は、レコードは発行(または録音)されたときから、実演は行われたときから50年間とされていました。今後はいずれも20年間延長され、70年間となります。
著作権等侵害罪の一部非親告罪化
著作権侵害は原則刑事罰の対象ですが、これまでは基本的に親告罪とされてきました。つまり、著作権者などの告訴がなければ公訴を提起できなかったのです。今後は、以下の要件を「すべて」満たす場合に限り、非親告罪となります。
- 侵害者の目的が、財産上の利益を得ることや、有償著作物の販売利益を損なうこと
- 有償著作物等を原作のまま公衆譲渡・公衆送信、複製する侵害行為
- 侵害行為が、権利者の利益を不当に害する場合であること
たとえば、コミケなどで頒布される二次創作同人誌は、一般的には「原作のまま」著作物を用いるものではなく、原作とも競合せず、権利者利益を不当に害するものではない、とされています。
著作物等の利用を管理する効果的な技術的手段に関する制度整備(アクセスコントロールの回避等に関する措置)
DVDの「CSS(Content Scramble System)」やBlu-rayの「AACS(Advanced Access Content System)」といった、いわゆる「アクセスコントロール」を権限なく回避して複製する行為は、これまでも違法でした。今後は、複製を伴わない単純回避も、権利者の利益を不当に害する場合は、民事上の責任を問うことが可能になります。また、回避をする装置やプログラムの頒布は、刑事罰の対象となります。
配信音源の二次使用に対する使用料請求権の付与
これまで「商業用レコード」が放送で用いられた場合には、実演家やレコード製作者に使用料請求権が発生しました。今後は「商業用レコード」を介さず、インターネットを通じて直接配信された音源を放送に用いられた場合にも、使用料請求権が発生することになります。
損害賠償に関する規定の見直し
これまで「損害額」は、「侵害物の数量×正規品の利益額」または「侵害者利益」または「使用料相当額」と規定されていました。今後はこれに加え、著作権等管理事業者に管理されている場合は、その使用料規程に基づき算出した賠償額を請求できるようになります。
なにが変わるのか? 権利制限
情報通信技術の発展に対し柔軟に対応するため、著作物等の市場流通に悪影響を及ばさない利用については、権利が制限されることになりました。ただし、アメリカの「フェアユース」のような一般規定ではなく、「明確性と柔軟性の適切なバランスを備えた複数の規定の組合せ」による対応です。
また、視覚障害者や読字障害者の著作物利用促進を目的とした「マラケシュ条約」締結のための措置も講じられることになりました。
5月に成立した改正著作権法で規定されたのは、以下の4点です。「教育の情報化」は公布の日(2018年5月25日)から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日に、それ以外は2019年1月1日に施行されます。
- デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備
- 教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備
- 障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備
- アーカイブの利活用促進に関する権利制限規定の整備等
デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備
権利者の利益を害さないと考えられる行動類型(第1層)と、権利者の不利益が軽微な行動類型(第2層)について、それぞれ適切な柔軟性を持たせた規定が整備されます。
- 著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用
- 電子計算機における著作物の利用に付随する利用等
- 電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等
著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用(第30条の4関係)
従来は「技術開発(30条の4)」や「統計的な解析(47条の7)」に限定されていた個別具体的な要件を整理し、包括規定で利用方法を限定しない形に拡張されました。第1層の行動類型に該当します。権利者の利益を不当に害さないことが条件となります。
これはたとえば、人工知能開発のための学習用データとして著作物をデータベースに記録する行為などを、無許諾で行えるようにという意図があります。
電子計算機における著作物の利用に付随する利用等(第47条の4関係)
従来は「キャッシュのための複製(47条の8)」や「送信障害防止(47条の5)」などに限定されていた個別具体的な要件を整理し、包括規定で利用方法を限定しない形に拡張されました。第1層の行動類型に該当します。同じく、権利者の利益を不当に害さないことが条件となります。
これはたとえば、ネットワークを通じた情報通信処理の高速化を行うためにキャッシュを作成する行為や、メモリ内蔵型携帯音楽プレイヤーを交換するとき一時的にメモリ内の音楽ファイルを他の記録媒体に複製する行為などを、無許諾で行えるようにという意図があります。
電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等(第47条の5関係)
従来は「インターネット情報検索のための複製等(47条の6)」に限定されていた権利制限規定を、「社会的意義の認められる利用目的」で「権利者利益への一定の配慮」を行うことで利用方法を限定しない形に拡張した形です。第2層の行動類型に該当します。
たとえば、Amazonの「なか見検索」や「Googleブックス」のような、検索キーワードを含む文章の一部分を書籍の所在情報と合わせ表示する全文検索サービスなどを、無許諾で行えるようにという意図があります。
また、将来のニーズにも対応できるよう、「電子計算機による情報処理により新たな知見・情報を創出する行為であって国民生活の利便性向上に寄与するもの」を、政令で定めればいいようになりました。法改正するよりも迅速な対応が期待できます。
教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備
ICTを活用した教育における、著作物の利用円滑化を図るのが目的です。35条の規定は従来、無断・無償で利用できる範囲を「対面授業のための複製」と「対面授業と同時中継の遠隔合同授業のための公衆送信」に限っていました(※詳細は現行35条のガイドラインを参照)。今回整備されたのは、その他の公衆送信を、補償金を支払うことにより無断で利用可能とするものです。
たとえば、対面授業の予習・復習用の資料をメールで送信する、オンデマンド授業で講義映像や資料を送信する、スタジオ型のリアルタイム配信授業などが想定されています。
対象施設は学校その他の教育機関(非営利)、対象主体は教員と学生・児童・生徒、利用目的は「授業の過程」における利用に必要と認められる限度までで、著作権者の利益を不当に害しないことが条件になっています。
たとえば、市販されている問題集の無断複製・配信は、著作権者の利益を不当に害すると解釈されます。また、学校に在籍していない人向けの開放講座なども、対象外となります。
なお、補償金の徴収と分配を行う指定管理団体は文化庁長官がこれから指定し、保証金額や分配方法などもこれから決められることになっています。この権利制限規定は、まだ運用面で決まっていないことが多いため、施行が公布から3年を超えない範囲と定められています。
(※参考:日本著作権教育研究会による35条改正シンポジウムのレポート)
障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備
書籍の音訳などを無許諾で行える範囲が、従来の視覚障害・発達障害などに加え、肢体不自由な方々も対象となりました。また、行為についても従来の複製・譲渡・自動公衆送信に加え、メール送信などが無許諾で行えるようになります。
アーカイブの利活用促進に関する権利制限規定の整備等
文化資料の適切な収集・保存・利活用のため、以下の3点が整備されました。
- 国立国会図書館による外国の図書館への絶版等資料の送信
- 作品の展示に伴う美術・写真の著作物の利用
- 著作権者不明等著作物の裁定制度の見直し
国立国会図書館による外国の図書館への絶版等資料の送信(第31条関係)
絶版などで入手困難な資料をデジタル化し他の図書館等へ送信できる「図書館送信」サービスの対象が、外国の図書館施設にも広げられます。
作品の展示に伴う美術・写真の著作物の利用(第47条関係)
美術館などで展示作品の解説や紹介を目的とする場合は、従来の小冊子(紙)だけでなく、タブレットなどの情報端末へ無断で掲載できるようになりました。また、展示作品に関する情報を広く一般公衆へ提供することを目的とする場合には、サムネイル画像をインターネット公開してもいいことになりました。
著作権者不明等著作物の裁定制度の見直し(第67条等関係)
権利者と連絡がとれた場合に、補償金の支払いを確実に行うことが期待できる国や地方公共団体等は、事前供託金が不要となりました。
オピニオン
著作権法第1条の「公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」という条文は、「権利保護」による創作へのインセンティブと、「権利制限」による公正な利用の確保を、うまくバランスをとっていこうという趣旨です。「保護期間の延長」「一部非親告罪化」などの権利保護強化と、「柔軟な権利制限規定」「教育の情報化対応」「障害者対応」「アーカイブ利活用」などの権利制限規定が、ほぼ同時に施行されるのは、まさにこの「バランス」という観点からなのでしょう。
参考リンク
環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備(文化庁)
著作権法の一部を改正する法律(平成30年法律第30号)について(文化庁)