ウィズコロナへ転換した中国・天津の書店や図書館を訪う

馬場公彦の中文圏出版事情解説

天津市内、海河のほとりのイタリア風景区(Photo by 馬場公彦)
天津市内、海河のほとりのイタリア風景区(Photo by 馬場公彦)
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 コロナ禍により中国・北京市からほとんど出られなかった馬場公彦さんですが、昨年末の政策転換によっていまではほぼ自由に旅行ができるようになったそうです。今回は天津市を訪れ、濱海図書館や蔦屋書店・天津図書大廈・内山書店の様子をレポートしてくれました。

中国の魅力ある書店探訪 天津編

ゼロコロナから解放されて

 3年間に渉るコロナ禍での幽閉生活で、その間、ほとんど北京から出ることはなかった。昨2022年12月7日、コロナ解禁のその日は突然やってきた。商店や公共施設で、ほぼ例外なく強いられてきた健康コードのスキャン義務がなくなり、72時間以内のコロナ陰性証明のために、ほぼ毎日のように受けなければならなかったPCR検査から解放され、街道やコミュニティのいたるところに設けられた検査ブースは日を追うごとに街角から消えていった。

 蔓延したウィルスにより12月10日に感染した。7日で陰性に転じ、その後5日ほど後遺症に悩まされた。SNSでのチャットやモメンツ1[編注]中国で広く利用されているメッセージアプリ「WeChat(微信・ウィーチャット)」の機能で、タイムラインのようなものには陽性になったとの知らせが引きも切らず飛び込んでくる。北京市内の友人・知人及びその家族のうち、感染していない人が珍しいくらいの爆発ぶりだった。厳格な封鎖・隔離措置への積年の憤懣が堰を切ったように溢れていた11月。一転してウィズコロナの生活モードに入るや、市民は政策転換がもたらす感染を恐れて自主隔離をし、街角から人影が消え、さながらゴーストタウンのようになった。

 年末年始の一時帰国の後、春節のさなかに再入国し帰った北京は、市民のマスク着用を除けば、3年間の厳しい防疫措置が嘘だったかのように、それ以前の平常の生活に戻った。どこのレストランに行っても連日満員満席で、予約なしでは席の確保が難しい。市内の公園には身分証やパスポートの提示も健康コードのスキャンもなしで入れる。海外渡航はまだ制約があるものの、国内に関しては北京から出るのも入るのも、所属機関の特別の規定がない限り、ほぼ自由になった。

 そうなると、俄然と漂泊の思いが込み上げてきた。これまで奪われていた国内旅行のチャンスを取り戻そうとするかのように。

 旅の皮切りは天津。北京から高鉄(高速鉄道、日本の新幹線に相当)に乗れば30分、普通の列車でも1時間で着ける。2月10日、立春を過ぎたとはいえまだ肌寒く、車窓からは冬木が葉を落として寒々と続く荒涼とした北の田園地帯が続く。人口1400万人を擁する直轄都市だ。せっかくなら書店や図書館など、その土地ならではの文化施設を訪ねてみよう。

天津駅
天津駅
天津市内、海河のほとりのイタリア風景区。夜景がすばらしい
天津市内、海河のほとりのイタリア風景区。夜景がすばらしい

濱海図書館

 「中国で最も美しい図書館」と称される濱海図書館は、天津駅からさらに高鉄で30分ほど、新たに拓かれた港湾地区にあった。巨大な天津文化センターのなかにある。センターには飲食店のほかに美術館、科学技術館、美術学院、演劇学院などが入っており、子ども向けの文化芸術スポーツのための公共スペースになっている。

 公式サイト2 天津滨海文化中心 https://www.bhwhzx.cn/によると、図書館は2017年10月1日オープン。建築面積3万3700㎡、地下1階(書庫)地上5階建てで、120万冊の蔵書(開架は2万冊)。2023年2月に訪問したときは1~3階までが利用でき、4・5階は4月以降の開館となる。児童図書館とキッズスペースが充実しており、閲覧室の利用者の多くは、受験勉強に勤しむ学生たち。

 図書館のビジョンの「あなたはわたしの眼のなかに、わたしはあなたの心の中に」を表現しているのか、1~3階吹き抜けのスペースに巨大な球が設えられ、幾層もの地層のように書棚がレイアウトされている(書棚の本は写真のダミーだった)。本に囲まれた胎内にいるような感覚。どこか記憶の中で見覚えがあった。そう、ソウル市内のピョルマダン図書館3 ピョルマダン図書館(별마당도서관) https://www.starfield.co.kr/coexmall/starfieldLibrary/library.do、秋田市内にある国際教養大学の図書館4 公立大学法人国際教養大学 中嶋記念図書館 https://web.aiu.ac.jp/library/outline/を訪れた時の事だった。

濱海図書館、1階フロアより
濱海図書館、1階フロアより
濱海図書館3階の閲覧室 ゆったりとしたスペースを利用する市民の多くは学生たち
同3階の閲覧室 ゆったりとしたスペースを利用する市民の多くは学生たち
ソウルのピョルマダン図書館
ソウルのピョルマダン図書館
国際教養大学の図書館
国際教養大学の図書館

天津にもあった 蔦屋書店

 いまや中国においてもゴージャスで成熟した高級文化空間を提供するブランドイメージが定着した観のある蔦屋書店。上海の3店舗をはじめ、杭州、西安、天津、成都、青島、深圳と全国に19ある1線都市5 [編注]中国で毎年発表されている都市の商業的魅力ランキングで、中国国内の337都市を一線、新一線、二線、三線、四線、五線都市に分類している。詳しくはジェトロの記事を参照。 https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/06/9f9df69f8ed862ca.htmlのうち7都市に9店舗を構えている。満を持して首都北京、さらに武漢にも2023年末をめどに出店を予定している。

 天津の蔦屋は市内になんと3か所もある伊勢丹の仁恒店の地下2階にあり、公式サイト6 TSUTAYA BOOKSTORE天津仁恒伊势丹店 – 茑屋书店 https://www.ccc-chn.com/store/tsutayabookstoretianjinrenhengyishidandian/によると広大なフロアのなかに4万2000冊が配架されているが、書棚と同じくらいのスペースで、文具と100席あるカフェが配置されている。文具のほかに日本酒も販売されており、品ぞろえは個性が際立ち、総じて価格は高い。

 日本の文芸書の翻訳本が充実しており、書棚に立てられた作家名のタグを見ると、佐野洋子・遠藤周作・澁澤龍彦・山本文緒・三浦しおん・渡辺淳一・吉本ばなな・吉田修一・青山七恵・角田光代・村上龍・小川糸・夢枕獏・奥田英朗・寺山修司・新海誠・北野武・村上春樹・永井荷風・夏目漱石・芥川龍之介・谷崎潤一郎・川端康成などだった。フィギュアスケートの羽生弓弦と宮崎駿はじめジブリ関連本は別格で、平積みの専用コーナーに並べられていた。さらに日本で発行された漫画・美術書や文庫本まで販売されている。

 書棚の大分類は、生活・人文・文学・芸術・工作人生となっており、生活実用書、人文書、文芸書が中心の選書となっている。生活は飲食文化やレシピ本が充実しており、人文は社会学・心理学関連書に重きを置いている。

 とりわけ「工作人生(work style)」の書棚が面白い。さらにこの小分類は次のようなものだ。中国語/英語だが、字面からその含意は読み取れよう。

心霊/soul、減圧・抗圧/stress management、精力管理/energy management、女性励志/career woman、成功励志其他/others、激励/motivation、習慣/habit、成長/growth、智能時代/AI & machine learning、大数拠/big data、5G 5th /generation mobile、商業伝記/business biography、新零售/new retailing、企業与企業家/enterprises & business leaders、溝通/communication、提問力/asking & better question、故事力/story telling、談判/negotiation、演講/public speaking、報告与提案/report & proposal、学習/science of learning、開会/effective meeting、時間管理/time management、筆記/note & journal method、職場写作/business writing、麦肯錫工作法/the Mckinsey way、人脈社交/business networking、団体協作/team work、数拠分析/data analysis

 リッチだが多忙なビジネスパーソンの日常、彼らに求められる理想の人材やビジネススキルが透けて見えてくるようだ。ストレスフルな社会の現実が伝わって、息苦しくなってきた。

天津・蔦屋書店
天津・蔦屋書店
天津・蔦屋書店
天津・蔦屋書店

品数を求めるなら 天津図書大廈

天津図書大廈
天津図書大廈

 天津市内で最大規模の書店と言えば、金融街の小白楼に位置する21階建ての巨大ビルのなかで1~7階までが書店販売スペースとなっている天津図書大廈である。書籍・ビデオオーディオ・電子出版物合わせて販売点数28万点を誇る。

 とにかくでかく、なんでも揃いそうだが、国営であるため1階入り口に党関係の指導者たちの公式本が置かれ、学参関連の品ぞろえが豊富で、書籍の分類と配置は極めてオーソドックス。いかにも新華書店風で、お行儀が良すぎて、個性や魅力に欠ける。

天津に内山書店を訪ねて

 2月10日、天津駅の西南、水上公園の北西角にある内山書店魯能城店を訪問。地下1階1フロアで515平米の広さ。店内は素朴な内装で、いくつかの小部屋で仕切られていて、迷路のように入り組んでいる。あたかも上海の路地裏に迷い込んだかのようで、今にも隣の部屋からひょっこり魯迅先生が顔を出しそうな雰囲気だ。ここはコロナ蔓延のさなか2021年7月11日にオープン。品ぞろえを見ると、日本関連の文学・エッセイ・芸術関連が多く、むろん魯迅関連の専門コーナーもある。書棚と同じくらいのスペースを割いて、中国茶や茶器、文具、オリジナルのキャラクターグッズなども販売されている。煉瓦模様の壁面には往時の上海にあった内山書店の写真パネルが展示されている。東京の内山書店から写真原版の寄贈を受けたのだという。営業時間は10:00~22:00で、客層の中心は2、30代の家族連れの若年層が多いという。

 翌日、天津駅の西方、大悦城4階にある内山書店2号店に経営者兼店長の趙奇さん(40歳)を訪ねて話を伺った。両店ともショッピングモールのなかにあり、いずれも若者中心の商業中心だ。大悦城店は翌2022年に開店しており、広さは760平米とやや広い。品ぞろえが明らかに違い、書籍、文具・工芸の販売スペース、喫茶・飲食スペースがほぼ同程度になっている。また陳列された本は特にジャンルやテーマのこだわりはなく、ベストセラー文芸物を中心にそろえられている。これは同店への顧客層によるもので、周辺に有名な小中学校が集中しているため、10代の学生が多く、教科学習や受験目当て、あるいは安くて可愛らしい文具、友人との語らいのために来店している。開店前はここに成都に本店のある言及又書店が入っていて、同店の撤退に伴い、書棚やレイアウトなど居ぬきで使っているという。売上の内訳を尋ねると、図書:玩具文具工芸品:飲食の比率がほぼ1:1:1で、多い時で300人を超える来店があり、2分間に1回くらいのレジの回転率だという。

内山書店 魯能城店
内山書店 魯能城店
内山書店 魯能城店
内山書店 魯能城店

なぜ天津に内山を

 天津は元来、店長の生まれ育ったところ。北京・上海・重慶と並んで直轄都市で、人口も1400万人を擁す巨大都市。ただし北京・上海・広州などと比べて住民の所得水準はさほど高くなく、書店のような文化消費の小売業の条件にはさほど恵まれてはいない。

 とはいえ、もともと近代で最初に海外に向けて港湾が開かれ、9か国の外国租界が設けられ(天津の内山書店のある地区はもともと英国租界だった)、独特の文化と歴史の蓄積がある。日刊紙『大公報』が創刊され、最初の電話通信線が設けられたように、近代のメディア業ともかかわりの深い都市だ。

 天津は日本とのかかわりも深い。1972年の国交正常化の翌年、中国で最初の友好都市協定が天津と神戸の間で結ばれた。日本から近距離にあることと港湾が充実していることから、三井住友銀行、日本航空、トヨタ、NEC、シャープ、大塚製薬、武田製薬など有力日系企業が多数進出しており、邦人も3000人ほど居住する。内山書店と日本人商会との関係も緊密で、日本企業関係者を招いてのワークショップも、店内のイベントスペースでしばしば開かれている。

 がんらい内山書店は内山完造が1917年に上海の日本人が多く居住する虹口区に開店した書店。そこで上海に出店する話が、上海市虹口区政府から1935年開店の東京・神保町にある内山書店に持ち掛けられた。ところが「内山書店」という書店名を許さず、条件があまりよくなかった。そこで、趙奇店長の誠意と熱意もあって、天津市は天津出版メディア集団が天津出店をバックアップし、内山家は中国での商標使用の独占権を認めた。

内山書店店長の苦悩

内山書店経営者・趙奇さんと
内山書店経営者・趙奇さん(右)と

 趙奇さんの経歴は変わっている。天津生まれの彼は、上海の名門校・復旦大学で物理学を修めた。卒業後、大学教師をした後、記録映画の制作の監督に転身。2013~14年に東京・神田神保町で書店街を映像に記録し、東方書店、内山書店などともに内山書店を訪ね、当時の社長の内山籬氏と会ってインタビューをしたことが、中国での内山書店開店のきっかけとなった。取材とビデオ録画はその後、記録映画『海外書店』シリーズの一作として『内山書店(上下)』になった(現在は中国の動画サイト「優酷」で視聴可能7 海外书店-内山书店(上)-纪录片-高清完整正版视频在线观看-优酷 https://v.youku.com/v_show/id_XMTg2NjI1MTUyOA==.html?playMode=pugv&frommaciku=1 海外书店-内山书店(下)-纪录片-高清完整正版视频在线观看-优酷 https://v.youku.com/v_show/id_XMTg2NjI2Njg1Ng==.html?playMode=pugv&frommaciku=1)。

 将来的には北京や上海をはじめ、広州、杭州や成都、重慶などの都市への出店による業務拡大を構想している。だが民営書店を続けていくことのプレッシャーは大きい。趙さんは3つの困難を挙げた。資金調達。コロナにより客足が遠のいたこと。顧客の消費能力が低く高価な商品に手を出さないこと。

 さらに読者は著者の知名度だけで本を購入する傾向が強くなり、ベストセラー作家とそうでない作家の売行きの差がますます開き、知名度の低い作家は印刷部数が少なくコストも嵩み、価格が高くなるためますます売れなくなり、新しい作家がなかなか育っていない。ネット書店の割引率の高さも痛手で、リアル書店では価格ではなかなか太刀打ちできない。

あるべき書店の姿とは

 そこで書店としては、同じ本を販売していても、その本屋で買いたいという魅力的な雰囲気作りが重要だという。書店経営のあるべき姿とは何なのか。趙奇店長の見解を訊いてみた。

「なぜその店で本を買うのか、それには深い理由があります。お客様は気分が高揚したり落ち着いたり気楽になる体験を求めているのです。だから書店は努力してそのような雰囲気づくりをしなければなりません。大事なことは書店に来て生活の幸福感が満たされることです。」

「書店は本を売る場所。開放的であること、利益を上げること、雰囲気が良いことが重要です。商業と文化双方にかかわります。文化と文化産業は違います。魯迅は本を書き、内山完造は本を売る。その立場が逆になったら本はつまらなくなるし、店は潰れます。」

 内山書店が開店したときは、おりしも新型コロナ蔓延の真っただ中。コロナ期間中は1日も閉店せず、むろん来店客は少なく、ネット販売をしても十分な売り上げが確保できるわけではなかった。いったい開業後の2年間、どうやって経営を維持してきたのだろう。

 内山ではオンラインサロンを開いた。学生向けの教科学習イベントは無料、魯迅博物館館長や有名教授を招いての講演は有料でおこなった。ただこれは伝達力はあるがリアルな対面でのトークイベントと違って双方向性が確保できない。

日中文化交流の懸け橋として

 昨年末からウィズコロナ政策へと転換し、海外との往来の制約がなくなりつつある。趙奇店長は、今後は中国にいる日本人留学生、日本からの留学生、天津の日本の企業社員、日本の出版業界の関係者、アニメ、映画、仏教などのクリエイターや専門家を招いて、シンポジウムや交流会などの活動を強化していきたいと抱負を語った。

 内山書店の店内の空気には魯迅や谷崎潤一郎をはじめ日中の多くの文人たちの知識交流の拠点となった内山書店の香しい歴史が流れている。今後は日中民間交流の懸け橋として、日本と中国をつなぐ文化交流促進事業のために、心血を注いでいきたいという店長の熱い思いが伝わってきた。

内山書店 大悦城店
内山書店 大悦城店
内山書店 大悦城店
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脚注

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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