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2023年6月4日~10日は「集英社、AI生成写真集の販売終了」「知的財産推進計画2023」「Apple、ゴーグル型デバイスを発表」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。
【目次】
政治
生成AI画像は類似性が認められれば「著作権侵害」。文化庁〈PC Watch(2023年6月5日)〉
最初、タイトルだけを読んだ段階では「類似性“だけ”で侵害」という踏み込んだ判断を示したように読めて少し慌てたのですが、記事本文や文化庁の資料も「類似性や依拠性が認められれば」と、依拠性も要件であることに触れられていて安心しました。ただ、類似性が認められれば依拠性も認められる可能性も高いとはいえ、正確には「類似性および依拠性」であることは指摘しておく必要があるでしょう。OR条件ではなくAND条件。類似性が認められても依拠性が否定されれば非侵害です。
で、この文化庁の資料、私には従来通りの常識的な解釈が整理して書かれているように読めたのですが、一部で「踏み込んだ判断」という声もありました。学習段階(著作権法第30条の4)として整理されている※1の “元の風景写真の「表現上の本質的な特徴」を感じ取れるような映像の作成を目的として行う場合は” という記述が、実質的に学習段階での利用を制限するものではないか? というものです。
うーん、どうなんだろう……法的な「表現上の本質的な特徴」が示す範囲って、思った以上に狭いんですよね。画風や絵柄は「アイデア」とみなされます。ありふれた表現として類似性が否定されるケースも多いんです。こちらの記事にある「否定された事例」を見ると、驚く人が多いのでは。他にも、「キャラクター」に著作権はない(保護対象は具体的表現)とか。表現とアイデアの境界線がどこにあるかを判断するのはけっこう難しい。
著作権法第30条の4により、「表現上の本質的な特徴」ではなく、画風や絵柄を模倣する作品の作成を目的とした機械学習は、法律上はセーフです。ただ、仮に学習段階での侵害が否定されたとしても、出力段階のAI生成物が類似しているかどうかの判断は別問題でしょう。とくにi2i(image to image)は、類似性が非常に高いし、依拠性が認められる可能性も非常に高いと思われます。
学校図書購入費57%しか使われず…自治体交付金、社会保障など優先か〈読売新聞(2023年6月6日)〉
学校の図書購入費として措置された地方交付税交付金のうち、実際に図書購入に使われているのは57%に過ぎないというニュース。国は交付金の使途を指定できず、どう使うかは自治体の判断なので、財政の厳しい自治体ほど別の用途が優先されている、ということなのでしょう。記事にある2012年度からの推移グラフを見ると、交付金の額は増えているのに、自治体の図書購入費は額も率も右肩下がりになっていることがわかります。
教育は未来への投資ですから、疎かにすれば未来はないと思うのですけどねぇ……自治体任せにするとどうしても目先の使途に偏るので、JEPAが提言しているような、国が主導する「学校デジタル図書館」みたいな方向性のほうが良いのかもしれません。提言サイトのQ&Aには、交付金の使途問題についてすでに触れられていました。
ところで、本稿を書くために改めてこの提言を閲覧したところ、「民間のデジタル図書館サービスの事業を圧迫しませんか」という問いへのアンサーがアップデートされていることに気付きました。当初は「民間は、通信教育などの特徴を出すことで、民間のデジタル図書館サービスも事業展開出来ると思います」という表現だったのが、「民間は、ベーシックインフラとして学校デジタル図書館を使い、マーケティング活動は各出版社が独自に特徴を出すことで、自社の収入の増加が見込めます」と変わっています。「ベーシックインフラ」ってどういう意味だろう?
AI生成の画像・文章は著作物か 政府、制度議論へ〈日本経済新聞(2023年6月8日)〉
この記事の翌日に、「知的財産推進計画2023」が公表されました。「生成AIと著作権」については、概要のp3です。整理すべき論点として、学習段階での「著作権者の利益を不当に害する場合」(著作権法第30条の4但し書き)とは具体的にどのような場合か、生成AI利用者の創作的寄与がどの程度あればAI生成物が「著作物」として認められるか、学習元データと類似するAI生成物は権利侵害にあたるか(依拠性をどこまで認めるか)の3点が挙げられています。法改正すべきか否かではなく、現行法の範囲内でグレーゾーンをなるべく少なくする方向性と評価できるでしょう。
公取委から突然の電話 「海猿」作者がインボイス制度に今思うこと〈朝日新聞デジタル(2023年6月9日)〉
以前、佐藤秀峰氏の電子取次サービス「電書バト」が公取委から聞き取り調査と資料の提出を求められたというエントリーをピックアップしましたが(#568)、その詳しい経緯と今後について朝日新聞が取材しています。税理士には事前に相談のうえ進めていたけど、独占禁止法で問題になるかどうかについては検討していなかったため「認識が甘かった」と認めているそうです。
今後は、「これまで通りの取引価格を維持する」とのこと。インボイス制度で「事実上の増税」になるぶんを、免税事業者ではなく課税事業者が負担する形になるわけです。これは以前もお伝えしたように、仕入税額控除ができない仮払消費税等という扱いになり、全額を損金算入できます。国税庁のQ&Aには[令和4年4月1日現在法令等]とあるので、念のため国税庁に確認してみましたが、インボイス制度施行後もここは変わらないという回答を得ました。
つまり、会計上は費用が増えて利益が減るけど、全額損金算入できるので税務上の所得も減らせる=法人税も減らせる(節税できる)ことになります。めちゃくちゃ複雑ですが、そこまで踏み込んで考えれば、実は黒字経営の課税事業者なら、免税事業者との取引で仕入税額控除ができなくても大きな損はしないことになります。ただ、いずれにせよ、インボイス制度による事務処理コストが膨大であるという問題は残りますが。
社会
米ユタ州の学区で聖書が禁止に 「下品」「暴力的」だと親が苦情〈BBCニュース(2023年6月3日)〉
笑ってしまいましたが、笑えない話。共和党の州政府が性的指向や性自認に関する本を学校から締め出すための法律を制定したところ、キリスト教の聖書まで禁止されてしまったというニュースです。ある表現を規制しようと思ったら、想定外の表現まで巻き添えになってしまう場合があるという、表現規制の怖さを如実に表わしている事例だと思います。藪蛇になるから、うかつに「コレがダメならアレはどうなんだ」なんて言えないんですよね。余談ですが、ちょうど新刊が出たばかりの『圕の大魔術師』7巻が、同じような「表現の是非」を誰がどのような判断でどう線を引くのか? という問題の話で、非常にタイムリーでした。
AIめぐりクリエーターに調査 「成人向け作品を作られた」との声も〈朝日新聞デジタル(2023年6月8日)〉
記事には“回答者の職種では「美術家」が6698人(24.9%)と最多”とありますが、日本芸能従事者協会の発表によると最多は「その他」の19,453件(72.3%)です。というか、めちゃくちゃ「その他」が多い。なぜだろう? 調査対象は「すべての業種のクリエイターの方々」で、調査方法は「インターネット(26,891回答)」とのこと。実施のお知らせを見るに、Googleフォームを使って集めたようです。
つまり残念ながら、同じ人が繰り返し回答している可能性が排除できません(同じGoogleアカウントでの回答は1回に設定できるが、Googleアカウントは誰でもいくつでも作成可能)。そうじゃなくてもAI否定派に偏っている可能性が高い(代表性が低い)ので、率はあまり参考にしないほうがいいでしょう。
ただ、自由回答(2612件)は生の声なので、非常に参考になります。i2iでの被害を訴える声がめちゃくちゃ多い。「AI無罪」を主張し、AI否定派に嫌がらせをしている輩がいるようなんですよね。何度も言うようですが、i2iは著作権侵害とされる可能性がかなり高いはず。プロ責法が改正されて、発信者情報開示請求が以前より簡単になったこともあり、すぐに手痛いしっぺ返しを食らうと思うのですが。
経済
2023年5月次 電子書籍流通額成長率レポート〈株式会社メディアドゥ(2023年6月6日)〉
メディアドゥが今期から毎月発表するようになった、電子書籍取次事業における流通額成長率。「書籍」が4月から3カ月連続で対前年比マイナスであることに、強い危機感を覚えました。しかも96.9%、96.3%、96.2%と、3カ月連続でほとんど同じような値です。単月の特異値などではなく、そういうトレンドであるとみるべきでしょう。コミックがまだギリギリ100%を上回っているのが救いか。今年は紙の書籍流通も対前年比が酷い状態なので、上半期の数字が出てくるのが怖いです。「コロナ特需」は「需要の先食い」だったということなのでしょうか。
集英社、AIグラビア「さつきあい」写真集の販売終了「慎重に考えるべきだった」〈KAI-YOU.net(2023年6月7日)〉
あっという間に販売終了。詳細が明かされていないため、さまざまな憶測が飛び交っています。批判の声には「実在の人物と似ている(肖像権侵害の可能性?)」とか「生成プロセスが不透明(著作権侵害の可能性?)」とか「モデルやカメラマンが仕事を奪われることへの配慮が足らない」などがあったようです。こういった声は事前に予想できたでしょうから、反発が想定以上だったのかもしれません。
私が一番ヤバそうだと思ったのが、ポーズを指定できる「OpenPose」のライセンス問題です。これはカーネギーメロン大学が研究目的用に無償公開しているもので、商用利用は年間2万5000ドルのライセンス料がかかるそうです。もし、集英社が「Stable Diffusion web UI」の「ControlNet」の「OpenPose」モデルを使ってポーズを指定し画像を生成していたら、写真集として販売した時点でライセンス違反になる可能性があります。怖っ!
これ、もちろん他の生成AIでも同じことが言えます。たとえばAdobe Fireflyの規約も“During the beta, generative imagery and text from Firefly should not be used for commercial purposes.”となっています。さらに、2023年下半期から有償利用可能なエンタープライズ版が開始される予定という発表もありました。しっかり商売に繋げていこうとしているわけで、ライセンス違反には厳しい対処があるでしょう。
ちなみに、Adobe Fireflyには「ジェネレーティブAIが使用されたことを示すコンテンツクレデンシャルタグを自動的に付与」という特徴があります。つまり、無断で商用利用したらバレる可能性が高いということに……? まあ、さすがに印刷物の検出は難しいかもしれませんが。
日本のwebtoon誕生から10年、変わりゆく業界でマンガ家の本音は? 縦読み初のヒット作『ReLIFE』の裏側〈ORICON NEWS(2023年6月9日)〉
正直、「comico」がこういう取り上げられ方をした記事を久しぶりに読みました。日本で縦スクロールマンガの嚆矢は「comico」ですが、しばらく影が薄くなっていた印象があります。2016年11月末の一部有料化でつまずき、2017年3月発表のニールセンデジタルによる調査で「LINEマンガ」に追い抜かれ、その後に躍進した「ピッコマ」にも追い抜かれ、メディアにもあまり出てこなくなりました。
印象だけで語るのもよくないので、改めて「Googleトレンド」を確認してみました。2018年の中盤に「comico」と「LINEマンガ」を追い抜いて以降は、もう圧倒的に「ピッコマ」なのですね。直近までのデータだと「comico」と「LINEマンガ」が低空飛行過ぎてトレンドが見えないので、2018年末までのデータにリンクしておきます。
「Googleトレンド」での「comico」のピークは、一部有料化が始まった2016年11月であることがわかります。「ピッコマ」の躍進は2017年7月から。新CMキャラクターにムロツヨシさんを起用したタイミングからでしょう。「LINEマンガ」と「comico」はアプリが中心で、ウェブからの検索流入を重視していないサービスという特徴もあるとは思いますが、あまりの違いにちょっと驚きました。
もうひとつついでに驚いたのが、NHN comico株式会社のPR TIMESのページから2021年12月のリニューアルより前がごっそり消えていること。プレスリリース、いっぱい出ていたはずなんですけど……これ、元小学館の名編集者・武者正昭氏が社長を退任したタイミングですよね。なんというか、うーん、ちょっといろいろ考え込んでしまった。
技術
アップル、ゴーグル型のXRデバイス「Vision Pro」発表、米国で3499ドル〈ケータイ Watch(2023年6月6日)〉
スマートフォンの次に来るパーソナルデバイスは、恐らくゴーグル型だろうという予想がずいぶん前からあったわけですが、ついに世界ナンバーワンのど本命企業から超本気デバイスが発表されました。実物を体験してない現時点では、なにより価格に驚かされます。大型テレビが出始めたころって、これくらいの値段でしたっけ。相対的に、他社のゴーグル型デバイスがめちゃくちゃ安く感じてしまう。
【西田宗千佳のRandomTracking】Apple Vison Pro「やばい」。掛け値なしに驚きの体験、実機レポート〈AV Watch(2023年6月7日)〉
で、WWWDCに行って実際に体験してみた方々が、口を揃えて「ヤバイ」としばらく語彙力を失うほどの衝撃を受けているわけです。とくに、あの西田宗千佳氏がそこまで言うか! と。なんじゃそりゃ、めちゃくちゃ気になるじゃないですか。さすがに電子書籍を読むためだけに50万円の端末を買おうとは思いませんが、ここ最近の急速な視力の衰えから今後のことを考えると、ディスプレイ関係をすべてゴーグル型デバイスに置き換えてしまう選択はアリなのかもしれません。
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雑記
気象庁によると、関東地方は6月8日ごろに梅雨入りしていたようです。じめじめしとしと、うっとうしい季節になりました。例年より頭痛や腰痛に悩まされている気がします。なんだか集中力が途切れやすい。ううむ(鷹野)
※本稿はクリエイティブ・コモンズ 表示 – 非営利 – 継承 4.0 国際(CC BY-NC-SA 4.0)ライセンスのもとに提供されています。営利目的で利用される場合はご一報ください。
「民間は、ベーシックインフラとして学校デジタル図書館を使い、マーケティング活動は各出版社が独自に特徴を出すことで、自社の収入の増加が見込めます」と変わっています。「ベーシックインフラ」ってどういう意味だろう?
少し長くなりましたが注を入れました。
注:小中学校デジタル図書館サービスを各種サービスの起点として使う意味合いでベーシックインフラとしました。ベーシックインフラ上に、各学校が独自のポータル(UI)を作ることもできますが、出版社も独自のUIを用意できます。科学博物館や遊園地のようなUIもあるかもしれません。紙の本が読めない子供のUIや、母国(語)が日本(語)ではない子供のためのUIも別々に必要と思います。UIはニーズによって、常に成長して行くものと思います。また、全国の学校司書や海外の日本人学校のコミュニティの場を作ることもできます。
三瓶さん、ありがとうございます。つまり国(文科省)が用意する「デジタル図書館」が、小中学校向け専用の電子取次(メディアドゥ・MBJなど)のような役割を果たす、というイメージでしょうか?
私は、「民間」として想定されているのが「出版社だけのように読める」点が気になっています。現在すでに学校の図書館に採用されている民間の電子図書館サービスには、出版社直営(Gakken「学研図書ライブラリー」、ポプラ社「Yomokka!」、ネットアドバンス(小学館)「ジャパンナレッジSchool」)以外に、「School e-Library」「LibrariE&TRC-DL」「LibrariE」「OverDrive」などがあります。会員向け(学校向けではない)のベネッセ・ECCにも影響がある話でしょう。国が各社から「民業圧迫」と言われないようにするには、どのような仕組みが想定されているのか、もう少し丁寧な説明が必要であると考えます。