2021年のフランス出版市場は4冊に1冊がコミックス、うち2冊に1冊が日本の漫画

フランスのコミックス市場解説

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Photo by byronv2(from Flickr / CC BY-NC 2.0

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 フランスで翻訳マンガを出版しているKana社の代表クリステル・ウーランス(Christel Hoolans)さんに、コロナ禍以降のフランス出版市場とコミックス市場の現況について寄稿いただきました。[日本語訳:同社スタッフの高浪有紀さん]

2021年フランス出版市場

 近年、欧州、特にフランスで日本漫画(以下、漢字の「漫画」と表記します)の人気が勢いを増している、という話を聞く機会が増えたのではないかと思います。ですがそれがどの程度の成長なのか、そもそもどの程の市場規模かなどという詳細はあまり日本国内では耳にしないのではないでしょうか。

 それらの情報を、フランスから直接お届けしたいと思い、今回市場に関する情報をまとめてみました。まずは、今現在のフランスのコミックス市場の状況をより良く理解する鍵を得るため、新型コロナ禍からこちらのフランスの書籍市場全体の解説から始めたいと思います。

 フランスにおける2021年の書籍販売は、バンドデシネ(Bande Dessinée)と呼ばれるフランス語圏生まれのマンガ(以下、略称の「BD」と称します)、および漫画、そして小部分を占める子供向け作品により、未だかつてない程の伸び率を示しました。

 2020年度の書籍販売(小売)は、新型コロナ禍の中、生活必需品として認められなかった本を販売する書店が営業休止を余儀なくされ、4.5%減を被りましたが、2021年には飛躍的な伸び率となりました。

 販売部数は3億9900万部、売上は45億ユーロ(2021年の平均相場でおよそ5850億円)。この15年来、年間伸び率±2%前後とほぼ横ばいで推移する成熟市場だった書籍市場で、対前年比は+12.5%にも上ったのです。新型コロナによるパンデミックの影響を受ける前の2019年と比較しても高い伸び率(+7.4%)になっています。

 また、2020年には書店の営業休止やそれにより余儀なくされた発売延期や中止が相次ぎ、大きく落ち込んでいた販売部数も、2019年のレベルまで戻りました。

全ジャンルの書籍が市場回復に貢献

 従来低迷しがちだった美術本や芸術本(+8.5%)も含めて全てのジャンルの書籍が市場回復に貢献する中、特にBDと漫画(往年のBD大ヒット作である『アステリックス(Astérix)』の新刊に支えられ+34%)、そして子供向け書籍(+16%)が市場を牽引する形となりました。ノンフィクション(+13%)、一般文学(+12.5%)、実用書(+12.5%)や科学書(+10.5%)、文庫本(+10%)なども売れ行きを伸ばしたジャンルとなりました。

 これらの事象をつぶさに物語っているのが、書籍市場の売上トップ10です。上位にBDと漫画(『アステリックス』と『NARUTO -ナルト-』1巻)が食い込み、続いて2021年ゴンクール文学賞受賞作(モハメド・ムブガル・サール『人間の最奥に秘められた記憶(La Plus secrète mémoire des hommes)』)、2020年ゴンクール文学賞受賞作(エルヴェ・ル・テリエ『異常【アノマリー】(L’Anomalie)』)、単行本3作とエッセーを含む小説5作品がランクインしています。

 また、2021年には、全ての販売チャンネルにおいて(※編注:GFKの行っている書店の種類別区分で、一般書店、大型販売店、コミックス専門書店などのチャンネルがある)書店の半数以上が入店者数の増加を報告しています。

 これらの数字から、明らかな読者の増加が見られ、通常の娯楽へのアクセスが限られていたからとはいえ、本から離れていた人々の生活習慣の中に再び読書が戻ってきたことが伺えます。

 2020年と比較して、電子書籍も16%販売が増加していますが、全体としては市場のごく一部分に留まっています。フランス人の30%は、デジタル本を1冊は読んだ経験を有するとはいえ、今もなお紙書籍が市場を牽引しているのが現状です。

2021年フランスコミックス市場

 ここまでが書籍市場全体の展望となります。では、その中で特にコミックス(つまりBDと漫画などを合わせた市場)はどの様な動向だったのでしょうか。

 ここ10年間コミックス(紙+電子出版)は売上を伸ばしてきましたが、2021年は50%以上の成長率を記録し、8500万部以上、9億ユーロ(約1170億円)近くの売上高に達しました。コミックスは部数で市場の24%を占め、文学作品のシェア(25%)に迫り、子供向け書籍を700万部も上回って市場2位のジャンルとなったのです。

 これは、コミックス内のセグメント全体が成長している表れでもあります。+107%という驚異的な漫画の部数増加に加え、子供向けBDは+34%、漫画と子供向けBDを除いたBDは+20%、アメコミは+18%の伸びを示しました。

「アステリックス効果」を除いても高い成長率

 2021年も、数年来確認されている市場の標準が問われる1年ともなりました。それまで、コミックス市場の上下を左右するのは前述の大ヒット作『アステリックス』の新刊販売があるかないかという点でした。

 ここで特筆すべきは、BDでは新刊の発売ペースが良ければ年に1度、でなければ2年に1度、場合によっては数年に1度という、日本の漫画とは比較できないスローペースであるという点です。よって、ヒットシリーズであればあるほどファンの期待は大きく、新刊発売時の売れ行きも統計を狂わすほどの影響力を持ちます。

 2021年は、新刊『アステリックスとグリフォン』の発売が効果を発揮し150万部の売上を記録。2019年に刊行された前巻と同レベルとなりました。

 ただ当年は、この「アステリックス効果」を除いたとしても売上(+49%)・部数(+59%)ともに高い伸びを示しています。例年では見られないこの大きな成功は、『モータル・アデル(Mortelle Adèle)』、『ブレーク&モールティメール(Blake et Mortimer)』、『ゴルドラック(Golorak)』(UFOロボ グレンダイザー)、『ブラックサッド(Blacksad)』をはじめとした複数のBD人気シリーズと、そしてなにより漫画の貢献によるものでした。

急成長するフランスの漫画市場

 2021年、フランスで販売された本の4冊に1冊はコミックスであり、そのうちの2冊に1冊が漫画だったのです。コミックス市場における漫画のシェアが35%を超えたのはこの年が初めてのこととなりました。

 このように、成長する書籍市場を牽引するコミックス市場の中で、さらに市場の標準を揺るがすほどに存在感を増しているのが漫画であることが解ります。

 2021年、フランスの漫画市場は急成長し、日本国外においてこのジャンルで一、二を争う市場となりました。部数および価値において売上は、2020年(新型コロナ禍が始まった年)および2019年(パンデミック前の年)に対して2倍以上になっています。

 主に、5つのセグメントに分けられている漫画市場の全てのセグメントが成長を続けています。「少年」は1年で3500万部(前年比+112%)を販売し、売上の大部分を占めています。「青年」は960万部(+104%)、「少女」(190万部で+62%)、その他の漫画(50万部で+82%)が続きます。

NARUTO、鬼滅の刃、進撃の巨人……

 中でも『NARUTO -ナルト-』1巻は、前年に続いて書籍市場のナンバーワンの座を守り(自動的に漫画市場のナンバーワンにも)、また2巻と3巻も漫画市場のトップ5にランクインしました。これは新作品、続刊、既刊、全てを含んだ全タイトルの中で2021年に最も販売された漫画となったことになります。

 連載中からフランスで大ヒット作の座を占めていた作品が、連載終了後も王者の座を確かなものとしているのは、実は稀な傾向なのです。

 日本でも押しも押されもせぬ存在となった『鬼滅の刃(Demon Slayer)』がこれに続き、また『進撃の巨人(L’Attaque des Titans)』は原作の連載終了とアニメの放送に後押しされ、上位の座を獲得しました。

 漫画は2014年末に、それまで横ばいになっていた成長が上向きに移行し、以来その威力は弱まっていません。2018年に1500万部の売上を突破し、勢いを増して成長を続けています。2020年の最初のロックダウンが始まってすぐ、漫画市場は、驚異的な売上高に達しました。

「ジャパニメ」の配信が漫画への関心を拡大

 新型コロナがまるでフランス漫画市場の原動力であるかのようでした。本が逃げ道となったのでしょうか? 人々は旅に出られず、アウトドアを楽しむこともできなくなり、唯一手の届いたコミックスや映像ストリーミングのプラットフォームへと自然に興味を向けていったのでしょう。

 いくつかの映像プラットフォームでは「ジャパニメ(japonanime)」(日本産アニメのフランスでの俗称)のカタログが豊富に提供され、これを介し、新しい読者層が漫画に興味を持つようになりました。また、数年前まで存在していたように見えた購入への壁(漫画に対する偏見や誤解)が薄くなり、親や祖父母が子供に漫画を買うようにもなってきています。

 興味深い事象として、数年前までフランスでは、漫画作品はシリーズ終了と共に売れ行きが一気に低迷するのが常でした。ですが、ここ数年『スラムダンク(Slam Dunk)』や『幽遊白書(Yu Yu Hakusho ‐ Le gardien des âmes)』といった昔の漫画の人気が再び高まり、売上は2倍にも上っています。

 これは、前述の世代間の趣味の「継承」やアニメから入って来た新たな世代の読者が漫画を読み始めたことによる、もうひとつの目に見える変化です。

フランス政府の「文化パス」が後押し

 また、この成長加速の理由のひとつに、フランスで2021年5月に開始した「文化パス」も挙げられます。文化パスは、フランス政府が導入した制度で、18歳の若者が、映画館、オペラ、コンサート、文化商業店(書籍、ビデオゲーム、CD、VODプラットフォームなど)での購入に利用可能な300ユーロ分がクレジットされているアカウントにアクセスできるパスです。

 このパスの主な使い道は、開始のタイミングで最も若者が購入の対象としていた書籍となり、漫画の売上にも大きく貢献しました。

 奇しくも、新型コロナによるパンデミックが引き金となり、フランスの漫画市場の勢いは過去最大のものとなり、2022年も前年からの加速を保ったままの滑り出しを見せています。

 これにより、数字の面だけではなく、フランスでの漫画の存在感が徐々に変わっていっています。機会があれば、またそれらのお話しができればと思います。

[*全ての数字の出典はGFK(Gesellschaft für Konsumforschung)]

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著者について

About クリステル・ウーランス 1 Article
歴史修士号およびに出版専門学士を獲得後、1996年、新レーベル・Kana設立の年にベルギーのコミックス出版社・ダルゴーベネルクスに就職。複数の職種の研修を社内で受けたのち、制作部でのアシスタント業を経て2000年にイーブ・シュリーフ率いる漫画レーベル・Kanaそしてバンドデシネレーベル・ダルゴーベネルクスの編集部に配属される。4年後、両レーベルの副編集長に就任。2009年1月1日、38歳でクリステルはKanaの編集長に就任。同時にダルゴーベネルクスの副編集長の職も兼任。2013年にはKanaの専務取締役に昇進。2017年、前任のフランソワ・ペルノの後を継ぎ、メディア・パーティシパッショングループに所属する、Kanaとダルゴーベネルクスの親会社であるダルゴーロンバール社の取締役社長に就任。2019年からはベルギー出版社協会、ブリュッセルブックフェアやベルギー漫画センターの理事会のメンバーとして、コミックス全般の普及に力を注いでいる。
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