大槻ケンヂ『ボクはこんなことを考えている』―― 松岡正剛の電読ナビ

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大槻ケンヂ『ボクはこんなことを考えている』(3月4日号)

 初シングルのタイトルが「元祖高木ブー伝説」、最初のアルバムが「仏陀L」、その後に「猫のテブクロ」「サーカス団パノラマ島へ帰る」「レティクル座妄想」、シングルタイトルでは「踊るダメ人間」「暴いておやりよドルバッキー」「君よ!俺で変われ!」などなど。こんなコトバ感覚の持ち主、元・筋肉少女帯のボーカル・大槻ケンヂ(現在のグループ名は「特撮」(!!))の本がおもしろくないわけがありません。ロックな作家に巻き起こるちょっと変な日々を描いた本書。繊細まじめな心の持ち主から生まれた”おかしみ”いっぱいの一冊を『千夜千冊』からどうぞ。

『千夜千冊』第176夜 2000年11月22日

大槻ケンヂ『ボクはこんなことを考えている』(メディアファクトリー)

 いつしか元麻布の松岡正剛事務所で筋肉少女帯を聴く者がふえていた。そのころ松岡正剛事務所には、木村久美子、渋谷恭子、吉川正之、まりの・るうにい、ぼく、そして犬が2匹と猫が7匹住んでいた。

 誰かが筋肉少女帯を聴くから、ぼくも聴くようになった。そこはどこかで音楽が鳴っているスペースだったのである。そのころは仕事が終わると全員でメシをつくって、それを食べながらたいていはテレビを見て、そのあともビデオを借りて映画を見るか、ミュージックビデオを見るというような、そんな気分の弛緩と世事の情報をたのしむ日々が多かったのだが、それでもそれが終わると、ふたたびみんなで仕事を再開していた。

 そうするとまた、ハウスやヒップホップやロックやポップスがかかるのだ。ごく短いあいだだったが、筋肉少女帯はわが事務所の人気バンドのひとつだった。

 そのうち、誰かが大槻ケンヂの本を買ってきた。とくに読みたい本とも見えなかったので放っておいたのだが、あるときパラパラ読みはじめて、感心してしまった。これはミュージシャンにしておくのはもったいない。

 書いてあることがほんとうにおこったことかどうか、見当はつかない。話題は彼の周辺におこった世事の情報だが、ほとんどが痛烈に感情に訴えてくる。そのため、気分の弛緩がおこる。しかも、そのハコビとカマエは現代の諧謔に徹していて、読んでいるあいだずうっと(といっても1時間もかからないが)、ニヤニヤさせてくれる。

 たとえば「文学な人」が出てくる。文学をヘタに論ずる人のことではなく、その存在が文学な人である。著者のファンである1人の妙な娘の母娘は家にまで押しかけて、「お家を探すのに3日かかりました」「電車を乗りついで来たんですよ。目黒で荷物を盗まれましてねぇ」「ホラ、目黒っていえば権力の手先がいますからね」と言って、大槻をドキッとさせる。

 この母娘は、いま静かな暴動が各地で始まっているのだが、それを知っていてこれを守れるのは大槻ケンヂだというのだ。そして、このことをもう一人知っている人がいるという。もう諦めた口調で大槻が聞く。「それは誰ですか」「それはねえ‥」「それは?」「天知茂です」。これが大槻のいう「文学な人」の正体である。

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