優れた編集眼が創り出す上質の普及書 新経典文化股份有限公司(前編)――中国出版業界訪問記

馬場公彦の中文圏出版事情解説

PAGE ONE五道口店の店内
4月23日にオープンした、PAGE ONE五道口店の店内(photo by 馬場公彦)

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 北京大学・馬場公彦さんが、上海証券取引所に上場している出版社・新経典文化股份有限公司を取材してくれました。前後編でお届けします。

新経典が運営する瀟洒な書店でのトークイベント

 4月23日、世界読書デーに合わせて、北京の大学・研究機関が集まる海淀区・五道口駅の脇に瀟洒な書店がオープンした。書店の名前はPAGE ONE。三里屯店、前門店と続いて、これが第3号店となる。2階建ての書店スペースの内装は、ほぼすべてが平積みか面陳の贅沢なディスプレー。書籍だけでなく工芸品や文具を販売し、カフェーやイベントスペースを併設している。いまどきの中国の書店らしく、店内は明るくお洒落で閑静な空間を演出している。

 開店初日にはこけら落としさながらに、3月に刊行されたばかりの『文城』の著者余華が姿を現し、2時間にわたるトークショーが催され立錐の余地もないほどのファンが詰めかけた。『文城』の発行は新経典文化股份有限公司(以下新経典と略称)。50万部の初版はすでに売り切れ、目下100万部に達し、早くも最大の電商の1つ京東商城の3月期売上トップに躍り出た。

 新経典といえば、『活着(活きる)』『兄弟』の余華の代表作にしてベストセラーを出しているほか、現代の古典的小説ともいうべき路遥の2大代表作『人生』『平凡的(な)世界』は合わせて累計2000万部の売り上げを記録している。このほか、黒柳徹子『窗辺的小豆豆(窓際のトットちゃん)』、タラ・ウェストバー『你当像鸟飞往你的山(Educated)』などの不動のベストセラー作品を擁する。

 また村上春樹『1Q84』のほか、中国出版界不動のヒットメーカー東野圭吾作品では、数ある彼の翻訳作品の中でも、『白夜行』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『容疑者Xの献身』などとりわけロングセラーを手掛けている。最近では吉野源三郎『你想活出怎样的人生(君たちはどう生きるか)』、宮崎駿『龍猫的家(トトロの住む家)』などのヒット作も立て続けに出している。

 このPAGE ONEを経営しているのも新経典で、同社は出版業界には珍しく株式上場の優良企業である(上海証券取引所 証券コード:603096)。

 4月15日、北京の中心部からやや北側、北京出版集団の入っているビルの裏手にある新経典のオフィスを訪ねた。社員規模は全社で400名ほど。職場は日本の出版社といっても違和感のないような、全職員が見渡せるフラットなレイアウトになっている。

選書の基準はただ一つ、感動させる作品であること――黄渭然さん(文学編集部主編)

黄渭然さん
黄渭然さん(文学編集部主編)
 私たちは原稿の最初の読者です。編集者を感動させる作品であることが何よりの前提。たとえばつい最近、自分の父に向けて書いた韓国の作家の作品を読んだところ、ある編集者は涙を流し、ある編集者は思わず父親に電話をしました。自分の物語だと思い込んだのです。文学書は社会科学書と違って知識を得るためではなく共感を得るために読むものです。プロットやキャラクターを自分の物語だと信じて読むのです。

 原文は韓国語です。私たちはそれを機械翻訳に掛けて読みました。それでも感動したのです。結局版権をオファーして出版権を獲得しました。

 出版企画を週1の編集会議にかけるときは、社内決定は陳総経理と十数名の全編集長と顧問が集まる全体会議での合議で決め、さらにその結果を反映させて企画を練り上げる。

 新経典の出版物は児童書や小説を中心に文芸書が多い。また、海外作品の翻訳権を買って翻訳したものが多く、全体の半分以上を占める。ただ、最近その比率は減り、オリジナル作品が増えつつある。

 翻訳書の場合は、各出版社の新書書目やエージェントが発行しているニュースレターが版権部の検討資料になる。編集部などは海外のアマゾンや注目している出版社のウェブサイトを、ジャンルや著者名で検索をかけながら常時チェックしている。

読み物としての学術書を編集する――楊静武さん(編集部社会科学部門編輯、在広州)

 文芸物や児童書のイメージの強い新経典であるが、ノンフィクションの教養書部門においても存在感を発揮している。とはいえ商務印書館や全国各地の大学出版社が出すような純粋な学術書は出しておらず、一般読者向けの売れ行き良好な人文・社会科学書が新経典ブランドの特徴だ。編集部はどのような編集方針を立てて選書・編集に当たっているのだろう。

楊静武さん
楊静武さん(編集部社会科学部門編輯、在広州)
 社会科学部門では1年間に20~30種類ほどの新刊書を出します。編集部のメンバーは十数名です。私はチームリーダーの楊暁燕と同じく、新経典に入る前は理想国で十数年働いていました。新経典の書籍出版は、ためになり、面白く、再読に耐える作品を出版し、一般読者を対象にします。人文社会科学のジャンルのなかでは、いまは翻訳書、それも欧米の作品がやや多くなっています。

 日本の教養書は既刊の岩波新書から精選した11冊を一気に刊行したり、講談社の『中国の歴史』のようにシリーズを重点に選書し、あまり単行本は取り上げません。ノンフィクションに関して言うと、私から見ると日本の本は欧米のものほど可読性が高くないようです。たとえばかつての成田空港の建設問題や公害問題に関して探してみましたが、一般読者向けの作品は見つかりませんでした。大学の学者が学術的に書いたものは、必ずしも一般読者の関心を引かず、一般読者との距離が遠く感じられます。

 目下のところオリジナル作品が少ない原因の1つは、学者がまだ一般読者向けの本を書き慣れていないからです。これまで学者は往々にして一般読者向けの原稿を書く訓練を受けてきませんでした。そもそも学術論文を書くことと比べて一般書を書くことを重大な任務とは考えていませんから。いまは学者たちも普及性の高い書物の重要性を理解しつつありますし、訓練も受けています。いまは現在の現実と未来の行方を踏まえ、まずたとえば格差社会とか高齢化とかテーマを先に立てて、若い学者を見つけて討論しながら書くような編集の工夫をしています。

 日本の出版業界でも、ひところまで一般読者向けの「新書」は余技で、大学定年後に功成り名遂げた大学者が、学界ではなく一般読者への啓蒙向けに自分の学業を平易に書くもの、という通念があった。いまでは大学者だろうが、駆け出しだろうか、年配だろうが若者だろうが、猫も杓子も書くなら新書、という風潮になっている。

プロモーションはオフラインとオンラインで――鄭博文さん(新メディア編集長)

 選書のあとはマーケティング部門の担当者がプロモーションの作戦を練る。編集部の中にもマーケティング専門の編集部員を置いており、プロモーションのために営業員たちは各メディアのプラットフォーマーと頻繁に連絡を取っている。企画決定した書目の内容と著者から、まずプロモーションのランクを決める。たとえば近刊の宮崎駿『龍猫的家(トトロの住む家)』(2021年1月)クラスの本となると、宣伝のためのあらゆるリソースを投入することになる。

 通常は出版後「新書発表会」を行うが、コロナ禍で一時期ストップしていた。昨年の下半期から入場人数を制限するようにして徐々に再開した。絵本のオフラインでの発表会の時などは、日本の作者に日本からオンラインで参加してもらうこともある。

 新書発表会では通常オンラインで「直播(ライブコマース)」を行う。影響力のあるKOL(Key Opinion Leader)をいかにして見つけるかがポイントだ。場合によっては著者自身が登場したり、その本の分野や内容に詳しい専門家や学者を招いて本の魅力をめぐる対談をしたりする。KOLの宣伝でよく使われるのは抖音ドウイン(中国版TikTok)。限られた数秒の時間でリズムよく本を紹介することで、たとえ内容は伝えられなくても、かえって売れたりすることもあるという。

 媒体となるプラットフォームに応じて、料金や契約の中身は違う。場合によってはKOLとのジョイントにおいて、著者と親しいからあるいは著者がとても有名人だからという理由で、ノーギャラで直播を引き受けてくれる場合もある。通常はそのプラットフォームの売り上げの一部をKOLのギャラとして支払う。いずれにせよマーケティングの方法と舞台は千差万別で臨機応変に対応している。

 出版物が漫画の場合は、漫画専用のオンラインプラットフォームを選ぶ。オフラインでもプロモーション企画として、アニメの声優を招いたりする。学術書の場合は学者を招いてオンラインでシンポジウムを開くこともある。清華大学の公式微博ウェイボーとか、学生のサロンとかで、そこから微信ウィーチャットのグループチャットでシェアしたりする。

 まだ新型コロナの蔓延する以前の2019年12月7日、これも新経典発行の超ロングセラーで累計2000万部を越える『人生』『平凡的世界』の作家、路遥についてのシンポジウムが清華大学で行われ、筆者は講師として招かれた。新経典というとどちらかといえば大衆的読み物が中心のイメージが強いが、こういう学術的なイベントへの取り組みもなかなか堂に入っている。

鄭博文さん
鄭博文さん(新メディア編集長)
 微信や微博や哔哩哔哩ビリビリなどにメッセージや作品を提供するさいに、マーケティング部の後衛に配置して協力する部隊が新媒体のプラットフォーム運営部。主にネットを中心に新刊書を紹介したり宣伝したりする部門である。大学では大学院において伝播学(コミュニケーション学)を専攻したという鄭博文さんによると、自分で担当する本のビデオ作品を制作するほか、編集部の日常業務の写真を撮影して編集者たちの現場の雰囲気を伝えたり、編集者と対談して、専門の視点から本を読み解いてもらったりするのだという。

 いまや中国の出版社は主にどの会社もニューメディア部門を設けて、マーケティング戦略としてビデオ制作に取り組んでいる。その多くは抖音を中心とするプラットフォーム向けの、1分程度の短い作品が中心である。その中で新経典は長編作品の制作にも取り組み、より掘り下げた図書の宣伝にも力を入れている。

参考リンク

新経典公式サイト

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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