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電子書店「BOOK☆WALKER」は2月8日、「BOOK☆WALKER大賞」を発表した。各ジャンルでの売上上位作品をノミネートし、読者投票によって決まるという賞だ。その部門賞「同人誌・個人出版賞」に輝いた『無人島に何か一つ持ってくとしたら何持ってく?って話』の著者、大塚志郎氏(サークル名:うみはん)にインタビューを行った。
大塚氏は大阪府出身のマンガ家で、小学館から2002年にデビュー。現在は竹書房「まんがライフSTORIA´」で『びわっこ自転車旅行記 屋久島編』と、GLOBAL COMIC.COMの「モチコミ」で『なお先生は怒らない』を連載中。同人誌は一次創作で、受賞作のほか『漫画アシスタントの日常』『プロ漫画家の妹の漫画がネットでバズった話』『弓道研鑽録』といった作品を、オリジナル作品の展示即売会「COMITIA(コミティア)」などで頒布してきた。Twitterは@shiro_otsuka。
【目次】
個人出版は孤独だから、盾と賞状だけでもうれしい
── まずはブックウォーカー同人誌・個人出版大賞、獲得おめでとうございます。
大塚 ありがとうございます。個人出版の同人誌って孤独なんですよ。やればやるほど商業誌連載は恵まれているって思います。こういう賞をもらえるというのは、やりがいを感じられる機会なので、ほかの個人出版を扱っているところもどんどんやって欲しいですね。ブックウォーカーさんは「盾と賞状くらいしかない」なんておっしゃってましたけど、それだけでぜんぜん嬉しいですよ。
── いきなりまず「孤独」というキーワードが出てくるとは思いませんでした。
大塚 孤独ですよ。コミティアでブースに来てもらったりとか、「ニコニコ静画(マンガ)」みたいなネット掲載の閲覧数やコメント数で、読んでもらえている、と確認するくらいしか術がない。だからこういう賞は、そういう孤独を和らげられるいい薬になります。率直に嬉しいです。
── ブックウォーカーの賞は、読者投票で決まるというのが面白いですよね。
大塚 インターネットだとそれがやりやすいですよね。ぼくも今回はTwitterで「こんな賞にノミネートされました」というのをできるだけ拡散してたんです。ちょっと反則かもしれませんが、色紙をプレゼントしますよとか。色紙はファンが欲しがるものですから、ファンの人に協力してもらおう、と。ギリギリ反則じゃないかな? って。
このツイートをRTと僕の無人島の漫画に投票して下さった方に抽選で7名にカラーイラスト色紙を送らせていただきます 少なかったら全員に送らせていただきます。是非投票お願いしま〜す→あなたの一票が大賞を決める!BOOK☆WALKER大賞2018 https://t.co/xVA3g6JwKE
— 大塚志郎コミケ・コミティア申込済 (@shiro_otsuka) 2018年12月4日
── いや、うまいな、と思いました。
大塚 体は1つしかないので、コミティアみたいなイベントでの頒布は東京近郊、せいぜい大阪くらいが限度なんですよね。ところが、ネットで色紙プレゼントをやってみたら、北海道や九州の読者もいる。現地に行かなくてもできることがあることに気づいたんです。こういう、投票みたいなきっかけがあればできることなんだな、って感じました。
劣勢なはずの非エロ一次創作をバックアップしてくれるから話に乗った
── ご自分の作品をデジタルで販売し始めるとき、ためらいってなかったんですか?
大塚 いや、やりたいけど「売れない」と思ってました。実際、以前はぜんぜん売れなかったんですよ。年々、ちょっとずつ上がってきてますけど。非エロの一次創作は売れない。ダウンロードでいちばん強いのは、エロだと確信してます。なぜかって、対面では買いづらいから。嫌でしょレジに持っていくの。あと、ネットだと自分の嗜好に合うものを検索しやすい。非エロの一次創作をデジタルで売っていくには、工夫が必要と思ってます。僕がつけいる隙は、ないと思ってました。
── なるほど、ところが……
大塚 ブックウォーカーさんが一次創作を発表するスペースを設けてくれて、ニコニコでも宣伝してくれて、そういうバックアップ体制を用意してくれているから、喜んで話に乗ったんです。個人でやろうとは思っていなかった。時間の無駄だと思ってました。ブックウォーカーさんは、いろいろ骨を折ってくれているおかげもあって、ダウンロード販売の売上はブックウオーカーさんが一番なんですよ。ほかのダウンロードサイトは、基本的にはただ置いてるだけだから、月に数部売れる程度。ブックウォーカーさんとはぜんぜん売れる数が違う。
── 個人出版も、売り伸ばしていくための体制がある。
大塚 だからみんなに「ダウンロード販売やったら儲かるよ」なんて言う気はないんですけど、せっかくそうやってエロに比べたら劣勢なはずの一次創作のダウンロードを「盛り上げよう」って、わざわざ人手や予算をかけてくれるような話には、喜んで乗るべきだな、と。載せたらすぐ売れるなんてことは、絶対ないです。エロ以外は。正直、相当やってもらってるんで、あんまり1人でやった感はないんです。
── とはいえTwitterでの宣伝活動は、みんな大塚さん自身がやってますよね。
大塚 まあ、やってるんですけどね。たとえばテレビで「無人島0円生活」のナスDさんとかよゐこ濱口さんとか「ザ!鉄腕!ダッシュ!!」みたいな無人島の番組があると、そのハッシュタグがワッと増えていきなり検索1位になったりしますよね。そういうのを見ると「急げ!」って、ツイートを滑り込ませるんですよ。貪欲に。テレビってやっぱ強いですね。濱口さんがやってる漁法みたいな小技が自分の描いたネタとかぶってたら、急いでツイートしてみたり。反響を見ると、マンガで図解されていることには案外、需要があるんだなって思います。編集部にはそういうフットワーク軽いの、できないですよね。
── 大塚さんの作品だと他にも自転車とか弓道とか、チャンスはいろいろありそうですね。
大塚 そうなんですよ。先日も弓道のことテレビでやってて、それはちょっと逃しちゃったんですけど。だから、けっこうテレビは観るんです。いまの時代、みんな実況とか共感をしたいんですよね。わざわざ放送の時間に合わせて、みんながテレビの前に貼り付く。スタジオジブリの作品なんか、DVD借りてきて勝手に観りゃいいのに。でも、金曜ロードショーでジブリやるぞっていうと、なんかそれに合わせてみんなで観ながら実況するんですよね。
イベント頒布とダウンロード販売をセットでやろう
── ダウンロード販売をためらっている他の作家に一言お願いします。
大塚 一次創作をする人たちに言いたいのは「まずコミティア行け!」です。いきなりダウンロードで買ったりしないです。エロは、その作品が自分の趣味に合うかどうかが最重要ですけど、一次創作は作者の顔が見られるんですよ。どういうつもりで作ったか、とか、同じ趣味持ってるか、とか。あと、やっぱりイベントに行った特別感。ここでしか買えない感。ダウンロードっていつでもどこでも買えちゃうから「いまじゃなくていいや」って思われちゃうんですよ。
── 確かに。
大塚 だから、イベントに参加しつつ、ダウンロード販売もセットでやる。僕がダウンロード販売をやる主な理由は、在庫がなくなったときです。紙は「あれ復刻してもらえないんですか?」って聞かれても「ごめん、たぶん復刻しても10部くらいしか売れないから増刷するのは無理」ってなっちゃいますもん。でもダウンロード販売なら、在庫切れがないから。そうやってブックウォーカーさんに口説かれました。
── ブックウォーカーは、同人誌を送るとデータ化してくれるサービスをやってますよね。
大塚 すごいですよね。ここまでやってくれるんです。みんな、僕と同じ感覚だと思いますよ。一次創作は基本的にみんな自信ないんです。逆にこちらとしては、恐縮だったんですよ。なぜって、たぶんスキャンしてデータ化する労力に勝てないですよって。1万ダウンロードとかされるんだったら別ですけど。でも、会社として一次創作に力を入れたいと思ってくれているから、そういう状態でもやってくれるんですよ。
── テレビで話題になってるタイミングで「ここで売ってます」がやれるのは、在庫切れがないデジタルならではですよね。
大塚 そうですね。だから今後は、紙の在庫とデジタルとでは、どんどん差が出てくると思うんです。紙が1冊1000円とか2000円の時代が来ると思う。デジタルが500円くらいで。紙の価値は、今後上がっていくと思う。家の本棚のスペースには限界があるから、どうしても欲しい本だけ紙で買うようになる。そしてそのころは、多少高くても買うと思います。
自分より昔の作品を掘る、そして、新作を受け入れる
── でもデジタルだと、新作が昔の名作と同じ土俵で戦い続けなきゃいけないのが辛いって声もありますね。
大塚 過去作が、もはや過去作じゃないんですよね。いまも動いてるから。最近スカパーを観ると、むかし天下取った作品は、いまだに延々流してる。あれは過去の作品にあらずですよ。たとえば、90年代のジャンプで数カ月で打ち切られた作品なんかは、過去作というか、ほとんど誰も知らない作品ってことになりますけど、同じころに連載していた『ドラゴンボール』とか、いまだにみんな知ってて売れてますからね。
── 10代の子がYouTubeでビートルズを聞いて感動する、みたいな話もありますね。
大塚 少し前に「『ドラゴンボール』を全巻読んでみたけど面白くない」って記事(リンク)が話題になりましたよね。あれはいま僕らが『鉄腕アトム』を読むのと同じ。なにが当時新しかったとか、わかるはずないんですよね。その時代のものだから。その時代、雑誌に載ってたいろんな作品の中で『鉄腕アトム』が燦然と輝いてたわけですよ。『ドラゴンボール』もそう。あの時代に燦然と輝いてた。いまもめちゃくちゃ輝いてますが。
── なるほど、確かに。
大塚 でも、そんなのわからないんですよ。その人が小学生くらいのとき初めて出会った作品が、その人にとって完全なオリジナル。それで「信者」になる。それ以前にあった模倣元に対しては「無関心」。でも年をとって興味が切れてくると、それ以降に出てくる作品については「パクリ」って言い出す。予備知識がないとわからない。昔はそれの繰り返しだったと思うんですよ。
── 繰り返しだった。
大塚 でも、デジタルで無料で配信されたり、スカパーなどで流されたりして、いまの小学生が昔の作品に出会ってハマる現象が起こっていて、世代の壁が壊れかけてる。これからデビューするマンガ家が、より生き残りづらい時代が来ています。昔のマンガが格安で、いまだに誰でもみられる状況があります。『ドラゴンボール』は時代に埋もれた漫画ではありませんけど、時代に埋もれてた、当時バカはやりしていた漫画が最近どんどん復活して、リメイクや続編などもどんどん出てきてるので、いまの若い漫画家世代はダウンロード販売やセルフプロデュースを積極的に覚えていかないと、生き残れないと思います。
設営完了です 本日はよろしくお願いいたします! pic.twitter.com/vrknZ36EEz
— 大塚志郎コミケ・コミティア申込済 (@shiro_otsuka) 2019年2月17日
── 創作は必ず過去作品の影響を受ける。
大塚 だから、作家になろうという人は、世代の壁を積極的に壊す。フィルターを理解しないと。小学生くらいのとき初めて出会った作品は大事。でも作家たるものはそこを壊さなきゃ。あとは過去作を掘る。作家として長生きしたいんだったら、つねに自分より昔の作品を掘ることを忘れないこと。そして、新作を受け入れること。その2つが長生きするコツだと思うんです。
── なるほど。今日はお忙しい中どうもありがとうございました。
オピニオン
ユーザーは、いきなりダウンロードで買ったりしないから、イベント参加とセットでやろうという大塚氏の提案は、実に的を射ていると思う(弓道マンガにかけたわけではない)。インターネット上だけでの活動には、どうしても限界があるのだ。
なお、ブックウォーカーは他にも、固定レイアウトEPUBが自分で作成できる「電子コミック作成ツール」β版の提供を開始(記事)するなど、精力的に同人作家支援を行っている。アマゾンも同様のツール「Kindle Comic Creator」を提供しているが、こちらはKindleストア専用ファイルの作成ツールなので、マルチストア展開を考えている人はEPUBを作成したほうが良い。そういう人にとって、ブックウォーカーのツールは選択肢の1つになるだろう。