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ハフポストブックス創刊記念セミナー「いま、良いコンテンツはどこに集まるのか? SNSばかりを見ていると分からない『メディアと出版の未来』」が5月8日に開催された。主催は株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワンとアカデミーヒルズ。「ハフポスト日本版」編集長 竹下隆一郎氏、ディスカヴァー・トゥエンティワンの取締役社長 干場弓子氏、そして、ピースオブケイクのCEO 加藤貞顕氏が登壇し、メディアと出版の未来について語り合ったこのイベントを、フリーライターの成相裕幸氏にレポートいただいた。
本を起点に会話を始める。新興ウェブメディアと出版社の挑戦
ネットメディアのハフポスト日本版と、出版社のディスカヴァー・トゥエンティワンは、4月から共同書籍レーベル「ハフポストブックス」を始めた。ハフポストに掲載されたウェブコンテンツをもとに、ディスカヴァー・トゥエンティワンが書籍化する。
「ここから会話をはじめよう」をコンセプトに、本を起点としてリアルの場で読者が交流していくイベントも積極的に行っていく。創刊ラインナップは、ハフポスト日本版編集長 竹下隆一郎氏『内向的な人のためのスタンフォード流ピンポイント人脈術』と、新宿歌舞伎町のホストクラブ経営者である手塚マキ氏『裏・読書』の2点。5月にはコラムニスト・伊是名夏子氏『ママは身長100㎝』の刊行が予定され、本稿執筆時点で6点の刊行が決まっている。
なぜいま新興ウェブメディアと出版社が組むのか。お互いにどのようなメリットを感じているのか。5月8日、東京・港区の六本木ヒルズ内「アカデミーヒルズ」で両社は創刊イベント「メディアと出版の未来」を開催。ハフポストの竹下氏、ディスカヴァー・トゥエンティワンの取締役社長 干場弓子氏、「cakes」「note」を運営するピースオブケイクのCEO 加藤貞顕氏の3名が、これからのメディアの形、編集者像、クリエイター(書き手)を集める仕組みについて話し合った。
小さなコミュニティの熱意があるからインターネットの良さも輝く
共同レーベルは、ハフポストで連載していた手塚氏のコラム「カリスマホストの裏読書術」の、書籍化の相談から始まった。竹下氏はレーベル化までは意図していなかったが、干場氏が継続的なシリーズとして書籍を刊行していくことを持ち掛けたのだ。
竹下氏は、「本は勉強したり著者から何かを学ぶこと以上に、読んだ後に自分の日常の中に全く違う風景が見える」という干場氏の考え方、そして、publish(出版)の意味に込められている「公共に訴える」こと、さらに、紙、日本語、文字にこだわらず、とにかくストーリーを伝えたい情熱と理念に共感したという。
元新聞記者の竹下氏としても、取材で実際に記事化できるのは「10を聞いて1」。残りの9の部分を「再活性化」して本にしたら面白いのではと思っていたそうだ。さらに竹下氏がこれからのネットメディアを考える上で、今年4月にFacebook創設者マーク・ザッカーバーグが発言した「未来はプライベートだ(The Future is Private)」というメッセージも影響しているという。
竹下氏は「(ザッカーバーグは)マスではなく小さなコミュニティの熱意やつながりが大事になると言ってている。これは我々ネットメディアにとって死活問題。ニュースを幅広く伝えるにはどうすればいいか悩んでいる」という。
そのいっぽうで、「この(会場にいる)100人のようなコミュニティの熱意の方がインターネットに勝つのではないか。逆にこういう場があるからこそネットの良さが輝くのではないか」と、マスと小コミュニティ、それぞれの特性を掛け合わせたコンテンツの必要性を強調した。
価値観が違っても、理念や世界観が同じだったらコラボできる
干場氏がハフポストに注目したのは、「わりと大きな社会、経済、政治の問題でも影響を受けている個人にスポットをあてていたり、まだ顕在化していない潜在的な一人ひとりの社会課題が個人に反映しているところにやさしい目線」を感じたからだったという。
このコラボについて干場氏は、「本について話すのではなく、本を起点に会話が生まれて関係が生まれる。必ずしも意見が合わなくてもいい。(本を通じて)人との関係が生まれる」ことを挙げ、本にはそれだけの新しい可能性をあると力説。ネットメディアと組むことで、これまで特定のテーマにしか興味がなかった人にも目に触れるチャンスができることを期待した。
ビジネスモデルやカルチャーの異なる会社同士の協業だが、竹下氏は経済ウェブメディア「NewsPicks」と出版社の幻冬舎による「ニューズピックスブックス」、そして、海外では動画配信サービス業者であるネットフリックスが紙媒体の雑誌を創刊する予定があることに言及。「ネット企業がアナログに進出している。昔ならデジタルVS紙、アナログVSデジタルだったのが、(いまは)溶け合っている」と説明。
干場氏は、従来の垂直統合ビジネスモデルではなく、「いま、企業がプロジェクトごとにコラボしてやるのが増えているのではないか。その在り方は今後のビジネスの主流になっていくのでは。自分たちですべてやろうとするのは自分たちの可能性を狭めるのではないか。価値観が違っても、理念や世界観が同じだったら(コラボ)できる」と話した。
編集者の仕事は、クリエイターのメッセージを届ける手伝い
続いて登壇した加藤氏は、編集者の仕事の再定義から始めた。「編集者の仕事って本やコンテンツをつくることと思われがちだけど、よく考えてみるとそうではなくて、クリエイターのメッセージを届けるお手伝いをすること」。ゆえに「本はあくまでも一つの手段」と位置付けているという。
ピースオブケイクが掲げているミッションは、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。」こと。個人が文章や写真を投稿できるプラットフォーム「note」には、現在1日1万本の投稿があり、ディレクター(編集者)とAIをつかってレコメンデーション(お薦め)している。投稿されたコンテンツがいかに多くの読者の目にとまり反響となるかを重視しており、一部の人のコンテンツに集中しないようUIを設計している。
重視するのはコンテンツの「多様性と持続性の維持」。他のウェブメディアでは採用していることの多い、閲覧数に応じた人気ランキングが「note」にないのは、「思想として置いていない」とのことだ。「ランキングがあるとそこにだんだんコンテンツが収れんしていく。すると刺激的な見出しや、もしかしたら悪口になりがち。そういう街にはしたくない。だから見てもらうにはもっとインテリジェントなレコメンドシステムを作る必要があるが、そこまでしてでも多様性を確保したい」と説明した。
また、サービス提供者として大切にしているのは、クリエイターと読者が「継続的な関係を築きやすい場所」にすることだという。クリエイターが長く創作活動できるように、無料で読めるコンテンツでもクリエイターにお金を払うことでサポートができたり、定期購読ができるサブスクリプションモデルを用意している。お互いにとって「ここちのよい街」にすることが重要で、競争原理とは一線を画し「メディアというよりもインフラを作っている感じに近い」と話した。
クリエイターに向けては、「いいことを書いていい付き合いをした方がお客さんがきちんとあつまる。お店とか人間関係もそうだと思います。あなたにしか書けない価値のあるものを書く。そして継続的にやるのが一番いい方法」とアドバイスした。
コンテンツは有料か無料か? 両方のモデルが必要だ
話題は、紙の本の今後にも広がった。「cakes」ではスマートフォンと同じくらいの判型の「スマート新書」シリーズも出している。その、あえて小さいサイズで紙の本にすることにも、もちろん狙いがある。「いまは情報が貴重財、ということはない。いちばん貴重なのは時間。そう考えると、薄いことにも価値すらある」。ほかに贈り物としての本、そして教科書はこれからも残るだろうと見通した。
会場からの質疑応答では、コンテンツは有料か無料かの質問があった。竹下氏は、「両方のモデルが必要。お金を払ってでもそのコンテンツが欲しい人とつながる価値がある。その人たちにむけてスポンサーが広告を出したいこともあるだろうし、彼らだけを集めたイベントから新たなコンテンツが生まれるかもしれない」と答えた。
無料のウェブメディアゆえ広告収入が欠かせないが、最近ではスポンサーと「読者に嫌われない広告とは何か」を話し合う機会もあるという。「これまで無料であるあまり、広告主に負担を課せすぎていた。もう少しフェアな関係になれば」と語った。
加藤氏も、両方が必要で、どちらかになるべきではないとの立場。「よりコンテンツが豊かになるから両方できる仕組みをつくろうというのが僕たちのやっていること」と回答した。
干場氏は、「無料だと関心の幅をひろげることができる」とした上で、コンテンツの価格設定について問題提起。「コンテンツの価格は投げ銭のように周りが決めてもいい」と話し、それがコンテンツを作る側にもよい影響を与える可能性を示唆した。