サリンジャーの息子が父の遺稿を整理中

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 生誕100周年を迎え、まもなく遺稿が日の目を見るとの噂があるJ・D・サリンジャーだが、英ガーディアン紙が彼の息子であるマット・サリンジャーにインタビューをしている。

 1965年に最後の小説を発表してから後、サリンジャーはどうしていたのか、書きためたものが読まれる日は来るのか? 2010年の没後、ずっと問われてきた謎に答えが出た。「父はずっと考えやアイディアを温めていて、運転中にわざわざ車を駐めて書き留め、独り言ちて笑うこともあった。家でも椅子のそばには必ずノートブックが置かれていた」「なによりも、それを読みたいと思う人がいたのならいずれ読んでもらう気があったと思います」と語る。

 マット・サリンジャーは1990年にキャプテン・アメリカ役で映画に出たこともある俳優で、これまで映画や舞台のプロデュースをしていたが、2011年に父の遺稿に手をつけ始めた。50年近い年月の間に書いた量は膨大だったため整理するのが大変で、まだあと何年もかかりそうだという。

 どんなストーリーがあるのか、詳しいことは明かしていないが、短編にたびたび登場するおなじみのグラス一家についてのエピソードは他にもあるとか。90年代にサリンジャー宅で火事があった時に原稿も失われてしまったと思われていたが、2つの金庫に入れられており、無事だったという。

 「父は世間嫌いの隠遁者というレッテルを貼られてしまったが、それは物書きにとってプライバシーを望んでいたというだけで、いわゆる文壇の人たちを家に呼んでポーカーをするようなことに興味がなかっただけ」という。電話をかけてきて咳ばらいをしながら「すまんな、マット、もう3日も声を出してなかったのでな」とものまねをする息子には父の面影が濃く残る。

 10月にはニューヨーク図書館でサリンジャー展が予定されているが、展示する原稿や写真、手紙などを選んでいるところだという。

参考リンク

ガーディアンの記事
https://www.theguardian.com/books/2019/feb/01/matt-salinger-jd-the-catcher-in-the-rye

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About 大原ケイ 180 Articles
NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。