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1月7日号
明治36年(1903年)1月7日、今から102年前のこの日、森鴎外の長女として森茉莉は生まれました。華麗で幻想的、独自の耽美世界を構築した小説家・茉莉を支えたのは、偉大な文豪の父の影への思慕だったこと、また、その強い思いを持ちえた茉莉の夢想の魔力に満ちた破格の生き方が、この「千夜千冊」で描かれます。後半では驚くべき後半生の様子が紹介されますが、そこに登場する茉莉のエッセイ『贅沢貧乏』は、いま電子ブックとして読むことができます。
『千夜千冊』第154夜 2000年10月20日
森茉莉『父の帽子』(筑摩書房、講談社文芸文庫)
森茉莉が「テレンス・スタンプの微笑い」を書いたとき、ぼくは「遊」を準備していた。1970年である。「文芸」でそれを読んで、この人のものは片っ端から読もうとおもった。与謝野晶子の再来を感じた。
それで溯っていろいろ読んでいたら、2年ほどたって「海」誌上に今度は「ピイタア・オトゥールとマリィ・モリ」が載った。笑ってしまった。ぼくはテレンス・スタンプとピーター・オトゥールにぞっこんだったからである。
それからまもなく、原宿の喫茶店で珈琲をのんでいる静かな森茉莉に会った。黒いカーテンのようなスカートのその人は、まるでそんなところにいるのに、すべての視線から消えるための魔法を自分にかけているようだった。テレンス・スタンプとピーター・オトゥールはこの魔女にかしずく男神だったのである。
森茉莉のような人は、もういなくなった。
ヨーロッパでも西欧でもない「欧羅巴」の神と悪魔の美学を日常の観察の細部に出入りさせて紡ぐなんて、日夏耽之介から吉田健一までならともかくも、いまではすっかり見かけない。まして、それが女の言葉によっているなんて、もう誰も逆立ちしても書けない世界の住人だったのだろう。
仮にそんな雰囲気を文章に交ぜられたとしても、森茉莉のようにナルシズムの孤城にひたすらに引きこもり、少女期からの一貫した結晶的な美意識のままに暮らすことは、まずできない。いっさいの交際を断って魔法のままに従うなんて、それは森茉莉だけに宿った特権だった。
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