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NPO法人本の学校は10月28日、専修大学神田キャンパスにて「本の学校 出版産業シンポジウム 2018 in 東京」を開催した。本稿では、第2分科会「新書編集の現在、過去、未来」をレポートする。パネリストは、田中正敏氏(株式会社中央公論新社 書籍局 中公新書編集部部長)と、菊地悟氏(株式会社KADOKAWA 文芸局 角川新書編集長代理)。
そもそも新書とは?
新書のいちばん大きな特徴は、判型だと田中氏。岩波新書の107ミリ×173ミリを始めとして、ほぼ黄金比(1:1.618)になっている。文字数は10万字前後。角川新書の標準は1ページあたり40字×15行の600字、中公新書の標準は41字×16行。字数が増えて厚くなると「単行本にしたほうがいいのでは」という感じになるので、ハンディさがポイントだという。
岩波新書創刊80周年
今年は岩波新書が創刊80周年。立ち上げたのは『君たちはどう生きるか』(1937年・初出は新潮社)の著者・吉野源三郎氏だと菊地氏。吉野氏による「新書はこうあるべし」という編集綱領のようなものをを見たことがあるが、「わかりやすく」「ページを増やすな」などいまと同じで、新書の制作編集は80年間変わっていないと感じたという。
田中氏は、新書はレーベルとして毎月何冊か決まった冊数が刊行されるので、ある意味で雑誌のような「定期刊行」に近いと感じている。ただ、中公新書は大学教授などに書きおろしてもらうケースが多いため、企画から刊行までがだいたい3年くらいと長い。それで毎月4~5冊出し続けるのは大変だという。角川新書は企画から刊行までが短く、数年がかりというのは角川選書や角川ソフィア文庫のやり方なのだそうだ。
カッパブックスが新書の可能性を広げた
いわゆる「教養新書御三家」と呼ばれる岩波新書、中公新書、講談社現代新書に対するアンチテーゼが、光文社カッパ・ブックスだ、と菊地氏。大学教授に書いてもらうのではなく、編集者が「いま世の中に求められているテーマはなにか?」を考え企画し、そのテーマに合う書き手にオファーする、というやり方である。
「教養御三家」であっても中央公論新社では中公新書ラクレが、岩波書店ではかつてあった岩波アクティブ新書がそういう路線だ。なお、光文社では1970年代に大きな労働争議があり、カッパ・ブックスに関わっていた人たちの多くが退職、かんき出版、祥伝社、ごま書房などを設立している。
2000年ごろからまた新書ブームが起こり、さまざまな出版社が参入した。このときの最大のヒットは新潮新書『バカの壁』(養老孟司・2003年)で、編集部による口述筆記の「語りおろし」というスタイルで作られた。それが、手間をかけた他の「書きおろし」本より、売れたのだ。
中公新書でも、田中氏担当の『地方消滅』(増田寛也・2014年)は、書きおろしではなく「中央公論」掲載の論文や対談がもとになっている。雑誌で話題になり、急いで新書で出したという。中公新書ラクレに? という話もあったが、中公新書のブランド力や、「事実に基づく」というレーベルのコンセプトに合致しているから、中公新書に落ち着いたのだという。
「新書はいろんなものを自由に受け入れてきたから、ジャンルとして立っている」と菊地氏。それに対し、選書はもうほとんど市場としては厳しくなってしまっているという。もしカッパ・ブックスがなかったら、きっと角川文庫も角川選書と同じ道を歩んだ、と。田中氏は教養新書の作り方、菊地氏はカッパ・ブックスの作り方、という違いがあるのだ。
現在の新書市場は?
田中氏によると、2012年に中公新書創刊50周年のときに回収したアンケートハガキのデータでは、男性が92%、中心の年齢層は50~70代。菊地氏は、1999年から2005年くらいまで毎年100万部突破作品があったのは、恐らく団塊の世代が支えていた、という仮説を持っている。団塊の世代が定年退職し、老眼で本が読めなくなるにつれ、新書市場も縮小していったというのだ。
『出版物販売額の実態2018年版』(日本出版販売)によると、新書の売上高構成比は1.7%。ただ、出版社によって構成比は大きく異なる。KADOKAWAでは、小説やコミック、そしてそれらをメディアミックスするという部分の売上比率が大きく、新書の占める割合はかなり小さい。それに対し中公新書は、中央公論新社の売上の最大で2割くらいを占めているという。
新書の刊行をやめた出版社も多く、KADOKAWAグループ内でも4つ新書レーベルがあったのを1つに絞っている。現状では初版部数を下げざるを得ない。ところが刊行点数は、減らすとヒットの確率的に厳しくなる。しかし、点数を増やしたくても、1人がやれる仕事量には限界があり、コスト的に人は増やせない。
単行本や文庫から新書への切り替え
そこで菊地氏が考えたのが、単行本や文庫から新書への切り替えだ。角川文庫は女性読者のほうが多く、男性に向けた内容の単行本を角川文庫に入れても難しいだろうと、角川文庫でなく角川新書で出し直してみたら、単行本より新書のほうが実績が高かったケースも多くあったという。
教養新書御三家は「百科事典の大項目をそのままタイトルにしたような」と言われていると、菊地氏。田中氏は「教科書のゴシック体になるような、一定数みんなが知っていて、古びないテーマ」を選んでいるという。
ネタ切れにならないか? と菊地氏。社会・歴史に偏りがちだけれど、もちろん教科書はそれ以外にもある。いま講談社ブルーバックス『フォッサマグナ』(藤岡換太郎・2018年)が売れているが、まだまだこういうネタはあると思うと田中氏。
それに対し菊地氏は、Twitterのハッシュタグで「#中公新書にありそうなタイトル」といった大喜利をやったら、いろいろなアイデアが集まりそう、と提案した。
新書の未来は?
菊地氏は、一時期流行った「なぜAはBなのか」というタイトルの本が、いまではきれいに姿を消してしまったと指摘。そういう疑問は、その場ですぐ、スマホで検索してしまうからではないかという。ネットに負けないようにするには、ネットにないものを出せば良い。ネットにある情報は手間がかかっていないし、SNSは自分の見たい情報ばかり、といったところから、レーベルコンセプトを考え始めたという。
中公新書は、原稿を一般読者向けに修正してもらうことに労力をかけている、と田中氏。一般向けに文章を書くことに慣れていない研究者も多く、論文調になってしまうのだという。ゲラとひたすら向き合うあまり、新しい企画を立てるための時間が少なくなってしまいがちだと反省する。
「現代用語の基礎知識を作ります」宣言
菊地氏は最近、部内で「角川新書は並べると『現代用語の基礎知識』が構成されるようなラインナップにしたい」と宣言したという。著者も実績がない人でも構わない、と。その代わり、テーマでエッジを立てることにしたのだ。それによって最近は、たとえば「平成」「憲法改正」「消費税」「オリンピック」など、いまっぽい企画が多くなったそうだ。
角川新書の著名人路線は、最初にベストセラーになった羽生善治氏の『決断力』(2005年)の影響だという(※刊行レーベルの角川oneテーマ21はのちに、角川SSC新書、メディアファクトリー新書、アスキー新書と合わせ、角川新書へ統一された)。野村克也氏の『巨人軍論』(2006年)も売れた。「どんなジャンルでもトップランナーならいい」という方針でやってきたが、いまはもうそういう時代でもないという。つまり、売れなくなったのだ。
アカデミズム以外の人に書いてもらうと、内容がどうしても自己啓発に寄ってしまう、と菊地氏。ゼロをプラスにするような自己啓発ジャンルは、いまは売れていない。これは東日本大震災以降の傾向ではないかと考えている。11万部売れた蛭子能収氏の『ひとりぼっちを笑うな』(2014年)は、マイナスをゼロにするような「自己肯定」本だという。
世の中のウォンツにぶつける
あるいは、世の中に対するカウンター・アンチテーゼという企画のぶつけ方もある、と菊地氏。あるいは、世の中のウォンツにぶつけるというやり方もあるという。カッパ・ブックスの『英語に強くなる本』(岩田一男・1961年)は、前回の東京オリンピック直前に「外国人観光客がたくさん来日するから、英語に強くならねば!」ということで爆発的にヒットしたそうだ。
書店が減り、本が近所の店で頻繁に購入するような「最寄り品」ではなくなりつつある、と菊地氏。1回読んだら読み捨て、みたいな本もなくなっていくだろうと予測する。つまりこれから本は、「買い回り品」になっていくだろう、中公新書はもともとそういう路線だ、と。
質疑応答
(※敬称略)
── オリンピックなど、これから起きることがわかっている事象に対し、どう企画を立てていけばいいのか?
田中 いい質問。うまくできていないので、反省するところでもある。歴史物は、何周年というのを気にしている。第一次世界大戦100周年の企画をやろうと思ったが、書き手がうまく見つからなかった。スケジュール通りに書いてもらう理由としても、なるべく活かすようにしたい。もっと意識的にやらなければ。
菊地 角川新書は、中公新書や岩波書店とは違うので、周年にあわせた企画は難しいと思う。弊社としてはそれをやるとしたら角川ソフィア文庫や角川選書の役割か、と。角川新書の役割は「現代用語の基礎知識」のようなものだと位置づけている。つまり、最近の事象のフォロー。たとえば山口組が分裂したときに元顧問弁護士に書いてもらった『山口組 顧問弁護士』(山之内幸夫・2016年)や、世界的に徴兵制が話題になっているタイミングでフランス外人部隊に在籍していた人に書いてもらった『フランス外人部隊 その実体と兵士たちの横顔』(野田力・2018年)。ネットにない情報という部分の方を意識している。
── 新書で長く売れているものは?
菊地 『決断力』(羽生善治)はずっと毎年重版しているが、そういう本はそれほど多くはない。
田中 中公新書には50年の積み重ねがある。長らく、刊行から1年以上経っている「既刊」の売上が「新刊」と同じくらいだった。最近は新刊の売上比率が上がってるが、棚にある本によって支えてもらっているのは確か。ロングセラーになるのは、大きなテーマ。歴史物が強い。あと、やはり文章がうまいものは残る。
菊地 マーケット面で補足をすると、新書市場は10年前から半減している。学生時代、ブックオフの新書棚がどんどん充実してくのを目の当たりにして、新書ブームの別の側面を実感した。
参考リンク
NPO法人本の学校 出版産業シンポジウム 2018 in 東京 ~神保町で 本の“いま”を 語ろう~