中国出版業界・書店業界はコロナ禍にどう立ち向かったか

馬場公彦の中文圏出版事情解説

Photo by Taiyo Fujii(from Flickr)
Photo by Taiyo Fujii(from Flickr

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 新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた中国では、出版業界や書店業界はどのような取り組みが行われていたのだろうか?

「疫情」下の中国出版業界

 全世界がコロナウイルスによるパンデミックの脅威に曝されている。人々は密集を避け家に籠ることを余儀なくされ、生産活動が停滞し消費行動が抑制されている。その中で、日本においては、意外なことに今年の1月昨年の12月から4カ月連続で書店の販売総額が前月を上回る好況を呈している。中でも学参・児童書・コミックが売上増を牽引している(日販調べ)。

[5月16日修正:日本の状況について当初「今年の1月から4カ月連続」としていましたが、誤りでした。お詫びして訂正します(編集部より)]

 いっぽう最初の感染者が出た中国では、武漢での77日間に及ぶロックダウンはじめ全国各都市で交通と外出の制限措置がなされ、商業施設は休業した。リアル書店は書き入れ時の春節を含む1-2月期に9割が休業に追い込まれた。

 12月30日に武漢市衛生健康委員会が原因不明の肺炎患者の発生を発布したことが全国に報じられてから今日に至るまで、中国のメディアで最も頻出している単語は何か。それは「疫情(疫病の発生状況)」である。「疫情」の開始から蔓延・ピーク・鎮圧のサイクルをほぼ終えつつあるこの4カ月余りの間、「世界の工場」中国の経済は今年第1四半期の経済成長は前年同期比6.8%減と大きく落ち込んだ。

 この厳しいさなかに、中国の出版界・書店界の実績はどうだったのだろうか。売上落ち込みの回復策として具体的にどのような取り組みがなされ、その成果はどうだったのだろうか。

物理本は通販も厳しく、電子書籍のニーズが高まった

 全国1021店舗を対象としたサンプル調査によれば、リアル書店はその90.7%が営業停止に追い込まれていた。春節を含む1月1日-2月16日の販売総額は7.55億元(1元≒15円)で、前年同期の12.88億元に遠く及ばなかった。読者の巣ごもり需要に応えてネット通販による紙本の販売が活況を呈したのではと思うかもしれないが、リアル書店ほど酷くはないものの、はかばかしい成果は得られなかった。倉庫・輸送・宅配の物流サイクルが停滞したからだった[1]

 リアル書店のほかに、出版業界においてロックダウンや自宅隔離で日常業務に支障をきたしたことによる損害を最も大きく蒙ったのは、印刷・営業・物流部門である。また、中国には比較的規模の大きな国営出版集団系と、中小規模の民営出版企業があるが(発行はすべて国営出版社が行う)、政府の支持が手厚く経済的利益よりも社会的影響力が優先される国営出版社に比べて、営業成績が企業経営に直結する民営出版社への打撃は大きく、キャッシュフローを自力で挽回しなければならない瀬戸際に追い込まれている[2]

 リアル書店が閉店している中で、当然のことながら電子書籍へのニーズは高まった。とりわけ疫病に関する専門出版社・専門機関は、迅速に感染の蔓延に対応して、感染防止の啓蒙的な書籍の電子版とオーディオ版を揃え、各種のプラットフォームを通して無料公開し、好評を博した[3]

 疫情期間中、多くの出版社が大量のデジタル資源を公開し、多くのユーザーが押し寄せ、アクセス数は激増した。胆力と創見に富むデジタル部門の出版人は、この転機を新たなビジネスへのチャレンジと受け止めている。彼らが気づいたトレンドとソリューションとはいかなるものだろうか。彼らの声[4]からランダムに拾ってみよう。

  • オーディオ・コンテンツのユーザーが顕著な伸びを示す
  • 顧客の個性に合わせたビジネスモデルを確立する
  • 教育・学習のニーズに応じたデジタル化の必要
  • デジタル資源の開放を狙ったデータの略取・不正アクセスなどへの防御
  • 電子・オーディオ・画像・レクチャーなど様ざまなメディアミックスのコンテンツが必要
  • オンラインのプロモーションの開発
  • ネット上に自前のプラットフォームを持つ
  • 紙本のコンテンツを他の媒体で立体的に開発
  • オンライン授業に対応したコンテンツの開発
  • 資源開発―公開―アフターサービス―顧客分析のサイクル

 そのいっぽうで、各出版社が平素からデジタル出版に積極的に取り組んでこなかった弱点がここで露呈した。弱点とは電子書籍のコンテンツ不足と、出版業界独自の販売プラットフォームがないために独自のプロモーションや顧客管理ができていないという実態である[5]

 疫情のさなかに各出版社が取り組んだのは、書籍のデジタル化やオーディオ化のほかに、多くの書き手や作家を巻き込んでのネットライブ(「直播」)や読書会による営業活動であった。疫情以前から、中国の読書界は著者を招いてのリアル書店やネットでの新書発表会や文化サロンなどが盛んに行われていた。リアル書店でのイベントが叶わなくなった疫情期間中は、微信・微博・豆瓣・喜馬拉雅・梨視頻などのプラットフォームにおいて、出版社やリアル書店がネットライブを主催して図書セールス活動を行った[6]

中国でも児童書や学習書が堅調

 疫情で自宅隔離が続く中、人々は主にどのような本を読んでいたのだろうか。ネット通販大手の京東のビッグデータの分析によると、児童書・学習書・書道などの需要が堅調で、大部の書物を読む傾向が見られた[7]

 日本では疫情にあるいま、出版各社が自主的に自社の電子書籍・雑誌を期間限定で無料公開するボランティア活動を展開している[8]。中国においても同様の取り組みがなされた。まず、北京の出版社が中心となって、2月3日の「+私も入れて(+我一个)」アクションの呼びかけに114の出版社が呼応し、自社あるいは公共のネットでのプラットフォームを通して、オンライン教育・オンライン講座・ウェブ文学・デジタル音楽・電子図書・オーディオブックなどの優良コンテンツを無料公開した[9]

 上海では党組織である上海市宣伝部(上海市新聞出版局)が新聞・出版・ネット系文化プラットフォーム・ウェブメディア等に呼びかけて、2月22日に「上海ブックフェア・読書の力」2020スペシャル・ネットアクションを発足した。疫情期間中に遮断された人と人のつながりを、ネットを通して回復させるという試みで、7日間のゴールデンタイムの夜8時に無料で本の朗読、紹介、書評、音楽などをネット上で放送した[10]。筆者も「山川域を異にするも、風月天を同じくす、上海ブックフェア、読書の力」のタイトルで数名の在日華人とともに10分間のビデオメッセージを送った[11]

各界の有識者や団体が「リアル書店を救え」

 4月8日、武漢のロックダウンは解除された。中国では海外から渡航した感染者を除き日々の新規感染者がほぼいなくなり、コロナウイルスの制圧にほぼ成功したようにみえる。企業活動もほぼ通常の状態に回復しつつあり、コロナ制圧のめどがついた3月期の経済指標は大幅に改善している。出版業界も回復に向けて動き出した。

 民間の独立系書店の中には、積極的に自ら活路を切り拓こうとする動きがあった。上海の鍾書閣は京東と並んでネット通販大手の淘宝でのネットライブを行い、単向空間の創業者で文化人・作家としても著名な許知遠は同業他社の有志らとネットライブで「福袋」(中に何が入っているか分からない書籍や文化商品のセット)を販売し、重慶の大衆書局はケータリング大手(Uber Eatsの規模をさらに大きくしたようなもの)の美団のプラットフォームを使っての販売を開始した。

 だがいずれも膨大なコストの割に営業収入は微々たるものだった[12]。火急を乗り切るうえで、ウェブのプラットフォームを使っての情報発信を行い、インターネットの宅配プラットフォームを使っての新たなビジネスに乗り出すところもあった。主要都市では2カ月分の賃貸料を減免する措置が政府によって取られた[13]

 業務停止を余儀なくされたリアル書店へのてこ入れの一つとして、書店の連合ウェブサイト・百道網は、4月21日、中国図書発行業界・中国出版協会・韜奮基金会・中国音楽ビデオデジタル出版協会・中国版権協会・中国読書30人連合が主催し、北京百道網が実行する「4・23書店救援大行動――2020世界読書デー全国全書店良書大推薦」をネットで呼びかけた。

 これは各界の有識者や団体から「リアル書店を救え」との声が巻き起こる中で、廃業の危機に追い込まれている武漢を始め各地のリアル書店の売上に貢献するために、世界読書デー(サンジョルディの日)に合わせて発動されたアクションだった。数千種の売れ行き良好の良書を選び、注文書の作成・在庫の確保・出庫は出版社が担い、書店は百道網のこのプログラムを通して自らの書店のロゴを付けた注文書で取引された粗利の3分の2が入るという仕組み。6日の期間中、中国読書30人連合の朱永新・白岩松・聶震寧らの文化人の呼びかけで多くの学者・作家も加わって情報を拡散し、1万名の大学生に図書購入を募り、武漢のある湖北省を中心にリアル書店での注文を呼びかけた[14]

 イベントは78のメディアで報道され、大学からは武漢大学・北方交通大学ほか全国の大学の学生400名近くからの支援があるなど、それなりの成果はあったようだ。百道網はイベントをこう総括した[15]

  1. 微信による注文が有効だった
  2. 注文・販売額ともトップの販売サイトは大学生向けの百道網優先であった
  3. メンバーからの情報拡散が販売額を増大させた
  4. 販売促進のための報奨品を付けることが功を奏した

 また、政府の対外宣伝機関である中国外文局は世界読書デーに合わせて、国際「クラウド読書」イベントを開催した。同局に属する出版7社が日本を含む海外7カ国の出版社と共同出版した書籍を、中国語と現地語の双方で朗読してクラウド上でシェアするというものだった[16]

書店は人々の精神的な食料を供給する場所

 コロナウイルスは中国の出版業界にとって経営上の大打撃であった。とりわけリアル書店業界には休業から廃業への厳しい選択を迫るものであった。だがその中で危機をチャンスととらえて再生の活路を見出す模索がなされたことは留意しておきたい。

 即ち出版社と書店が協働して、5GやITの通信技術が高く、携帯が全国津々浦々の全人民に普及し、宅配サービス業が充実している社会インフラを利用した取り組みである。がんらい読書とは極私的行為であり、書店は読者が集うリアルな空間である。危機からの再生の道は、読書共同体のつながりを利用したバーチャルな読書空間の演出、インターネットを利用したネットライブによるプロモーション、ネット決済と宅配サービスを利用したサービス提供という新たなビジネスモデルに求められた。

 とりわけ紙本を読者に送り届けるルートとして、ケータリングサービスという異業種とのコラボが新たに試みられたことは特筆しておきたい。この試みはリアル書店だけでなく、出版社の側からも取り組まれた。4月9日、上海人民出版社が美団と組んでネット注文による書籍の配送サービスを始めたのである。ただしケータリングサービスには書籍代金のほかに運送料が必要になり、配送の範囲もサービス拠点から数キロの範囲内に限られるため、特典サービスを付けるなどの工夫が必要としている[17]

 このような業界を挙げての自助努力が試みられた背景には、人々の精神的な食糧を供給し、民族の歴史が記憶され共有される書店という場所が消失することへの恐怖があったのだと思う。学術系出版社の大手である広西師範大学出版社の黎金飛・マーケット部副主任はこう言っている[18]

「リアル書店は包んでくれる。作家の思想、才華の結晶を。図書は宿らせてくれる。喧騒のさなか、読者に静かな安らぎを。疫情のもと巨大な生存の危機に直面しても、書店人は守り団結し模索し、知識の燈火を燃やしていく。そこに人心を輝かせ進むべき道を照らす力が生まれる。それこそが希望だ。」

参考リンク

[1] https://mp.weixin.qq.com/s/fZbUvaW6wk7p1uEhKz8gHA
[2] https://mp.weixin.qq.com/s/66FSI9l-jwu-Gskig8iyVA
[3] https://mp.weixin.qq.com/s/fPVXpc_bYgTkeAYH_YXznA
[4] https://mp.weixin.qq.com/s/14qrxy_vNXO6jve38XIQ_g
[5] https://mp.weixin.qq.com/s/fZbUvaW6wk7p1uEhKz8gHA
[6] https://mp.weixin.qq.com/s/66FSI9l-jwu-Gskig8iyVA
[7] http://bookdao.com/Article.aspx?t=0&id=419798
[8] https://hon.jp/news/1.0/0/28704
[9] https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_5791595
[10] http://www.sh.chinanews.com.cn/wenhua/2020-02-22/71671.shtml
[11] https://www.ximalaya.com/renwen/34644232/262410716
[12] https://mp.weixin.qq.com/s/QIJ8gMD11jjK29sn78Smtw
[13] https://mp.weixin.qq.com/s/TE3cg6LNbwu_u8fh66DDGg
[14] http://www.bookdao.com/article/419810/
[15] https://mp.weixin.qq.com/s/6ll44uU8MycUOHmH44Qr0A
[16] http://culture.people.com.cn/n1/2020/0423/c1013-31685638.html
[17] https://mp.weixin.qq.com/s/R-gvLDQA7MnlGZdqGslRZA
[18] https://mp.weixin.qq.com/s/TE3cg6LNbwu_u8fh66DDGg

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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