須藤晃『尾崎豊 覚え書き』―― 松岡正剛の電読ナビ

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4月25日号

 1992年4月25日、未明。26歳のシンガー・ソングライター尾崎豊は、東京・足立区千住河原町の民家の庭で全身傷だらけの姿で発見され、同日12時過ぎ、肺水腫で亡くなりました。尾崎が発見された民家の一室はその後、ファンに開放され、「尾崎ハウス」と呼ばれています。”鮮烈”という言葉を身にまとい、痛切な歌をつくり続けた一人の若者。いまもなお人々に強く思われ続けているのは、フラジャイルな魂こそが、大きな影響力をもつことの証でしょうか。

『千夜千冊』第136夜2000年9月25日

須藤晃『尾崎豊・覚え書き』(1998 小学館文庫)

 いい本だ。なにより著者のスタンスがいい。尾崎豊のような若者スターを相手に何かを綴るというのは、もともと難しい。しかもそのスターが26歳で夭折して謎の死をとげているだけに、よけいに難しかったろうに、つねに一定のスタンスを崩さずに綴ったのが、尾崎豊をかえって浮上させた。

 なぜかぼくにも、ときどきXJapanのhideやサッカーの中田英寿と会って対話をしてほしいとか、かれらについて書いてほしいという依頼がくる。が、たいていお断りしている。付き合いがないかぎりは、とうてい書けそうもないからだ。

 著者の須藤晃はCBSソニーのディレクターで、音楽プロデューサーである。尾崎のアルバムの大半を手がけた。

 16歳の尾崎のビデオを見せられ、「暗い歌だから、おまえが担当しろ」と言われたのが尾崎との出会いだったという。

 須藤は最初のアルバム『十七歳の地図』の歌詞を何度も尾崎に書きなおさせている。これがすべての成功の原因だったようだ。須藤自身が大学でアレン・ギンズバーグやゲイリー・スナイダーらのアメリカ現代詩人を専攻していたせいもあったろう。

 そのころの尾崎はパンクロックの「アナーキー」が好きだったらしい。意外なような気もするし、それなりに頷けもする。ぼくも一度だけ「アナーキー」のナマを聞いたが、そのときのライブハウスに来ていた連中は、どこか尾崎に共通するものがあったからだ。当時、尾崎はエーリッヒ・フロムを読んでいた。

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